134 アダ
久しぶりに沐浴を済ませたボウは、温かな部屋で、アダと二人薬茶を飲んでいた。
沐浴に使った水は、アダの家族がどこかの泉から特別に運ばせたものだった。それ一つとっても、彼女の家族の財力が偲ばれる、とボウは感じた。
はじめ、ボウはジョウジョウとキョウ姉弟の家に泊まるつもりでいた。だが、何度となくキョウからあからさまな欲望の視線を浴びせられ、その気持ちが萎えてしまった。
彼女は、アダの家に泊まりたいと正直に告げた。
だが、そんな彼女の要望を、ジョウジョウ姉弟はもちろんアダさえもがやんわり拒絶した。そこには、彼女とキョウを結びつけたいという思惑がはっきりと透けて見えた。
もちろん、ボウは考えを変えなかった。
彼女にとって、グドンは生涯唯一の伴侶であり啓示を受けた相手だ。そのことも三人には伝えている。それでも、別の男性をう押し付けようとする彼らの思いが、同じ仙族として理解できなかった。
最後には、旅館にいるグドンのところへ戻ると宣言し、やっと彼らの承諾を得た。
ボウの考えを認めたというより、彼女がグドンのところへ戻らぬ限り、キョウにはまだ望みがあると考えたようだ。
そんな彼らの反応を見るにつけ、故郷である渉不城と天妖都の仙族の違いを、ボウは痛感しないではいられなかった。
それどころか、彼女には、ジョウジョウたちが自分と同じ仙族だとは信じられなくなり始めていた。彼らには、外見以外、仙族らしさが何一つない。
唯一、ボウの気持ちを救ったのは、二人きりになって以降、アダの態度が目に見えて変化したことだ。
二人でジョウジョウの家を離れ、馬車に乗り込むと、アダが最初に発した言葉が、
「ごめんね」
だった。
「あのジョウジョウと弟はとてもいけ好かない奴かもしれないけど、二人のお父さんは、この町で凄く力を持った構成員なの。だから、わたしは逆らえない」
それですべての説明がつくはずという口調だった。
輻射熱を発する暖房器の前で、ボウとアダは互いに情報を交換し合った。
アダは渉不城での仙族に対し興味津々だった。中でも、興味の中心は男性仙族のことだった。渉不城には数百人の男性がいたと聞くと、彼女は心から羨ましそうにした。
「ここには、数十人しか仙族がいないの。その中には女性や老人、こどももいるから、恋愛の対象になるのはほんのわずか。しかも、その中には、キョウのような奴もいるしね」
自分の境遇を心から嘆くようにアダは溜息をついた。
「だから、ボウのような可愛い子を見て、キョウが必死になるのもわかるのよ。ここでは伴侶はもちろん、一時的な恋愛相手を探すのも大変。ここにいたら、一生啓示は下らない。わたしも半ば諦めてるわ」
この点だけをとっても、なぜ仙族がここに定住しているのか、ボウは理解できなかった。
だいたい、仙族が何より嫌うのが他種族と干渉しあうことなのに…。
無論、生きていくうえで最低限の接触は必要になるが、ほとんどの場合は、明確な境界線を引いて干渉し合わない。
そのために、別の種族から姿を見られない能力は、最大の強味といえた。
「あなたやあなたのご両親は、なぜ、この町に定住することを選んだの?」
ボウは最大の関心事を口にした。
その質問に、アダは沈んだ顔を伏せた。
訊くべきでないことを訊いた、ボウにはそんな気がした。それでも束の間沈黙したあと、アダは顔をあげ、
「ここにいる仙族は、ほとんどが元いた場所を追い出されたか、ほかの仙族には受け入れられない過去を持った人たちよ」
と告白した。
「事情は色々でしょうけど、ここ以外にいく場所がないの。でも、別の見方をすれば、ここでの生活が合っている仙族ともいえる。たとえば、極端に物欲や独占欲の強い仙族とかね」
それが誰かはいわなくともわかる気がした。
「それじゃ、アダ自身は、この先もずっとここに留まるつもり?」
彼女の両親はともかく、アダに他の仙族から拒絶される理由はないはずだった。
「たぶんね」
といってから、ぱっと表情を明るくし、
「渉不城なら、わたしを受け入れてくれるかしら? どう思う?」
「渉不城にいた仲間という意味なら、絶対問題ないと思うわ」
「渉不城にいた?」
なぜ、過去形なのか、アダは不思議に思ったようだ。
ボウは渉不城で発生した病のことや、その後、病が解決して町を離れたことなどを詳細に話した。
ただ問題の解決にグドンが関係したことは話さなかった。心の中にはまだ、アダを完全に信じられない気持ちがあったからだ。しかし、同族を理由なく疑うこと自体、ボウは強い心の痛みを感じた。同じ仙族に対し、強い猜疑心を持って臨まなくてはならない日が来るとは、思っても見なかった。
だが、用心に用心するに越したことはなかった。今は、優しい表情を見せているアダだが、ジョウジョウたちの前へ出れば、彼女を裏切るかもしれない。
グドンとの間に啓示が下ったことはすでに話していたが、そのことにも、アダは強い関心を示した。
「グドンとはもう繋がったの?」
彼女のいうのはもちろん魂の繋がりのことだ。それでも、若い女性にとっては、肉体的な関係と同等に淫靡な響きを帯びて聞こえた。
ボウは、顔を赤らめ頷いた。
本当の意味で最後まで繋がったわけではなかったが、今の彼女にとっては同じだった。
アダは本当に開いた口が塞がらない様子だった。
「半妖と魂の結合が可能だなんて、信じられない」
それがアダの偽らざる本心らしかった。
半妖との結合が可能なら、妖族や魔族とも可能なのだろうか? もしそうなら、将来の選択肢が大きく広がる、と彼女は仄かな期待を抱いた。
「わたしも信じられなかった。他種族との啓示なんて聞いたこともなかったから。でも、現実に起こったことよ」
ボウは起こった奇跡を頭の中で反芻した。
グドンと繋がったときの感動。そして、最後に見た化け物の姿に戦慄し逃げ出した自分…。
ここしばらく必死で抑えつけてきたものが、またぽっかり姿を見せようとしていた。
彼女は小さく震えて思わずぎゅっと目を閉じた。
それを、感動の震えと誤解したアダは、羨望の目でボウを見つめたあと、
「それなら、グドンと二人、早くこの町を離れたほうがいいと思う」
と忠告した。
「ここにいても、きっといいことは起こらないわ。キョウやジョウジョウがあのまま引き下がるとは思えないし」
ボウは感謝する目で頷いたあと、
「でも、グドンの連絡を待つことする」
ときっぱり告げた。
「彼には、ここでやるべきことがあるの。わたしはそれが終わるのを待つことにする」
「やること?」
「ここの半妖に知り合いがいるのよ。その人たちのためにやることがあるらしいわ」
具体的なことはいわず、ボウは故意にぼかしたいい方をした。詳しく話したところで別に問題はないと思ったが、一応警戒する気持ちが働いた。
「でも、ここに残ることは危険よ」
アダは尚も天妖都を離れるよう忠告する。
「大丈夫。グドンは何とかすると思う」
ボウは自信を持って答えた。
そこにはグドンに対する絶対的な信頼があった。ジョウジョウやキョウが何を計画しようと、それにグドンが屈するはずがない。
その頑なな態度に、アダは溜息をついて小さく首を振った。
この子はまだこの町の恐ろしさが分かっていない。町の有力者にとって、グドンなど虫けらも同然なのだから…。




