120 依頼の目的
「いったい、何があったんだ?」
遅れて駆け付けたツイホウセンも、グドンを心底心配する気遣いを見せる。
「何ともないよ。ずっと駆けてきたからちょっと疲れたけど、それほど気分は悪くない。皆、どうしておいらを大怪我をした重症患者のような目で見るの?」
言いながらも、彼は自分が何かヘマをしたことに気づいていた。
何をしたんだろう? タクエンカの奇妙な行動の理由は何か? 間違ってボウの仮面でも被ってきたのかと一瞬疑ったが、もちろん、そんなはずはなかった。
反応に窮していると、タクエンカが自分の胸元から小巾を出し、彼のこめかみ辺りを丁寧に拭い始めた。続いて、目の下、顎の付け根と拭っていく。
手の中の小巾が何か赤い液体でみるみる汚れるのがわかった。
血だ! おいらの顔は今、血だらけなんだ。だから、皆、こんなに慌てふためいている。
思わず掌で頬を拭うと、乾き始めた血でぬるぬるした感触が伝わった。
血は耳から流れ出たらしい。いや、目からも流れ出ている。
どうして、おいらは気づかなかったのか?
きっと叫び声のせいで平常心を失っていたんだ。それに、感覚自体麻痺していたのかもしれない。だから、自分が血を流していることにも気づかなかった。
自分は今どんな顔をしているんだろう? 想像したグドンは思わず笑ってしまった。
「何を笑ってるの?」
血だらけのまま突然笑い出したグドンに、皆、気味悪そうな目を向ける。どこか頭でも打って気が変になってしまったのかと疑っているようだ。
「誰か水を持ってない?」
何とか笑いの虫を抑えて、グドンは真面目な顔に戻った。
「さっきの暑さで随分飲んでしまったから、あまり残ってないが」
と誰かが水の入った水筒を差し出す。
礼をいってそれを受け取ると、グドンは少しずつ掌に掬って顔を洗い始めた。
タクエンカが渡してくれた小巾でさらに血の塊を落とす。
「どう? きれいになった?」
笑顔で訊くグドンに、事態はそれほど深刻ではないと気づいた半妖たちも、ホッと胸を撫で下ろし、
「以前より、男前になったよ」
と決まり文句のように返事を返す。
やっと一時の緊張から解放された半妖たちへ、グドンは鍾乳洞の先で見たものについて話した。もちろん、溶岩の滝から先へ進んだことは話さず、叫び声も割れ目のこちら側から聞いたことにした。
それでもタクエンカたちは驚嘆し顔を蒼くした。
「よ、溶岩の瀑布? どおりで暑かったわけだ」
誰かが感想をいうと、
「それより。気になるのは、その叫び声だな」
とツイホウセン。
「グドンの怪我は、その声のせいだろう。おれたちがその場にいたら、恐らくあっという間に命を落としていた」
「まあ、そこまで近づく能力もなかったでしょうけど」
タクエンカが皮肉を込めていうと、ツイホウセンも、
「おまえだって、同じだろう」
と怒る口調でなく応じた。
この二人は以外に仲が良いのではないか? グドンは内心そう思ったが、顔には出さなかった。出せば、二人とも否定するだろうし、下手をすれば互いに気まずい思いをすることになる。
グドンは、ほかの者たちと一緒に帰途に就いた。
きっとボウたちがじりじりした思いで彼らの帰りを待っているだろう。
「おいらが血だらけだったことは、ホウカには黙っていて」
グドンがいうと、ツイホウセンはわけ知り顔で頷いた。
「でも、ケンシには話さないとね。でないと、鍾乳洞の先がどれほど危険か伝わらない可能性があるから」
タクエンカが注意を促すと、皆、それに同調するように頷く。
だが、ツイホウセンだけが、
「馬鹿だな」
と彼女を揶揄した。
「グドンが黙っていてほしいのは、ホウカに対してだけだよ。ほかの者がどう感じようと知ったことか」
タクエンカはやっと理解したように、思わせぶりな目でグドンを見た。
「本当に、若い者が羨ましいよ。わたしが若かったときには、そんな機会もなかったしな」
と、コシュウがしんみりと呟く。
