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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第三章 天妖都
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153/203

153 失望

 探すまでもなく、グドンはすぐに見つかった。

 ほどなくして、泊まっていた宿に自ら帰ってきたからだ。

 宿の周りに何人もの目つきの悪い男たちがうろついているのを見て、グドンはすぐに何か異常が起きたと悟った。

 この宿で異常が起きるとすれば、グドンとボウに関係したこと以外には考えられない。

 まず心配したのは、ボウの安全だった。

 この町に彼女を傷つけようとする者がいるとは思えなかったが、何事にも絶対はありえない。逆にいえば、彼女が被害に遭っていなければ、あとはどうでもよかった。

 まずは彼女がまだ宿にいるか、こっそり確認しようと考えた。今は、逸る気持ちに負けて大騒ぎをし墓穴を掘るのが何よりもよくない。

 だが、すぐに思い直し、そのまま宿の玄関へ足を向けた。うろつく者たちの中に、知り合いの顔を見つけたからだ。仮眠所で一緒だった情報局のヤスだ。

 近づくグドンの姿を確認すると、ヤスもホッとした顔で彼に駆け寄った。

「問題が起きたの」

 彼にそれだけいうと、部下に乗り物を用意するよう命じる。

 かん口令が敷かれているのか、グドンが何を訊いても彼女は答えようとせず、ただ一言、

「ボウはもうここにはいない」

 と事実だけを告げた。

 安全でいるかどうかも明言しなかった。これで、何かまずいことが起きたと思わなければ、どうかしていた。

 悔やまれるのは、ボウを一人残して宿を離れたことだ。

 それにしても、これほど早く情報局が二人の居所を突き止めるとは思ってもいなかったし、こんなところでボウの身に危険が及ぶ何かが起きるとは想像さえできなかった。

 一番に考えられるのは、二人がこの宿に泊まっているのを情報局が突き止め、とりあえずボウだけを確保して、どこかへ連れ去ったということだろう。だが、連れ去ってどうするつもりかはさておき、グドンの見るところ、そんな単純な話ではない気がした。

 もし、情報局が連れ去っただけなら、ヤスが隠さずそう告げるだろう。

「どこへ連れていく気?」

 馬車が走り始めると、さすがに我慢できず、グドンはヤスを問い詰めた。 

 憤りの籠った声に、彼女もこのまま沈黙を続けるのは難しいと判断したようだ。小さな声で、

「廃墟の地下にある扉のところよ」

 と答えた。

 廃墟の扉?

 ケンシの家に置手紙を残したこともあり、情報局が扉を再度確認するだろうことは、グドンも想像していた。倉庫や鍾乳洞の存在は、天妖都全体にとっても大事件だろう。

 だが、これほど急いでグドンの行方を探し出し、ボウだけを連れ去るというのは、どう考えても理屈に合わなかった。どこにそんな必要がある?

 廃墟に到着し、馬車を下りたグドンは、制止しようとするヤスの手を振り払い、寝台下の入口を通って地下にある扉へ急いだ。

 彼の想像が正しければ、そこでチンスが待っているはずだった。ヤスが何も話さないのは、チンスが「何も話すな」と口止めしているからに違いない。つまり、自分の口からグドンに何かを告げたいのだ。それなら、直接彼女と会って話をするしかなかった。

 チンスは、扉の前で地面に座ったまま呆けた顔をしていた。

 そんな魂の抜け殻のような彼女を見るのは、グドンもはじめてだった。

 それでも、グドンが来たのに気づくと、彼女は立ち上がって尻の汚れをぱんぱんと叩き落とし、いつもの“出来る上司“の顔に戻った。

 彼女は、何が起こったのか、ありのままをグドンに語った。

 ただ一つだけ、ボウがここへきたのは自主的に協力を申し出たからだ、と嘘をついた。

 それが嘘であることは、グドンにもわかっていたが、あえて何もいわなかった。証拠がない以上、いったところで時間を無駄にするだけだ。グドンの帰りを待たず、ボウが一人で自らここへくることなどありえない、とチンスもわかっているだろうから。

 それより、事情が分かった今は、一刻も早くボウを助け出すことだ。

 その思いはチンスも同じらしく、どんな協力も厭わないと申し出た。その口調から考えるに、ボウがドアの向こう側に閉じ込められたことは、彼女にとっても予想外だったようだ。

