140 探偵キョウ
キョウは、任務のために姉やボウとの買い物に参加しなかったわけではなかった。
彼にはほかにやることがあった。
それは、半妖の居住地でグドンの素性を探ることだ。
グドンの出身が渉不城であることは、アダからもらった情報ですでに知っていた。しかし、だからといって、彼が直接渉不城へ出向いて、半妖たちから聞き取りをするわけにはいかない。渉不城は遠すぎるうえ、よそ者を一切排除する土地としてもよく知られていた。
そうであれば、天妖都にいる半妖たちに訊いて回るしかなかった。
もちろん、渉不城から来たグドンについて、詳しい事情を知る者はいないだろうが、ほんのわずかな情報でも、今のキョウには貴重なものになるはずだった。
ボウとグドンは、あの若さで渉不城を離れ、知人もいない天妖都をうろついている。きっと何か裏があるに違いないと彼は睨んでいた。
もしかすると、何か仕出かして渉不城を逃げ出してきたのかもしれないし、許されない仲で駆け落ちするしかなかった可能性もある。
そうした尻尾を掴んで脅してやれば、グドンをここから追い出すのはた易いはずだった。
しかし、二人に関する調査は、彼の思い通りには進まなかった。
元より、半妖が他種族である彼に非協力的だったこともある。やっと見つけた、お金や権力に弱い半妖たちも、グドンやボウのことはもちろん、渉不城についてもほとんど情報を持っていなかった。
渉不城は、同じ半妖にとっても特別で、隔絶された土地であるらしい。このときになって、キョウはやっとそのことに気づいた。
だが、そのいっぽうで、キョウの行動は意外な収穫をもたらした。
ここ数日、彼らの居住地から、複数の半妖が姿を消したという情報を聞きつけたのだ。しかも、半妖が姿を消したのとグドンたちが天妖都へやってきたのは、時期がほぼぴたりと一致するという。さらに、姿を消した者の中にはミトという半妖がいて、彼女が姿を消すのと前後して、グドンと思しき青年がミトの夫ケンシを訪ねてきた、と証言する者がいた。
これは非常に重要な情報だった。仮に、グドンとケンシが知り合いなら、彼女たちの失踪にもグドンが関わっている可能性がある。
これは面白くなった、とキョウは内心ほくそ笑んだ。
グドンが犯罪者ということになれば、奴をボウの前から消し去るのはいとも簡単だ。
とはいえ、仮にグドンと半妖の失踪が関係していたとしても、キョウには、それを捜査する権限がなかった。権限もなく勝手な真似をすれば、自分のほうが処罰されかねない。
彼にとって幸いだったのは、ごく身近に権限を持っている知り合いがいたことだ。ほかでもないキョウの父親バク(莫)だ。
バクは天妖都で安全局の幹部を務めていた。
安全局とは、簡単にいえば、都の保安を担当する部門だ。犯罪の防止や犯罪者の拘束を主な仕事としている。等級八十一のバクは、安全局にあって、現場を指揮する部門長の座にあった。彼以上に、今回の一件を探るのにふさわしい者がいるだろうか?
キョウは内心、小躍りしたい心境だった。
ところが、大喜びでその場を離れようとした彼の前に、思わぬ者が立ちはだかった。
「あなた、ここでおかしな真似をしてるそうじゃないの」
まだ十代と思えるその小柄な娘は、キョウへ小馬鹿にするような視線を向けた。
「何だ、おまえは?」
キョウも不愉快を露骨に顔に出して言い返す。言い返しながら、相手をどこかで見た顔だと思ったが、すぐには誰なのか思い出せなかった。
娘は、彼の目の前で、自分の身分証をちらつかせる。
チンス、妖族、等級七十九。
それを見た瞬間、キョウは相手が誰か思い出した。思い出したとたん、顔がみるみる蒼ざめる。
情報局の奴だ! 七十九ということは幹部に違いない。その幹部におれはさっき喧嘩を売ったのか?
