4話:死ぬまで殴れば即ち死ぬ
《――がGうRUぅアア!!》
トロールが叫び声を上げて、右腕で月子を殴り付ける。
俺が斬った筈の右腕は僅か数秒の内に繋がったらしい。
「ぐっ……――!」
不意を打たれた月子は辛うじて木刀を盾にした物の、壁を突き破って隣の部屋まで吹き飛ばされた。
激しい音を立ててコンクリート壁が砕け、もうもうと砂煙が巻き上がる。
《GYアHA! ぐ、ヒヒひッ!》
化け物が両手を叩いて笑った。
ロキを降霊した俺はそれを視界の端に捉えつつ――
「――死ね」
とん、と床を蹴って跳躍。肉屋の包丁をトロールの太い首に叩き込む。
「アギャAAAッ!?」
醜い化け物がけたたましい悲鳴を上げた。
血しぶきが傷口から吹き出るが、浅い。分厚い皮と肉で勢いが殺されて刃は骨で止まった。
馬鹿みてえな再生力の持ち主だ。この一撃すら掠り傷に等しいだろう。だが……。
「弱点は割れてんだよ、『火炎魔法』ッ!」
俺は鉈の上から魔法をブチ込む。
青白い炎が巨人の傷を舐めて溢れ、ジュウっと血肉の焼ける音がした。
《アアAAAッ!》
激痛で化け物が暴れる。
振り回される前に俺は距離を取ったが、ブッチャーナイフはトロールの首に刺さって抜けなかった。
「ハハッ、当たり! 火傷は良く効くだろ!」
俺は治療薬をジャバジャバと頭に掛けて裂傷を癒す。あっという間に傷が塞がり、眩暈も消えた。
霊薬による回復は驚異的だが、相手は常時この状態だ。弱点を攻めなければジリ貧である。
《グGい、ぎぎぎッ……!》
乱杭歯をギリギリと擦り合わせ、人食いの化け物がぐるりと振り返って俺を睨んだ。
「おー、怖い怖い。でも俺ばっか気にしてて良いのかなー?」
――――スッ、と歪な巨人の脇に小柄な人影が現れる。
犬妖精を降霊して獣人のような姿となった月子だ。
背中まで伸びた青い髪がサラリと揺れ、鋭い牙を剥いて笑っていた。
「『凶器乱舞』!」
桃の木刀がトロールの横腹に叩き込まれる。
ブチブチッ、と悪魔の肉が魔性を祓う刃に抉られた。
《グAッ!?》
巨大な邪妖精は痛みに身をよじる。
質量は武器だ。暴れる手足に当たるだけで人間は吹き飛ばされてしまう。
「おっ、とっ、と」
月子はするすると身を躱し、攻撃範囲の僅かに外側まで引いた。
服の汚れはあるが、殴り飛ばされたダメージは見当たらない。ポーションによる回復だ。
《GガAARぁアッ!》
激昂したトロールが月子を握り潰そうと襲い掛かった。
だが、その行動は既に予測出来ている。
《――Gイいッ!?》
月子へ手を伸ばしたと同時に、短足の巨人は躓くように転倒した。
「ヘイ、ちょっと痩せたらどうだ? 頭が軽過ぎてバランスが取れてねえぜ?」
俺は右手の指先で頭をトントンと叩いて煽る。
左手で握る機具からは鋼線が伸びており、その先は巨人の足に絡み付いていた。
鍛冶神製の神鉄ワイヤーだ。自動で目標に絡んで拘束する上、神をも縛る程の耐久性を誇る。
《ヴぁAARAァッ!!》
言葉を理解出来たかは怪しいが馬鹿にされていることは分かったらしく、低脳邪妖精が怒りの咆哮を上げた。その拍子にようやく首から鉈がすっぽ抜け、それを月子が受け止める。
「お、ラッキー」
「ナイスキャッチ」
トロールを挟んで俺と月子は前後に立った。
原始人の頃から存在する最強の戦法、囲んで叩くの最少人数構成である。
「そらそら踊っとけッ!」
「あんよが上手、っと、『凶器乱舞』!」
《グッ! ガッ……!》
俺が鋼線を引っ張って敵を左右に振り回し、バランスを崩して動けない所に月子が攻撃を加える。
高速再生持ちだろうと再生速度を上回れば削り殺せる。道理だ。
《オぉオOおオッ!》
両足を神鉄ワイヤーで拘束された悪魔が振り向き、文字通りのナックルウォークで襲い掛かってくる。
「わお、短足だとそう言うことも出来るのな」
《ガAAッ!!》
トロールの拳が呑気に突っ立っていた俺の幻を叩き潰した。
「――――残念、ハズレだ」
俺本体はふっ、と短足巨人の頭上に現れる。
瞬間移動……等ではない。幻影魔法による囮である。
「俺からの奢りだ。とびっきり高い酒だぜ?」
酒瓶を逆さにしてじゃばじゃばとスピリタスをぶちまけ、俺は笑みを浮かべた。
アルコール濃度が高い酒の特徴、それは〝燃える〟ことだ。
《ヴォ、オOOッ!》
巨人が振り払おうとするが、もう遅い。
「『火炎魔法』」
宙に跳んだ俺の指先から火種が飛んだ。ボッ、と音を立てて高純度のエタノールに火が点く。
《DAァアアア!?》
火達磨となったトロールがのたうち回った。