 当然のことながら、グドンはまず扉を開いてみることにした。

 一度目は隧道へ出た。二度目は鍾乳洞、そして、三度目は倉庫が現れた。

 背後でチンスの指示を待っていた部下たちは、木箱を運び出そうと動き始めたが、その動きより早く、グドンは再び扉を閉じた。

 全員がまずグドンへ、それからチンスへ視線を向ける。

「運び出すのはやめたほうがいい」

 グドンはきっぱり断言した。

「あなた方に腹を立てているからじゃない。ここにいる奴らは、あなた方の手に負える相手じゃない。一体でも目を覚ませば、たぶん、町ごと破壊されてしまう」

 チンスは考える目になった。

 木箱の怪物を倉庫に放置したままで上司が納得するとは思えなかったが、グドンの協力が得られない以上、彼女はそれに従うほかはない。

 チンスは仕方なく頷いた。

 グドンが再び扉を開ける。四度目はまた、隧道へ戻った。

 思った通りだ。ボウが閉じ込められた石造りの空間へは、何かしない限り二度と繋がることはない。

 それでも、試しに何度か開閉を繰り返したが、四か所目の目的地が現れることはなかった。

 グドンは手を止め唇をへの字に歪めた。

 自分は何をすべきだろう?

 今できることが幾つかある気がした。

 一つは扉の仕組みを探り、自分で四か所目の扉を開く方法を見つけることだ。しかし、それには時間がかかりそうだ。

 もう一つは、チンスの上司のところへ乗り込み、何をやったのか問い質すこと。今回の一件が、事故ではなく故意になされたのは間違いない。故意なら、それを仕組んだ奴がいるはずだ。その誰かを探し出し、事情を白状させる。それが一番の近道に違いない。

 最後は、この扉を破壊することだ。破壊すれば、ボウが二度と戻れなくなる可能性もあるが、目的地がすべて明るみになる可能性も少しはある。さらに、今回の一件を仕組んだ者も扉を破壊されることは望まないはずだ。焦ってグドンの行動を止めようとすれば、その際、馬脚を現す可能性があった。

 しかし、現実的なのは一つ目のやり方だ。二番目、三番目のやり方は、それが駄目だったときの最終手段だった。

 グドンは、先ほどのチンス同様、扉の前に腰を下ろし胡坐をかいた。扉に腕を伸ばし掌で触れて仕組みを感じとろうとする。

 見ていたチンスたちはため息をつき、首を振った。

 気持ちはわかるが、そんな簡単に扉の仕組みがわかるのなら誰も苦労しない。そんな思いが表情に現れている。

 だが、次の瞬間、グドンの姿が透明になり、目の前から消えると、全員が「あ!」と大声を上げた。

 何が起こったのか、誰にも理解できなかった。

 グドンは扉に吸い込まれたのか? それとも、自ら扉をすり抜けた? すりぬけたとしたら、どこへ? 

「静かにして!」

 部下を怒鳴りつけたチンスだったが、自分も胸の高鳴りを抑えることはできなかった。

 グドン、あなたは何者なの? いったい、どれほどの能力を隠しているの? 上司たちの彼に対する執着から、グドンの能力を出来る限り高く評価していたつもりだったが、それでも、結果として過小評価しすぎていた自分に気づいた。

 等級四十? 本当に笑わせてくれる。

 チンスの口元から小さな歯がのぞいたのを見て、部下たちはホッと胸を撫で下ろした。

 一時のショックからやっと少し回復したらしい…。

 そのとき、グドンは隧道に繋がる通路に現れていた。

 彼の予想通り、開くことのできる扉は今もすり抜けることが出来るようだった。

 このことはすでに実証済みだったし驚きもしなかったが、意外だったのは、透明になり扉に触れたとき、彼には三つの目的地が同時にはっきり見えたことだ。隧道、倉庫、鍾乳洞。つまり石造りの部屋を含まない残りの三か所だ。その瞬間、彼は、扉の仕組みが朧気ながらわかった気がした。

 仕組みは一言で表現するなら鍵穴だった。

 三か所の目的地の前には、鍵穴の形をした三つの入口が見える。穴の中は漆黒の闇だが、その上方に目的地の情景がかすかに見えた。まるで、その穴がどこへ繋がるか表示されているように。

 こうした仕組みが元々あったものなのか、グドンを揶揄うために今回に限り作られたものなのかはわからない。普通で考えるなら、扉の製作者にこうした表示が必要だったとは思えないから、後者と考えるべきだろう。

