128 ミト
彼女の視線の先へ目を向けたグドンは、彼女がなぜ足を止めたのかその理由がわかった気がした。
肩を並べて歩いていく若い三人の男女。
グドンやボウには何の変哲もない三人だが、この町の住民の大半には、彼らの姿が見えないに違いない。
三人は仙族だった。
こんな繁華な街の中に仙族がいるとは、グドンには何とも場違いな気がした。それはボウも同じ思いらしく、少し戸惑った表情をしている。それでも、やがてグドンに問いかけるような眼差しを向けた。グドンはすぐにその意味を察した。
「仲間と話がしたいんでしょ? いいよ。おいらは、ケンシの奥さんを探して、どう対処するか、これからのことを考える。日が暮れるころ、またこの辺りで落ち合おう」
「ありがとう」
ボウは礼を言うと、慌てて三人のあとを追い駆けていく。
グドンは、その背中をしばらく眺めていた。
近づいて声をかけるボウに、三人は振り向き、警戒するような目を向けた。
半妖のくせに、この娘はなぜ自分たちの姿が見えるのか?
その態度は、対等な者に対するというより、目下の者に気安く声を掛けられ、気分を害している上層の者のそれと思えた。
だが、一瞬背後を気にしたあと、ボウがつけていた仮面をとると、三人の態度が一変した。
ボウの姿は仮面をとった瞬間透明になった。
周りを歩いていた者の何人かが驚いて振り向いたが、この町ではよくある光景なのか、すぐに何もなかったようにまた歩き始める。
三人も、ほかの者たちの反応を気にしている様子はなかった。
にこやかに談笑を始めた四人を見て、グドンは広場を離れ、町の中央へ向かった。
誰かに、ケンシたちの住居を尋ねる必要があった。とはいえ、城壁の近辺はあまりそれに適した場所とはいえない。当然ながら、この町の住民ばかりでなく、他所からやってきた商人や旅行者も多いはずだからだ。はじめて町を訪れた異国の者に、道を訊いても意味がないのは明白だった。また、雑踏の中で、ケンシたちの名を何度も出すこと自体も憚られる。
一般に、商業地や役所施設と居住区は、分離して造成されるはずだから、グドンはまず居住区を探すことから始めることにした。
ところが、この問題は意外にあっさり解決した。
町の所々に、周辺の主だった施設を示す簡単な地図が設置されていたからだ。
それを見る限り、居住区にも階層の問題が大きく影響してるようだった。まさにグドンが想像した通りといってよい。
一番辺鄙な三等地が人族、閑静で景色の良い一等地は妖族、半妖を含めたそれ以外の種族は中間の二等地と、専用居住区域が厳格に区分されている。
さらに、富裕層や指導層専用なのか、防護壁で囲まれた特等地を思わせる地域もあった。
地図を頼りに歩き、さほど手間取ることなく半妖の居住区にたどり着いたグドンは、周辺住民に尋ねることで、これも難なくケンシの住居を突き止めた。
ケンシの住居の前に立ったとき、グドンは、ケンシの妻をどう始末するかすでに腹を決めていた。
ケンシの妻とゴヒの関係はもう明白だった。廃墟でグドンに内情を暴露した女に、嘘をつく必要はなかったし、その余裕もなかったはずだ。あとは、ケンシを亡きものにする計画に彼女が絡んでいるからどうか確かめればよい。もし絡んでいるようであれば、手心を加える必要はなくなる。ケンシには二度と手出しできないようにし、あとは夫である彼の判断に任せる。それで、グドンの仕事は終わりだった。
玄関の扉をノックする直前、グドンは鷲鼻に姿を変えた。ケンシの妻がゴヒと良い仲なのであれば、当然鷲鼻とも知り合いだろうと彼は考えた。
出てきた中年の半妖ミト(美兎)は、訪ねてきたのが鷲鼻とわかると、あからさまに迷惑そうな表情になった。
