3話:コンゴトモヨロシク……
「えー、我々は二階への階段を発見して登った訳ですが……」
俺はくるりと振り返って後方を確認する。
「階段、消えたな」
「消えたね」
「「……?」」
俺と月子は揃って首を傾げた。
登って来た階段があった場所はどう見ても壁となっている。
触れてみてもひんやりとしたコンクリートの感触があり、幻覚などではなかった。
であるのならば、現実を認めてそこから考える必要がある。
思い返してみるとこの廃ビルに来た時も同様のことが起きていた。
「一階の入口と同じか。空間が捻じれて、一方通行になっているみたいだな」
俺はひとまずマップを確認する。
即遭遇の危険性こそ低いが、下の階と比べて明らかに悪魔の数が多く表示されていた。
種類も、屑霊やイツマデ、ガキといった一階で出て来た悪魔とは別の種類のようである。
「異界って滅茶苦茶だね……。下の時点で外観より面積広かったけど、この階の方が広くなってない?」
「なってるな。多分だが、これ二階から一階に降りる階段はない。まぁ一階にも出口は無かっただろうから戻れなくても別に良いが」
「嫌なメタ読み~。言葉にすると本当になるから止めなよ」
うへぇ、と月子が露骨に厭そうな顔をする。
しかし、降りる階段がないと予想する根拠も実際ある。
「……識別済みの悪魔が居ればアプリで分かるが、それが一切ない。つまり一階と二階は別物だ。階段は獲物を奥に誘い込む為の物で、人間が居ない時にはそもそも出現しないんだろう」
これは単なるネガティブ予想ではなく、経験談だ。
そもそも異界がそう簡単に出入り出来るようになっていれば、物質世界に悪魔が流れ出かねない。
扉があって管理されているか、或いは特定の方法でしか脱出出来ないか、のどちらかである。
「それじゃ私達は呑み込まれた獲物って訳だ。……一つ聞きたいんだけど、消化されてクソになる前に出られる見込みはあるの?」
状況の悪さを説明されても月子は動揺する様子もなく軽口を叩いた。
「ある。とっても簡単だ」
こう言う状況の経験者である俺はたった一つの冴えたやり方があることを後輩コーラーに教える。
「え、そうなの?」
「ああ。――――このビルの一番奥に居る奴をブチのめすだけで良い」
にぃ、と俺は笑った。
「……サイコー」
目を細めて月子が微笑み、基本方針が決定した。
§――――――――§
「ピクシー、ノッカー、ノーム。それにバグベア、ウォーターリーパー……」
俺は偵察していて見付けた悪魔の名前を指折り数えて挙げる。この共通点は……。
「〝妖精〟だね」
月子がズバリと言い当てた。
ピクシーは羽の生えた小人、ノッカーはツルハシを持ったネズミ、ノームは頭に草花を生やした女性型の土人形といった見た目をしている。
バグベアは単眼武装チンパンジー、ウォーターリーパーは翼の生えた肥大化ガマガエルだ。
「見事に妖精しか居ないな。まぁ生息域被ってんのかこいつら? ってのも居るが……」
「それはともかく困るのは数が多いことだよね。一階みたいに敵が単体なら奇襲で一体ずつ倒して進むことも出来るけど、同じことは出来なさそうだ」
月子は犬を撫でながら冷静に指摘した。
ふむ、確かに、と俺は頷く。そして視線をスッと相方に戻した。
「……月子さん? 何をされておられるので?」
「ワンちゃんを撫でています。可愛いでしょ」
青い犬の首筋をわしゃわしゃしつつ、月子は何故かキリッとした顔で答える。
「いや、そう言うことじゃなくてね……」
どう考えても悪魔である。コボルド、否、クーシーだ。
名前の意味は犬妖精であり、二足歩行でもなければ人語も喋らない、精悍な顔付きのデカい犬である。
「よーしよしよし。良い子だね~」
月子は青い毛並みのクーシーを撫で回した。
《ヘッヘッヘッ……》
大人しく撫でられている妖精犬は舌を垂らしてちょこんと座り、じっとこちらを見ている。
シベリアンハスキーに似た強面なのだが、不思議と人懐っこさがあった。
普通に考えて野良悪魔を無防備に撫でるとか有り得ないが、今更危険性がどうのと言っても説得力に欠けるよなぁ……。
「……まぁ殺気は感じなかったし、懐いてるなら良いか。契約しちまえ」
悩むのもアホらしくなり、俺は考えるのを止める。
そもそもどこかのタイミングで新しい悪魔と契約させるつもりだった為、渡りに船である。
「契約って……、あーそっか。初期悪魔の他にも仲間に出来るんだ」
ポンと手を打って月子は納得する。
「じゃあクーシーだからクーちゃん、君は私の仲間になってくれる?」
《ワフっ》
クーシーが愛想良く返事をすると、一瞬にしてその足元に魔法陣がパッと広がりクーシーごと消えた。
話が早い。
「うわっ! え、クーちゃん消えちゃったんだけど!?」
俺は慌てる月子に呆れ顔でスマホを振って見せる。
