115 存在しない町
束の間、会話が途切れた。
グドンは、それをよい機会と一旦大蟻たちの拘束を解き、次いで、彼らにほかの大蟻を追うよう命じた。
大蟻は、突如、目の前の半妖が見えなくなったように体の向きを変えると、隊列を組んで隧道の先へ進み出す。
ケンシたちは目が飛び出るほど驚いた。
「こ、これは…」
「大蟻に仲間を追うよう命じただけだよ。大したことじゃない」
グドンが謙遜すると、ケンシが首を振った。
「まさに、栴檀は双葉より芳しだな…。渉不城の若者たちは皆、こんな能力が使えるのか?」
ケンシの顔に、なぜか、後悔とも羨望ともとれる表情が浮かんだ。もし、あのとき、自分もムダイたちと共に渉不城へ渡っていたら…。そんな思いが表情に出ている。
当時、ムダイたちとは違い、ケンシたち多くの半妖はセイイツとは袂を分かち、渉不城へは行かない選択をした。だが、残念なことに、彼らのそうした選択は期待したような結果を齎さなかった。それに加え、今回グドンに力を見せつけられたことで、過去の選択が誤りだったのではないか、と後悔する気持ちが強く湧いたのだ。
「皆が使えるわけじゃないけど…」
適当に誤魔化すグドンの言葉に、周りの半妖の大半が長嘆した。
グドンとボウが顔を見合わせると、ケンシは小さく苦笑し、
「さっきも訊いたが、きみたちはここで何をしているんだ? どこからこの隧道へ入ってきた?」
「蟻巣島から地下へ下りたんだよ」
グドンは島で起きたことをかい摘んで彼らに話した。
女王蟻の死、蟻巣島の崩壊…。
もちろん、そこでのグドンの役割は割愛した。
それでも、ケンシたちは驚愕に目を丸くした。何人かはグドンの話が真実だとは信じられない様子で疑う目になる。
「蟻巣島が崩壊した…?!」
「そう。だから、この先は土砂や岩石で塞がれ行き止まりになっている。あなた方が、どこへ行くつもりか知らないけど、引き返すしかないかもしれない」
ケンシたちが衝撃から立ち直れないのを見て、グドンはさらに、
「あなたたちは、どこから下りてきたの?」
「実は偶然この隧道へ出てしまったんだ」
とケンシ。
「偶然?」
「ええ。この上にある廃墟で偶然見つけた入口から地下へ下りたの。その先が、ここへ繋がっていたというわけ」
とタクエンカが説明した。
丸顔だが、それとは対照的にががりがりに痩せ細った体格の、背の高い中年女性だ。
「おれたちは、廃墟で失踪したこどもを探す依頼を受けてここへきた」
とケンシ。
「こどもの家族は旅の途中、この上の廃墟で休憩をとった。そのとき、急にこどもがいなくなったんだ。依頼料も悪くなかったから、二つ返事で受けたんだが…」
結果として、何人もの仲間を失うことになったわけか…、と、グドンは彼らに同情した。
「だが、これほど危険な依頼だとは思いもしなかった」
ケンシの仲間では一番年長のコシュウという白髪の老人が、大蟻たちの死骸に交じって躯を晒している仲間に目をやり、溜息をついた。
「恥ずかしい話だけど、お金につられたのよ。考えてみれば、話がうますぎたのに」
タクエンカも視線を落とす。
「あいつらは、初めからここの危険性に気づいていたはずだ。奴らがおれたちに仕事を回してくれた時点でおかしいと思うべきだった」
ツイホウセンという背の低い、頭の禿げた男が、唇を噛むと吐き捨てるように言った。
彼らがここへきた背景には何か複雑な事情が絡んでいそうだ、とグドンは感じた。
「三人の家族には何といえばいいか…」
タクエンカが目の周りを赤くし、
「こんな場所では、手厚く葬ってあげることもできない」
とやはり唇を噛む。
「いつか、こういうことも起こると、皆、覚悟のうえでやっている仕事だからな」
とケンシ。
「遺体は、放っておいてもいつか風化して土に還る。おれたちも、いつかはそうなる。気に病んでも仕方のないことだよ」
彼の達観した言葉に、半妖たちは無言で頷いた。もちろん、ケンシの言葉と内心が違うことは誰もが分かっている。わかっているが、頷くしかないのだ。
「でも、このままではあまりに気の毒だわ」
と、ボウが溜まらず口を挟んだ。
「じゃ、どうしようというんだ?」
ツイホウセンが怒気を含んだ声を出す。
「やめないか」
ケンシの厳しい声に、仲間の半妖がピクリと体を震わせた。
どこかへ怒りをぶつけたい気持ちは皆同じだった。だが、そんなことをしても、自分が惨めになるだけだ。ましてや、グドンたちは命の恩人といっていい。その二人に苛々を吐き出すのはもってのほかだった。
「火葬にしてあげればいいよ」
何でもないことのようにグドンがいうと、不意を突かれた様子のケンシも、さすがに眉を顰めた。
「火葬? どうやって?」
グドンは一人の遺体へ近づくと、一旦、ケンシらを振り返り、