実の所、怪物を殺すのに必要な火力には程遠い。それでも慌ててしまうのは弱点だからだ。
「ああ、火傷の箇所は治るの遅いんだ。……ってことはもう不死身じゃないね」
月子はちらりと敵を一瞥する。
倒す準備は完了済み。
であれば、やるべきことは決まっていた。
「『禁じられた遊戯』」
ぴっ、と二本の指を揃えて敵に向けて月子が権能を行使する。
光が奔った。
《ッ!》
ぎょろり、と巨人が警戒の目を向ける。
何をされたかは分からずとも何かされたことは分かったらしい。
「ふふ……」
愚かな敵に蒼い獣人はニヤリと笑った。
月子の『禁じられた遊戯』は単なる呪詛返しではなく、自身への弱体や状態異常を蒐集する権能だ。
故に、誰へ呪いを押し付けるか選ぶことが可能で、任意のタイミングで使用出来る。
今使ったのは保持しておいた俺の脆甲魔法である。
このタイミングで敵の防御力を削いだ理由は二つ。注意を引く為と、トドメを刺す為だ。
(――――『末路を辿れ』)
俺は背後からトロールの首を処刑人の斧で刎ねた。
ばすん、と断たれた首がくるくると宙を舞う。
《ア……?》
小さな目を見開いた巨人は何が起きたのか理解出来ず、地面に落ちて転がってもまだぽかんと口を開いていた。
高速再生を火傷で封じ、繰り返しの攻撃による生命力の減衰、防御弱化、そして奇襲特化の権能。
これだけ揃えば、不死身の如き耐久力の敵であっても殺すことが可能となる。
「ヒュー♪ お美事♪」
月子の賛辞を背に、血の噴水を溢れさせて巨体がずん、と倒れ伏した。
§――――――――§
「ふー、疲れた……。全く、パワーだけじゃなくふざけた再生力持ちとか冗談じゃないよ。もげた腕をくっ付けたら繋がるとか迷宮と竜の世界から来たのかな?」
降霊を解いた月子はうんざりした様子で溜息を吐いた。
突如強襲してきたトロールは言わば階層ボスである。この階の悪魔の平均を大きく上回るレベル5、その上、再生系の権能持ちという殺意の高さだ。
「ご苦労さん。思いっきり殴られてたが大丈夫か?」
「平気。何本か骨折れていたと思うけどポーションで全快した。ヤバいねこれ」
格上のパワー型にぶん殴られた筈の月子は平気な顔で手足を動かしてみせる。
「……壁抜ける勢いで殴り飛ばされて感想それかよ。レベル1なのに順応早えな。あ、もうレベル2になってるか?」
「そう言えばまだレベル1だったね。……ってかレベル上がり辛っ! Wizardryか!?」
レトロゲーマーは伝わり辛いセルフツッコミをした。
最近出た奴とかは割とガンガンレベル上がるらしいっすよ。
「たかが数戦で変わるかっての。まぁ格上殺しは経験値ボーナス有るから上がってるだろうけどな」
「ふーん、そうなると普通はもっと沢山倒さないとダメなのか。……あ、レベルアップしている。良し」
月子はスマホを確認し、小さくガッツポーズをした。
予想通りではあるが早いな。俺なんてダスト狩りを五十くらいしたと思うぞ。
「良かったな。で、強くなった実感はあるか?」
「そうだね、動き回った後なのに身体の調子が良いというか……降霊してなくても武器が軽い」
月子がブッチャーナイフを片手で振るうと、ビュンと鋭い風切り音が鳴った。
「魂魄精錬だとか霊格向上だとかの小難しい言い回しもあるが、要は霊格が上がるとステータスも上がるって話だ。降霊するとよりはっきり差異が分かるだろう」
「ふむふむ、そう言えばステータスは出力限界に影響するって話だっけ?」
「ああ。ま、悪魔の力を引き出しやすくなるとでも考えれば良い」
俺は会話しつつ月子を対象に『分析』を使う。
武力24、魔素25、敏捷27、感覚26、精神20、幸運26。端的に言ってステータスが高い。
レベル2の時点で20未満が1個も無いが、これはレベル5相当の数値である。
「ふーん。19、22、24、22、19、22だから、武力が一番伸びているね」
「……レベル1の時のステ覚えてんのかよ。流石だな」
俺は月子の記憶力に驚嘆した。
物覚えが良いだけでなく頭の回転も早い為、ゲームで俺はこいつに勝ったことがない。局所的には勝てたとしても最終的な勝敗は常に負けである。
まぁ、俺が負けるのは運が悪いからなのもあると思うがな……。
「んーところで今、私に『分析』使ったよね? 人間も対象に出来るんだ? あ、『分析』って私も使えるの?」
矢継ぎ早に質問を繰り出す月子に、俺はどうどうと落ち着くよう求める。
「まぁ待て待て。……あれ? お前、分析されたの分かったのか?」
「違うよ? だって私が口にした数値が今のレベルのステータスじゃないって判断したってことは、私のステータスが分かっているってことでしょ」