「契約成立したからアプリん中に入っただけだ」
「あ、そう言うこと?」
月子は目を瞬かせ、DDCを開いてクーシーを呼び出す。
《ワンっ》
スマホの中で元気良く吠える妖精犬を見て飼い主がホッと息を吐いた。
「良かった、消えてなかった。……って、スマホから出すのはどうすれば良いの?」
月子に質問されて俺はふむと考える。
野良の悪魔と違って契約済みの悪魔は外に出しておくだけで大量の活性霊子が必要になる。それを抑える為に人形などの依り代を用意するという手もあるが、この場にそれらしき物はない。
もっとも、俺が所有する活性霊子の量ならば実現は可能である。但し、譲渡する為には必要な行為が……と考えた所で、俺は邪念を頭から振り払った。
「んんッ。……リソースが十分あれば実体化出来るが、今は無理だな」
「ぐぬぬ……。でも今は、ってことは将来的には可能なんだね?」
月子の質問に俺は頷きを返した。
「勿論。そしてそれとも関係あることだが、これからは方針を変更します」
こほん、と咳払いを一つ。
「方針の変更?」
クーシーと契約した新人コーラーがこてんと首を傾げる。
「お前も新しい悪魔と契約出来たので、ここから先は安全マージンを取って行動する」
「いや、これまでも十分身の安全を優先してきたと思うけど」
月子が胡乱な物を見る目をした。
「ところが、敵から隠れて進むよりも確実に安全な方法がある」
「……どんな方法?」
俺はその問いに満点の笑みを返す。
「見敵必殺」
§――――――――§
「『凶器乱舞』!」
「『範囲火炎魔法』」
「シっ! ハっ! もっかい『凶器乱舞』!」
「『氷結魔法』、かーらーの物理で殴る」
「はい、お終いっ!」
「おっと、スキルは使わせないぜ。これで終わりだ、じゃあな」
§――――――――§
「南~無~……」
降霊を解除した月子が合掌する。
強襲した部屋の中は惨憺たる有様となっており、生き残りはゼロだ。
「妖精に念仏唱えるのはどうなんだ……?」
「良いんだよ、私の気分の問題なんだから。……ふー。ぃよっし!」
月子は僅かに暗い表情をしていたが、深呼吸をして身体を伸ばしたらすぐに平常心を取り戻した。
「……正解だな」
俺は冷え切った相槌を打つ。
相手が化物だろうと何だろうと、まともな精神なら殺しをして気分が良い筈もない。
行いの正当性――ここから生きて脱出する為、襲われるより襲う方がリスクを低くできる為等――は幾らでも主張出来るが、結局は自分の為だ。
その上で気持ちの整理を付ける為、と割り切れる精神性は悪魔と戦う上で武器となる。
「――――で、ある程度予想は着くけど、一応この虐殺行為に何の意味があるか教えてくれる?」
意識を切り替えた月子に質問され、俺はピッと指を一本立てた。
「まず、隠れたり遠回りしたりしなくて済むので探索がスムーズに進む」
「ふむ」
俺単独ならば隠密したまま偵察から暗殺まで流れ作業で進められただろうが、月子を戦闘に巻き込まないようにしながら進むのはタイムロスが大きい。
だが月子も戦闘に参加するという前提ならば時間短縮になる上、探索の取りこぼしも無くなる。
「俺達にはタイムリミットがある。食料と体力、そして学校」
「良く言うよ。クロはしょっちゅう授業サボってるじゃん」
月子から茶々が入って俺はムッとした。まるで俺が不良学生みたいではないか。
「俺だって受けれる時は真面目に授業受けてるし! 厄介事と緊急遭遇するだけで!」
「はいはい、課外活動は程々にね。まぁ実際帰りが遅くなったら親に心配掛けるから、早期脱出するのに越したことはないよね」
月子が納得した所で俺は二本目の指を立てる。
「次に、レベル上げをすることでお前の安全性を高めるという目的もある」
「んー……、安全性ね。私も〝戦える状態〟にはなったけど、〝戦力〟としてはカウント出来ない、と」
月子の鋭い指摘に俺は苦笑した。
「派手に暴れてくれるだけで楽にはなってるぞ」
「フォローは良いって。こっちはスキル二回使って倒せたのは一体だけ、そっちは魔法一発でノッカーの群れを纏めて焼き払ったり、普通の攻撃一回で一体仕留めてる。文字通りレベルが違うって奴だよね」
月子はやれやれと溜息を吐く。
「いや、初陣できちんと首級上げてんだから普通に大したもんだと思うぞ。うん。……ってか戦いながら良く見てんなマジで」
初回降霊はともかく、実質的な初めての戦闘でそこまで冷静に立ち回れているのはビックリだよ。
人間同士の喧嘩であっても、普通は臆するか、興奮で周りが見られなくなる物だ。
それを化物退治で、更に荒事からは縁の遠い女子高生が卒なくこなしているんだから大した物である。
まぁ月子なら出来るだろう、と言う納得もある。天才肌、と言うか普通に天才の類だしこいつ。
