118 倉庫
扉の向こう側へ移動すると、グドンたちは、扉をいったん閉じ改めてもう一度開いた。
現れたのは倉庫のような部屋だ。ボウが見た三つの目的地の一つだった。
「ここは、どこかの建物の中らしいな。これなら、捜索するのに時間はかからないんじゃないか?」
とツイホウセン。
「一人か二人、中へ入って、確認するのはありね」
タクエンカも彼に同調した。
「扉を閉じなければ、ここへ戻ってこられるはずだから、それほど心配する必要もないわ」
「わたしは辞退します」
とセイアが尻込みした。
「頼んでないよ」
ツイホウセンが笑う。
「おいらが入ってもいいけど」
グドンが名乗りを上げると、
「それなら、わたしも」
とボウが手を挙げた。
「じゃ、わたしも行こう」
ケンシが続く。セイアはとたんに不満げな顔になった。
「わたしだけ残していくつもりじゃないでしょうね? それなら、わたしも行きたい」
「行きたい者は、全員行ったらいい」
コシュウがセイアに笑顔を向ける。
「わたしがここに残って、扉が閉まらないように手で押さえていよう」
「たとえ閉まっても、何度か開け閉めを繰り返せば大丈夫です。必ずこの倉庫へ戻ってこられるはずだから」
ボウが補足した。
結局、中へ入るのは、グドンとボウをはじめ六人ほどになった。ツイホウセンはコシュウらとともに扉の内側で待機することを選んだ。
中へ入ったグドンたちはまず、部屋から出るための別の出口がないか探した。ここはいわば中継点で、本来の目的地が別にあるのではないかと考えたのだ。
だが、出入り口のようなものはどこにもなかった。探しあぐねた彼らは、部屋の中を精査することに方針転換した。
そこは五百平米ほどの空間だった。
倉庫としては小さくはないが、といって巨大でもない。
中に置かれていたのは幾つもの木製の箱だ。形や大きさは様々だが、数にすれば百以上はありそうだ。小さなもので高さと横幅が五十センチ、縦の長さは一メートルを超えるくらいか。大きなものはその二倍以上はあった。
中に何が入っているのか、誰もが興味津々だった。
もし仮に金目のものが入っているとしたら、とんでもない財産になる。まさに一夜にして一攫千金、大金持ちに変身だった。
だが、ここでも、グドンは何やら嫌な予感に襲われた。
ずらりと並んだ木箱を見たとき、ある場所での光景を思い出したからだ。
渉不城の鉱山跡、真っ暗な通路にずらりと並べられた大量の木箱…。中に入っていたのは、いうまでもなく、亡くなった仙族の遺体だ。
ただ、グドンの気持ちを多少楽にしてくれたのは、鉱山跡のときと違い、木箱の大きさが画一的でなかったことだ。しかも、一部は、平置きではなく積み重ねて置かれている。普通、遺体なら、こんな保管の仕方はしないはずだった。
さらに、この部屋は遺体置き場にしては気温が高すぎる気がした。暑いわけではないが摂氏二十度は超えていそうだ。
鉱山跡では、遺骸が仙族のもので元々腐敗の心配がなかっただけでなく、あくまで一時凌ぎの場所だったから問題なかったが、ここは長期間、この状態で放置されてきたように見える。こんな温かい遺体安置所は見たことがなかった。
しかし、こうしたグドンの推測はすべて外れることになった。
突然、部屋のあちらこちらから、「ひっ!」とか「あっ!」という悲鳴とも何とも形容しがたい声が上がったからだ。
振り返ると、声を上げた者たちの顔から完全に血の気がひいている。箱の中を指さしたまま体を震わせている者もいた。
慌てて駆け付けたグドンが箱の中に見たものは、間違いなく生き物の遺体だった。箱の大きさが違うのは、中に収納された遺体の種族がバラバラだったためだ。ある者は身長一メートルもないが、ある者は二メートル以上もある。人族や妖族はもちろん、グドンが初めて目にする種族もいた。
「グドン…」
いつの間にか隣に立っていたボウが、彼の腕に縋りついた。彼女の声も細かく震えている。
「見ないほうがいい。どこかの頭のおかしな奴が、こんな所に遺体を詰め込んだんだ」
彼女を扉の向こうへ連れていこうとするグドンに、ボウは激しくかぶりを振った。
「違うの」
「違う?」
意味が分からず、グドンは心配げに眉根を顰めて彼女を見る。ボウは恐怖で混乱しているのではないか? そう疑ったのだ。
「この人たち、死んでない! まだ皆生きてるわ!」
「え!」
驚愕で一瞬頭が白くなったグドンは、慌てて木箱の中をもう一度覗き込んだ。今度はしっかり目を凝らす。瞳孔がすっと狭まると、箱の中に横たわった生き物の内臓が鮮明に見えた。極めてゆっくりながら心臓は確実に鼓動を繰り返している。
本当に生きているんだ!
