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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第三章 天妖都
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132/203

132 新たな仲間

 チンスのいう仮眠所は、情報局が所有する四階建ての施設の二階にあった。

 情報局の施設はここ一か所だけではなく、都内にいくつもあって、その中ではグドンの連れられてきた建物が一番小さいという。

 この施設の中で今夜はひとりで寂しく眠ることになるだろう、という彼の予測は、あっけなく外れることになった。

 仮眠施設には、すでに四人の先輩居住者がいたからだ。

 四人の内、一人はグドンと同じ半妖、もう一人は妖族だったが、グドンが驚いたのは、残る二人が人族と魔族だったことだ。

 グドンは生まれてこのかた、魔族というものに会ったことがなかった。正真正銘の初体験で、失礼とは思いつつも、しばらくじっと見入ったまま目を離すことができなかった。

 その魔族はグドンと同じ年恰好の青年だった。

 どちらかといえば小柄で華奢、渉不城で隔離されていた頃の彼自身と体型や雰囲気が実によく似ていた。

 容姿は人族や半妖と変わらない。それが元々の姿なのか、人の姿に化けているのかわからないが、言われなければ、誰も魔族などとは思わないはずだ。

 魔族の青年はアリフラと名乗った。魔族には名前を文字で表す習慣がなく、グドンが尋ねると、「そんなものはない」とぶっきら棒に返事をした。

 魔族はその昔、人族や半妖はもちろん、妖族とも敵対関係にあった。仲が悪いといった程度ではなく、会えば必ず殺し合った。

 そうした関係が変化したのは、三千年ほど前の話だ。

 当時、魔族の社会ではなぞの伝染病が蔓延していた。その伝染病は不治の病と言われ、魔族自身は治療の方法を見つけられずに、全魔族の八割近くを失うことになった。

 そのとき、あろうことか、救いの手を差し伸べたのが人族だった。

 人族はどの種族より病に弱く、その分、治療の分野に長けていた。長けてはいたが、魔族の病の治療法を見つけるのは容易ではなかった。魔族を助けようとした人族の治療師も多くが罹患して死亡し、そのうえ、魔族を助けようとしたことで、異端視され迫害まで受けることになった。

 だが、結果として伝染病は治療法が確立され根絶されることになった。信じられぬことに、魔族は人族の助けで絶滅を免れたのだ。

 以降、魔族は人族や妖族の土地を侵略しなくなった。

 ごく一部は、友好関係を結ぼうと人族や妖族に接近するようにさえなった。

 それが、アリフラの祖先だ。

 そうはいっても、この周辺地域での魔族は極めて少数であり、外見上見分けがつけにくいこともあって、その存在を意識することは皆無といってよかった。

 グドンとしてみれば、そうした歴史はともかく、アリフラが外見上自分と変わらないので何やら拍子抜けした。どこかで、悪魔のような風貌を予想していたのだ。しかし、そのいっぽうで、彼らにはどんな能力があるのか、強い興味をかきたてられた。

 魔族の存在とほぼ同じくらい驚いたのが、情報局に人族がいたことだ。

 グドンに人族に対する偏見があったわけではないが、ほぼ何の特殊能力も持たない人族は情報局には相応しくない、と決めてかかっていたところがあった。

 そのオガサワラヤス(小笠原やす)という三十代の女性は、グドンの視線から人族に対する軽視を感じたのか、

「わたしの等級は五十七よ」

 といきなり身分証を示した。

 人族の等級はゼロから始まるのではないか、とグドンは予想していた。であれば、彼女は等級ゼロから五十七まで昇格してきたことになる。どんな能力を持っていれば、そんなことが可能なのか、グドンには想像すらできなかった。

 グドンはヤスにも強い関心を抱いた。

 実はもう一つ、さらに彼を驚かせたことがあった。

 自分と同じ半妖だと思っていたミム(媚無)という少女が、実は仙族だとわかったことだ。信じられないことに、彼女はボウと同様の仮面をつけていた。

「透明で人から見えないのは、実は結構不便なの」

 自分の境遇を嘆くように言うと、ミムは小さく笑った。

 ミムは、えくぼの可愛い痩せぎすの少女で、十四歳ということだが、十歳程度にしか見えなかった。

 十四歳の少女を働かせるのはこの町では違法ではないのか? チンスと違い、実年齢そのものがあまりに幼い彼女を、グドンは思わず父親の心境で心配した。

 残る一人が妖族のボンコ(梵虎)だった。

 四人の中では最も平凡な容貌で、丸々と太っている。笑顔が何ともあどけなく、外見上は若く見えるが、実際はもう三十近い、と本人は苦笑交じりに告白した。

 各自の自己紹介が終わると、アリフラを除いた三人も、グドンのことを詳しく知りたがった。

 一番の関心はやはり彼の等級だ。

 ヤスが等級五十七、アリフラが六十九、ミムが六十三、ボンコが六十六。

 それを聞いたあとで自分の能力を告げるのは、何とも気恥ずかしいものがあったが、グドンは隠すことなく四十だと告げた。

「ただの四十?」

 顔と同じくらい目を丸くしたボンコがしきりに感心する。

 グドンは苦笑するしかなかったが、相手は自分を馬鹿にしたわけではないらしい、とすぐに気づいた。続いて、ボンコが、

「きみは優秀なんだな…」

 と呟いたからだ。

 どこにも皮肉や冗談の響きは感じられなかった。それどころか、ほかの三人も信じられぬといった顔つきで彼を見つめている。まるで怪物を見るような目つきだった。

 事情がのみ込めない彼に、ヤスが事情を説明した。

「これまで、チンスが連れてきた同僚の中に、極端に等級の低い人が何人かいたの。その人たちは例外なく、とんでもない能力の持ち主だった。そして、あっという間にこの部屋からいなくなった。今はどこにいるかもわからない。わたしたちには、彼らの情報に接する資格がないからよ。つまり、彼らの地位は今それくらい高いということ」