「あ。……そう言うことか。クソ、引っ掛かった……」
月子の指摘で自分が釣られたと気付き、俺は苦笑した。
もし『分析』を使っていなければ、月子が言った数値を即座にレベル1の時のステータスであると看破することは出来ない。レベル1の時に使っており今は使っていないとすれば、同じ数値であることに違和感を覚える筈である。
「で、使い方は?」
現状は覚える必要ないぞ、と言おうかと思ったが、口で負けたし素直に教えておくことにする。
「……簡単だ。目標に集中して『分析』って念じれば良い。そしたらDDCが勝手にやってくれる」
「へー、本当に簡単だね」
「ただレベル差が有ったりすると失敗する。今のお前じゃ俺は見れん」
「は? つまんな」
月子は不機嫌そうに口を尖らせた。
「やっぱ俺のステ見ようとしてやがったな……」
「当ったり前じゃん。女の子は好きな男の子のことは何でも知りたいんだよ?」
ふふん、と謎に自信たっぷりな様子で根拠不明な主張をする。
「主語がデカい」
「私はクロの内臓の色まで知りたいな」
「適切な範囲の主語になったらなったで怖い」
俺は幼馴染で恋人の朗らかな笑みに恐怖を覚えた。
この方、意外とメンヘラストーカーの素質あるよね。
「あともう一つ質問なんだけど」
月子がスッと話を変え、その場でしゃがみこんで銀色に輝く何かを拾う。
「この、悪魔を倒すと落ちているコインって何?」
床に落ちていたのはトロールを倒した後に俺が拾い損ねていた物だった。
「おっ、そういや説明してなかったな。これはDDといって、魔界で流通している貨幣だ」
月子が指でピンと弾いたコインを俺は空中でキャッチし、尾を噛んだ蛇の模様が描かれている側を見せる。
「魔界って?」
「あー、要するに悪魔達が通常居る世界のことだ。まぁ何となく分かるだろ」
曖昧な同意を求められ、月子は肩を竦めた。
言葉の意味する所は様々な創作物に触れて得た知識から大体は分かるだろう。
「何となくはね。……でもさっきの肉達磨とかがお金を使っているイメージが湧かないんだけど」
新米デビルコーラーは不思議そうに首を傾げた。
「そりゃなぁ。多分DDを所持したこともなかったんじゃないか」
「はい?」
何言ってんだこいつ、という目で月子はこちらを見る。
「では問題だ。このお金はどこで作られたと思う?」
分かりやすく説明する為に俺はコインを見せてクイズを出した。
「どこって……魔界?」
「違うな。トロールが持ってた物じゃない、ということは?」
月子はヒントを聞いてハッとする。
「……ここで作られた?」
「正解」
俺はニヤリと笑った。
――――師曰く、DDは「怪物を倒すとお金が手に入る」という概念から生じたらしい。
つまりはゲームの影響だ。そんな馬鹿な、とは思うが悪魔も概念。だから人がそう認識したのであればそうなる物なのだとか。
無論、英雄が竜や鬼を退治して財宝を得るという伝承や御伽噺の類は古くからあるので、ゲームだけの影響でもないだろうが……。
「――――で、最初は悪魔を倒したら手に入る珍品として好事家が集めるだけだったが、その内に流通量が増えて本当に貨幣として機能するようになった、という訳だ」
ある程度資料に基づく与太話をざっくりと纏めて俺はDDの解説を締め括る。
「へぇ~」
話に聞き入っていた月子がパチパチと拍手した。
恐悦至極。ふー、どうにか先輩風を吹かせられたな!(デビルコーラー歴一ヶ月)
「因みにDDは悪魔から物を買うのに使ったり、円と交換出来たりもする。別にドルでもユーロでも交換出来るだろうが」
俺は補足説明を付け足しておく。
まぁ買わずともこうして異界で探索したり悪魔を倒したりするという方法も有るけどな。
「――――ほう。お金と」
月子の目がギラリと光る。
「レートは大体一DD=千円ってとこだ。見た所、さっきのトロールは四~五十DDにはなったか?」
「へぇ~~♪ ……な、何だか悪魔がお札に思えて来たよ……♡」
蒼鷺月子は頬を染め、もじもじと恥じらった。
それを見て俺は粘着質な笑みを浮かべ、するりと肩に腕を回す。
「それじゃあ……、見敵必殺、する?」
「する♡」
そう言うことになった。
*NOTE
『イカサマ神様』。アスガルドロキの権能。魔法を操作・強化する能力。
字面だと地味に見えるが、「火炎・氷結・雷撃・疾風」と攻撃魔法を四種類持っていてそれを自由に範囲化出来る上、幻影魔法で自分そっくりの幻影を自由に動かすなどインチキ染みた能力となっている。
§――――――――§




