10話:VS猿夢③ - Armour Zone-
機魔ユニコーンは『独殻形態』という権能を持っている。
普通の悪魔も活性霊子で〝器〟を作ることが出来るが、機魔の独殻形態はそれよりも非常に低燃費で自律行動も可能という特徴を持つ。
一方で、コーラーの強化が制限されたり、質量という物理的制約に囚われやすいという欠点もある。その為、急加速や急停止は降霊時より苦手とする傾向にある。
逆に言えば、降霊時は独殻形態より燃費こそ悪いが瞬発力に優れ、コーラーの強化も十全に行える。その使い分けが出来ることこそ機魔の最も優れた所だろう。
(さて、分析が完了した)
俺は月子をそっと降ろし、屑鉄の壁を背にして小声で話す。
(ふぅ……、その言葉を待っていたよ)
犬耳を生やした青髪美少女がニヤリと微笑んだ。
(まず言っておくと、敵は不死の権能持ち且つ弱点属性無し。概念結界の核は奴の中だ)
へにゃりと犬耳が垂れてむすっとした表情になる。
(はー……? それって詰んでるってことじゃない……?)
文面通りに捉えればそう思うのも当然だろう。だが、その判断は時期尚早という物だ。
《――ご安心を、月子様。既に我が主は勝利への道を掴んでございます》
ベルトのバックルからやたらと良い声が流れた。
(おい、ユニコーン。勝手にネタバレすんなよ)
《これは失敬。マスターが些か意地の悪い話し方をされるもので、差し出口をば》
月子は唐突に話しかけられて目をぱちくりさせていたが、理解出来たようでポンと手を打つ。
(……ああ、クロのバイクの!)
《お初にお目に掛かります、ご挨拶遅れまして誠に申し訳ございません》
(おお、礼儀正しいタイプだ。気にしないで下さい、こんな状況ですし)
(……)
その状況で呑気に挨拶しとる場合か、と俺は思ったが口を挟むのも何なので黙っていた。
《寛大なお言葉、有難く頂戴致します。……ところで月子様には13歳未満の妹さんとかいらっしゃらないですか? 出来れば清楚系の物静かな子で……》
いきなし何言うとんねんコイツは。
(クロ?)
(すんません、汚物なんですこれ。無視して下さい)
月子に笑顔で睨まれ、俺は冷や汗を垂らす。
(そんなことより、だ。……勝ち筋は存在する)
俺は無理矢理に脱線していた話を戻した。
(本当に? 正にチートって感じだけど)
ズルして無敵モードな敵のことを月子は端的に言い表す。
(そう、それだ。弱点が無い不死なんてチート、たかが都市伝説如きが持ってて良い訳ないだろ)
俺の指摘に月子は、まぁ確かに……、という表情をした。
(つまり見せ掛けだ。多少のダメージは無かったことに出来ても、一撃で体力全損させれば死ぬ)
(……分かりやすくて良いね)
月子がニヤリと笑みを浮かべた。
俺達が話している横で、巨大なハンマーがギシギシと音を立てて持ち上がり始める。
「どうやら奴さんも俺達がぺちゃんこに潰れた訳じゃないと気付いたらしいな」
そして腕を変化させるスキルは一度攻撃に使用したら元に戻す必要があるのも確定か。
恐らく、本来は電車内で起きる事象を〝自身がこの猿夢という世界その物である〟という解釈で自分の身体で再現しているのだろう。だから一度発動したのをそのまま再利用は出来ない訳だ。
「『禁じられた遊戯』。……で、作戦内容は?」
月子が仄かに光る片手を出して聞いてくる。
「『脆甲魔法』。悪いがあと2分、いや1分半稼いでくれ。俺が仕留める」
月子にデバフのストックをチャージして、俺は拳銃を取り出した。
バイクの発射機構が分離した物だ。火力は心許ないが、無いよりはマシだろう。
「……拳銃もあるとかいよいよヤクザであることを隠さなくなってきたね」
「違ぇよ、悪魔専門の殺し屋だ」
ぎゅるん、と掃除機のコードを巻き取るように猿夢の腕が戻る。
逆さまの顔がギリギリと動き、俺達を捉えた。
《戯ッ、ぎギ戯戯》
ぐねぐねと腕が伸び、再び手が刃物の集合体に変わる。
「物騒だなぁ」
「お前ももうその一員だよ、っと……!」
叩き付けられる刃物の群れを俺達は左右に散開して回避。
そしてそのまま走り出した。
役割としては様子見の時と逆に月子が前へ出て、俺は側面や背面から挟撃を狙う形だ。
「さぁてさてさて! お立合いっ! 八つ裂きにされるのは君と私のどちらかな、っとぉ!」
月子が再びチェーンソーを取り出して攻撃を仕掛ける。
格上相手の近接戦。下手すりゃ即死攻撃を食らうかもしれないってのに、ガンガン攻めて行ってる。
だがそれが正解だ。リーチの長い敵には懐に潜り込んで畳み掛けるのが実際ベスト!