ミトは小柄だが肉感的な、いわゆる男好きのするタイプの女だった。もう若くはないが胸が大きく張り出し、それをわざと強調するような服を選んで着ている。容姿は極めて平凡だし、とりわけ聡明という感じでもない。ケンシがなぜこんな女性を妻に選んだのか、グドンは正直不思議に思えた。
「困るじゃないの、こんなところへ。どういうつもり?」
彼女は周囲を見回し、彼を中へ入れるべきか迷う様子を見せた。
「ゴヒさんの使いだ」
グドンはわざと面倒そうに言った。
彼女は小さく舌打ちし、手荒に鷲鼻の腕を掴んで中へ引き入れると、入口の扉を勢いよく閉めた。
ゴヒの使いなのはわかってる。何か用があるなら、もっとうまい手を使ってよ。そう怒鳴りたい心境なのが険しい表情に表れている。
グドンはそれにはかまわず、
「ケンシを除いて、ほかの奴らは始末した。だが、困ったことに、隧道には、本当に金目のものが隠されていたんだ。それを詳しく訊きだそうとしたが、奴は頑なに口を割ろうとしない。だから、あんたの助けが必要になった」
「わたしの助け? あなたたち、馬鹿じゃないの? わたしが行ったら、もっと口を割らなくなるじゃないの」
グドンは薄笑いを浮かべる。
「あんたに訊きだしてほしいわけじゃない。訊くのはこちらでやる。あんたはいわば人質役だ。あんたをネタに脅しをかけるつもりなのさ。多少手荒なことをするかもしれないが、勘弁してほしい、というのがゴヒさんからの伝言だ」
ミトはそれですべてを納得したようだった。それでも、わずかに逡巡し、
「できれば、もうあの人には会いたくないわ。だって、話を訊きだしたら、ほら…、あれでしょ? わたしたちは一応長年連れ添った夫婦なのよ、少しは気持ちを考えてほしいわ」
あれとは殺すつもりでしょという意味だと、グドンにもわかった。
「じゃ、その通りゴヒさんに伝える」
言い争うことなく、グドンが背中を向けようとすると、ミトが慌ててその腕を掴んだ。
「待って。やらないとはいってないわ」
彼女はさらに唇を噛んで考え、
「城壁の外で待ってて。支度したらすぐに行くから」
頷いて外へ出ようとするグドンを、ミトは遮り、自ら扉を開けて周囲を確認してから、改めて彼に出るよう促した。
彼女の脇をすり抜けながら、グドンは溜息をついた。
今さら何を隠す必要があるのだろう? ほかの者に知られなければ、夫を裏切り、殺すことに加担しても、何もなかったことになると思っているのか?
グドンは、とにかくもう、こんな女性のことで時間を費やすのは御免だった。
言われた通り城壁の外で待つと、一時間ほどしてミトがやってきた。
それを待ちかねたように、グドンは彼女の腕を掴むと、有無をいわせずひと気のないところへ連れ込んだ。抗おうとする彼女を迷うことなくひと睨みして気を失わせ、そのまま腕に抱きかかえ空へ飛び上がる。
周囲に誰もいないのを一応確認したが、見られた可能性がゼロではなかった。それでも、多少の危険は覚悟のうえだった。どうせ、すぐこの町を離れることになるのだし、騒ぎになっても、その後のことは、グドンには関係ない。
廃墟までミトを抱えひとっ飛びした。
ボウと一緒に城門を入ってから、ミトを連れて廃墟に戻るまで二時間もかかっていない。
ミトを抱えたまま、この日何度目かで秘密の入口を通り、扉の前へ移動した。
すぐにミトを覚醒させると、相手の反応を待つ。
「あなた、誰?」
意識を取り戻したミトはグドンを見て心底驚いているようだった。彼はすでに鷲鼻から自分の姿に戻っていた。もう彼女を騙す必要もなかったからだ。
見知らぬ男に見下ろされ、床に倒れたままのミトは、混乱と恐怖で顔が痙攣している。
「おいらはケンシの友人だよ」
隠すことなく、グドンは答えた。
