127 はじめての都会
寝台下の入口から出たあと、二人は廃墟を通り抜け地図を見ながら天妖都のある方へ向かった。
今となっては、いったん天妖都へ向かい、ケンシの女房の件に何とか片をつける以外になっくなった。二人の落ちつき先を探すのはそれからだ。
廃墟から天妖都までは馬で二三時間、とケンシが話していたから、歩いて行くなら、かなりの時間を要するはずだった。道中、無駄な時間をかけたくない二人は、、迷うことなく空を飛んでいくことにした。
上空をしばらく進むと、同方向へ向かう人の姿が目に付くようになってきた。
はじめはそれでも、彼らに気づかれぬよう飛行を続けたが、あっという間に人の数が増え、姿を隠しながら飛行することが難しくなった。
ボウは仮面をとり、グドンも姿を消して飛行することも考えたが、いつかは姿を現さなくてはならない。そのとき二人の存在に気づかれる心配がある。それを避けるため、二人はこっそり地上へ下り、ほかの者たちに混じって歩くことにした。
大ぜいの人波に紛れ街道を進むにつれ、人々の数はさらに増え続けていく。
これが人口数千人の渉不城と人口百三十万人の天妖都の違いだろうか?
前方を見渡すと、都を目指す人の姿がどこまでも続いているのがわかった。都へ向かう者だけでなく、都を離れる者の姿も少なくない。
無論、徒歩で向かう者だけでなく、馬車もひっきりなしに通る。中には、商隊らしき集団も目に付き始めた。交易のために向かう者たちだろう。
そんな人の波に混じりながら、グドンとボウは、やや圧倒される思いで天妖都へ続く道を進んだ。
やがて、視線のずっと先に、城壁に囲まれた巨大な町が見え始めた。
元々天妖都自体にはそれほど興味のなかった二人も、胸の高鳴りを抑えられなくなった。
ケンシたちはこんな巨大な街の住民だったのか…。
そう思うと、何やら不思議な気がした。彼らが大都市の住民であるのに対して、グドンとボウはとんでもない田舎からきたおのぼりさんだ。初めからこのことを知っていたら、ケンシたちと会話する際も、グドンたちのほうが気後れしていたかもしれない。
ボウも同じ思いなのか、いつの間にか、グドンの腕に縋るようにしている。グドンが笑顔を向けると、やっと安心したように笑顔を返した。
城門へ達すると、さらに多くの人々が入城のための列を作っていた。
入城には、簡単な審査と入城料の支払いが必要になるらしい。
そのことを知ったグドンは、ゴヒたちが二人を襲ってくれたことに内心感謝した。でなければ、入城のための金が支払えなかったはずだ。もちろん、どこへ行けば金を稼げるかもわからない。城門の前で、途方に暮れただろうことは容易に想像がついた。
見ると、入城者の列は三つに分かれていた。
一つは天妖都の住民の列、一つは住民ではないがかつて天妖都に滞在歴のある者の列、もう一つが初めて入城する者の列だ。
いうまでもなく、グドンとボウは最後の列に並んだ。
同じ列に並ぶ者たちは皆、どこか不安げな顔をしている。列の先までいったはよいが城門の審査を通過できず、門前払いを食らって戻ってくる者が一定数いたからだ。自分たちが審査を通過できるかどうか、誰もが戦々恐々としていた。
ほかの二つの列へ目を移すと、そこに並んでいる者たちは例外なく身分証のようなものを携帯しているとわかった。それを係官に提示し入城料を支払いさえすれば、事実上審査なく門を通過できるようだ。
そのせいか、二つの列、とりわけ第一の列は動きが極めて早く、列に並んでいる者の数もそれほど多くはなかった。
それに比べ、グドンたちの列はなかなか前へ進まない。
それでも、しばらく並んでいると、一本だった列が三本に分かれた。つまり実際に審査を行う場所は三か所あるらしい。そうでもしないことには、入城の審査が永久に終わらないからだろう、とグドンは感じた。
二人は一時間近くも並んでやっと係官の前に立つことができた。
「種族は?」
初老で痩せぎすの係官が、二人には目も向けず機械的に質問した。
「半妖」「半妖よ」
二人は同時に答えた。そのタイミングがあまりにも絶妙だったためか、係官がはじめて視線を上げた。二人を見比べ小さく笑う。
「夫婦か?」
「そうです」
これはグドンが答えた。彼の腕を握るボウの手に力がこもる。その横顔へ目を向けると、彼女は少し顎を反らすようにして見せた。グドンもなぜか嬉しくなった。
「天妖都に知り合いは?」
係官は質問を続ける。
「半妖の何人かとは知り合いだよ。ケンシやタクエンカ、ツイホウセン」
正直に話したグドンは、何か言われるかと身構えたが、相手はただ頷いただけで、
「入城の目的は?」
と次の質問に移った。
「彼らの家を訪ねたいと思って。前回会ったとき誘われたし」
「じゃ、入城は一時的なもので、住む気はないんだな?」
グドンは少し考えてから問い返した。
「一時的な入城と都に住むのでは、何か違いがあるの?」
「当然だ。身分証がまったく違う。一時的な入城には三日、十日、一か月の別があって、それぞれ料金が違っている。住むつもりなら、最低で三か月、さらに一年、三年、永住がある。永住には改めて審査が必要だが、ほかは料金の問題だ」
係官は、グドンの質問をにも面倒がらずに丁寧に答えた。こうした立場にいる者としては、非常に我慢強く親切といえる。グドンは相手に少しだけ好感を持った。
「とりあえず、十日だけで、あとからそれを変更できる?」
「問題ない」
「じゃ、十日で」
「二十妖金だ。もちろん、三級妖金でかまわない」
初老の係官の横で、身分証を用意していた若い部下が、これも事務的な口調でいう。
グドンは納戸袋から妖金を取り出すと、選ぶことなく、金貨の幾つかを手にのせ若い男の前に差し出した。今の彼には、どれがどれほどの価値があるのかまるでわからなかった。
相手は一瞬妙な顔になったが、金貨の一枚を摘まみ上げると、代わりに小さな金貨を返してよこした。おつりだろう、とグドンにもわかった。
この町での金の価値や単位をすぐにでも学ぶ必要がある、とグドンは切実に感じた。
金も払ったことだし、グドンが身分証を受けとろうとすると、係官が尚も、
「何か能力はあるか?」
と訊く。
「能力?」
「この町で役に立つ能力だ」
グドンとボウは思わず顔を見合わせる。町へ入るのに、なぜ能力が必要なのだろうか?
