154 尋ね人
その夜、グドンは廃墟の扉と向き合って過ごした。
といって、扉をじっと見つめて涙を流し、ボウの名前を連呼していたわけではない。扉に触れていれば何か思いつく、と甘い期待を抱いていたわけでもなかった。
正直いって、場所はどこでもよかった。
ただ、静かに考えられる時間が欲しかった。廃墟の地下にあるこの場所は、誰にも邪魔されず何かを考えるには、絶好の環境に思えた。
そうして扉と向かい合い、今回の一件を整理していて気づいたことがあった。
この扉と似たようなものを、自分は最近どこかで目にしたことがあると思ったのだ。
どこだろう?
そう考えたグドンの脳裏に、ボウと訪ねた妖器店での光景が閃いた。
妖器! そうだ、この扉も妖器そのものではないのか?
この不思議な扉を作ったのはセイイツだろう、と彼は心のどこかで勝手に思い込んでいるところがあった。もちろん、その可能性はある。だが、そうではない可能性もあるのではないか? なぜなら、扉は能力ではなく、材料から作る器物だからだ。
そうした物を作るという行為は、どこかセイイツと結びつかない気がした。それは、息子であるグドンにも同じことが言える。彼自身、物の創作とは縁遠い。早い話、二人にとって、あまり物は必要ないからだ。
姿かたちを変えるのに、ボウは仮面が必要だった。だが、グドンには必要ない。どこかへ瞬間移動するのに、ほかの者なら妖器店で見た手鏡が必要だが、グドンはなしでも移動できる。仙族を見るのに眼鏡も必要ないし、今の彼なら何族か感じとることもできる。
だから、この扉がセイイツのお手製である可能性は逆に低い。
恐らくは、誰かが作ったものをたまたま利用したか、何かの理由でわざわざ作らせたのだ。
では、作ったのは誰か? いうまでもなく妖器師だろう。
それなら、この扉を作った者を探し出せば、石造りの空間へ行く方法がわかるかもしれない。いや、扉を作った本人でなくとも、同業者、とりわけ制作者本人より技術、能力の優れた者なら、どうすればよいかわかる可能性があった。
グドンはすぐに脳内にあるすべての情報の中から必要なものを探した。
情報の塊をいったん細かな粒子に分解し、その中から、妖器や妖器師と札のつけられる情報を選り分けた。さらにその中から扉や空間移動に関するものを選んでいく。
期待半分、諦め半分のグドンだったが、出てきた結果に彼は驚愕した。まさにその条件にドンピシャな妖器師の名前があがったのだ。
ジョフウコ(如風蠱)、妖族。特級妖器師。扉を使用した妖器の作製に長ける。託宣都に居住していたが、三百二十六年、失踪。妖器の研究、作製に打ち込むあまり、その過程で多数の犠牲者を出した。死者、行方不明者は百人を超える。天才の呼び名を持ついっぽう、狂人と見なす者も多い。作製された妖器は現在、使用禁止。死刑を逃れるため逃走中か。
情報には彼の容貌及び全身の模写も添えられていた。
一見五十代と思える痩せぎす長髪の男だ。長髪はおしゃれのためでなく、外観への無関心から来たものだろう。浮浪者のように汚れがめだち、かなり白髪も混じっている。
不細工な容貌ではないが、じっと前を見る眼は異様だ。どこか不気味に感じるのは、極限まで薄い唇のせいもあるかもしれない。模写がどこまで正確かわからないが、模写の通りなら、決して近づきたい相手とは思えなかった。
目の前の扉はこの男が作ったものに違いない。
グドンにはそんな予感がした。
仮にそうなら、彼を探し出せば、扉が開けられるかもしれない。問題は、五十年近く前に失踪した男をどうやって見つけるかだ。だが、グドンにはそのことに目算があった。
彼は、まず自分の容姿をコタンフに変えた。そのうえで、いったん姿を消し、廃墟を離れることにした。廃墟の外では誰が見張っているかわからない。
外へ出ると辺りはもう夜の帳が下りていた。
付近には明かりもないから漆黒の闇だ。気温も零度近くまで下がっている。
グドンは地上三十メートルほどまで上昇すると、前方を凝視した。
廃墟を離れると、その先、天妖都まではほとんど何も建造物ない。小高い丘はあるし、人の通る道は曲線を描いているが、地平線までずっと前方が見渡せる。
その地平線が、グドンの脳裏で瞬時に拡大され、鮮明になった。肉眼では見えなかった天妖都の城壁が幻のように出現する。
次の瞬間、グドンは城壁のすぐ近くまで瞬間移動していた。
彼は背後を振り返り、何も異状が起きていないのを確認した。やはりいっさいの被害を出していない。それが今回の瞬間移動で証明された。
夜を迎えた天妖都では、城壁の門がすでに閉ざされ、辺りは怖いほどに静まり返っている。音といえば、ときおり、城壁の中から住民たちの生活音がかすかに聞こえてくるくらいだ。
グドンはかまわず城壁の上を飛び越えた。無論、姿を消したままだから衛兵に見つかる心配もない。
人のいない場所を探して地上に下りると、そこではじめて、コタンフの姿を現した。
夜といっても、町の中心地にある繁華街はまだ明かりと活気に溢れていた。
グドンは半妖の居住地へ向かいそこで大量の水や食料を購入した。しばらくの間、町には戻らないつもりだった。だから、一応の備えが必要だ。買い物の際は、知らず知らずにボウの分まで購入しようとし、胸に小さな痛みが走った。
必要なものを買い揃えると、来た時と逆のやり方で天妖都を離れ廃墟へ戻った。
今回は、戻ったあとも扉の前では立ち止まらずにそのまま扉の開閉を繰り返し、化け物のいる倉庫が目の前に現れると手を止め、中へ入って扉を閉めた。
これでもう、誰にも邪魔されずにすむはずだった。
たとえ、明日の朝、誰かが彼の様子を確認に来ても、グドンの姿が消えていることに気づくだけだろう。グドンがどこへ行ったのか突き止める能力は、彼らにはない。あったとしても、彼らは倉庫の扉を開けられない。
倉庫の中は不気味だったが、今はそれも気にならなかった。
むしろ、不思議な安心感でほっと心が休まった。
彼は簡易寝台を広げ、そこに腰かけて食料を口にした。
夜明け前に宿を出たあと、何も食べていなかったからさすがに腹が減っていた。ボウのことが幾ら心配でも、半妖の彼はやはり腹が減る。申し訳ない気もしたが、ボウもどこかで温かなスープを口にしていることを願った。もちろん、もし彼女がそれを欲していたとしたら、だが。
腹がくちると、寝台で横になった。
これから彼がやろうとしていることは、時間が必要なはずだった。だから、いつまでも不眠不休というわけにはいかない。ボウを救いたいなら、自分の体調にも十分気を付ける必要があった。
眠れないことを心配していたグドンだったが、実際は、あっという間に眠りに落ちた。
何も夢は見なかった。
次に目が覚めたときは、頭がすっきりし体力も完全に回復していた。
今がまだ夜明け前なのか、もう正午近いのか、まったく見当もつかなかったが、確かめる気も起きなかった。倉庫の中で作業をするのに、昼も夜も関係ない。
グドンは少しだけ水を口にすると、気を落ち着けるように胸を大きく上下させ、すぐに作業に取り掛かった。
手始めに、一番手前の木箱に近づき木箱の蓋を開けた。
さあ、鬼が出るか蛇が出るか?
グドンは期待半分、怖れ半分で胸を膨らませながら箱の中を覗き込んだ。




