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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第三章 天妖都
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143/203

143 大間抜け父子

 父親バクが帰宅したのを知ると、キョウは脱兎のごとく玄関へ飛び出していった。

 こんなことは、こどものころ、バクが約束のおもちゃを抱えて帰ってくるのを玄関に迎えに出て以来のことだった。

 訝し気に眉を顰めるバクに、キョウは気味の悪いへらへら笑いで応じた。

 バクは何やらよからぬ予感がした。

 出来の悪い息子が自分に媚を売るときは、決まって何か面倒なお願いが待っている。

 こどものころ、気に入らない人族を叩きのめし、それを隠ぺいする手助けを求めてきたときもそうだったし、まだ十代の初めだったころ、自分より二十歳以上年上の女性教師に愛を告白し、しつこくつき纏ったことで問題になったときもそうだった。

 とにかく、キョウが父親の力を必要とするときには碌なことがなかった。

「今度はなにをやったんだ?」

 息子の顔すら見ず横を通り過ぎながら、バクは仕方なく問いかけた

 父親が外出着から部屋着へ着替える間、キョウはグドンの一件を詳しく話して聞かせた。

 二人の会話が聞こえたらしく、途中から、姉のジョウジョウも姿を見せ加わった。

 着替えの手を止めず、関心なさげに聞いていたバクだったが、話が情報局のチンスや半妖の失踪に及ぶと少し表情が変化した。

「そのグドンという青年と半妖の失踪には、本当に繋がりがあるのか?」

 息子の話が終わるのを待ち、リビングの椅子に掛けたバクははじめて息子に目を向けた。

「間違いないよ。グドンが半妖の居住地をうろつくのを見た者がいるし、チンスは明らかにこの件で奴を庇おうとしてる。関係がないなら、そんなことする?」

 キョウは自信満々に頷く。

「その程度では何の証拠にもならないな。それに、チンスがなぜそんなことをする?」

「グドンが情報局の仲間だからと彼女は言ってた。だけど、そんなことはありえるかな? 町へ来て一日二日で、情報局の局員になるなんて、そんな話は聞いたこともないよ。それに、奴は等級が四十しかない。とりわけ優秀なわけでもないんだ」

「で、おまえはその青年から、彼女を横取りしたいわけか?」

 バクは息子の本音をずばりと指摘した。

 駄目息子のキョウが、情報局の不正や半妖の失踪に関心があるとは夢にも信じていなかった。それは、父親であるバクが一番よく知っている。

「結果がそうなれば嬉しいけど、それより、不正は許せない」

 バクが思わず失笑すると、照れたようにキョウは視線を逸らせた。

 そのとき、姉のジョウジョウが父親に歩み寄り何か耳打ちした。

 バクが「ほう?」と片眉を吊りあげ、

「その子はそんなに美人なのか? 若い女性の仙族がこの町へ来るなんて珍しいな」

 と言った。

 この町での生活で一番の難点は、仙族の数が少なすぎることだった。とりわけ、若い仙族は数が限られている。それゆえ、ジョウジョウやキョウの伴侶探しに関しては、父親であるバクはずっと気にかけていたし、後ろめたさも感じていた。

 この町へ移住し留まることになったのは、バクに原因があったからだ。富や権力に強い執着心のある彼は、仙族の町ではうまくやっていけなかった。挙句に仲間と諍いを起こし、暴力を振るった。そのことで、ここへ逃げてくる羽目に陥ったのだ。

 それを後悔してはいなかったが、結果として、こどもの将来を狭めることになった。そのことでは常に忸怩たるものを感じていた。とりわけ伴侶探しについていえば、啓示による伴侶は望むべくもなく、相応しい年ごろの交際相手を見つけるだけでも四苦八苦した。本来なら仙族が大ぜいいる町で生活すべきだが、バクはこどもたちにそうした環境を与えてやれない。

 この町では、仙族は仕方なく臨時の恋人を探すことになった。仙族の中にその相手が見つかればよいが、難しければ他種族の男女も候補に入れることになる。仮面を被ったまま、もちろん、魂の繋がりも持てず、形だけの関係に終わる。それは、仙族にとって苦痛以外のなにものでもなかった。

 そうした事情もあり、ボウの存在を聞いたとき、バクは何とか息子の力になりたいと親心を駆り立てられた。ジョウジョウがいうように、美人で気立ての良い子であれば、キョウのようなバカ息子でもうまくリードしてくれるかもしれない。

