121 セイイツの孤独
皆、仕方なさそうにバラバラと散会し、食事と寝床の準備へ向かおうとする。
「テントはどこへ設営するんだ? 隧道か、鍾乳洞か、扉の内側か?」
ツイホウセンが言うと、セイアが、
「食事の準備は火を使うから、隧道か鍾乳洞がいいんじゃない? 寝るなら、乾燥した扉の向こうのほうがいいかも」
「じゃ、食事は隧道。テント設営は扉の向こう側にしよう」
とケンシが決めた。
半妖たちが一斉に動き出す。そんな中で、グドンとボウだけがポツンと立って、彼らの動きを眺めている。
二人が驚いたのは、半妖たちの装備だ。
彼らは皆、身に着けていた巾着から次々に装備品を取り出し、炊事やテントの設営を始めた。
巾着は掌の大きさしかない。そこから取り出される装備品は、馬車一台では積み切れないほどの量があった。
納戸袋だ!
一度も耳にしたことのない名称が、グドンの頭の中に閃いた。
納戸袋は、中が独立した空間になっている。外見上は小さくとも、その大きさの何十倍、何百倍もの物資を収納することができる。
それは量だけの問題ではない。到底巾着袋に入らない大きさの物も難なく入る。納戸袋の入れ口に触れたとたん、その物体が豆粒大に縮小されるからだ。
最大でどれくらいの物が収納できるかは、納戸袋の等級次第だった。高級な品ほど、収納できる物の大きさも量も限度が上がる。だが、同時に売買される値段も上がった。
元々、納戸袋は稀少で高級品だった。
グドンとボウが驚いたのは、そんな納戸袋を半妖が例外なく所持していたことだ。
少なくても、渉不城では、所持している者を見たことがない。仮にあったとしても、金庫か何かに保管されているはずだった。これは、妖族の町が、渉不城とは比較にならないほど豊かということだろうか?
とにかく、おいらも何とかしてひとつ手に入れよう。そうすれば、行動の幅がぐんと広がるに違いない。グドンはそう決心した。
「どうしたんだ? きみたちは食事の準備をしないのか?」
ぼんやり佇んでいる二人に気づいたケンシが、怪訝そうな表情を見せた。
グドンは気まずそうに頭を掻く。
「おいらたちは、蟻巣島の崩壊から逃げてきたから、何ひとつ持ってないんだ。食料もテントも何もない」
とたんにケンシは、この二人が島の崩壊を命からがら生き延びた避難民なんだ、と思い出した。そして、そんな二人の境遇を迂闊にも忘れていた己を叱るように額をぴしゃりと叩く。
「食事も寝床も心配しなくていい。すべて十二分に装備しているから」
彼らのやり取りを耳にしたのか、タクエンカやセイアたちもやってきて、テントの設営に二人を誘った。
「ごめんなさい。わざと恥をかかせようとしたんじゃないのよ」
と、タクエンカは申し訳なさそうに釈明する。
「それどころか、あなたたちは、その、何というか…、何でもできるし、何でも持ってると勘違いしてしまって」
だが、本当に申し訳ないのは、グドンとボウのほうだった。
島の崩壊とは関係なく、彼らは元々装備品など何一つ所持していなかった。納戸袋を見るのさえ今回が初めてで、一緒に行動するなら、はじめからケンシたちにおんぶにだっこが前提だったのだ。
二人は、ほかの半妖に交じってテントの設営を手伝い、そのあとは、熾した焚火を囲んで食事をとった。
作られた料理はすべて簡素で、携行食料を温めただけのものだったが、腹を満たすには十分だった。それに、元々ボウは食事を必要としない。
食事が終わると、各自、自分のテントに分かれて眠った。
グドンはケンシのテントに、ボウはセイアのテントにそれぞれ居候する形になった。
テントは十分に大きく、二人一緒でも狭苦しくはなかったが、やはり互いにかなり気を遣うことになった。それでもグドンには、これが妖族の町に関する情報を得る絶好の機会になるのではないか、との期待があった。
「天妖都を一言で表現するなら、金のためなら何でもする奴らのたまり場だな」
