146 二人の決断
「それより、わたしたちは今、この町に留まるかどうか話し合うべきじゃない?」
ボウが優しく指摘した。
こうした彼女の冷静さが、グドンは一番好きだった。
彼が道に迷っているとき、彼女はいつも羅針盤代わりになってくれる。
今一番大切なのは、まさに町を離れるべきか否かを考えることだ。
「おいらは、もう潮時かもしれないと思う」
グドンは本音を話した。
「ケンシさんたちのことは、どうするの?」
訊かれてやっと、グドンは、ケンシの妻を倉庫へ閉じ込めたことを話した。
話を聞き終えたボウは、深く溜息をついた。
ミトが今、どんな状況にいるかよりも、彼女はむしろ、壊れてしまったケンシたちの夫婦関係と二人のこれからに強い感慨を抱いた。
グドンと自分にもいつかケンシと妻ミトのような関係になってしまうのだろうか?
啓示を受けたボウが自らグドンを裏切ることは考えられない。だが、グドンはどうだろう? 彼にとって、自分は生涯唯一の存在ではない。そう思うと胸が苦しくなった。
「彼らを今後どうするかは頭の痛い問題ね」
自分の本心を隠し、ボウはやっとそれだけ言った。
「ケンシたちが戻ってきて、どうするか自分たちで決めてくれるのが一番いいと思う。だから、天妖都を離れないで彼らの帰りを待っていたんだけど…。それも、限界が近づいてきている気がする」
「このまま放置しても、誰かが彼らを解放する気もするけど」
ボウがふとそう呟いた。
その言葉に何かヒントを与えられた気がして、グドンがおやっと目を上げた。
「以前から、何かが胸の奥にひっかている気がしてたけど、それが何かわかった気がするよ」
とグドンは言った。
「どういうこと?」
「いい? 廃墟の入口のことや不思議な扉のことは、おいらたちだけじゃなく、ケンシたちも知っていたし、ゴヒも知っていた。今はきっと、チンスたち情報局の局員も知っているに違いない。なのに、彼らはどうして何も行動を起こさないんだろう?」
「グドンが言いたいのは、つまり…」
ボウは彼の思考に必死でついていこうとした。
「彼らはなぜ、下へ下りて行って、扉を開けてみないのか? そうすれば、すぐ何もかもわかるのに。ゴヒやミトに会って話を聞けば、扉の行く先が三か所あることや、おいらとボウのことも詳しくわかったはず。なのに、そうしていない。なぜ?」
ようやくボウも彼のいう意味がのみ込めて頷いた。
「そのことでは、わたしも少し変に思っていたことがあるわ」
「おいらが今話したこと以外で?」
「以外というか、別の点からわたしは不思議に思ったの」
「別の点?」
「ええ。ゴヒさんたちがはじめてあの扉を発見したときのことよ。彼らが扉を開けたとき、それがたまたま隧道へ繋がっていた偶然は理解できる。でも、彼らが隧道を探索している間、扉は開いたままだったのかしら? 可能性は高くないでしょ? きっと一度は閉めたはずよ。それなら、扉の内側に残った者がいたとしても、もう一度扉を開いたとき、また隧道へ繋がったという偶然はあり得ないわ。奇跡よ」
だとしたら、どんな可能性が考えられるだろうか?
倉庫や鍾乳洞の存在は大騒動になっていてもおかしくない。つまり、彼らは倉庫や鍾乳洞の存在は知らず、隧道にしか出入りできなかったのではないか? そういうことだ。ボウの話のように、何度も偶然が重なったというより、彼らが触れたとき、きっと扉は隧道へしか繋がっていなかったのだ。
「それともう一つ、おいらはボウに話すことがある」
さらにグドンには何か自分に話してないことがあると知り、ボウはがっかりした表情になった。彼には幾つも隠し事があるとわかったのもそうだが、それ以上に、話の内容が何やら悪いことのような予感がしたからだ。
それにはかまわずグドンは、二人が隧道から廃墟へ入って天妖都へやって来たことや、さらに彼が情報局に入ったことなど、すべてが誰かの策略らしいということを彼女に打ち明けた。
「それはつまり、わたしたちがずっと誰かに監視され、操られてきたということ?」
「そういうこと」
「でも、誰が? いったい何のために? それに、どうして、わたしたちが隧道をやってくるとわかったのかしら?」
ボウも、グドンとまったく同じ疑問を口にした。それに対し、グドンは首を振るしかなかった。
「わからない。だから、今は向こうの反応を待っているところ。でも、そんな危険を冒すのはやめて、すぐに町を離れたほうがいいかもしれない」
彼の言葉に、ボウもすぐさま頷いた。
「わたしもそれに賛成よ」
「この町を離れてしばえば、相手の思惑が何であろうと、もうおいらたちには関係ないしね」
あとは、ケンシたちの帰りを待つかどうかだ。
話し合いの結果、二人はケンシには手紙を残し、明日にも町を離れることにした。
手紙には、ゴヒとミトの関係や廃墟でのいきさつ、彼らをどこに監禁しているかもすべて書くことにした。もちろん、ミト自身の手紙を添えてだ。
手紙を残せば、内容が情報局に知られる恐れはあったが、ケンシは殺害未遂や不倫の被害者であり、加害者側ではない。処罰を受けることはないはずだった。処罰を受けるなら、ゴヒたちに手を下したグドンだろう。
確かに、不倫という醜聞はケンシには辛いだろうが、情報局にとってはどうでもよいことだ。むしろ、手紙を盗み見した情報局が、ゴヒやミトたちを罪人として処罰してくれれば、ケンシはもちろん、グドンにとってもいうことはなかった。
グドンとボウは人族の居住地へ行き旅館を見つけると、今夜泊まる部屋を確保した。
もちろん、部屋は一室だけ。
二人はとうにそのつもりでいた。これまでそうしなかったのは、ただ機会に恵まれなかっただけだ。隧道内はいうまでもなく、情報局の仮眠所もあまりに人目が多すぎたし、そんなことのできる雰囲気ではなかった。
部屋をとったあと、グドンは一人、コタンフの姿に変装し半妖の居住地へ向かった。
別にグドンの姿のままでもかまわなかったのだが、情報局に二人の行方が知られるまでの時間を、少しでも遅らせたかった。といって、人族の姿で出向くのは、さすがに他者の注意を引きすぎる気がした。
予想どおり、ケンシはまだ天妖都へ戻っていなかった。
グドンは予め用意した手紙を入口の扉の下から差し込むと、尾行されないよう細心の注意を払いながら、ボウの待つ宿へ戻った。




