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後宮下女の生存理学 〜呪いも病も、そんなの全部ただの現象です〜  作者: 和三盆


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第18話 歴史の改竄と前任者の眼鏡

皇太后の住まう「慈安じあん宮」は、

後宮の最深部にあった。


そこは――

昼であるはずなのに、光が死んでいる場所だった。


分厚い石壁。極端に少ない窓。

無数の蝋燭が灯され、沈香の重たい匂いが肺に絡みつく。


「……息が詰まるな」


隣でガクが呟く。

帯剣は没収された。丸腰での敵陣入りだ。


それでも、彼の放つ威圧感だけで近衛兵は距離を取る。

武器はなくとも、彼自身が凶器だった。


「行きましょう。今日は“提出”だけです」


私はタブレットを抱き締める。

録音モード、起動済み。

ここで交わされる言葉は、すべて交渉材料になる。


重厚な扉が開いた。


闇の奥。

黒塗りの椅子に、皇太后は座っていた。


先日見た時よりも小さい。

それなのに、圧倒的に大きい。


年輪を重ねた大樹。

根は見えず、枝はすべてを覆う。


「来たか、掃除人」


面白い玩具を待っていた子供の目。


「報告とは何だ。梨花の娘は死んだか?」


「いいえ。生存しています」


一歩、前へ。

ガクが半歩、後ろに下がる。

庇うための距離。


「皇太后陛下。頂いた薬茶について、分析結果を」


私は紙を差し出した。

心拍波形を書き写したものだ。


「梨花様は特定成分に重度の反応を起こしました。

 いわゆる――相性の問題です」


“毒”とは言わない。

“善意の事故”として処理する。


完全な論理。完璧な逃げ道。


……の、はずだった。


「カッカッカ」


乾いた笑い。


「相性、か。便利な言葉だ」


皇太后は立ち上がる。


「その茶に含まれるのは、西方で『ジギタリス』と呼ばれる花の根。

 量を誤れば心臓が止まる」


――心臓が跳ねた。


この時代の人間が、その名を知っている。


「知らぬとでも思ったか?」


指を鳴らす。

侍女が黒塗りの箱を差し出す。


中にあったのは、

壊れた眼鏡と、インクの切れた万年筆。


現代の遺物。


――西離宮のノート。

――前任者。


「名はカノウ。妙な知識を持つ男だった」


皇太后は懐かしむように語る。


「王の血が腐っていると騒ぎ立て、

 『遺伝子』『因子』などと、わけの分からぬ言葉を並べてな」


過去形。


「役に立たなくなった」


それだけ。


排除ではない。

廃棄。


「知識だけの人間は脆い。

 世界が理想通りに動かぬと知った瞬間、壊れる」


視線が、私を射抜く。


「ソラ。そなたは違うか?」


冷たい手が、頬に触れた。


「継げ。

 王の血を直せ。玉葉の子を“完全なもの”にしろ」


拒否権はない。


「さもなくば――」


背後のガクに視線が移る。


「飼い主を変えるだけだ」


私は拳を握り、頭を垂れた。


「……畏まりました。

 生存のため、任務を継続します」


満足げな頷き。


慈安宮を出ると、夕日が世界を血の色に染めていた。


私は手すりに寄りかかり、息を吐く。


――分かってしまった。


この後宮で、現代知識は切り札ではない。

一度、失敗したカードだ。


前任者カノウ。

彼も抗い、使われ、壊れた。


「……訂正します、ガク様」


私は夕日を見つめた。


「敵は病でも毒でもない。

 この世界の“管理者”そのものです」


ガクが手を握る。


「上等だ。噛み付いた獲物は逃がさん」


私は握り返した。


失敗ログは、武器になる。

失敗から学ぶ。それが生存理学。


――戦いのフェーズが変わった。

ここからは、歴史そのものへの反逆だ。

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