「それは、コシュウの容貌に原因がある」
すかさず誰かがまぜっかえすと、皆、声をあげて笑った。
グドンは何か温かいものを感じてジンとなった。これが仲間というものだろうか? 互いに傷つけあうことなく、心から会話を楽しむ。
怪我した自分を心配する彼らの思いも本物だった。渉不城での自分は、そうした仲間をまったく手に入れることができなかった。それが今は、あくまでも借りもので一時的な関係かもしれないが身近に感じることが出来ている。
そのことに、グドンは幸せを感じ、渉不城を抜け出したことが間違いではなかったと改めて感じ嬉しくなった。と同時に、セイイツと自分の関係を彼らには絶対知られたくない、と心から願った。
ボウやケンシと再び合流したグドンは、鍾乳洞の先で経験したことを、残っていた者たちにも詳しく報告した。
往復二時間程度の探索では、大した収穫はないだろうと予測していたケンシたちは、溶岩の瀑布や、奥から聞こえた叫びに話が及ぶと、一様に驚き、顔色を蒼くした。
それは、グドンがタクエンカたちに話したときとまったく同じ反応だった。
驚愕や怖れ、疑惑といった思いが綯交ぜになっている。
「実際に現場まで行きつけたのは、グドン一人だったんだかな」
ツイホウセンは、自分たちが途中で前へ進むことを断念したことも正直に話した。
「どうしようもなかったのよ」
と、タクエンカが悪びれた様子もなく釈明する。
「肌が焼けるようで、砂漠の中を一日水なしで歩き回った感じだった。あのまま進んでいたら、ここへは戻ってこられなかったと思う」
一人も彼女たちを揶揄する者はいなかった。「グドンには出来たのに?」と皮肉を言う者もいない。むしろ、全員が、グドンと自分たちの差を改めて思い知り、内心溜息をついた。
「あいつらも鍾乳洞に入ったと思うか?」
暗く淀んだ雰囲気を振り払うように、ツイホウセンが話題を変えた。
あいつらとは、ケンシたちに仕事を譲った者たちのことだ。
「わからないけど、扉の存在を知って開けたとしたらそうでしょうね」
タクエンカが頷いた。
「倉庫の中も気味が悪かったけど、危険という感じではなかったし、わたしたちに改めて探索させる意味もない。きっと彼らも鍾乳洞へ入り、暑さのせいで先へ進めなくなったのよ。だから、危険な役目をわたしたちに押し付けた。命懸けで先へ進んでこどもを見つけたら、それを横取りすればいいし、成果なく戻ってきたら、笑いものにすればいい」
「あいつらの考えそうなことさ」
ツイホウセンも苦々しそうにいって地面に唾を吐いた。
「あなた方は、捜索を依頼したこどもの親に会ったことがあるの?」
突然、グドンが口を挟んだ。
「ないけど、それがどうしたの?」
とタクエンカ。
「ひょっとして、依頼そのものの存在を疑っているの? でも、話したように、わたしたちはもう報酬を受け取っているのよ。少ないお金じゃないし、彼らがそこまでして話をつくる理由も思いつかないわ」
ケンシも頷いて、
「金にはうるさい奴らなんだ。幾らおれたちを信用させるためでも、自腹を切るような真似は絶対にしない」
「いや、そうじゃなくて…」
とグドンは言葉を選びながら、
「仕事を譲った人たちは、依頼者に何か胡散臭いものを感じて、仕事を自ら遂行することに尻込みしたんじゃないかと思って」
「胡散臭い?」
とセイア。
「そう。こどもの親に直接会った人たちは、その依頼者に疑念を持ったんだよ。何か裏があるとか、こどもの親には見えないとか…。その人たちは危険な匂いを嗅ぎとって、あなた方に仕事を回したのかもしれない。もしかすると、報酬はもっと多かったのかもしれないし。その一部をピンハネして、残りをあなた方に渡した」
半妖たちは皆黙り込んだ。
ボウも隣りでじっと彼の横顔を凝視している。
グドンがなぜそうした疑念を持ったのか、不思議に感じたのだ。
ひょっとして、グドンは、こどもの捜索や扉のことで、何か気づいたことがあるんじゃないだろうか?
