8話:VS猿夢① -CHAINSAW BLOOD-
――――ガタン、ゴトン、と電車が揺れる。
〝猿夢〟というのは都市伝説の一つだ。
概要としては「次の駅へ着くごとに乗客が凄惨な殺され方をする電車に乗っている、という明晰夢を見る話」である。
最初の書き込みでは電車ではなく遊園地にあるような電車を模したアトラクションだったが電車や新幹線などのパターンもあり、殺され方も語り手によって異なる。
そして、この異界に現れた猿夢の場合は……。
『次は~八つ裂き~八つ裂き~』
電車内にアナウンスが流れ、プラットホームが見えてきた。
《宇、き、喜……》
《き、嬉キ……》
手に刃物を持った猿が駅のホームへぞろぞろと集まる。
一匹や二匹ではない。五匹、十匹、十五匹、どんどん多くなっていく光景は正に悪夢だ。
コンクリートの地面には赤黒い血の跡がべったりと残っており、包丁や枝切り鋏がギラリと光った。
車両が停止し、プシューという音と共にドアが左右へと開く。
《キ……》
先頭の猿が電車内へ入ろうとした瞬間だった。
ヴィイイイイイイイン!! とけたたましい駆動音が響く。
《 》
真正面から真っ二つにされた猿の死体がドシャ、と左右に分かれた。
「――――ハハハハハっ!! ご機嫌なサウンドだねぇ!」
電車から降りてきた青髪犬耳美少女がチェーンソーを構えて凶悪な笑みを浮かべる。
妖精クーシーを降霊した月子である。
《ゲ奇あッ!》《奇ぃぃぃぃヰッ!》
予期せぬ反撃を受け、円を描くように月子から距離を取っていた猿達が威嚇するように喚いた。
「んー、命乞いかな? キミらの言葉は分からないなぁ。まぁそうだとしても……」
ヴィイイイン! とチェーンソーの回転速が上がる。
「全員殺すけどねぇぇぇ!」
グン、と重い得物を持っていることを感じさせない鋭い踏み込み。
深く切り込む横一閃は後列の猿達をも纏めて胴体と下半身をばっさり泣き別れにした。
《ぎぃぃヰ!》《宇きゃきゃッ!》《く危ぃ、イッ》
仲間が殺され、猿達に怒りの感情が伝播していく。
彼らには数の利がある。十匹殺されようと、百匹殺されようと、一人の敵を殺せば勝利なのだから恐れなどない。そう言う化け物だ。
月子はそんな電脳怪談を相手に迷わず斬り込んでいく。
「そら! そら! そら!! すっとろいぞサル共!」
『悪霊退散』と刻まれたチェーンソーが振るわれる度、獲物の腕が、首が宙を舞った。
悪魔は死んで十秒もすれば消える。もしそうでなければ、猿型怪異の死体が積み重なって足の踏み場もなくなっていただろう。
殺せば殺しただけ、或いはそれ以上の速度で追加の猿が現れていた。
リソースを消費させられているのならば限界はあるだろうが、少なくとも現時点で底は見えない。
「やっぱりキリがないね! 出現元は……あれか!」
月子は敵の増援がやってくる方向を辿り、どこから猿達が湧いて出てきているのかを理解する。
それはホーム上にあるコンテナ式の小屋であり、〝運転事務室〟と呼ばれる施設だった。
《ギャぎぃあッ!》《区キぃーーッきッ!》
だが猿夢を構成する化け物達も自分達の心臓部へと敵を易々とは近付けさせない。
出刃包丁を投げ、バタフライナイフを投げ、カッターナイフを投げる。
雨あられと降り注ぐ凶器が月子の身体を傷付けた。
「チッ! 『陳風』!」
青い風が獣人少女の周囲を渦巻き、飛来物を跳ね除ける。
「『辻斬り一文字』!」
チェーンソーを振り回して切り開いたスペースに身体を滑り込ませ、愚かにも武器を投げ捨てた敵を一列纏めて斬り捨てた。
しかし運転事務室まではまだまだ距離がある。
(このままじゃジリ貧か……!)
