136 情報伝送
チンスは施設を出ていった。部屋にはグドンとボヤの二人だけが残った。
ボヤはグドンに座るよう勧め、自分は部屋の隅に設置された装置をいじり始めた。
グドンは改めて室内を見回す。
五十平米もない狭い部屋だ。その三分の一の面積を何かの装置が占めている。ボヤが操作しているのはそれに付属した操作盤だ。
操作盤に向き合うように、他からは隔絶された室のような場所がある。何かの金属で周りを囲まれ、形状からすると、巨大な棺桶を縦置きにしたようにも見えた。
もちろん、どれも、グドンが見たこともないものだ。
下準備が済んだのか、ボヤは一通り操作を終えると、グドンと向き合う形で自分も椅子に掛けた。
「まず、集められる情報がどう構成されているかを説明するわね」
無駄口をたたくことなく、ボヤはすぐに講義を始めた。
「情報は、内部と外部に区分される。わかると思うけど、内部とはここ天妖都のこと、外部は城外すべての地域ね」
その後のボヤの説明によると、内部はさらに八つに分類分割されている。地域による分割が東西南北の四つ。種族による分割は人族が二つ、妖族、半妖を含めたそれ以外の種族が各一つの計四つだ。
外部はまず東西南北で地域が大きく四つに区分され、その四つがさらに小さく六つの区に分けられる。つまり、外部には小さな区が二十四あるわけだ。
内部と外部を合計すると、八プラス二十四で三十二だ。
水準一ではその小さな区ひとつを担当する。つまり、水準一も三十二あることになる。
水準二では、内部が東南、西北の二つと、人族が一つ、妖族とそれ以外の種族が一つに情報が統合集約される。つまり、合計四つだ。
外部は二十四あった小さな区が十二に統合される。
水準三は内部が地域一つ、種族一つになり、外部は全体で六つになる。
水準四は内部の地域と種族が一つに、外部は二つになる。
水準五は内部と外部のすべてが一つに統合される。
これを単純に概観すると、集められる情報は内部よりも外部に比重が置かれているように見える。実は、そうした見方は強ち間違っていない。これは情報の有用性と必要性の問題からきていた。なるほど数量的には内部の情報が圧倒的に多いが、その大半は人族に関するもので、有用性に欠け、町の建設という観点ではほぼ役に立たない。
町の支配者が求めているのは、もっと実用的な“金になるもの”か、町にとっての脅威もしくは勢力拡大に関するものだ。
たとえば、特定の病の治療薬がどこで開発されたか、とか、最近どこで秘境が発見され、そこに何が埋蔵されていたか、とか、どの町の権力者の力が強く、どこが弱いか、町の財力、勢力はどれほどか、天妖都と友好を結びそうなのはどの町か、また敵はどれか、さらに戦闘のためどんな準備をしているかといったものだ。
そう考えると、有用な情報の大半は内部ではなく外部に存在することになる。
外部は地域が広範囲に渡るため、情報の収拾にはより多くの人手と時間を要する。
わずか百三十万の人口の中に、情報局の局員として適格性のある者がそれほどいるわけではないから、その人材を適切に振り向けなくてはならない。それゆえ、どうしても外部に重点が置かれがちなのだ。
ボヤの話を聞き終わったあと、グドンが気になったのは、情報局が渉不城に対してどれほど情報を持っているか、ということだった。
グドンはそれを尋ねたくて仕方なかったが、何とか抑えた。素性はいつかバレるものと覚悟していたが、自分から進んで暴露する必要もなかった。
大まかな仕組みを理解したグドンは、次いで自分が担当する区の説明を受けた。
もちろん、実際にその区域を担当するわけではない。訓練として、その地域の情報を利用するだけだ。とはいえ、使われる情報は偽物ではなく本物だった。
担当する区域に関しては、チンスとボヤの間で意見の相違があったようだ。
少しでもグドンへの負担を減らすため、彼により身近な半妖の情報を担当させようとしたチンスに対し、その情報をグドンが私的に利用するのを危惧したボヤは、彼とはまったく無関係な西部地域の一区を担当させようとした。
職責を考えるなら、二人の意見は内容が逆でもおかしくなかった。
結果的にこうなったのは、多少なりともグドンに思い入れのあるチンスと、まるで感情移入のないボヤの違いからきたものだ。
さらに、チンスの場合は、バンゴコウに対する反感も影響していた。
己の保身のため、無謀で意味のない試みを平気で他者に押し付けるバンゴコウに、彼女は何としても一泡吹かせたかった。
半妖の情報を担当させることは、いわばグドンに対する一種の報酬であり、謝罪の意味合いもあったのだ。
いうまでもないが、結局はチンスの意見が採用された。
「その前に、基礎となる過去情報をあなたに移さないとね」
それまで以上に真剣な眼差しをグドンに向けたボヤは、
「ここからが本番よ。十分な検査や訓練ができていないあなたには、かなりの危険を伴う。いい?」
と念を押した。
グドンが頷くと、彼女は、基礎となる過去情報と新たに集められた情報の本質的な違いについて説明した。
「新しい情報は量が膨大であるだけでなく、多くは利用価値のないいわば屑情報よ。だから、それをあなた自身で取捨選択する必要がある。過去情報にはその必要がない。すでに一度篩にかけられ生き残った情報ばかりだから。過去に水準五まで残った情報でも、基礎として学習する価値のないものはカットされている。それも大量に。ただ、それでも、膨大な量の情報だし、能力のない者が受け入れられる量ではないけど」
そうした基礎情報をグドンが受け入れらるかどうかは、生まれ持った脳の容量次第だ、とボヤは突き放すように言った。
「必要な容量がなかったら?」
