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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第三章 天妖都
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113/203

113 大蟻列車

 慌ててグドンの腕をとると、ボウは宙に浮かび上がる。 

 とりあえずは、このまま様子を見守るしかなかった。

 何か見えたと思ったときから、二人の足元へ大蟻の大群が到達するまで、わずか数秒の時間しかなかった。

 大群はまさに軍隊を髣髴とさせた。隊列を整え一糸乱れぬ足並みで二人の足下を通り過ぎていく。

 その壮烈な様に、二人は畏怖するよりもむしろ感動してしまった。

「こいつらを、このまま行かせてしまうのは惜しいと思わない?」

 呆然自失の彼女に、突然、グドンが言う。

 ボウはしばらく反応できなかった。

「何?」

「おいらは少し疲れたから、ここからは誰かに運んでもらいたい」

 グドンが何を言っているのかわからず、ボウは眉根を寄せる。

 ここからは、わたしが彼を抱えて空を飛べという意味だろうか?

 自分の腕を掴んでいたボウの手を優しく解くと、グドンは地上すれすれまで下りて、彼女を見上げた。

「おいでよ」

 と、さらに彼女を招き寄せる仕草をする。

 わけが分からないまま、ボウはそれに従った。

 下りてきた彼女をグドンはお姫様抱っこし、そのままの格好で、大蟻の大群の上へ降り立った。ボウに衝撃を与えぬようゆっくり蟻の背に腰を下ろす。

「あ!」

 ボウが思わず悲鳴を漏らす。

 次の瞬間、二人は猛スピードで前へ進み始めた。周りの景色がみるみる後方へ過ぎ去っていく。

 グドンの尻には微かな振動が伝わっていたが、彼に抱かれているボウにはそれがほとんど伝わらない。前へ進む中で、微かに視線が上下するだけだ。

「下ろして」

 思わずそう口にしたが、本当に下ろされたらどうなるか、彼女にも想像がつかなかった。

「大丈夫?」

 とグドンが訊く。今回は面白がる様子はなかった。本当に彼女を心配しているようだ。

 一瞬迷ったあと、彼女が頷くと、グドンは彼女の体を自分と並んで座らせた。

 尻の下から伝わる振動に、ボウはもう少しで悲鳴を上げそうになった。

 わたしは今、蟻に乗って運ばれているの?