治療薬をぐいと呷り、月子は冷静に頭の中で算盤を弾いた。
その時――――。
「『猛突撃』!!」
月子が乗って来た列車の反対側の線路に〝空間をブチ破って〟銀色のバイクが乗り込む。
分厚いガラスが割れ砕けたような音を響かせ、力尽くで結界を超えて侵入してきたのは……。
「クロ!」
月子の幼馴染にして恋人であり、デビルコーラーとしての相方だった。
§――――――――§
悪魔の中には『概念結界』というある種の異空間がセットになっている物も居る。
この類の悪魔は自分の縄張りの中ではかなり強く、一定条件をクリアしない限りは不死だったりすることもある。
但し、結界を移動させたりは出来ないし結界が崩れた場合は最悪そのまま死ぬ。死ななくとも大幅に弱体化する。
猿夢はこの『概念結界』型であり、結界の中に伝承を再現する形で成立していることが追加の調査によって分かった。
であれば、〝どうやって結界を壊すか〟が攻略において最も重要となる。
「――――ヒーローは遅れてやってくる……それがメキシコ式」
俺は線路から広いホーム上へと跳び乗り、キメ台詞を呟いた。
「クロの場合はヒーローじゃなくて麻薬組織の一員って感じだけどね」
冷めた目で半笑いの月子がツッコミを入れてくる。
誰がヒロインじゃなくてヘロインを好きそうだってェ!?
「うっせぇ。で、核の場所は分かったか?」
結界を破って入ってきた影響で猿悪魔達は消滅したが一時的な物だったらしい。
むしろ外敵の侵入に反応し、先程以上の密度で出現し始めた。
「あのコンテナ小屋!」
「了解。……踊りな、『ユニコーン』!」
《――ご用命とあらば!》
俺の合図と共に、メタリックシルバーの単車がヴォウンヴォウンと荒っぽい排気音を立てて独りでに前輪を起こしてウィリーする。
そしてアクロバティックな動きで線路からやたらと広いホーム上へと乗り上げ、激しく回転。
《奇いィッ!?》《犠ャッ!》《ぐエッ!?》
進路上に居た猿を跳ね飛ばし、俺の十五センチ前にピタリと止まった。
「――エクセレント」
《恐悦至極!》
俺からの賛辞にバイクはやたらと良い声で返す。
こいつは〝機魔〟という種類の悪魔で、機械と悪魔を融合させた狂気の産物である。
その一番の特徴は物質の身体を持つことにあり、このバイクは正に鉄馬と呼ぶべき存在となっている。
「おし、いっちょあの小屋の土手っ腹にブチかましてやろうぜ」
俺は悪魔バイクに跨り、ハンドルのグリップを握ってエンジンを吹かす。
重厚感のあるエンジン音が響く一方、バイク本体はやる気なさげにライトをチカチカ点滅させた。
《……ハァ、十二歳以下の無垢な少女以外を乗せるのは相変わらず気分が乗りませんが、マスターなら仕方ありませんね……》
「本当キモいなこの小児性愛者」
独立行動時の格好良さを打ち消して余りあるキショさだ。死んで欲しい。
何はともあれ銀色の鉄馬は勢い良く発進した。
《ゲ奇あッ!》《宇きぃッ!》
その前に猿型悪魔達が立ち塞がり、自分達の身体で押し留めようとする。
多少の数なら轢き潰せば良い。だが、全ての敵に邪魔されるとなれば話は別だ。
「――『テリブルハウリング《AWOOOOOON》』!」
クーシーを降霊している月子が吠えた。
レベルアップで獲得したスキル――範囲挑発である。
《きィ!》《ウ奇ッ!》
鼓膜だけでなく腹の底までにビリビリと響く叫びによって、猿達の注意が一気に月子へと向かう。
