9話:VS猿夢② - Red fraction-
プランAは概念結界を破壊する作戦だった。
囮兼斥候役の月子が先行し、月子のDDCをビーコン代わりにして別ルートでボス部屋に突入。
あわよくばそれで結界の構成を破壊、もしくは弱化させる。破壊出来なかった場合は結界の核へ強襲する、という内容だ。
……そして、プランBはボス本体との戦闘に入ってしまったパターンの作戦である。
《寄ヱヱヱヱヱヱヱッ!》
「ぬぉおおおお!」
俺は悪魔バイクを駆って敵の攻撃から逃げ回る。
細長い腕は自由に伸び縮みする上、叩き付けてくるのは〝無数の刃物を掴んだ手で出来た手〟だ。
予想に反した範囲まで届く攻撃が地味に被弾を増やした。
「『スパイクシュート』!」
パスパスパス、と軽い音を立ててバイクの側面から魔力の釘が射出されるが牽制にもならない。
チッ、クソ硬ってぇな! 悪魔も餌にしてるって聞いていたから嫌な予感はしてたが、レベル10かそれ以上! 平均レベル4か5の階層でボスとして出して良い強さじゃねえぞ!
《汚ぉォォを!》
「ッ、今のは危なかった、な!」
俺は攻撃を掠らせつつも、敵と付かず離れずの距離を保って避け続けた。
この行動の理由はプランBが始まってすぐに月子が攻撃を食らって重傷となり、回復に専念させる為ヘイトを稼ぎ続けているというのが一点。もう一点は敵の解析の為だ。
「……『治癒魔法』!」
間隙を縫ってユニコーンの回復魔法を使い、流血していた負傷を癒す。
「あーもう、早くしろ早く~!」
俺はメーター下の画面に表示されたアナライズ率がじわじわ上がるのを焦りと共に睨んだ。
敵の攻撃や味方の攻撃の効き具合からも解析速度は上がるので上がり方は等速ではない。
逆に言うと、早く上げたいなら積極的に戦闘行動を取る必要がある。
《瓦ァ亜ああアアッ!》
猿夢が刃物の束で出来た手を叩き付けてくるモーションに入った。
「ッ」
俺は敢えて敵の近くを旋回するように単車を疾走させる。
一回、二回、三回。そして横への振り回し!
「はい満点回避! コイツはオマケだ、取っときな!」
俺はDDCからアグニストーン――魔法の籠った水晶玉――を取り出し、通り過ぎ様に白い猿へと投げ付けた。
命中と同時にボンッと弾け、火炎が毛皮を焼く。
《具キぃッ!》
猿夢は悲鳴を上げて悶えた。しかし傷跡はメリメリと瞬く間に修復される。
トロール並の再生力だな! だがダメージは通る、と……!
「――――こっちはどうかな! イサズストーン!」
負傷で戦線離脱していた月子の声が聞こえ、今度は氷結魔法の魔石が猿夢に投げ付けられた。
《儀ィッ!》
続けて魔法攻撃を食らって猿夢は怯むも、すぐに傷が回復していく。
と、その時、アナライズが完了したというメッセージが俺のスマホに漸く表示された。
「来たか……!」
即座に分析結果へと目を通す。
レベル11、修祓耐性、呪詛耐性、そして――――『不死領域』。
硬くはなくとも弱点も無く、そして予想通りの不死の概念結界持ち。
「――ククッ……! なんだ、これなら殺すのは楽そうだな」
俺はニヤリと笑みを浮かべてアクセルを捻る。ヴォウン、と咆えて鉄馬が加速した。
《寄ヱヱヱヱッ!》
猿夢の攻撃が月子へと向かう。
レベル差は8、まともに考えれば成り立つ勝負ではない。
ホッキョクグマと格闘家の取り組みのような物だ。攻撃は一切有効打になり得ず、被弾即ち死。
だが、月子は天稟の才の持ち主である。回避するだけなら渡り合える。
「はいはい! 分かって来た分かって来た! こうだね!?」
猿夢の折り曲げられた巨大な指が伸ばされる度、刃物が連続で飛来する。
回避、回避、弾き、回避、弾き。そして走り寄り……。
「『辻斬り一文字』!」
チェーンソーの刃を怪物の土手っ腹に叩き付けた。
《具儀具ィッ!》
ダメージを受けた猿夢が悶え、異形の手足が振り回される。
「おっと、っと、っと!」
回避、回避、回避! 運すら味方に付けて月子は避け切った。しかし。
《次は~焼きゴテ~焼きゴテ~》
凌ぎ切った、と思った所に不吉なアナウンスで追撃が宣告される。
猿夢の両腕がぐにょぐにょと歪み、一本一本の指が伸びて焼きゴテへと変わった。
不味い、タイミングが悪い! 別のホームに居るタイミングで……!
