第19話 隠しフォルダと地下冷凍庫
「血液の銀行を作る」
作戦会議でそう宣言した瞬間、
私は一つの致命的な欠陥を思い出していた。
――保存方法だ。
この時代に、血液を長期保存する技術は存在しない。
採血した血液は、凝固防止剤を加えても常温では数日で劣化する。
夏場なら一日ともたない。
必要な時にドナーを呼ぶ「生体保存」が限界。
だが、それでは緊急手術――帝王切開には間に合わない。
低温保存が必須。
氷室では温度が不安定すぎる。
必要なのは、持続的で制御可能な冷却。
すなわち――電気。
「……ない、はずなんだけど」
私は机に並べた二つのデバイスを睨んだ。
前任者のタブレット。
リュウから奪ったスマートウォッチ。
皇太后の言葉が、脳裏をよぎる。
『西の離宮に籠もり、研究していた』
おかしい。
試験管とランプだけで、遺伝子研究などできるはずがない。
遠心分離機は?
顕微鏡は?
それらを動かす動力は?
私はスマートウォッチのログを再確認した。
Location_History.kml
終点――西離宮の書庫。
前回は平面(2D)でしか見ていなかった。
私は表示を切り替え、高度データを重ねる。
赤い線が、地面を潜った。
――地下三メートル。
「……地下室」
背筋に電流が走る。
本棚の裏の小部屋は、カモフラージュ。
本命の研究室は、さらに下だ。
私はガクの執務室へ駆け込んだ。
「ガク様! 外出許可を!」
「夜中だぞ」
「ジャックポットの可能性があります。シャベルと、明るいランタンを」
ガクは一瞬で理解した顔になった。
真夜中の西離宮。
書庫の最深部で、私は床を指差した。
「ここです」
一見、何の変哲もない石畳。
だが、高度データは真下を示している。
「掘るのか?」
「いいえ。入口は必ずあります」
床を照らし、這いつくばる。
そして見つけた。
机の脚の影に埋め込まれた、黒い異物。
――非接触ICリーダー。
電気錠だ。
「……冗談だろ」
私はスマートウォッチをかざした。
沈黙。
だが次の瞬間――
ブゥゥゥン……
床が震え、石畳が横へスライドする。
「正気か……」
冷たい地下の空気が吹き上がった。
地下空間は、想像以上だった。
コンクリート壁。
中央に鎮座する、ディーゼル発電機。
実験台には――
光学顕微鏡。
遠心分離機。
オートクレーブ。
失敗した研究室じゃない。
**科学要塞**だ。
そして奥。
医療用冷蔵庫。
扉を開くと、琥珀色のアンプルと分厚いファイル。
『Project: Royal Blood』
王血修復計画。
これが、カノウが隠し続けた「本データ」。
「ソラ、こっちは……」
ガクが指差す。
密封されたドラム缶。
軽油の匂い。
「……残ってる」
私は震える声で言った。
「動かせます。全部」
発電機のスターターロープを握る。
一度、失敗。
二度目――
ドルルルルルル!!
爆音。黒煙。
そして――
蛍光灯が、白昼のように点いた。
文明の光。
冷蔵庫が唸り、温度計が下がっていく。
「これが……カノウの力か」
「ええ。でも、彼は一人だった」
私は冷蔵庫を見つめた。
彼は環境を整えた。
だが、支えがなかった。
もし失敗の原因が「孤独」だったとしたら?
「ガク様」
私は研究室の中央で宣言した。
「ここを拠点にします」
「血液銀行計画、始動です」
皇太后が恐れる奇跡を、
ここで“量産”する。
ガクは獰猛に笑った。
「幽霊の噂も、これで本物になるな」
私たちは最強の武器を手に入れた。
魔法ではない。
呪いでもない。
冷蔵庫と、電気。
生存理学――文明開化フェーズ。
反撃の準備は、整った。