「まぁこの階では十分通用してるし、そもそもお前をデビルコーラーにする気はなかったんだが……。それはともかく、連れ回す上でレベル1だと流石にまだ事故死が怖いからな」
隠してはいるが、守りながら探索するのは精神的負担が結構大きい。
もしバックアタックを食らったら、もし乱戦で攻撃が抜けたら……、と考えると気が気ではなかった。
「あぁ、それはそうだよね。さっきまでは凄い神経張ってたし」
「バレテーラ」
十年来の幼馴染は肩を竦めてハッと冷笑する。
「当ったり前でしょ? 何年一緒に居ると思ってるのさ」
「ぐぬぬ……」
頼れる所を見せようとしていた俺は悔し気に奥歯を噛み締めた。
「気ぃ使い過ぎ。それで疲弊していたら元も子もないよね? ……でもありがとう。嬉しかったよ」
ふわり、と蕾が花開くような柔らかな笑みを月子は浮かべた。
クッ、可愛い! 免疫のない男なら一発で落ち兼ねんぞ。
俺は気恥ずかしさを覚えて視線を逸らす。
「……へいへい、社交辞令ドーモ」
そしてポリポリと鼻の上を走る古傷を掻いて適当な返事をした。
……後から考えれば、良くない、いや非常に良くない対応だったと言えよう。
「……ふーん、社交辞令とか、言う?」
笑顔の中性的美少女の額にビキッと青筋が浮かび、冷たい怒気が発せられる。
朴念仁的反応は用法用量を守って行う必要があり、残念ながら許容量が0のこともある。
「ヒェ……、あっ、スミマセン……」
マジで怒っている奴だと即座に理解し、俺は顔を青くして頭を下げた。
「あのね、赤の他人ならいざ知らず、私がクロにおべっかを使ったりすると思う~?」
ぐっと襟首が掴まれ、16センチの身長差が0になる。
「思いませぇん……」
「だったらさ、本当に感謝しているってことは分かるよね~?」
「はいぃ……」
笑顔で詰められ、俺はガタガタと震えた。
悪魔よりもよっぽど怖い!
「……というか、仮にも彼女にありがとって言われたのなら甘い言葉を囁いたりすべきじゃないかなぁ」
うぐっ、と俺は声を詰まらせた。
――そう、蒼鷺月子は外島玄の幼馴染であり、恋人でもある。
ほんの一週間前に成立した関係で、正直まだ何かの冗談ではないかと疑ってすらいる。
しかしもしその疑心を表に出したのなら恐ろしいことになるのは火を見るよりも明らかだった。
「あ、甘い言葉って言われてもなぁ……」
まごまごとする俺を見て、月子は無表情で一瞬考え込む。
「……ならキスでも良いから」
そう言って、す、と目をつぶった。
「む、ぬ……!」
ごくり、と唾を呑む。
まぁ恋人になった経緯も不純異性交遊に該当する案件の為、今更口付け一つでどう変わる訳でもない。
しかし、こう改めて求められるとまだ覚悟が必要だった。
「……」
「ッ……」
俺は月子の顎に軽く指を当てて、キスを落とそうとする――――。
《――――ガァァアァアアッ!!》
その瞬間にコンクリートの壁を突き破って化物が現れた。
「……」「……」
いい所で邪魔された俺達は冷めた目で武器を構え、胴長短足でいかにも低脳な悪魔を観察する。
《ヒトッ! ヒトノ臭イダ!》
身の丈は2.5メートル程。腕が足より長く、でっぷりと太っているが筋肉の詰まった身体付き。雄叫びを上げてドラミングする姿は遺伝子改造されて体毛を失った巨大ゴリラのようでもある。
「……他の妖精よりもレベルは高そうだな」
「パワーも間違いなくあるだろうね」
「降霊、『クーシー』!」「降霊、『ロキ』!」
俺達は言葉を交わしながらアプリから悪魔を召喚んだ。
ヴン、と魔法陣が頭の天辺から爪先まで通り抜ける。
《食ウッ! 食ワセロ!!》
「だがそれだけだ」
「OK、じゃ殺ろっか」
俺と月子は同時に踏み出した。
*NOTE
DDC、Digital Devil Channelingの略。『悪魔降霊アプリ』は通称であり、正式名ではない。
一言で言うと多機能自動電子契約書であり、概念生命である悪魔を契約で縛ると言う非常に難解で面倒な作業を代理でやってくれるスゲー奴。その他様々な便利機能も付いている。
これさえあれば貴方も今日からデビルコーラー! ……もっとも、素質がなければ起動出来ない上に、そもそも入手経路が謎に包まれているので誰でもなれる訳ではない。
――――余談だが、この世界で悪魔を直接召喚することは出来ない。そのように定められている。
§――――――――§
*NOTE
『末路を辿れ』。外島の権能。隠密状態時のクリティカル強化だと外島は説明したが、実際の所はパッシブ効果の隠密状態時強化とアクティブ効果の攻撃強化を複合化した能力。
他のスキルや魔法を併用することも可能。但し、アクティブ効果は連発不可。
外島がデビルコーラーになった際、たった一人で異界を踏破出来た要因の一つ。
その際、外島自身がホラー作品に登場する殺人鬼か怪物のような立ち回りをした。