「げ、パターン変化……!?」
未知の攻撃方法に月子は表情を強張らせて距離を取ろうとする。
だが遅い。赤熱した金属塊が勢い良く射出され、走り出した月子を追尾した。
「チッ、こっちだボケ! 『スパイクシュート』!」
俺は猿夢に攻撃を加えて狙いを惹き付けようとするが、大半はそのまま月子へと向かう。
「く、『疾風』……!」
現在の月子のステータスはレベル6のコーラーに相当する。
更にクーシー自体のステータスや権能も遠距離攻撃を回避するのに向いた物だ。
――――だとしても足りない。
「ぁぐっ……!」
ジュッ、と嫌な音がした。連撃を捌き切れずに足へと食らった月子はバランスを崩して転倒し、走っていた勢いでコンクリート床の上をゴロゴロと転がる。
「月子ッ!」
「大丈夫、っ……!」
月子はぐっと足に力を籠めるが、ダメージで上手く立ち上がれなかった。
即座に治療薬を患部に掛けて残りを飲み干す。
最良の行動だ。しかし奇跡の如き秘薬といえども、一瞬で回復する訳ではない。
打撲と熱傷で傷付いた筋肉を再生するのには数秒から十数秒掛かる。それは、致命的な隙だ。
《次は~ペースト~ペースト~》
猿夢の腕が高く伸び、メキメキと音を立てて金属塊を溶接したような巨大なハンマーに変わった。
その殺意に満ちた凶器を見て、俺の喉がはヒュ、と鳴る。
「ッ――」
――足止めからの大技。狙いは月子だ。逃げられない。長宮さんを降霊して防御すれば。無理だな。即死だ。どうする。攻撃を阻害する? スパイクシュート。威力が弱い。ロキの魔法。間に合わない。キューピッドで射撃。弾が無い。用意していた選択肢は全滅だ。
ならば、諦めるか?
「――――断じて否だ」
刹那の間に俺は判断を下し、腰の白いベルトにスマホを押し当てて呪文を唱えた。
「降霊、『ユニコーン』」
目の前に展開した魔法陣を通過すると同時にバイクが消失し、俺の身体は宙へ投げ出される。
全身が力に覆われる感覚。間髪入れずにユニコーンの権能を発動した。
(『限界超過』)
その刹那、ぎゅん、と意識が加速する。
床に足が付いた瞬間、俺は金属製の踵でコンクリートを蹴り砕いて全力で走り出した。
「っ……!」
片足で一か八かのジャンプをしようとしていた月子を空中でキャッチ。
そのまま走り抜け、背後で屑鉄ハンマーが地面に突き刺さる気配を感じる。
凄まじい音を轟かせ、圧縮された空気が風に変わり、地震同然の揺れが床を伝った。
「……クロ?」
白銀の強化鎧に身を包んだ俺の腕の中で、月子が驚きで目を丸くする。
「ヒーロー見参、ってな」
俺は月子を抱えたままマスクの下でニヤリと笑った。