「死にたい奴から掛かって来なよ! 纏めて生ゴミにジョブチェンジさせたげるからさぁ!」
優先強度コントロールスキルは諸刃の剣だ。周囲を敵に囲まれた状況で使えば、集中攻撃を食らって一瞬で死に兼ねない。
だが月子が敵を処理し切れなくなる前に俺が敵の心臓を貫けばそれで良い。
「ナイスアシスト!」
俺は悪魔バイクを加速させ、一直線にコンテナ小屋へと疾駆させた。
注意散漫な障害物の間を潜り抜けて減速無し。目標地点は目前。
《マスター! ベルトを!》
「ああ!」
俺の腰に魔法陣が巻き付き、発光と共に白いベルトが物質化する。
両脚はガッチリ車体に固定され、衝撃で吹き飛ばされないようバイクとの接続が完了した。
「『猛突撃』ッ!」
質量×速度にスキルを上乗せして、コンテナ小屋へと二輪の鉄馬で特攻む。
「――……ッ」
衝突した瞬間に反動が俺の身体を突き抜けた。
物理的な衝撃だけでなく、ユニコーンのスキルに付随した負荷だ。
だがデメリットの分、火力は高い。
金属の拉げる音が悲鳴のように響き、コンテナ小屋がくの字に折れ曲がった。
《――――亜亜亜亜亜ッ!》
「ッ!」
割れたノイズ音が耳をつんざく。
断末魔の叫びにしては〝厭〟な気配が漂った。
《きイッ! 危きッ!》《キャ亜亜ッ!》《ぎッ! 危危危危ッ!》
月子に集中していた猿達が慌てて俺の方に駆け出した。
いや、こっちじゃない。目標は……壊れたコンテナ小屋か!
「っクロ!」
「俺は大丈夫だ! だが……」
距離を取った俺達の前で、百を超す猿の集団が小屋の中へと雪崩れ込む。
「あー……、そう言うことか」
「吸収している……? ダメージ補修、というより別形態への移行?」
明らかに収容面積より多い体積が吞み込まれていく様を見て、俺達は答えへ辿り着いた。
「だな。結界の核兼本体に、眷属を取り込んでる。つまり……」
「前哨戦終了、ボス戦開始って訳だね。……はー、そうなるような気はしていたんだよねー……」
月子は溜息を吐いてチェーンソーを構え直す。
視線の先で、猿達で満たされたコンテナ小屋がガタガタと震え出した。
《――ツ、次は~エグマ~エグマ~》
不吉なアナウンスと共に、ぬぅっと白い毛で覆われた腕が割れたコンテナから伸びる。
異様に長い。肘から先だけで1メートル以上あった。
それが金属製のコンテナをメキメキと音を立てて割り開く。
「……」「っ」
ゾッと背筋が冷えるのを感じた。手首の傷跡がずきりと疼く。
強敵の気配だ。
《――――》
ぞるり、と化物が出て来た。
箱の中から現れたのは2メートル以上の背丈の白い猿のような何か。
《……き》
上下逆さまに顔面パーツが配置された化け物の眼がぎょろり、と左右別々に動いて俺達を見る。
《奇亜亜亜亜亜亜亜亜ッ!!》
額の位置にある口を大きく開き、猿夢は咆哮を上げた。
「……第二ラウンドだな」
俺はぼそりと呟く。
プランB、開始である。
*NOTE
機馬ユニコーン。幻獣ユニコーンとバイクを融合させた狂気の産物。それはそれとして、処女厨拗らせて小児性愛者になった異常馬。無駄に声が良い。
『伯爵』が作った実験悪魔であり、外島に運用テストとして渡された。山中のマヨヒガサーキットで遭遇した首無しライダーと朧車との三つ巴バイク(カー)チェイスを経て、正式採用。
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