104 再会
それは今にも息絶えようとしている妖獣と瓜二つの生き物だった。
妖獣が二頭いる! こいつが女王蟻の後継者か?
そう思う間もなく、さらに同じ獣がもう一頭現れた。そして、さらにもう一頭。
これはいったいどうなっているのか?
夢ではないのか? まさか、これも妖獣のつくり出した幻覚か?
グドンは目を擦って何度も見直したが間違いなかった。火だるまになった妖獣より一回り小さいものの、まったく同種の妖獣が目の前に三頭いた。
しかも、この三頭は先ほど戦った大ぶりの一頭とは違い、生命力にあふれている。一言でいうなら、若い生命体だ。
仮に、今死にかけている妖獣を女王蟻と称するなら、この三頭は、そのこどもであり、次の女王蟻の候補者に思えた。
女王蟻に大怪我を負わせたのは、この三頭に違いない。
人族にしろ、半妖にしろ、常態的にこどもが母親に対し瀕死の重傷を負わせるというのはありえない。だが、一部の生き物は、そうして世代交代しながら生き残っていく。親と子、兄弟といった感情がごく薄いか、ほぼないのだろう。
だが、そんなことは今、どうでもよかった。
リョクギダンの話から、女王蟻に後継者がいるのはわかっていた。
だが、なぜ三頭もいるのか?
三頭は協力して自分を襲ってくるに違いない!
もちろん、グドンの一番の懸念はそこだった。
思わず身構えたが、次の瞬間、彼らは驚くべき行動に出た。
グドンのことなどまるで眼中にない様子で、火だるまになった女王蟻へと突進したのだ。
三頭は先を争うように、女王蟻に覆いかぶさっていく。
それはあたかも、自らの身を挺して母親の火を消そうとしているようにも見えた。
やはりこいつらにも肉親の感情があるのだろうか? もしそうなら、グドンにとっては大きなマイナス材料といえた。グドンはいわば親の仇なのだから。
だが、彼はすぐ、自分の勘違いに気付いた。
三頭は女王蟻を助けようとしているのではない。火を消したまではよいが、その後、残った女王蟻の肉体へむしゃぶりつくと貪り食い腹へ収めようとし始めたのだ。
先を争って母親の体にかぶりつく妖獣の様は、何とも悍ましく凄惨極まりない。
とりわけ、彼らが狙っているのは、女王蟻の頭部だった。
頭部を我が物にせんと、互いに牽制し合い、小競り合いを始めている。
やがて、それは取っ組み合いの兄弟喧嘩へと発展した。
もうまるでグドンのことなどそっちのけだった。
もちろん、グドンにとってこれは勿怪の幸いだ。いずれ戦うことになるにせよ、彼らが互いに傷つけあい、精力を使い果たしてくれれば文句をいう筋合いはない。
まさに漁夫の利というやつだ。
妖獣たちに向け嘲笑を浮かべつつ、グドンは一歩一歩後ずさる。
彼らの喧嘩のとばっちりを受けぬよう、余波の及ばぬ場所で戦況を見守るつもりだった。
だが、そのとき、グドンは背後に何者かの気配を感じた。
この洞窟には、まだほかにも生き物がいたのか!
振り返った彼の顔が驚きと恐怖に固まった。一瞬、時間が凍り付いて停止したように感じた。
そこにボウが立っていた。
顔面蒼白で、立っているのもやっとという様子だが、目には安堵の光が宿っている。
その柔らかで包み込むような眼差しに、グドンは一瞬、自分を見失いそうになった。だが、すぐに警戒心を取り戻した。
これも幻覚なのではないのか?
ホウカは…、ホウカに化けたボウは今、リョクギダンと一緒にいるはずだ。
ここにいるはずがない。
相手はグドンの一番の弱みを見つけ、それを突こうとしているのか?
グドンの体がまた炎で燃え上がった。
蒼ざめていたボウの顔が、さらに血の気を失った。彼女もグドンの意図を察したのだ。
「やめて、グドン! わたしよ!」
後ずさりながら、ボウは必死で声を上げたが、グドンの表情は変わらない。
「その手には乗らないよ。いくらボウの幻覚を見せてもね」
唇を噛んだボウは、咄嗟に仮面を取り出し顔に被った。
ボウが再びホウカの姿へ変化する。
え? これはどういうこと?
さすがにグドンも、とんでもない間違いを犯そうとしていたと気付いた。
幻覚がこんなことをするだろうか?
妖獣はホウカがボウの化けた姿だと知っているはずがない。
それなら、これは本物のボウだ。幻覚じゃない。
呆気にとられるグドンに、ボウはさらに追い打ちをかけた。
「海岸で、あなたが何をしたか忘れたの? わたしはまだ許していないから!」
一瞬で、グドンを包んでいた炎が消えた。
面をとり、再び本来の姿に戻ったボウが、哀願するような視線を向ける。
「わたしだとわかるでしょ? 幻覚じゃないわ。あなたを傷つけたりしない」
グドンが頷くと、彼女は耐えきれなくなったように彼の胸の中へ飛び込んだ。
「無事でよかった」
涙声になっているボウの声を聞きながら、グドンも彼女の体に回した腕に力を込めた。
確かにこれはボウの匂いだ。
仙族にも体臭があることを、グドンは今さらながらに不思議に思った。
しばらくして、ようやく羞恥心を取り戻したのか、ボウが慌ててグドンから体を離す。
「でも、どうして、宿舎へ戻らなかったの? そう頼んだのに」
グドンの表情が厳しくなる。
ボウと再会できたことは言葉に出来ないほど嬉しい。だが、今は最悪のタイミングだった。ここでは、自分の命を守ることさえ難しいのだ。ボウを守ることなど到底できない。
それにしても…、とグドンは訝った。
なぜ、ボウが蟻巣島にいるのだろうか? もちろん、ホウカに化けてずっと彼と行動を共にしていたのはわかっている。だが、なぜ、姿を変え、自分を尾行する必要があったのか? それにどこまでがホウカで、どこからボウに変わったのか?
訊きたいことが山ほどあった。
「マキがこのマスクをくれたの」
グドンの思いを察したのか、妖獣たちから少しずつ距離を取りつつ、彼女は説明した。
「透明になってもあなたの目をごまかすことは出来ない。だけど、誰かに姿を変えて傍にいることは可能かもしれないって」
グドンは頷いたが、知りたいのはそのことではなかった。一番に知りたかったのは、グドンとの婚姻を拒絶した彼女が、なぜ、姿を変えてついてくる必要があったのかだ。
だが、いっぽうで、グドンにはもう一つ心配なことがった。
本物のホウカはどこへ行ったのか?
渉不城の桟橋にいたのは、間違いなくホウカだった。
「きみは、いつホウカと入れ替わったの?」
「あなたが渉不城を離れたときよ。湖を小舟で渡ろうとしたとき、ホウカさんが泳いであなたを追いかけたでしょ?」
グドンは思わず顔が凍り付いた。
「え? 入れ替わったのは、あのとき? それじゃ、ホウカは…」
どこへ行ったのか? 答えは一つしかなかった。湖の底だ!




