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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第三章 天妖都
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116/203

116 扉

 ケンシたちが嘘をいってるようには見えない。少なくとも、彼ら自身は廃墟にあった入口を入ったあと、すぐこの隧道へ出たと信じているのだ。

「皆の言う入口を入ってからここまで、どのくらいの距離があったの? かかった時間でもいいけど」

 グドンがケンシに訊く。

「どのくらいって、あっという間だな。百メートルも歩いていない」

「百メートル?」

 グドンの脳裏に薬草地での記憶が蘇った。

 薬草地の入口を入ったあと、女王蟻の能力に脳を支配され、実際とは違う幻覚を見せられた。薬草地へ到達したと信じていたが、実際にはそこは何もない洞窟の中だったのだ。あのときの経験と今回のことは、どこか似通っている気がしないでもない。

 しかし、グドンはその考えをすぐに否定した。

 グドンたちがいるこの隧道は薬草地と違い間違いなく存在している。廃墟の入口から入ったケンシたちが、何かの幻覚を見ていることはありえても、別の場所から来たグドンとボウまでがその影響を受けているとは考えにくかった。

 となると、ケンシたちが入口を通ってここへ来るまでに、何かが起こったのだ。

 グドンはケンシにもう一つ質問をした。

「あなた方が入った入口は、住んでいる町から近いの?」

「いや、近くはない。馬で二三時間の距離だ」

 馬で二三時間…。確かに近くはないが、かといって、それほど遠い距離でもない。蟻巣島からその程度の距離であれば、やはり仙族であるボウが知らないはずはなかった。だから、ケンシたちが存在しない町からやってきたことに変わりはない。

「さっき、おいらが蟻巣島のことを話したとき、あなた方は島のことを知っているように感じたけど違う?」

 グドンが訊くと、ケンシたちが怪訝そうに眉を顰めた。

「蟻巣島のことを知っている? それはどういう意味だい? 島のことくらい誰でも知っているだろう?」

「あなた方の住んでいる町から蟻巣島までは、どのくらいの距離があるの?」

 グドンはさらに畳みかける。

「距離? 馬車なら一か月といったところかな。どうしてだい? それが重要なことなのか?」

 一か月…。

 はやり、ケンシたちの町と隧道は隣接していないのだ。だから、グドンもボウも、妖族が牛耳る町のことを知らなかった。

「だったら、渉不城までも同じような距離だよね?」

「まあ、そうだな…」

 ケンシたちは皆、説明を求める表情でグドンを見つめている。

 それにはかまわず、グドンはボウへ顔を向け、

「それくらいの距離が離れていると仮定するとば、妖族の牛耳る町はある?」

 と訊く。

 ボウが小さく頷いた。

 グドンは、改めてケンシたちに向かい、蟻巣島を離れてからここへ来るまで、自分たちは数日の距離しか歩いていないことを説明した。

「歩いて数日?!」「そんなことありえないでしょう?」

 ケンシたちは皆、不信の色を隠せない。

「実際には、大蟻に運んでもらったから、本当にかかった時間はそれよりずっと短いよ。ほんの数時間かな」

「そ、それは、いったいどういうこと?」

 セイアは天地がひっくり返った様子だった。

 彼女が驚いているのが、かかった時間のことか、大蟻に運んでもらったことかわからない。恐らく両方なのだろうが、グドンは距離のことと仮定して話を進めた。

「わからないけど、たぶん、あなた方が通った扉に秘密があるんじゃないかと思う。扉の向こうとこちらでは、空間が繋がっていないんだ」

 グドンやボウも含め、その場にいた全員が木製の扉のほうへ目を向けた。

 多くの目が怖いもの見たさも含めて好奇の色に輝いている。

 もちろん、グドンも関心があったが、関心の対象は、扉がどんな力を持っているかよりも、その扉を通して具体的にどこへ行けるかにあった。

 もし、妖族の支配する町へいけるのであれば、それは願ってもないことだ。もし可能であるなら、住民であるケンシたちと一緒に行ければ尚よい。そのほうが何かと都合がいいに決まっているからだ。しかし、彼らには何か事情がありそうだから、無理強いをするわけにはいかない。

「おいらは、あなた方の町が見てみたい」

 と、グドンは正直に言った。

「あなた方はどうするの? 蟻巣島へは行けないから、大蟻が向かったほうへ進むか、廃墟のほうへ戻るしかないと思うけど」

 ケンシたちは互いに顔を見合わせた。

「この先、次の出口までどのくらいの距離があるか知ってる?」

 女性同士で年も近いせいか、セイアがボウに親し気な口調で話しかける。

「わからないわ。わたしたちもはじめて来たから。でも、まだかなり距離があると思う。正直いって、わたしはこれ以上隧道の中を歩くのはうんざりね」

 と、ケンシたちの町へ向かうといったグドンの意見に賛同する。それを聞いて、セイアも彼女と一緒に行きたそうな表情をした。

「おれは、大蟻のあとを追うほうに一票」

 ツイホウセンが手を上げる。

「わたしも戻るよりは前へ進みたいわ」

 タクエンカが同調した。

 ほかの者たちもそれぞれに自分の意見を表明する。結果は、戻るのと前進が半々だった。

 結局、判断はケンシに委ねることになった。

「わたしは前進するほうを選ぶ」

 と、ケンシは迷うことなく決断した。

「だが、強制はしない。戻りたい者はグドンたちと一緒に町へ戻るといい。グドンを案内して行けば、戻るためのいい口実にもなる」

 彼はそれ以上何も言わず、グドンたちを先導するように木製の扉のほうへ向かう。どうやら入ってきたという廃墟の入口まで、彼らを見送るつもりらしい。

 ところが、木製の扉まで戻ったところで、思わぬ事態が彼らを待ち受けていた。隧道のほうへ抜ける際に閉めた扉が、どうやっても開かないのだ。

 扉の向こう側とこちら側、どちらにも鍵がついていた記憶はなかった。ついていたとしても、向こう側にはもう誰もいない。彼らが通り抜けるのを待ち、誰かが鍵をかけたとは考えにくかった。