町の仕組みを尋ねるグドンに、ケンシは、皮肉とも自虐ともとれる口調でそう説明した。
グドンはこのとき初めて、妖族の町が天妖都という名だと知った。
天妖都の人口は百三十万以上。数千人、数万人規模の渉不城や蟻巣島とは比較にもならない。正直、今のグドンには、その町の様子を想像することさえ難しかった。
とはいえ、実のところ、グドンはかつて同規模の町に住んだことがあった。彼が浮浪児だったころのことだ。ただ、彼にはそのころの記憶はほとんど残っていない。残っているのは生活していた貧民街の様子だけ。それも彼が属していた仲間の縄張りというごく狭い範囲に限られていた。当時のグドンは十歳にも満たないこどもだったのだから、それも無理はなかった。
一般的な話をすれば、こどものころ巨大だと思っていた河が、実は小川に過ぎなかったということがある。逆に、自分の生活範囲しか知らず、狭小だと思っていた町が、実は巨大な街の一部だったということもある。こどもの視界、理解の範囲は、その程度のものということだろう。
「具体的な町の収入源は、金貸し、各種の情報の売買、男娼や女郎屋の経営、薬や武器、妖器の製造販売、鉱物等の採掘、土地、建物、人身の売買、労働力の斡旋等々、それこそ多岐にわたる。つまり、金になるものなら何でもやる。そのためには暴力や殺しも辞さない」
ケンシは、こうした町の状況を感情を交えず淡々と語った。
ちなみに、妖器というのは納戸袋などの妖力を持った道具や武器を指す。大した威力はないが、ケンシたちは皆、納戸袋や妖力を持った武器を所持していた。大蟻に襲われながら全滅を免れたのも、その妖器のお陰といってよい。
ケンシは続けて、彼らの仕事についても説明した。だが、仕事といえば聞こえはよいが、実際には何でも屋、つまり雑用係だった。だから、今回のように人探しも請け負うことがある。こうした仕事に関し、ケンシたちはひどく屈辱に感じ、自分を卑下している様子だった。
グドンが気になったのは、楽しいとも思えないそんな都市で、彼らがなぜ生活を続けているのかだった。半妖である彼らに選択肢がないとも思えない。そのあたりは、蟻巣島のリョクギダンとも似ている気がした。
グドンは、その疑問を別の形でケンシに問いかけた。
「あなた方は、どうして渉不城へ渡らなかったの? 以前は、ムダイやコウギシたちと一緒に生活していたんでしょ? それなら、渉不城の建設に一から参加する道もあったと思うけど」
それを聞くと、ケンシは大きく溜息をつき、長い間何も答えなかった。
やっと話し始めたとき、彼の顔は苦渋に満ちていた。
「セイイツを追いかけたくなかったからだ」
「セイイツを追いたくない?」
「そうだ」
頷いたケンシは、グドンを見ていなかった。何かを思い出す目で遠くを見つめている。
「セイイツについて行っても、明るい将来はないと感じた」
その言葉を、グドンは衝撃を持って受け止めた。相手がこれほど率直にセイイツを否定することを言うのを予想していなかったのだ。
「あの頃のセイイツは、自分がどうあるべきかひどく悩んでいるように見えた。周囲の国々を制圧し、巨大な国の主になったものの、幸せを感じられず戸惑っていたんだ。制圧したとはいっても、それに甘んじる者ばかりじゃない。あちらこちらで反抗する火の手が上がり、彼はその鎮圧に明け暮れていた。彼の周辺も一枚岩ではなかった。セイイツに抗おうとする者はいなかったが、二番目三番目の権力を求める者たちが、内部闘争を繰り返していた。そうしたすべてに、彼は嫌気がさしていたのだと思う」
グドンはいっさい言葉を挟まず、ケンシの話に聞き入った。
ケンシは続けた。
「セイイツは元々権力など欲していなかったのかもしれない。彼はただ周りの仲間を幸せにしたかったんだ。だが、苦労して手に入れたと思った幸せは、矛盾に満ちていた。幸せを追い求める中で多くの者が犠牲になり、本当に多くの命が失われた。しかもそれは終わることがなく、いつまでも際限なく続くように思えた。こどもじみて聞こえるが、絶対的な幸せなどこの世にはない、と絶望していたのだと思う。そして、彼は、すべてを投げ出し我々の元を去ると決めた」
