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2話 異世界転生なのにチートが見当たらぬ

「異世界転生、キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!! これは滾る!! 滾るではないか!」


 抑えきれない衝動のまま、意味不明な動きを繰り返した――その直後だった。


 急激な立ちくらみに襲われた。


「――っ」


 視界がぐらりと揺れる。

 慌てて身体を支えようとするが、ほとんど倒れ込むようにしてベッドへ突っ伏した。


 荒い呼吸が、止まらない。


 喜びのあまり、すっかり忘れていた。

 そういえば我、酷い風邪でも引いているかのような状態だったな……。


「……思わず、はしゃいでしまったではないか。だが、これは――はしゃがずにはいられまい」


 荒い息の合間に、この身体が発した可愛らしい声が耳へ届く。

 聞き覚えのない声――それだけで、胸の奥に残る熱が、再び燃え上がりそうになる。


 自分自身を抱きしめる。

 込み上げる衝動のまま肩を震わせ、そのままベッドの上をごろごろと転げ回った。


 シーツが擦れる音すら、今は心地よい。


 ――が。


 すぐに息が上がった。


「はぁ……っ、は……っ」


 荒い呼吸が収まらない。

 たかがベッドの上で転げ回った程度で、この有様か。

 

 呼吸を整えながら、先ほど覗いた鏡の中の少女を思い出す。


 そこに映った姿は、確かに金髪の美少女だった。

 だがその一方で、唇は乾き、頬の色艶は乏しく、目元もわずかにやつれており、全体としてどこか生気に欠けていた。


 健康的とは言い難い。

 むしろ――重病人のようであった。


 だが、それを差し引いてもなお、胸の高鳴りは収まらない。


 ここは異世界。

 そして我は、美少女に転生した。


「異世界転生……いい響きだ」


 数多の物語を読み漁り、そのたびに「いつか行きたい」と夢見てきた異世界。

 憧れ続けたその場所に、いま、確かに自分は立っている。

 ――なお、実際はベッドで寝転がっているが。


 胸の奥から込み上げる感情に耐えきれず、思わず両手を強く握りしめた。


 感無量――その一言に尽きる。


 ――さて。


 ひとしきり転生イベントを堪能し、荒ぶっていた心拍をどうにか落ち着かせる。

 このまま浮かれ続けて、本当の意味で倒れるわけにはいかない。


 転生者たるもの、まずは状況把握が基本であろう。

 まずは現状確認だ。


 ここは宿屋の……二階、なのだろうか。


 確認するため、ベッドの横にある窓へ向かおうとする。

 一度深く呼吸を整えてから、今度は慎重に立ち上がった。


 足元がわずかにふらつくが、そのまま窓枠の横へと身を寄せる。


 外からこちらの姿を見られぬよう、意識して気配を潜めながら、ほんのわずかだけ顔を出した。


 何も知らぬ異世界だ。

 慎重に越したことはない。

 うっかり目立って、いきなりイベント戦闘など御免である。


 我くらいのラノベマスターともなれば、フラグの位置や発生条件くらい、大体把握しているのだ。


 そして覗いた窓の外には、期待した通りの景色が広がっていた。


 やや広めの石畳の道が陽光を受け、淡くやわらかな輝きを放っていた。

 道行く人々は、見慣れぬ村人風の服装を身にまとい、思い思いに通りを歩いていた。

 その道の中央を、馬車が蹄の音を響かせながら、ゆっくりと進んでいるのが見える。


「――――!!」


 ――アスファルトや自動車ではなく、石畳に馬車!


 その光景を視界に捉えた瞬間、脳内で再び盛大なファンファーレが鳴り響いた。


 ――本物の異世界!


 再びテンションが爆発しかける。

 だが、先ほど興奮しすぎてベッドに突っ伏したことを思い出し、必死に自分を抑え込む。


「今はまだ、興奮する時(そのとき)ではない――」


 はあ、はあ、と荒い息を上げながら、誰もいない部屋でひとり、意味深に呟く。

 なお、本人はなぜかドヤ顔である。


 改めて周囲へと視線を巡らせ、思考を整理する。


 家の造りや、街道の様子を踏まえると――ここは間違いなく、異世界の街中だろう。


 少なくとも、我が元いた世界ではない。


 そして我は、この娘の身体へ転生した転生者。


 転生者。


 その言葉を、心の中でゆっくりと反芻する。


 転生者。


 転生者……。


 繰り返すたびに、腹の奥から「ぐふ、ぐふふ……」と、抑えきれない笑いが込み上げてくる。


 先ほど鏡で見た限り、この娘は十七、十八といったところだろう。

 そして――文句のつけようもない、金髪碧眼の美少女である。

 思わず「キャラが強い」と呟きたくなるほど、圧倒的な存在感を放っている。


 服装もまた、見逃せない。


 清潔で、仕立てもいい。

 布地も明らかに安物ではなく、少なくとも貧民街育ちという雰囲気ではなかった。


 先ほど見た街の人々の装いと比べても、この娘が中流階級以上に属していることは、ほぼ間違いないだろう。


 ちなみに、街並みをざっと見渡した限りでは、獣人の姿は確認できなかった。

 耳も、尻尾も、今のところ視界には入っていない。


 ……非常に残念である。


 異世界といえば、やはり獣人であろう。

 もふもふしたかった。


 心の中でもふもふ不足を嘆きながら、改めて、自分の姿を見下ろした。


 可愛らしい上着に、動きやすそうなやや短めのスカート。

 その下には、きちんと短パンを履いている。


 全体として、過度な装飾はないが、実用的で整った印象だ。

 活動的な娘、といった雰囲気が強い。


 そして、武器らしきものはどこにも見当たらない。


 つまり、戦闘職――あるいは冒険者という線は薄い。


 ――ということは。


「この娘……よもや町娘か?」


 思わず、ぽつりと声に出していた。


 異世界転生といえば、冒険者、貴族、聖女あたりが王道ではないのか?