「ケンシの友人…。オウショウ(鷹翔)は? 彼はどこへ行ったの?」
オウショウとは鷲鼻のことだろう、とグドンは推測した。鷲鼻の名前が鷹とは、冗談にも話が出来過ぎという気がした。
「それはもうどうでもいい」
とグドン。
「あなたには二つの選択肢があるよ。一つはこのまま死ぬ。もう一つはおいらのいう通りケンシに手紙を書く。そうすれば、死なずに済むしゴヒにも会わせてあげる。どう? どっちを選ぶ? いっておくけど、ゴヒは死んでないよ。今も元気だ。たぶん」
「手紙? 何の手紙?」
「簡単だよ。ゴヒとあなたの関係、それに、ケンシを殺そうとしたことを正直に告白してくれればいい」
束の間考えたあと、ミトは激しく首を振った。
「いやよ。手紙を書いたら殺すつもりでしょ? どうせ殺されるなら、あなたやケンシの役に立つことをするのは御免だわ」
「書かなければすぐ殺されるんだよ。それなのに書かないの?」
「どうせ、あなたにわたしを殺せはしないわ。ゴヒは死んでないといったでしょ? ゴヒは殺さず、わたしだけ殺すわけ? だいたい、そんな手紙を書かなくても、いずれケンシにはバレるわ。そんなことをするのは、ケンシに見せるためだけじゃなく、もっと上の人たちに知らせるためでしょ? わたしたちを処罰する証拠としてね」
「へえ」
グドンは驚いたように口を窄めた。
意外に知恵が回るタイプのようだ。
ケンシとミトの関係を不思議に思っていたが、ひょっとすると、知恵の回る彼女のほうが、若いころ、ケンシを必死で追いかけたのかもしれない。だが、手に入れたはいいものの当てが外れ、ケンシはいつまでたってもうだつが上がらない。そのことに嫌気がさして次の男に乗り換えたというわけだろう。
この二人の関係は、どこかリョクギダンとアサホを思わせた。
「期待を裏切るようで悪いけど、別に手紙を書いてもらう必要はないんだよ。おいらが自分で書いても同じだから。ただ万全を期したかっただけ」
言うが早いか、グドンはミトの姿に変身した。
彼女の目が驚きで点になる。
その前で、グドンはすらすらと手紙を書き、書き終えると彼女に見せた。
「ほら、あなたが書いたように見えるでしょ?」
ミトは唇が震え、もう言葉が喋れない。
「ま、待って…!」
やっとそれだけ口にしたが、次の瞬間にはまた意識を失っていた。
グドンは扉の開閉を繰り返し倉庫が出るとそこでとめた。
中から、ゴヒたちが飛び出してくるかと用心したが、そうしたことは起きなかった。
二人はまだ気絶したままらしい。
グドンはミトの体を探り、納戸袋から連絡用の伝音符と妖金を見つけると、それを自分の懐へ仕舞い、彼女の体を抱えて扉の向こうへ放り込んだ。
再び扉を閉じると、掌の汚れを叩き落とし、一仕事終えた気分で笑顔になる。
ケンシたちの一件は、ここで一区切りをつけることにした。
ゴヒ自身や彼の仲間たちは死んだわけではないから、倉庫や鍾乳洞を抜け出して戻ってくる可能性もある。そうなれば、また一から争いが始まるだろう。だが、そのことにはもう関わらないことにした。ケンシとミト、ゴヒの三角関係についても同じだ。
おいらが今出来ることは一応やったよ。
今後のことはケンシたち自身に任せることにして、自分は今夜にも、ボウとこの町を離れよう。そう決めたグドンは、城内へ戻り、ボウとの約束まで時間を潰すことにした。
まだ昼を過ぎたばかりだから、これから、広場の屋台や街なかの商店街を冷かして回るのも面白いかもしれない。長い間、渉不城という閉鎖された町で暮らしてきたグドンには、どちらも新鮮な体験になるはずだった。
ところが、廃墟を出て城壁の前まで到着し、城門を入ろうとしたとき、グドンは見知らぬ少女に声をかけられた。