二人は思い合わせたように首を振った。
「おまえの名前は?」
「グドン」
「グドン、等級三十。おまえは?」
今度はボウへ顔を向ける。
「ホウカです」
「ホウカ、等級四十」
等級三十と四十? これは恐らく二人に対する評価だろう、とグドンは推測した。町にとってどれほど価値があるかで、住民を等級分けしているのだ。もちろん、三十よりは四十のほうが上のはずだった。ということは、グドンの評価はボウより下ということなる。
若い係官が、手元の機械に上官の評価を打ち込む。
気づくと、隣でボウがクスクス笑っている。グドンとしてはさすがに面白くなかった。
「彼女とおいらはどこが違うの? どちらも半妖で、何の能力もないと答えたはずだけど」
グドンは思わず不平を言った。
「彼女は若くて美人だろう?」
係官は当たり前のように答える。
一瞬グドンは言葉に詰まった。これには、グドンだけでなく、ボウ自身も呆気にとられたようだ。
「美人だと評価が上がるの? そんなの不公平じゃない? 大体、美人かどうかは誰が決めるわけ?」
グドンは思わず抗議した。
「わたしが決めた。何だ、文句があるのか?」
怒るでもなく、むしろ、久々に面白い奴に出会ったとでも言いたげだ。
「奥さんが高く評価されたら喜ぶべきだろう。違うか?」
グドンにはもう反論の余地がなかった。
「その評価をわたしが拒否することもできるの?」
面白がって二人のやり取りを聞いていたボウが口を開いた。
「もちろん。容姿で評価されたくないというなら、構わないよ。そうするかね? まあ、城内へ入ってからでも、評価に対する抗議はできる。どこへ行けばいいかもすぐわかるだろう。どうする? ここで抗議するか?」
「いや。やめるよ。三十と四十でいい」
慌ててグドンが答えて、さらに何か言おうとするボウを制した。
若い係官が二人の身分証を渡す。そこには、有効期限や種族、二人の関係、評価の等級が印字されていた。
「次!」
もうグドンたちには見向きもせず、初老の係官が次の入城希望者に声をかけた。
身分証を手に、グドンとボウはその場を離れた。
城門を入ると、まず巨大なエントランンス広場があり、その先に大通りがずっと先まで続いていた。その壮麗な景観にグドンとボウは圧倒された。通りの両側には、建造物が埋め尽くさんばかりにぎっしりと並んでいる。まったく空いた空間というものがない。建物は大半は木造で二三階建てだが、七八階建てかそれ以上のものもある。高層建築物が固まって並ぶ地域はまさに摩天楼といった風情だった。
さらに大通りのずっと先には城主の住処と思える建物も見える。
もし、上空から俯瞰したとすれば、南北に走る大通りにクロスして東西へ向かう通りが無数に走っているのがわかったろう。その道の両側も建物に埋め尽くされている。こうした区画され整備された街並みが碁盤の目のようにどこまでも広がっていた。
広場の周辺に目を戻せば、いくつもの物を売る屋台が並び、門の前よりさらに大ぜいの人でごった返している。旅館の客引きと思える声もあちこちから聞こえた。
まるで巨大な船つき場のようだ、とグドンは感じた。
「住民全員を評価して数字をつけるのね。驚いたわ」
広場の中ほどへ進みつつ、ボウが身分証を指でなぞりながら言った。
「それがここのやり方なんだよ、きっと。点数をつけてすべてを管理する。住民には階層があって、厳しく差別化されてるんだ」
グドンの言葉に、ボウも頷いた。
「等級三十とか四十って、どれほどの評価なのかしら。たぶん、百点が最高でしょうから、ずいぶん低い評価だと思うけど」
「何か基準があるはずだから、それをまず知りたいな」
とグドン。
「何がプラスで何がマイナスか。等級が上がると、実質的に何か違いが生まれるのか」
「知って、どうするの?」
ボウは意外そうにグドンを見る。
「どうせ、わたしたちは通りすがりでしょ? ケンシさんの一件が片付いて、どこへ向かうか決まったら、ここを離れるんじゃないの?」
「そのつもりだけど…」
と言いかけ、グドンはえへへと笑った。
「でも、評価の基準が、ボウは気にならない? おいらは何だか気になるな」
「ひょっとして、評価がわたしより下だったから? わたしのプラス十点は、ホウカさんの容貌が原因よ」
「上とか下の問題じゃないよ。それに、ボウの素顔なら、きっと六十点は固かったと思うし」
しれっと答えるグドンに、ボウが体をぶつけた。
「それは別の話でしょ? それに、六十点なんて嬉しくない。褒められた気がしないわ」
グドンがさらに何かいおうとしたとき、ボウが「あら?」と足を止めた。