 ヤスの言葉に、ミムとボンコがうんうんと頷く。

「おいらは、その人たちとは違うと思うけど…」

 戸惑いを隠せないグドンに、ボンコがにっと笑って肩を叩いた。

「どうせすぐにわかるよ。野に遺賢なし。きみがチンスに勧誘されたのには、きっと理由があるんだ。ぼくは才覚を見るチンスの目を信じてる」

「そうそう」

 とヤス。

「たぶん、二三日で見習い期間が解けて、十人の部下がつくと思う。人を使うのって凄く楽しいわよ。できることが、一人の時の何倍にも広がるから。それに相手からも色々啓発を受けるしね」

「あなた方にも部下がいるの?」

「もちろん」

 と今度はミム。

「でなければ、自分でつまらない張り込みや監視の仕事につかないと駄目でしょ? そんなの時間と才能の無駄よ。情報収集は、いかに部下をうまく利用するかが大事なの」

 彼女の大人びた物言いに、グドンは唖然となった。

「もしかして…」

 グドンは首を捻りつつ呟いた。

「おいらは、きみたちの部下になるために連れてこられたのかもしれない。チンスも、はじめは下働きだといっていたし」

 ヤスが顔の前で手を振った。

「ありえないわ。ここに連れてこられた時点で、あなたは、わたしたちと同等かそれ以上のはず。下働きがこの仮眠所に連れてこられるはずない」

 ミムも頷く。

「わたしたちは、彼らを駒と呼んでる。駒壱、駒弐、駒参…。本名が何というのかも知らない。興味ないし。だから、こうして自己紹介し合うなんて、絶対ない」

 小さな愛くるしい口から、こうした微塵も感情のない台詞を聞かされるのは、あまりいい気がしなかった。ボンコはそんなグドンの思いを察してか、

「ぼくたちも、部下に心の繋がりや愛情を感じないわけじゃない。だけど、彼らは頻繁に面子が変わるんだよ。危険な仕事だから死ぬこともあるし、職務が続けられなくなることもある。その一人ひとりに感情移入していたら身が持たない。だから、あえて駒と呼ぶことにしてるんだ」

 グドンも、ミムやボンコのいうことがわからないわけではなかった。だが、それでは監獄の看守が、獄中の罪人を番号で呼ぶのと変わらないではないか。間違った感情移入をしないよう駒と呼び番号で扱う。これ以上悲しい話はない気がした。

「駒と呼ぶかどうかはともかく、部下をどう使うかは、わたしたちの仕事の生命線よ。だからこそ、面白いの」

 ヤスが再度強調した。

 グドンには、人を使うのが面白いとは思えなかった。

 自分は基本的に組織に仕えることに不向きな人間なのかもしれない、そんな気がした。仮に千人の部下を思い通りに動かせたとして、それのどこが楽しいのか? 確かに、一人の力では成しえないことを達成できるかもしれないが、部下が死ぬかもしれないから感情移入しない、という仕事の仕方をしていて、幸せになれるとは思えなかった。相手も感情のある生き物だ。ただの駒であるはずがない。

 だが、感情移入しすぎていては組織が回っていかない、という彼らの考え方も理解できた。組織とは元々、駒たちの犠牲を前提としたものなのだ。

 そんなことを考えているうち、グドンには、ふと思いついたことがあった。

 もしかして、セイイツも部下を自分の手足として使うことが苦手だったのではないか? そこに彼の孤独と限界があった。だから、どこへ行っても組織を確立できず、烏合の集団のまま離合を繰り返すことになったのだ。

 仮に、彼のそうした性癖を否定的に限界と捉えるなら、セイイツは組織の長としては失格者だった。まさにケンシがそう感じたように。

「でも、たぶん、おいらはきみたちとは違うと思う」

 グドンは笑顔を作って言った。

「ずっとここにいる気はないんだ。長くても十日後にはこの町から出ていくことになると思う」

「それをチンスが認めたのか?」

 アリフラがはじめて口を開いた。

 グドンが頷くと、全員が一様に驚いた顔になった。

 わずか十日の滞在…。そんな通りすがりの半妖を、チンスはなぜ情報局へ引き入れたのか? たとえ十日でも、グドンは組織の秘密に触れることになる。そうした危険を冒してまで彼を加入させる価値があるのだろうか? 

 それとも、チンスには、十日後、グドンを引き留める自信があるということか? 

 このグドンという青年はいったい何者なのだろう?

 それまでの和やかな雰囲気が一変し、彼らは皆、重苦しい沈黙に包まれた。

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