 もちろん、その際、ボウの意向は基本的に無視するつもりだった。

「グドンという青年に、後ろ盾がいるんじゃないだろうな? チンスが気にかけているのは、そういうことじゃないのか?」

 一番肝心な点を、バクは改めて確認した。力で相手をねじ伏せようとする以上、相手の力の背景を把握していなければ話にもならない。

「大丈夫。奴はただの落ちこぼれだよ。田舎者の半妖にどんな後ろ盾がいるっていうの? 二人とも、ほとんど無一文でこの町へ来たというし」

 キョウの言葉に、姉のジョウジョウも頷いた。

「その点はわたしも保証するわ。ボウは、二十万のはした金でさえオロオロして、欲しい物を買うのを諦めたくらいだから」

 やっとバクはその気になったようだ。

「まず、チンスを呼びつけて話を聞いてみよう。すべてはそれからだな」

 情報局のチンスとはもちろん面識があった。頭のいい女だという噂を聞いたことはあるが、詳しいことはわからない。確か、等級は八十に届いていなかったはずだ。それなら、力で黙らせるのは難しくないはずだった。

「だが、たとえうまくいったとしても、そのボウという子に無茶はするな。天妖都に住んでいるといっても、仙族の間で悪い噂が立つのは困るからな」

「わかってるよ。大丈夫。向こうもおれの魅力にすぐ気づくさ」

 安請け合いすると、キョウは胸を張って見せた。あの女はもうおれのものだ、と思っているのが見え見えだった。

 そんな息子の空威張りを見て、バクも苦笑するしかなかった。


 翌日の朝、局に顔を出したチンスは、バクからの伝言を受け取った。

 いや、伝言というより、呼びだし状だ。半妖失踪の件で話を聞きたいから、自分のところへ来いと書かれてあった。

 他局の者、それも等級がほとんど違わない者を一方的に呼びつけるなど、普通はあり得ない。

 やっぱり来たわね。

 チンスはすぐに事情を察した。半妖の居住地で彼女に脅されたと、キョウが父親に泣きついたのだろう。グドンが半妖の失踪と関係していて、それをチンスが隠蔽しようとしているとでも言ったのかもしれない。

 間抜けはどこまでも大間抜けね。

 そう思ういっぽう、このことが自分には有利に働くかもしれないという気がした。キョウの父親が出てきたことで、もう自分一人でどうこうできる話ではなくなったからだ。

 元々、チンスが好きで抱えている案件ではなく、上司からの命令で仕方なくやっていたことだ。いうなら、彼女にはどうでもいい話なのだ。それなら、これからはもっと上の者にキョウの相手をさせればよい。

 そうした背景をキョウは知らない。わたしを打ち負かせば、それで勝ちだと思い込んでいる。実際はもっと上のものを相手にしているのだが、そのことに気づいていない。

 それにしても、父親のバクまでこれほど愚かだとは…。

 バクは自分が手を出せる案件だとでも思っているのだろうか? 下調べもしていないの? 下調べもしないでわたしに喧嘩を売った?

 だとすれば本当に救い難い。 

 とはいえ、バクやキョウはどうでもよかった。彼女の関心は、あくまで命令を出した者がどう反応するかだ。それを見るのが楽しみで仕方なかった。

 これで、グドンとの関係や、いったい何がしたいのか見えてくるかもしれない。

 チンスは迷わず上司バンゴコウの部屋の扉を叩いた。

 扉を開けて入ってきたチンスが、何とも嬉しそうな顔をしているのを見て、バンゴコウは苦い顔になった。

 これは何だか嫌な予感がする。

「グドンが面倒に巻き込まれようとしています」

 弾けるような笑顔でチンスは言った。

「彼はもう情報局にはいられないかも。安全局のバクが絡んでいるみたいですから」

 大声で笑い出しそうになるのを必死で堪えながら、チンスは相手の反応を窺った。

「安全局のバク? まあ、座ってくれ。ゆっくり話を聞こうじゃないか」

 向かいの椅子に手を差し伸べながら、バンゴコウは内心舌打ちしたい思いだった。

 安全局のバクだと? あいつに何の関係があるんだ?

 仙族の中年男の顔を思い浮かべ、心中、愚かな奴めと毒づいた。自分から火山の噴火口へ飛び込もうとしている。しかも、そのことに気づいてさえいない。

「その前に、きみがどうしてそんなに嬉しそうなのか、その理由を知りたいね」 

 バンゴコウはこのときはじめて、ほんの少しだけチンスに対し仲間意識を感じた。正直にいえば、グドンという青年の背後に誰がいて、そいつが何をしたいのか、チンス以上に彼も知りたいのだ。

 だが、それが誰で、どんな目的があろうと、わたしはそいつに絶対に逆らわない。きみとわたしの違いはそこにあるんだよ、チンス。

 二人はにこりと笑って互いに見つめ合った。

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