 考えられるとすれば、扉は向こう側からしか開かない仕組みなのだろう。元々、扉を閉めた時点で、こちら側からはもう開けられなくなる。

 だが、何のためにそんな構造にする必要があったのか?

 とにかく、扉は、押しても引いてもビクリともしなかった。

 最後には、ツイホウセンが体当たりし、ケンシが足で蹴破ろうとしたが無駄だった。

 何人かが、炎で焼き尽くしてはどうか、とグドンに提案した。

 彼としてはできる限りそんな真似はしたくなかった。扉に何か秘密があった場合、破壊することで、それが永久に失われてしまう可能性があるからだ。そうなれば、扉の向こう側へは二度と戻れない。

 だが、ほかの者たちの懇願に押される形で、試してみないわけにはいかなくなった。

「怪我をしないように、少し下がっていてもらえる?」

 燃え尽きる前に、扉がこちら側へ倒れて来るのを心配したのだが、結果的には、これが幸いした。

 グドンが炎を放射すると、まるで鏡で光が反射されるように、炎は真っすぐグドンのほうへ跳ね返ってきた。

 あっという間にグドンの体が炎に包まれた。

 ケンシたちはあまりの出来事に、ぽかんと口を開けたまま身動きできず固まってしまった。

 やっと誰かが、「水、水だ!」と叫んだが、隧道に、消火に使える水などあろうはずもない。全員が慌てふためいてうろうろするばかりだ。

 誰もが自分たちの無謀な提案を後悔した。

 中でも、セイアとタクエンカの女性二人は、ボウを何と慰めてよいのかわからず、辛い表情で彼女のほうへ視線を向ける。

 ところが驚いたことに、当のボウは炎の化身となったグドンを平然と眺めている。

 あまりの衝撃に、現状が把握できずにいるのか?

 二人が歩み寄りボウの肩へ腕を回そうとしたとき、突然、グドンを包んでいた炎が幻のように消えた。

「おいらの炎じゃ、この扉は壊せない」

 何事もなかったようにグドンが言った。

 ボウ以外の全員が驚愕に表情をはりつかせていた。まるで空気が固まり、その中に閉じ込められてしまった様子だ。大半の者は呼吸することさえ忘れている。

「ど、どういうこと?」

 タクエンカがやっと口を開いた。

 炎に包まれて焼け焦げたはずのグドンが、どうして、まだ口をきいているの?

 グドンはその疑問には答えず、軽く手を振ったあと、

「それより、あなた方に訊きたいことがあるんだ」

 と、その場の雰囲気にはかまわず、

「さっき、皆の話を聞いていて思ったんだけど、こども探しの仕事は、あなた方に好意を持っていない相手からの依頼があって引き受けた。そうだったよね?」

 やっと我に返ったケンシが、

「奴らからの直接の依頼じゃなく、家族からの依頼を奴らがおれたちへ回したというのが正確だが、まあ、その通りだ」

 と未だ夢から覚めやらぬ様子で答える。

「じゃ、彼らは、どうして仕事をあなた方に回すことにしたのか話した?」

「自分たちは他の仕事で手が回らないと説明していた」

「それで、それを信じたわけ?」

 ケンシは無言で頷いたが、何人かは当時を思い出し苦い顔になった。

「じゃあ、今はどう思うの? 彼らはどうして仕事をあなた方に回したと思う?」

「どうしてって、だから、こどもたちを探すのが難しい上に、こうした危険があるのを知っていて…」

 言いながら、ケンシの声は次第に尻すぼみになった。

「それは変だよね。大蟻に出くわしたのは偶然だから」

 とグドンが駄目を押す。

「こども探しの報酬はどう支払われるの? 成功したときだけ? こどもが見つからなければ、まったくの骨折り損? いくら何でもそんな依頼は受けないでしょ? あなた方も依頼料は悪くなかったと言った。彼らがそんなおいしい仕事を放棄した理由は何?」

 誰もが考え込む目になった。

 実のところ、報酬の半分はすでに支払われていた。こどもが見つからなくとも、ケンシたちが損をすることはない。

「そういえば…」

 とタクエンカが呟いた。全員が彼女へ視線を向ける。

「わたしたちが廃墟の入口を見つけたのも偶然よ。だから、彼らが入口を知っていたかどうかも怪しいわ。入口は巧妙に隠されていて、すぐには見つからない構造になっていた」

「だったら、奴らがおれたちに仕事を回した理由は何だ?」

 とツイホウセン。

「何の悪意もなく、ただほかの仕事で忙しかったからか?」

 その問いに、全員が大きく首を振った。

 奴らはそんなお人好しじゃない。だったら、なぜ?

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