 少なくとも、何かしら特別な肩書きを背負ってスタートするものではないのか。


 それなのに。


 我は……町娘スタート?


 期待していた華々しいポジションとは、あまりにもかけ離れていたため、我のテンションは、目に見えて下降した。


 転生ボーナスは、どこへ行った。


「そういえば、ステータス確認を試していなかったな。ステータスオープン」


 ライトノベルのお約束よろしく、それっぽく呟いてみる。

 声に出した瞬間、わずかに胸が高鳴った。


 期待を込めながら、しばし待つ。


 だが。


 何も、起きない。


「……」


 沈黙。


 空気が、やけに重い。


「ステータス! オープン! ええい、説明でろ! 状態説明を見せぬか! この娘の能力値を可視化せぬか! 履歴書でいいから見せぬか!」


 半ばやけくそで叫ぶ。


 その瞬間、目の前の空間が、ぐにゃりと歪んだ。


「っ……!?」


 思わず息を呑む。


 まるで水面に石を落としたかのように、空間に波紋が広がっていく。

 やがて――そこに、半透明の画面が浮かび上がった。


 光を帯びたそれは、空中に固定されたモニターのようにも見える。


 半ばやけくそで叫んだ言葉だった。

 だが、きちんと現れてくれたステータス画面に、胸が高鳴る。


「……やった。やったぞ! ついにステータスが見れたぞ!」


 抑えきれず、両手を勢いよく振り上げる。


 だが。


「っ……!」


 あまりにも興奮しすぎたのか、意識がふっと遠のきかけた。


 ぐらつく身体をどうにか制御しながら、ゆっくりとベッドへ腰を下ろす。


 心臓が、ばくばくと暴れている。

 深く息を吸い、ゆっくりと吐く。


 ――落ち着け、我。病人であったことを思い出せ、我。


 身体が落ち着きを取り戻したあと、視線を切り替え、改めて目の前に浮かぶステータス画面へと向き直る。


「ええと? この娘のジョブは……町娘で合っておったか。ワンチャン、貴族の隠し子みたいなドラマもあるかと期待していたが、まったく無いようだな」


 淡い希望が、ぱきりと音を立てて砕け散る。


 それでも、画面に並ぶ文字列を、ひとつひとつ目で追っていく。


「しかもレベル表記がないではないか。書かれているのは、名前……フィオレ・アルディア。顔に似合った可愛い名前だな」


「あと……これは住所か? 地名など書かれていても分からぬわ。ん? 王都アストレイム学園? これは学歴……なのか?」


 我の知る異世界知識では、平民が学園へ通うことは珍しいはずなのだが。

 そういえば、町娘にしては服の仕立てが良かった。

 この娘、裕福な商家の娘かなにかかもしれぬな。


「それから、趣味・ポエム……うむ、これは見なかったことにしてやろう。あとは資格や特技……」


 指先が、わなわなと震え始めた。

 読み進めるほどに違和感が膨らんでいく。


「これでは、ステータスというより履歴書ではないか!」


 思わず声を張り上げる。

 もしここにちゃぶ台があれば、間違いなく勢いよくひっくり返していたことだろう。


 先ほどの自分の発言を思い返し、遠い目になる。


「そういえば、このステータスを出すときに、履歴書とか言った気がするな……。だが……」


 我の知る履歴書には存在しない、「ジョブ」という項目。

 そこに堂々と記されていたのは「町娘」の文字。


「異世界転生といえば、チート能力で異世界制覇とか、俺Tueeeとか無双とか、女子に転生したなら聖女とか悪役令嬢とか……そういうものだと思っておったのに……」


 言葉が、少しずつしぼんでいく。


「我、なんの能力も期待できない町娘スタートで、全体的に詰みなんじゃなかろうか……?」


 呟いた瞬間、現実がずしりと重くのしかかった。


 全身から力が抜け、そのまま勢いに任せてベッドへ倒れ込む。

 柔らかな感触が背中を受け止めるまま、大の字に身体を投げ出す。


 それに、この底しれぬ倦怠感……。

 もしかしてこの身体、あと数日の命なんじゃ……?

 それはそれで、薄幸の美少女という物語的には美味しいのかもしれぬが……我は普通に困るぞ?


 天井を、ぼんやりと見上げる。

 胸の内に、じわじわと気の抜けたような感覚が広がっていった。


 ――なんというか、思っていたのと違うではないか。


 この履歴書仕様のステータスで、いったい何ができるというのだ。


 レベルもない。

 スキルも表示されない。

 魔力量すら、どこにも書かれていない。


 しかも、病弱町娘スタート。


 我の異世界転生――どうなってしまうのだ?

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