124 どこへ行こうか?
やがて、おふざけに疲れた二人は、素に戻り、大きく息をついて向き合った。
「これからどうするの? ケンシさんたちが言っていた入口から出て、そのまま天妖都へ向かう?」
あくまで確認のためという表情でボウが訊いた。
「そのつもりだけど、ボウには何か考えがある?」
これも形式的に問い返したグドンだったが、意外にも彼女は真剣な表情を崩さず、
「グドンは、どうして天妖都へ行きたいと思うの?」
と今さらながらの質問をした。
「どうして?」
「わたし、少し心配してるの。天妖都へ行くことは、グドンの思いと矛盾した結果にならないかしらって」
「矛盾?」
「そう。大きく能力が違わない妖族の町へ行きたい気持ちはわかるけど、町が大きくなればなるほど、お金や権力に目のない人も多くなる。結局はそうした人たちと揉め事になる機会も増えるでしょ? そこでひどい目に遭わないためには、常に戦う力を身につける必要がある。それに、蟻巣島でもそうだったように争いごとに巻き込まれて命を危険に晒すことにもなるわ」
蟻巣島での自分の行動をボウは今でも不満を持っているのだろう、とグドンは思った。
しかし、実のところ、こうしたボウの心配は、グドン自身が気がかりに思っていることとも重なっていた。
彼は天妖都へ行きたいとは思っていたが、能天気に燥いでいたわけではない。心の奥には迷う気持ちもあって、今はそちらのほうがどんどん膨らんでいる状態だった。
彼が天妖都行きを迷う理由は大きく分けて三つあった。
一つ目は、まさに今ボウが言ったことだ。町は色々な魅力に溢れているいっぽう、それに伴い、危険な目に遭う機会も多い。都会で危険を回避するためには自分を守る力が必要になるが、それは往々にして暴力に繋がる。蟻巣島で身につけた他者の脳へ侵入する能力などがその典型だが、そうした暴力は、実際問題として、どれほど身に着けてもきりがない。セイイツが抱えていた矛盾はその最たるものだ。力をつければつけるほど争いごとに巻き込まれ、幸せからは遠ざかっていく。
二つ目はボウの存在だ。ボウは仙族だ。彼らは他種族との過度の交流を嫌う。大都市での生活はボウにとって大きな苦痛を伴うかもしれない。そんなところへ彼女を連れていくことが果たしてよいことなのかどうか。
三つ目は、ケンシたちとの出会いやこどもの失踪など、これまでの一連の出来事には不可解な点が多く、誰かによって仕組まれた罠にまんまと嵌まってしまった感じがすることだった。とりわけ、隠されていた入口が、これほど都合よく、都合の良い時期に発見されたというのは大いに疑わしい。なぜなら、入口はもちろん、三か所へと繋がる不思議な扉も、セイイツが設置したと考えられるからだ。だが、セイイツが、そんな簡単に発見される入口を造るだろうか?
考えれば考えるほど、天妖都へは行くべきではないという気にさせられる。
元々、グドンとしても天妖都行きに拘っているわけではなかった。
では、客観的に見て、天妖都へ行く以外に選択肢があるだろうか?
隧道へ戻りケンシたちのあとを追う? 何とかして渉不城へ戻る? 改めてどこか別の目的地を探す?