 その事実が信じられなかった。

 グドンは嬉しそうに蟻の背で揺られている。

 まるで乗馬か何かを楽しんでいるようだ。いや、乗馬ではなくロデオだろうか。

 もちろん、彼女にそんな余裕はない。

 「助けて!」と叫びだしそうになるのをやっとのところで我慢し、ぎゅっと目を閉じて今の状況を受け入れようとする。

 慣れれば大丈夫、慣れれば大丈夫…。

 彼女は何度も心の中で自分にそういい聞かせ、落ち着こうと努力した。

「ボウはずっとホウカの振りをしてたでしょ?」

 と、グドンが脈絡なく言う。

 やっとの思いで彼女が横を見ると、グドンが揶揄うような笑みが浮かべていた。

「彼女なら今ごろ、行け、行けって、大声で叫んでるよ。仮面をとっても、演技を続けるつもりでこの体験を楽しまないと」

「嘘よ。ホウカさんがそんなこと言うわけない」

「渉不城でおいらと繋がったときのことを思い出してみて。ボウはそのときの情報を使ってホウカの振りをしてたんでしょ? だったら、わかるはずだよ」

 ボウは思わず真剣な顔で思い出そうとし、すぐ揶揄われたと気づいて口元を歪めた。

「グドンはずっと揶揄ってばっかりね。ホウカさんを演じていたときの、仏頂面のグドンのほうがまだマシだったわ」

 グドンはゲラゲラ笑いながら、

「だったら、おいらはもう喋らない」

 と故意に口をぎゅっと噤んで見せる。

 沈黙の中、ボウはただまっすぐ前へ目を凝らした。

 視線の先の一点に意識を集中して、ほかのことは考えないようにしよう。今、何が起きているのか忘れてしまえば。勝手に時間が過ぎて、いつか終わりの時が来るはず。

 そうは思ったものの、胸の動悸は治まらない。時間がまるで止まったようで遅々と進まない気がした。

 それでも、五分、十分と時間は過ぎていったが、それももう限界だった。

 隧道はどこまでも果てなく続いているように思え、彼女は泣きたくなった。

 グドンの膝の上から下りたことを心から後悔したし、黙ってしまったグドンにも腹が立った。

 ちらりと隣りの彼に目を向けると、真面目な顔で何やら考え込んでいる。

 このとき、実は、グドンも同じことを考えていた。

 もちろん、彼女を膝から下ろしたことではない。考えていたのは、どこまでこの状態を続けるかだ。

 このまま大蟻の背に揺られてどこまでも行くのは、得策でない気がした。

 実のところ、グドンを中心に半径十メートルの範囲内の大蟻は、彼の腔妖術で操作されていた。大蟻は二人の存在に気づかないのではなく、自由を失っていたのだ。

 移動している間はまだいい。大蟻の意識は前へ進むことだけに向いている。だが、いつか大群は立ち止まるときがくる。そうなると、大蟻たちはきっと仲間の異変に気づくだろう。そのときは大群を相手に戦う羽目になるに違いない。

 確かに彼らを薙ぎ倒し、焼き尽くすことも可能だろうが、必要もなくそんな殺生をするのは気が咎めた。それに、戦うのだから、まったく危険がないわけでもない。とりわけ今は、自分一人ではなくボウが一緒にいる。万が一にも彼女に何かあれば、取り返しがつかなかった。

 さらにもうひとつ言うなら、大蟻たちがどこへ向かっているかも問題だ。仮に、本能で次の住処もしくはご主人様のところへ向かっているとしたら、そこでグドンたちを待ち受ける結果が楽しいものだとは思えない。そのときは、まさに飛んで火にいる何とかだ。

 どう考えても、どこかで大蟻の列車から降りる必要があった。

 問題はそれをどこにするか?

 答えの出ないまま、さらに数時間が過ぎた。

 グドンはもう一度ボウへ目を向けた。

 彼女は目を閉じ、じっと何かに耐えている。顔色が先ほどにも益して血の気を失っていた。

 彼は心を決めボウの手を取ると、上空へ浮かび上がった。

 そのまま、大群の進行方向とは逆へ空中滑走する。

 見る間に大群の流れが途切れ、やがて大蟻たちは、はるか彼方へ消え去ってしまった。

 グドンとボウは地上へ下りた。

 先ほど、大蟻の背に乗ってから、どれほどの距離を進んだのだろう? グドンは来た道を振り返って考えた。少なく見積もっても、歩いていたら、何日もかかる距離に違いない。

 時間と労力をこれだけ節約できただけでも良しとするべきだった。

 ボウもホッとした様子で笑顔を見せている。

 ここからはまた徒歩での行軍が始まるが、二人とも負担には感じていなかった。疲れたら休めばいいし、ずっと二人でいられるならそれだけで幸せともいえる。

 二人は並んで歩き始めた。

 これまで二人とも座ったままだったから、歩くのは、固まった体を解すのにもちょうどよかった。

 もう一つ、グドンはあることに気づいておやっとなった。

 体の痛みが急速に薄れているのだ。

 目を覚ましたばかりのころは、身動きするだけでも激痛が走ったが、今は歩いていてもほとんど痛みを感じない。微かに痛痒い違和感が残っているだけだ。はじめて会ったとき、ボウから、グドンの回復力は驚異的だと言われたことを思い出す。今はその力がさらに向上していると感じた。

 これなら、本当にボウを抱いて飛行ができそうだ。

 そう考えたとき、また何か物音を聞いた気がして、グドンは足を止めた。

 今回の音は前方から聞こえてくる。

「どうしたの?」

 ボウは訊いたが、本心は訊きたくない、と思っているのが顔に出ていた。

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