「グドンのことで、何か調べてるの?」
無意識に体が震え始めていたキョウが、チンスにそう訊かれ、なぜかほんの少し余裕を取り戻す表情になった。
グドン? 相手もグドンを知っている? 彼は内心首を傾げた。ひょっとして、これは情報局が何かの理由で奴を疑い調査しているということか? 失踪した半妖たちの一件でここに網を張っていた?
もしそうなら、キョウの前へ彼女が現れたのも偶然ではなかったことになる。網を張っていたところへ、キョウがのこのこ現れ、グドンのことを訊き回ったので、彼らの関心を引いた。そういうことだろう。
普通に考えるなら、グドンが半妖の失踪に何か関りがある、と彼らが疑っているとみるべきだ。それなら、自分と情報局は、利害、立ち位置が同じなのではないか?
キョウはホッとすると同時に、仲間を見る目でチンスを眺めた。
「チンスさん、お仕事を邪魔する気はなかったんです」
思わずキョウは笑顔になった。
「ただ、その小僧に騙されそうになっている可哀そうな女性をいて、彼女を何とか救えないかと思っただけなんです」
「へえ」
と、チンスは目を丸くしてみせた。
「ご存じでしょうけど、奴は渉不城の出身です。渉不城で何か良からぬことをしでかして逃げてきたらしい。わたしの憶測では、ここの半妖の一部にそのことを知られた。で、口封じをしたんでしょう。ここ二日余りの間に何人かが失踪しています。こんなこと、良心のある者なら、放ってはおけないですよね?」
今回のチンスは本当に驚いて目を丸くした。彼女は、目の前の若造から新たな情報を教えられるとは思っても見なかった。
グドンの出身は渉不城? そこで何か良からぬことを仕出かしたですって?
チンスは、ほんの少しだけキョウに対し優しい気持ちになった。裏にどんな思惑があったにせよ、この大間抜けが自分の力になってくれたのは間違いない。
「いい? よく聞くのよ。グドンは情報局の構成員なの。あなたのいう犯罪者じゃない。彼に騙されている可哀そうな女性もいない。半妖の失踪とは何の関係ない。だから、この件からはいっさい手を引くこと。わかる?」
驚愕のあまり、キョウは口をパクパクさせたが、言葉が出なかった。
天と地が逆転した思いだった。
グドンが情報局の構成員? そんなことはありえないだろう?
キョウのこうした動揺と混乱が治まるまで、チンスは黙って見守った。
「ひょっとして、チンスさんが仰るグドンは、わたしのいうグドンとは別人では…」
何とか反論の足がかりを見つけようと、彼はやっとの思いで口にする。
「わたしのいうグドンは、数日前に天妖都へ来たばかりで、誰も知り合いなどいません。もちろん、情報局の局員のはずがない。ただの落ちこぼれです」
「いいえ。グドンに、わたしのもあなたのもない。ただ一人だけ。大目に見るのは、今回一度きりよ。気が付いていないでしょうけど、あなたは偶然、情報局の役に立ってくれたことがあるの。だから、今回は見逃します。でも、次はないわよ。わかる?」
あの日、グドンが旅館に泊まれないよう細工した馬鹿がいたことを思い出しながら、チンスは言った。
キョウが何か言おうとするのを、彼女は容赦なく遮る。
「わかる?」
口元まで出かかた言葉を、キョウは何とかのみ込んだ。
「わかりました。もうこの一件には関わりません」
もちろん、引き下がる気はなかったが、今はそう答えるよりほかに手がなかった。
きっと、これには裏がある。チンスは何かの理由で、グドンの犯罪を見逃そうとしているのだ。これはとんでもない不正だ。許されない不正だ!
彼の思惑を知る由もなく、チンスはくるりと背を向けると、パッと彼の前から姿を消した。
キョウは、チンスの消えたあたりを指さし、内心罵った。
今に見てろよ。おまえの等級は七十九、おれのおやじは八十一だ。この町では等級が絶対なんだ。わかるか?
必ず吠え面かかせてやる。首根っこを洗って待っているがいい。この、くそ婆!
怒りを露わにペッと地面に唾を吐くと、キョウは半妖の居住地をあとにした。