訊く必要はないと思いながら、グドンは訊かずにはいられなかった。
「情報局には無用な人材ということね。でも、心配しないで。情報を一度に伝送するような真似はしない。もう限界だと思えば、そこでやめる。どうやら、上の人の命令はそうではなかったらしいけど、それはわたしの管轄外。チンスさんが何とか処理すると思うわ」
つまり、命令では、グドンの容量を超え脳に支障が出ても、すべての情報を伝送するよう指示が出ていたというわけか? いや、それ以前に、こうして事前に詳しい説明をすること自体、命令に背いているのかもしれない。
グドンはチンスに感謝すると同時に、改めてこうした命令を下したのが誰で、どんな目的があるのか知りたくなった。
どうやら、命令元はチンスの直接の上司ではなさそうだ。でなければ、チンスが彼に、妖族の知り合いがいるか、などと訊くはずがない。
「基礎情報を受け入れる前に、質問したいことがある」
とグドンが言った。
「何? チンスの上司のことなら…」
グドンは苦笑して手を振った。
「違うよ。その基礎情報はあなたも脳内に持っているわけでしょ? おいらが訊きたいのは、その所持の仕方だよ。おいらがこれから受け入れるのと同様のやり方で、ボヤも情報を受け入れ、そのままの形で今も所持しているの?」
それから彼は、思い出したように「先生」と付け加えた。
それで相手がどんな顔をするか、とグドンは反応を待ったが、ボヤは微塵もそんなことは念頭にない様子で、薄く口を開けたまま呆けたような視線をグドンへ向けた。
ボヤは、グドンの質問に驚愕していた。彼の口からそんな質問が発せられるとは夢想だにしていなかったのだ。
彼が訊いたのは、いわば情報局の極秘項目だった。
「ボヤ?」
グドンに呼びかけられ、ようやく我を取り戻した彼女は、何とか自分の失態を取り繕おうと無理に笑顔になった。グドンは、チンスから聞いたか何かして、我々に対する基礎知識をすでに持っているのではないか? 彼女はそう疑った。そこで、
「あなたのいう所持の仕方とは、どういう意味?」
と探りを入れた。
「そのままの意味だよ。通常書物を読むように、情報をバラバラに保持しているのか、それとも系統立てて分類しているのか。情報をそのままの大きさで脳内に入れているのか、それとも何かのやり方で凝縮して保持しているのか…」
ボヤは改めてグドンをまじまじと見つめた。
この子は誰かに聞いて知っているんじゃない。自分の頭で考えたのだ。それも当然のことのように。
「あなたはせっかちな性分のようね」
彼女は自分の驚愕を誤魔化そうと故意に意味ありげな物言いをした。
「せっかち?」
グドンには意味が分からない。
「あなたの質問はまさに、担当区域の情報を講義する際、伝えなければいけない必須項目だから」
グドンはやっと納得がいって、
「ごめんよ。余計な口を挟んで、話の腰を折ったかもしれない」
と謝罪した。
「先生でしょ?」
ボヤは余裕を取り戻して言った。
「先生」
グドンがいうと、彼女はさらに冷静になった。
実のところ、区域の情報を移植する際、彼女が分類、凝縮の方法を教えるつもりだったというのは嘘だ。
本物の新人局員に対してなら、そうした教育は必須だった。だが、グドンの場合は事情が違う。グドンは偽の局員であり、すぐに天妖都を離れる半妖だ。情報を伝送したのち、どう長時間保持するか、さらにどう利用かは関係がない。むしろ、保持され、勝手に利用されては困るくらいだ。
情報で脳が耐えられなくなったら訓練を中止する。この青年は誰かを怒らせて少し痛い目に遭うことになった。だから、少しお灸をすえればそれでお終い。彼女にははじめからそうした思いしかなかった。
しかし、グドンから分類や凝縮のことを持ち出され、さすがに知らん顔はできなくなった。これはボヤが事前に考えもしなかった事態だった。
「基礎に限らず、わたしたちがどう情報を所持しているかだけど、訊かれたから、ここでついでに説明すると、脳内で出来る限り分類したあと、あなたのいうように凝縮して保持している。必要なときは、それを解凍する感じで取り出して利用する。肝心なのは、あなたにその能力があるかないか。基礎知識だけなら、能力がなくても何とかなるけど、区域の情報をすべて受け入れるなら、それでは無理ね」
ボヤは内心苛つきを感じながら言った。
グドンは頷き、
「情報を分類、凝縮する方法を今教えてもらうのは無理?…先生」
ボヤは尚も苛立ちを募らせ、それを隠すため、少し戸惑った表情を装った。
「今やってもいいけど、それだと、あなたに能力がない場合、そこですべてが終わってしまうわ。あなたは何も得られないし、チンスさんは、試みが五分で終わった、と上司に報告しなくてはならない」
「最大限努力したと思わせることが大切?」
「そうね」
「じゃ、分類、凝縮が失敗に終わっても、基礎情報は出来る限り学習する。それならいいでしょ? 順番が逆でも、チンスの上司には、それを内緒にすればいい」
しばらく考えたあと、ボヤは溜息交じりに頷いた。
グドンのペースでことが進んでいる気がして、彼女は面白くなかった。しかし、今はグドンの提案を実行するしかなかった。
「どうやるの?…先生」
グドンははやる気持ちを抑えられないこどものような顔をした。
「やり方を言葉で説明するのは難しいわ」
「それなら、普段、新人を教育するときはどうやるの? それをそのまま教えてくれればいい」
ボヤは益々苛立った。先生はわたしなの? あなたなの?
怒鳴る代わりに、彼女は壁際の室のような空間を指さした。
「あの中へ入るのよ」
「あの棺桶のような奴?」
ボヤは初めて心からの笑みを見せた。
そう。あの棺桶のような奴…。