そう考えたのはボウ一人ではないらしく、ケンシも、
「きみがそう考える理由が何かあるのか?」
と訊いた。
「そうじゃなけど…」
グドンは首を振ったものの、続けて、
「何か、誰かの強い作為を感じるんだよ。あなた方は廃墟で入口を見つけたと言った。でも、それは偶然過ぎない? そんなに簡単に見つかるものなら、もっと早く見つかっていてもおかしくなかったはずだよ」
グドン以外の全員が沈思する中、タクエンカが、
「入口を見つけたのは、必ずしも偶然や幸運ではなかったの」
とグドンに告げた。
「廃墟のどのあたりでこともがいなくなったのか、詳しい情報があったのよ。わたしたちはその場所を重点的に調べた。かなり執拗にね」
ほかの者たちも一様に頷く。
「だが、言われてみれば、確かに奇妙なところもあった」
とケンシ。
「いなくなったこどもの親が一度も顔を見せなかったのは変だ。おれたち以上に血眼になって探していていいはずなのに」
タクエンカが暗い顔で黙り込むと、
「だが、誰が何のために、そんな偽の依頼などする? どんな得があるっていうんだ? ただ無意味におれたちの時間と労力を浪費させるだけじゃないか」
とツイホウセンが代わって答えた。
多くの者が溜息をつく中、セイアが苦笑して、
「このままこども探しを続ける? どこへ向かうか考えるより、まずそのことを決めたほうがよくない?」
彼女の問いに誰も答えられる者はいなかった。
「鍾乳洞も先に進めないし、こどもたちがその先へ行ったとも思えない。となると、行ける場所は結局隧道しかなくなってしまう。しかも、こどもが隧道へ抜けた可能性もゼロに等しい」
と、コシュウも指摘する。
「じゃ、廃墟をもう一度探しなおす? でも、意味があるとは思えないけど…」
セイアも気落ちした様子で嘆息した。
「捜索を打ち切るのが正解みたいね」
とタクエンカ。
「町へ戻って、こどもは見つからなかったと報告する。その上で、依頼者に会わせてくれるよう要求する。それで、何かわかるかもしれない」
半妖たちは皆、渋々頷いた。
「だが、このまま手ぶらで帰るのは癪じゃないか?」
ツイホウセンが堪りかねたように愚痴った。
「おれたちを嘲笑う奴らの顔が見えるようだ」
「でも、報酬も一部受け取ってるんだし、完全な手ぶらというわけでもないわ」
タクエンカが反論する。
「三人の仲間が死んでいるのにか?」
「何だか、三人の死には、わたしに責任があるような言い方ね」
とタクエンカは気色ばむ。
「もうやめよう」
ケンシが手を叩いて言い合いを打ち切った。
「正直いって、おれもこのまま帰るのは気が進まない。こどもの捜索はおくとして、隧道を進んでみるのも一つの手だと思う。どこへ繋がっているかわからないし、仮に、隧道が交易に使えるとわかったりすれば、思った以上の成果として評価されるかもしれない」
彼は皆を鼓舞するように言ったが、半妖の反応はいま一つだった。
「よし、今日はここまでにしよう。疲れたろうから、一晩休んで、これからどうするかは、明日決めることにする」
とケンシは話を締めくくった。