《げギャ脚脚ぎゃッ!》
振り回される凶器の塊を回転鋸が火花を散らして弾き、ひょろ長い脚をガリガリと削った。
白い猿は堪らず後退して距離を取る。
そうだよな、そうするよなぁ。一方的に不利な距離だもんな。
だが、前方ばかり気にしていちゃダメだぜ。
「……『スパイクシュート』」
俺は古めかしい回転式拳銃を構え、狙いを付けて引き金を引いた。
スキルの影響下にある弾丸はまるで身体の一部のように動きが認識出来る。
素人である俺でも、回転する飛翔体がどう飛んでどこに当たるかが良く分かった。
制式名ニューナンブM60、警察官の装備として知られている拳銃の銃口から発射された銃弾は狙い過たず猿夢の後頭部へと命中する。
「犠ッ! 餓ァ亜あああぁッ!」
ヘッドショットだろうとやはり致命傷にはならないらしい。だが38口径の弾丸を頭に食らって流石に痛かったのか、こちらを振り向いた猿夢は俺に向かって右腕を伸ばしてきた。
「おっと、それは悪手だろ」
容易に回避し、伸ばされた腕に銃口を向けて連射。
パパパン、と乾いた発砲音が連続し、猿夢の右腕に三つの風穴が開く。
《餓ッ……》
「『辻斬り一文字』――!」
猿の化け物が怯んだその隙に、月子がスキルを乗せたチェーンソーで両脚をぶった斬った。
《具キぃぃぃッ!》
悲鳴を上げる猿夢は驚いたことに残った左腕で身体を支える。
そして両脚はズルズルと再生して……マズい!
「っ! 足がっ……!?」
斬られた脚が月子に巻き付いて拘束具に変わった。
いや、あれはコードか? 何の?
そう考える俺の疑問はアナウンスによって解決される。
《次は~電気椅子~電気椅子~》
「ッ~~そう言うことかよ! 逃げろ月子!」
パチパチと電気が充填される音が聞こえてきた。
ユニコーンは電撃と相性が悪い。下手に助けようとして巻き込まれれば最悪の可能性がある。
「……いや、ここは違うよ。今すべきは……」
今、正に処刑されようとしているにも関わらず、月子は慌てずスマホを取り出した。
「――――降霊、『ラミア』!」
魔法陣が展開。時を置かずして電源コードから電流が迸る。
「ッ……!」
バチバチバヂィッ! という炸裂音と共に閃光が俺の目を灼いた。
光が収まったその先にあったのは――。
「――捕った」
背後から猿夢の身体に巻き付き、上体を締め上げる蛇女の姿だ。
これぞコブラツイストならぬラミアツイスト!
電撃耐性の長宮さんに切り替えてダメージを抑えたのか!
「良くやった! だが早く離れろ! お前じゃ抑え……!」
《鬼ぃ胃異い!》
猿が暴れ、俄かに拘束が緩んだ。
当然だ。レベル差にして8、短時間でも締め上げられただけで上出来である。
そしてその隙を突いて猿夢が蛇の尾にがぶり、と噛み付く。
「っ……――」
ばつっ、と肉が嚙み切られた。
《奇ヒっ、け脚脚、きゃ……》
上下逆さまの顔に残忍な笑みを浮かべた猿の悪魔がぴたりと動きを止める。
《餓ぼォッ》
唐突に白い猿は地に膝を付いて血反吐を吐いた。
「……呪毒かッ!」
俺の脳裏に思い出されたのは長宮さんの権能、『毒化身』だ。
能力は自身の毒化。あれ通常攻撃に毒付与するだけじゃなく、食われた時にも使えるんだな。いや、言われてみればそりゃそうだろ、って感じだが。
「ははっ、不死でも毒は効くんだね! そら、オマケだ!」
敵に絡み付いていた月子がストックしていた『脆甲魔法』を猿夢に付与して退避した。
最高の仕事振りだ。
「――ッ行くぜ……!」
俺は月子の『禁じられた遊戯』を合図に走り出す。
ロキの疾風魔法を使っていないから足音を消しきることは出来ない。
だがそれで良い。
俺に気付いた猿夢が叩き潰そうと両手を振り上げた。
《危ぃッ!》
巨大な凶器の塊二つが叩き付けられる。
地面が大きく揺れ、コンクリートの床が砕けてクレーターが生じる程の威力。
当たれば一発でトマトペーストだ。
当たれば、な。
「『限界超過』」
攻撃を躱した俺は再使用可能となったユニコーンの権能を使った。
この権能はステータスを一時的に大きく強化出来るが、連続使用は出来ず、使用後はしばらく出力が落ちる。こういったデメリットを抱えることが概念強度を高める。
不死や無敵なんてのは特に概念強度が重要で、弱点の無い不死が薄っぺらな物になることは火を見るよりも明らかだ。
恐らくそれを補う為に猿夢は大量の霊子を消費しており、時間を稼ぐだけで枯渇するだろう。
しかし、その予測が正しいか試すのはこの一撃で殺せなかった時で良い。
俺は姿勢を低くして爪先をコンクリートの床にめり込ませた。
心臓が全身にドクドクと血液を巡らせ、アドレナリンが全開になる。
《 》
圧縮された時間の中で、猿夢が俺を叩き潰そうと再び拳を振り下ろすのが見えた。
(『猛突撃・蹴り』)
ドッ、と俺は地面を蹴る。
白い猿の横をすり抜け、背後に回った。
(『末路を辿れ』)
権能を使用。隠密状態の強化に、能動的な使用でのみ発揮される強化を重ねる。
ふ、と宙へ跳んだ。
高さ2メートル。
「――――終わりだ」
鋼鉄の踵がエテ公の後頭部に突き刺さる。
そして、不死の権能ごとブチ砕いた。