グドンは、蓋の開いたほかの木箱へ移り、次々に中を確かめた。
心臓の大きさや位置、その数は違うものの、どれも確実に脈打っている。
「この人たちは皆、魂が残っているわ。つまり、眠っているのと同じよ」
仙族であるボウは、他人の生死について自分より敏感なのだろう、とグドンは感じた。だから、彼らが死んでいないとすぐに気づいた。
だが、誰が、何のためにこんなことをしたのか?
セイイツ?
自分の手が微かに震えているのを、グドンは意識した。
セイイツがなぜこんなことをするのか? それに、この人たちは一体全体誰なのか? セイイツの敵か?
あまりのも謎が多すぎた。
「とにかく、この部屋から出よう」
ボウに対してだけでなく、六人全員に扉の向こうへ戻るよう、グドンは大声で促した。
「ここはおいらたちの手に負えるような場所じゃない」
「皆、行くぞ!」
ケンシが命ずると、それこそ魂の抜け殻のようになっていた者たちが、慌てて部屋から駆け出した。
全員が戻るのを待ち、ケンシが扉を閉じる。
倉庫へ入った者は、誰もが大きく安堵の吐息をついた。それでもまだ、倉庫から何かが追ってくるのではないか、と恐怖心が抜けない者も多い。
「どうだったの?」
扉のこちら側から中の様子を窺っていたタクエンカが怖いもの見たさで訊いた。中で何が起こったのか凡そのことは想像できていたが、それでも、仲間の口から、詳しい事情を聞きたかった。
だが、口を閉じたまま、誰も答えようとしない。
グドンはケンシの判断を待った。
「中は全部、生き物の死体だ」
とケンシが言った。
嘘をつくつもりではなく、グドン同様、彼もそう見誤ったらしい。今は詳しい事情を話したくないようだ。
「いずれにせよ、あそこに、我々の役に立つものはない」
「遺体? あの箱の中身が全部、遺体なの?」
「そうだ」
信じられない思いで、タクエンカがセイアへ顔を向ける。
セイアは立っていられず、床にへたり込んでいた。
「もう少し待って。あとで全部話すから」
やっとそれだけいうと、彼女は吐き気を抑えるように目を閉じる。
しばらくは誰も口をきかなかった。
「おれたちに仕事を回した奴らも、あの部屋に入ったんだろうか?」
と、静寂を破るように誰かが言った。グドンらと一緒に倉庫へ入った者の一人だ。
「さっきもいったが、その可能性は低いと思う」
とケンシ。
「だが、もし入ったのなら、彼らは扉を閉じる前に引き返したんだろう。それは大正解だった。もし、我々のように、中へ入ったあと扉を閉じてしまっていたら…」
倉庫に閉じ込められた自分を想像し、誰もが戦慄に身を震わせた。
「次の扉も開けてみる?」
ようやく平常心を取り戻したケンシが、倉庫での詳しい状況を全員に説明し終わるのを待って、グドンが声をかけた。
口調にどこか揶揄う響きがある。
「あなた方は心臓に毛が生えてるわね」
タクエンカが冗談とも思えぬ顔つきでいう。
「グドンとわたしを一緒にしないで」
とボウ。
「だけど、ここで無駄に時間を過ごすのもどうかと思うよ」
グドンが指摘すると、ケンシも頷いた。
「どの道へ進むかだけでも決めておく必要がある。いや、決めるのはあとでも、どの道が何に繋がっているか把握しないことには、何も決められない。とにかく、次の扉を開けて様子を見てみよう」
半妖たちは皆、顔を見合わせる。
「それなら、今度はおれが扉を開けて中へ入る役を引き受ける」
ツイホウセンが前へ進み出た。
「倉庫へ入った者は、ここで休んでいるといい。話を聞いただけでも、おれたちは衝撃を受けたんだ。実際に経験したとなれば、精神的なダメージも大きいだろう」
「それなら、わたしも参加するわ」
とタクエンカ。
さらに何人かが名乗り出た。
「おいらだけ特別扱いさせるようで申し訳ないけど、一緒に行ってもいい?」
手を挙げたグドンに、他の者たちが笑顔を見せた。
「そんな特別扱いなら大歓迎よ」
タクエンカは心底ホッとした様子で頷く。倉庫での出来事を聞いて、内心、不安を隠せないでいたからだ。偶然とはいえ、隧道には大蟻がいた。倉庫には無数の棺。それなら、次も何か恐ろしいものが待ち構えている可能性は十分にある。もしグドンが一緒に来てくれるなら、願ったり叶ったりだった。
「きみは?」
グドンがボウに訊くと、彼女は首を横に振った。
「今回は休むことにする」
彼女はまだ倉庫内で見た無数の木箱が気になっていた。
あの木箱の中には様々な種族がいた。ひょっとして仙族もいたのではないだろうか? もしそうだとしたら、助けないで逃げ出してきた自分の行動は正しかったろうか?