ここではじめて、ケンシはグドンの目を見た。
「きみは、セイイツを情けない奴だとは思わないか?」
言われたグドンは言葉に窮した。セイイツを崇拝、称賛する声は耳にしても、実際に彼を知る者から侮辱する言葉を聞かされるとは、思いもしなかったからだ。
グドンの心には自然と不快なものが込み上げたが、それは公平な考えではないと気づいてすぐ抑え込んだ。
ケンシは当時の思いを率直に述べているに過ぎない。しかも、彼の厳しい口調の中には、セイイツに対する愛情が滲んでいた。ケンシはセイイツを侮ってなどいない。嫌ってもいない。むしろ、愛しているのだ。
「権力者というのは悲しい生き物だよ」
と、ケンシは再び視線を逸らせ呟いた。
「敵の死に痛みを感じた時点でもう終わりなんだ。ありもしない公平さを望んだ時点で、主としては失格だ。だから、そんな彼について行っても、将来的に成功など見込めないとわたしは判断した。いや、多くの者がそう判断した」
当時、セイイツを追いかけ、渉不城へやってきた半妖が仲間のほんの一部に過ぎなかったことは、グドンも知っていた。そこには、こうした事情があったのだ。
悲しいのは、そうして逃亡してきた渉不城でも、セイイツが同じ思いを味わうことになったことだ。渉不城は一枚岩ではなく、権力争いが続き、裏切者まで出た。渉不城の町民の安全を守るため、町から出て、仲間を傷つけた外部の者たちを成敗する必要もあった。これでは、逃げてきたことにどんな意味があったろう?
セイイツは再び渉不城を見捨てて逃げ出した。
哀れなセイイツ…。
しかし、不思議なことに、このときグドンははじめてセイイツに対しそれまでに感じたことのない親近感を覚えた。第三者に父親を貶されたとき、はじめて身近に感じるとは、何とも皮肉なことではあった。
「だが、今にして思えば、当時の判断が正しかったのかどうかまったく自信がない。いや、きみとボウに出会って自信がなくなった、といったほうが適切かな。もし、あのとき、コウギシたちと渉不城へ渡る道を選んでいたら…」
自分にもグドンと同じ能力が手に入ったろうか? ケンシはそういいたいのだろうと、グドンは思った。ケンシは今も、渉不城の住民の多くがグドンと同じ能力を擁していると誤解している。
それを示すように、ケンシは続けて、
「きみのその能力は、セイイツから授かったものか? もちろん、年齢からみて、きみやホウカが直接セイイツに会っているとは思えない。そうではなく、何か秘伝書のようなものが残っていて、そこから学んだものなのか?」
そこでしばらくいい淀んだあと、
「今からでも渉不城へ行ったら、わたしや仲間もそれを学ぶことは可能だろうか? ムダイたちは我々を歓迎してくれるか?」
グドンは何と返答してよいか本当に困った。ケンシは元々ありもしないものに大きな期待を寄せている。仮に渉不城へ向かったところで、グドンの力は身につかないし、町の誰一人そんな能力を持っていない。
黙ってしまったグドンの思いを勘違いしたらしく、ケンシは自らを哀れむように自嘲した。
「今さら受け入れてくれというほうが、どうかしているな。おまえたちに将来はないと愚弄しておきながら、やっぱり自分もお零れにあずかりたいなどと、恥知らずもいいところだ」
いや、お零れも何も、元々そんなものはないんだよ、とグドンは言いたかったが、それを口にすることは出来なかった。口にすれば、自分とセイイツの関係も白状しないわけにはいかなくなる。
二人はどちらも無言になり、グドンの立場を察したのか、ケンシは横になって目を閉じた。
グドンも横になったが、しばらくして起き上がると、ケンシのテントを出た。
それに気づいたケンシも上半身を起こし、グドンが去ったほうへ視線を向け、再び深い溜息をついた。




