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後宮下女の生存理学 〜呪いも病も、そんなの全部ただの現象です〜  作者: 和三盆


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第28話 潜伏保菌者と揺り籠の毒蜘蛛

 「血が止まらない赤ん坊」が産まれてから、三日が過ぎた。


 紫雲シウン宮は、歓喜と緊張の狭間にあった。

 表向きは待望の男児誕生に沸き、皇帝からの祝賀の品が連日届けられている。


 だが、裏側は違う。


 赤ん坊の体質は、最高機密。

 ほんの小さな打撲や切り傷で死に至る「ガラスの皇子」。


 私とガク、そしてごく一部の信頼できる者だけで、二四時間体制の監視モニタリングが続けられていた。


「……ソラ、寝ろ」


 深夜の新生児室。

 ガクが、ゆりかごに張り付いている私の首根っこを掴む。


「三日徹夜だぞ。顔色が死人より悪い」


「バイタルは安定しています。カフェインも摂取済みです」


 私は頑として動かなかった。


 ゆりかごの中。

 紫がかった肌の、小さな命がすやすやと眠っている。


 止血処置には、私の持てる技術をすべて注ぎ込んだ。

 だが――「止まっている」だけで、「安全」ではない。


「それに……気になります」


「何がだ」


「静かすぎます」


 私は視線を外さない。


「Kの教団が、このタイミングで何もしないはずがない」


 王の血を穢れと信じ、排除しようとする狂信者たち。

 出産直後という、最も警戒が緩みやすい瞬間を見逃すはずが――


 その時だった。


 控えめなノック音。

 扉が開き、ふくよかな女性が入ってくる。


「失礼します……若君への授乳のお時間です」


 新しく雇われた乳母だ。


 身元調査は完璧。

 身体検査も済んでいる。傷も刺青もない。


 ――シロのはず。


 だが。


 私は、彼女が一歩踏み出した瞬間に眉をひそめた。


 歩き方。

 赤ん坊を見る目。


 そして――匂い。


 母乳の甘い匂いに混じる、微かな発酵臭。

 脳裏に、西離宮地下ラボの記憶が蘇る。


 青カビを培養していた時の、あの匂い。


「……待ってください」


 乳母がゆりかごへ手を伸ばした瞬間、私は声を上げた。


「どうされました、薬師様?」


 人の良さそうな笑顔。


 私はタブレットを取り出し、設定を切り替える。

 白色光から、紫外線(UV)モードへ。


「消毒確認です。手を」


 彼女の手を取り、青白い光を当てた。


 ――瞬間。


 掌が、ぼんやりと蛍光発光した。


「……なんだ、これは」


 ガクが息を呑む。


 肉眼では見えない無数の斑点。

 毛穴の奥に根を張る菌糸。


 ――無症候性キャリア。


 発症していないだけの、生体兵器。


「離れろ!」


 ガクが剣に手をかける。


 だが、遅かった。


 女は私の手を振り払い、電光石火で赤ん坊を抱き上げた。

 爪が、柔らかな首筋に食い込む。


「動かないで」


 声が変わる。

 素朴さの消えた、冷たい知性。


「この子……硝子の子なのでしょう?」


 ――知っている。


 極秘情報を。


「少し力を入れるだけで、血管が切れて死ぬ」


 間合い、二メートル。

 だが一瞬の躊躇が命取りになる。


「ソラさん。優秀な後輩さん」


 女は私を見て嗤った。


「青カビ、見事だったわ。だから作戦を変えたの」


 彼女は自分の手首を噛み切る。

 滴る血は、赤黒く粘ついていた。


「霧がダメなら、人間に入れて運べばいい」


 感染。

 赤ん坊なら即死。


「要求は」


 女は窓へ後退する。

 外には縄。仲間の気配。


「誘拐よ。

 『王血』の欠陥を持つ、最後の純血種」


 逃がせば終わり。


「ガク様」


「ああ」


 合図。


 女が窓枠に足をかけた瞬間――


 私はタブレットを最大輝度にし、ストロボを起動した。


 パッ、パパパッ!


「――っ!」


 閃光。

 瞳孔が閉じる。


 その刹那。


 ヒュッ。


 ガクの投げた石礫が、眉間に直撃した。


「確保!」


 私は滑り込み、空中の赤ん坊を受け止める。

 布団へ、衝撃最小。


「ギャァァァァ!」


 産声。

 生存確認。


 次の瞬間、女はガクの剣で沈黙した。


 ――制圧。


 だが。


 窓の外。

 ざわめく無数の気配。


「潜入は一人じゃない」


 ガクが低く言う。


「屋敷全体が、もう包囲されてる」


 私は「硝子の皇子」を抱きしめた。


 この子は、ただ病気なだけではない。


 思想と狂気に狙われる、生きた聖杯。


 戦場は、西離宮から紫雲宮へ。


 生存理学、篭城シージフェーズ。


 ――私たちは、敵と味方をスキャンし続ける。

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