第21話 熱狂する無知と科学的消火
奇跡には、副作用がある。
それは医学の話ではない。――人間の話だ。
芙蓉が血を注がれて蘇ってから、数日。
私の周囲には、見えない隔壁ができていた。
廊下を歩けば、女官たちは悲鳴を上げて道を空ける。
私が触れた手すりを、あとから布で拭く者もいた。
目を合わせない。
息を止める。
祈るように、私が通り過ぎるのを待つ。
――噂は、もう私の手を離れていた。
『吸血鬼』
『亡者使い』
『青白い血の流れる魔女』
理解できないものは、恐怖に変わる。
恐怖は、必ず敵意を生む。
「……計算外ですね」
深夜。
ガクの執務室で、私は額を押さえていた。
「もう少し、段階的に受け入れられると思っていました」
「甘いな」
ガクは酒を煽る。
「恐怖は、善意よりも速く広がる」
机の上には、陳情書の山。
内容は一つ。
――あの魔女を排除せよ。
「上は静かだ。皇太后が睨んでいる」
「ええ……ですが」
胸騒ぎが消えない。
脈拍は、明らかに高い。
歴史は何度も見せてきた。
魔女狩り。暴動。焼き討ち。
その時だった。
窓の外。
北西の空が、赤く染まった。
――西離宮。
私たちの地下室。
「……火?」
ガクが窓を開けた瞬間、焦げた臭いが流れ込む。
背筋が凍った。
地下には、血液。
燃料。
発電機。
一つでも燃え移れば、終わりだ。
「行きます!」
「待て――」
「止めないと、全員死にます!」
西離宮は、すでに炎に舐められていた。
枯れ草。
古い木材。
そして、通気口のすぐそば。
松明を持った男たちが叫んでいる。
「魔女の棲家だ!」
「穢れを焼け!」
目が、正常じゃない。
「どけぇッ!」
ガクが飛び込む。
一瞬で三人が沈んだ。
「ソラ! 水が――」
「水はダメです!」
私は走りながら、手桶に粉と液体を叩き込んだ。
重曹。
酢。
シュワァァッ!
泡が溢れる。
二酸化炭素。
それは酸素を奪う。
理屈は単純だが、酸素がなければ燃えられなくする。
泡を投げる。
炎が、目に見えて弱まった。
私は上着を脱ぎ、その上から被せる。
息が苦しい。
だが、止まらない。
「……ソラ!」
振り返ると、ガクが立っていた。
周囲には、倒れ伏す男たち。
「地下は!?」
「守れました……ギリギリです」
五分遅ければ、ここは消えていた。
その時。
「……魔女……」
地面の男が、私を睨む。
「血を盗む……災い……」
首元に、奇妙な刺青。
三つの眼。
――知っている。
あちら側の、歪んだ思想の印。
「ソラ」
ガクの声が低くなる。
「こいつら、ただの暴徒じゃない」
私は空を見上げた。
火は消えた。
だが――見られた。
隠れ家も。
存在も。
そして、狙われた。
生存理学、対テロ防衛フェーズ。
未知の病よりも厄介なものが、
すでに、こちらを見ていた。