 それはともかく、表示のある場所は鍵が開いた状態を示しており、自由に出入りできる。表示がない目的地は鍵が閉まった状態で出入りできない。そういうことのようだった。問題は、どうやれば表示のない鍵穴を開けることが出来るかだが、残念ながら、その方法がグドンにはさっぱりわからなかった。

 今の自分には石造りの空間へ繋がる扉を開く能力はない。グドンはそう確信した。あと一歩で何とかなるというのではなく、百歩も千歩もの距離がある。

 諦めたグドンは隧道側から再び廃墟側へ戻った。

 戻ったとき、そこにはもうチンス一人しか残っていなかった。

 ほかの者たちは別の任務に戻るよう、チンスから命じられたに違いなかった。

 木箱の運搬の必要がなくなり、倉庫や鍾乳洞に閉じ込められていた罪人が連行された今、彼らが残っていてもやれることは何もない。

「おいらに話しかけないで。今は何も聞きたくない」

 チンスが口を開く前に、グドンは機先を制した。

「気持ちはわかるわ」

 彼女が言うのを無視して、グドンは扉の前に再び腰を下ろした。

 背後から、チンスの大きな溜息が聞こえてくる。どんな顔をしているかも、グドンには想像がついた。

「何か必要なものはない? 食料とか、簡易寝台とか…。しばらくここにいるつもりなら、何でも運ばせるけど」

 グドンは首を振る。

「必要なら、自分で町まで取りに行くよ」

 その言葉に、チンスは強い拒絶を感じた。

 彼女はいったんグドンに背を向けかけ、悩んだ末、もう一度振り返ると口を開いた。

「わたしの見る限り、上層部はあなたにこの町から離れてほしくないんだと思う。あなたとボウは今日にも町を離れるつもりだったでしょ? 彼らはそれを感じとったのよ。だから、ボウを人質に取った」

 それはつまり今回の一件が故意になされたもので、チンス自身もそれに一枚噛んだ、と認めたことを意味する。

「だから、あなたがこの町に残ると確信が持てれば、彼らはボウを解放するかもしれない」

 チンスなりの誠意は伝わったが、それでもグドンは彼女を許す気になれなかった。

「言いたいのはそれだけ?」

「いいえ」

 曲がりなりにも彼が返事をしてくれたことで、チンスは気持ちを抑えきれなくなった。

「わたしもグドンにここに残ってほしい。わかる? これは千載一遇の好機かもしれないでしょ? 自分を強くする好機。強くなれば、もう誰もあなたやボウにひどい真似はできないわ。たとえば、今回のことのようにね」

「好機?」

 無表情な顔でグドンが振り向いた。

「そう。もっと強くなって、あなた自身やボウを守りたいと思わないの? その気があるなら、わたしも手を貸す」

「強くなれば守れるの? 強くなれば、幸せになれる?」

 チンスのいう意味を理解しながら、グドンはあえて訊いた。

「今のあなたよりはね」

「じゃ、今のチンスはおいらより幸せ?」

 言われたチンスは言葉に詰まった。今回の一件があり、自分の立場と無力さを思い知らされた。これほどの屈辱と羞恥心を感じたことはかつて一度もなかった。今の自分は、幸せとは一番無縁な存在だ。

「半妖は人族より幸せ?」

 とグドンは続けた。

「妖族は半妖よりも幸せ? 力関係でいうとそうなるよね? だけど、今のチンスを見ていて、とてもそうは思えないよ。結局、力はもっと大きな力に負ける。どうせ誰かの奴隷になるくらいなら、力なんて必要ない」

 奴隷とはもちろんチンスのことだ。彼女の心を傷つけていると承知しつつ、それでもグドンは口を噤むことはできなかった。

「おいらは、この町の誰よりも強かった人を知ってるよ。でも、その人は幸せじゃなかった。それどころか、自分の家族さえ守れなかった。だったら、力はどんな役に立つの?」

 黙ってしまったチンスを見て、グドンは視線を扉へ戻した。

「もうあっちへ行ってよ。できれば、おいらの前に現れないでほしい。たぶん、もうあなたとは友達にはなれそうにないから」

 チンスは黙って頷くと、廃墟へ通じる出口のほうへ戻っていった。

 こんな立場に自分を追いこんだ奴を絶対に許さない。

 彼女はそう心に深く刻んだ。

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