残念ながら、グドンはどれも気が進まなかったし現実的でもない気がした。
グドンはいったん思考を打ち切り、笑顔でボウへ視線を向けた。
「じゃ、今、おいらとボウは、どうするべきだろう? 天妖都を目指すか、それとも、ボウと二人でどこか静かに過ごせる土地を探すか…。ボウが言うように人が少ない過疎地のほうが面倒に巻き込まれる機会も減るかもしれない。一番いいのは意外に仙族の住む土地かもしれない。彼らがおいらを受け入れてくれるかどうかわからないけど。ボウはどっちがいいと思う? 天妖都へ向かう? それとも、面倒でも別の静かな場所を探す?」
ボウは、驚いた様子でグドンへ視線を向けた。
「わたしが選べるの?」
微笑んだままグドンが頷く。
「わたしはもちろん、静かな土地を探したいけど…。でも、そんな場所がすぐに見つかるかどうか自信はないわ」
グドンはしばらく考えて、
「じゃ、ひとまず天妖都へ行くというのは、どう? でも、長居をするのはやめて、二人にあった土地を探すことを第一と考えよう。大きな町なら、そのための情報も沢山あるかもしれない。それでいい?」
ボウは笑顔で頷いた。
「そうと決まれば、とにかく、ここを出よう。地上へ出ないと、次にどう行動すべきか計画も立てられない」
グドンの言葉に促されるように、ボウも立ち上がった。
扉の前を逆方向へしばらく進むと行き止まりになっていた。そこに狭く短い階段がついている。
その下に立って上を見上げると、黒ずんだ天井板のようなものが見えた。つまり、階段は突き抜けていない状態だ。
グドンは迷わず階段を上がり、てっぺんまで来ると周辺の天井板を手で叩いて確かめた。
ポンポンと軽い音がして中が空洞であるのがわかる。
思い切って天井板に力を加えると一部がパタンと上へ跳ね上がった。天井板がハッチ状の扉になっているようだ。
天板のハッチが開いたあとは真っ暗な空間へ続いている。
空間は幅一メートル、長さ二メートルほどで、高さも五六十センチほどしかななく、周りをレンガ状のもので囲まれていた。
一旦暗い空間へ上がり、さらに頭上に見えた板に力を加えると少しずつだが横滑りすることがわかった。根気よくそうした動作を続けると、やがて、頭上にぽっかりとした空間が開いた。
そこから頭を突き出し周りを見回すと、どうやら廃墟の中にある建物の一室らしいとわかった。
階段を上がったグドンが出たのは、その一室に設置された寝台の中だった。
逆に下へ降りる際には、まず寝台の底を横へスライドさせ、現れたハッチを開けてその下の階段から地下へ下りる。そうした構造のようだ。
廃墟の中へ這い出たあと、グドンはボウに手を貸して上へ引き上げた。
ボウは上へあがって周りを見回すと、
「廃墟のようだけど、仙族の洞府によく似ているわ」
と目を丸くした。
「洞府? じゃ、ここには仙族が住んでいたの?」
彼女は首を横に振る。
「いいえ、似ているけど、どこか微妙に違うみたい。きっと別の種族だと思う。見たところ、使われなくなってもう随分経つみたい」
先ほど上がった階段を振り返り、グドンは改めて、ここを長期間人の目に晒さず秘密にしておくことは可能だろうかと考えた。
必ずしも不可能とはいえない。実際、周辺には誰かが執拗に物を移動させた痕跡がある。きっと、ケンシたちがやったことだろう。それが原因で、今回たまたま見つかったとしても不思議ではない。
寝台を元に戻したグドンは、ボウを促しその部屋を出た。
廃墟は大規模なもののようだ。
この建物一つとっても、幾つもの部屋が回廊で繋がれ、それがどこまでも続いている。
もちろん、廃墟となった今は哀れな姿に変り果て、屋根や壁の一部が崩壊してなくなっていた。グドンたちが地下から上がった居室は奇跡的にまだ原型を留めていたが、大半は建築物というより、ただの瓦礫と化している。
さらに廃墟全体は背丈ほどもある雑草に覆われ、遠くから眺めれば、延々と広がる草むらの中に、廃墟の一部が顔をのぞかせている状態だろう。
普段なら、探索はおろか、ここへ近づく者さえほとんどいないに違いない。
それはつまり、先ほどの入口が長年人の目に晒されなかった理由にもなるし、逆にいえば、旅の途中だったとはいえ、こども連れの家族がここで休憩をとったこと自体、不自然極まりないともいえる。
「この廃墟から外へ出るだけでも大変そうね」
足元に気をつけて歩きながら、ボウが感想を述べた。
「まるで廃墟全体が迷路になっているみたい」
「うん」
頷いたグドンが何の前触れもなく足を止めた。
足元ばかりに気を取られていたボウは、それに気づかず、もう少しで彼の背中にぶつかりそうになった。
「どうしたの?」
「誰かいる! それも複数。おいらたちを監視しているみたいだ」