「この人には、遺品か何か、残しておく必要のあるものはない?」
と訊いた。
ケンシの仲間は皆、首を横に振る。
遺体に向き直ったグドンは、無言で火炎を放った。
ケンシたちが驚愕に目を見張る中、遺体は瞬時に炎に包まれ、あっという間に骨まで燃え尽きて白い灰になった。
「きみたちには、出来ないことは何もないのか?」
驚きから覚めやらぬ顔で、ケンシがグドンへ目を向ける。彼が答えるより早く、残った遺体に駆け寄ったタクエンカが、遺体の着衣の中から何か取り出して自分の懐へ仕舞った。
「この人には家族がいるの。少ない財産でも、持ち帰って返してあげないと」
誰かに訊かれるのを待つことなく、彼女は言い訳すると、最後の遺体にも近づいて同じ動作を繰り返した。
タクエンカが遺体の傍を離れ、ケンシが頷くのを待って、グドンは残る二体も火葬に付した。
半妖は皆、誰からともなく目を閉じ手を合わせた。
「ありがとう。故人とその家族に代わって礼を言わせてもらう」
深々と頭を下げるケンシに、グドンは、何でもないと手を振った。
「それより、あなた方はこれからどうするの? 自分たちの町へ帰るのなら…」
彼が最後までいい終わるのを待つまでもなく、ケンシは首を振った。
「どんな魂胆があったにせよ、このまま何の手掛かりもなく帰るわけにはいかない。元々、甘い話を信じたおれたちも悪い。自業自得と諦めて、こどもの行方に繋がるものを一つでも探しに行くよ」
その言葉に、グドンは興味を引かれた顔になった。
「あなた方は、どこか別の半妖の町から来たの? そこは、ここから近い?」
「半妖の町ではないわ」
ほかの者たちが暗い顔で黙り込む中、もの怖じしない性格と見えて、セイアが笑顔を見せる。
「半妖の町じゃない? それじゃ…」
ボウも興味津々で尋ねる。
「わたしたちが来たのは妖族が牛耳る町よ」
次に口を開いたのも、女性のタクエンカだ。
何やら、気まずい雰囲気の男連中に比べて、女性たちは彼らに気づかいを見せつつも、その口調に暗さはなかった。
「半妖もいるけど、数は多くない。わたしたちは妖族の…」
「手下だ」
言いかけたタクエンカの声を遮り、ツイホウセンが吐き捨てる。
どうやら、男連中の暗い表情はこの辺りに原因がありそうだ、とグドンは察した。妖族の配下にあることを彼らは恥じているのだろう。恐らく配下というより、より身分の低い下働きか三下に近い存在なのではないか? グドンはそんなふうに想像した。
だが、グドンは内心、そうした彼らの境遇や環境を勿怪の幸いと喜んだ。
もし仮に、ケンシたちが半妖だけの町から来たとしたら、そこへ向かうことは、もう一度渉不城へ逆戻りすることを意味する。それでは、苦労して渉不城を抜け出してきた意味がない。蟻巣城での経験からも、人族や半妖に囲まれて暮らすことは、どちらにとっても幸せをもたらさない。
いっぽう、妖族が支配している社会であれば、そうした気兼ねをせずにすむ。仮に妖族たちの能力が高ければ、自然とグドンが能力をひけらかす機会も減るはずだった。
だが、さしあたっての問題は、ケンシたちに町へ戻る気がないように見えることだ。
「じゃあ、これから、隧道の先へ進むつもり?」
グドンは訊いた。答えの内容次第で、彼らと行動を共にするかどうかを決める。
「さあ、どうしたらいいか…」
沈思するケンシたちの暗い顔を見て、グドンは自分も少し考える顔になり、
「この隧道へ入った廃墟の入口はどこにあるの? そこから地下へ下りたといったけど…」
訊いたのは、何か当てがあったわけではなく。気まずい雰囲気を紛らわすためだった。
白髪の老人コシュウが背後の穴倉を指さした。
「この向こうからだ」
それは、大蟻と戦っていたとき、ケンシたちが身を潜めていた横穴だった。
グドンが近づいてよく見ると、穴を入って少しいったところに、分厚い木製の扉のようなものが見えた。
そういえば、待てよ…。
このときになって、グドンはようやく当たり前の事実に思い至った。この上に廃墟があるということは、ここはもう海の底ではないということか?
グドンとボウは、いつの間にか、蟻巣島から別の陸地まで移動していたことになる。しかし…。
グドンはボウを手招きした。
やってきたボウの耳元で、グドンが囁く。
「きみは、蟻巣島の近くにある妖族の町を知っている?」
彼女は、グドンが予想したように小さく横に首を振った。
「聞いたこともないわ。それどころか、わたちたちが船で蟻巣島へ渡ったあの海岸が、一番近い陸地だと思う。そこから一番近い町はたぶん渉不城ね。だから、蟻巣島からこんなに近いところに、ほかの町があるなんて信じられない」
ボウはグドンの疑念を察したように答えた。
存在しない妖族の町から突然現れたケンシたち。これはどういうことだろうか?




