2話:ごきげんよう、死ね
――――さて、どうするべきか。と、俺は考え込んだ。
小規模な心霊スポットの調査の筈が、中は異界化していて入ってきたドアも消滅。その上、何人か喰ってそうな屑霊まで出現という罠展開である。
そして危険な状況に遭遇したことにより、月子のスマホから悪魔降霊アプリ(いつインストールされたか不明)が勝手に起動。敵悪魔は容易く蹴散らしたが月子は軽く暴走し、活性霊子を一時的に使い果たして気絶、という流れだ。
幸い、特に後遺症などはなかったが……。と、考えた所で俺はついと視線を幼馴染に向ける。
「……封印だな」
「えー!?」
声を上げて不満を示した月子を俺は半眼で睨む。
「何がえーだ、アホ。えーと、初期悪魔は八種……いや『八種雷神』か。あー……、何だっけ。日本神話の神なのは分かるが。会話コマンドも命令コマンドも表示されないってことは荒神か……?」
俺は月子のスマホを借りて何を降ろしたのかを確認した。
確か、荒神ってのは強いが制御の難しい悪魔だ。初心者に扱わせるには危険過ぎる。
「え? もしかして最初からアプリに入っている悪魔って人によって違うの?」
「ああ。初期悪魔は悪魔降霊アプリによって自動的に召喚される。中々出会えないようなレアな悪魔も召喚出来たりするが、強い悪魔ってのは召喚コストが重いからお前みたいにすぐガス欠になったりする。で、この荒神ってのは要するにバーサーカーなので使用禁止です」
俺は後輩コーラーにチュートリアル説明を行う。
オタク向けの圧縮言語になってしまったが、月子の方もすぐに理解した様子で頷いた。
「成程……。因みにクロの初期悪魔は何だったの?」
「俺か? そうだな、……ロキ。挨拶しろ」
月子に聞かれ、俺はスマホに向かって呼び掛ける。
アプリ画面がじわりと黒く染まり、闇の中にフッと青白い火が灯った。
火は青い爪の先から出ており、スゥっと悪魔の姿が現れる。
深紅の髪に拘束衣染みた革のジャケット、邪悪さの滲む笑みを浮かべた妖しげな美形だ。
《――――オイ、クロ介。気軽に呼び付けてんじゃねェぞ。神だぜ……オレ様はよ?》
無駄に凝った登場をした悪魔は画面越しに威圧感をぶつけてきた。
名前はアスガルドロキ。北欧神話の大神オーディンの義弟にして、物事を引っ掻き回すトリックスターだ。
「悪魔使いが一々そんなこと気にしてたらやってらんねーだろうが」
悪魔とは言うが、概念存在を包括的に指しているだけなので神の類はゴロゴロ居るからな。
月子の奴だって神様だし。
《ひよっこが生意気抜かしやがる……。まァ、オレ様は寛大だから見逃してやるがな》
フンと尊大に鼻を鳴らすロキを見て月子は目を丸める。
「ええー! 普通に会話出来る悪魔も居るの!?」
予想外の反応に俺とロキはずっこける。
《……そこかよ》
「まぁ会話不能の悪魔しか知らなかったらそうなるか」
俺とロキは呆れつつ納得した。
こいつ結構ゲーマーだし、多分ロキって名前も知ってる筈なのになぁ。
「まぁそんなことより、えーとロキさん? 私は蒼鷺月子、よろしくね」
月子は持ち前のコミュ力で初対面の悪魔にも恐れを見せず、にっこりと笑顔を見せる。
《チッ……、馬鹿正直にフルネームなんか悪魔に教えてんじゃねえよ馬鹿。……オイ、クロ介。テメェの女だろうが。ちったァコーラーの常識を教えとけボケ》
ロキは不機嫌そうに舌打ちして悪態を吐く。
「予定外の事態なんだからしょうがねえだろ。そんじゃまた後でな」
《あ、テメェちょ……》
最低限の紹介が終わり、俺は説教が長引く前にロキとの通信を切った。
「良かったの?」
「文句は後で降霊している時にでも聞く。それより移動するぞ。いつまでもここで駄弁ってる暇はない」
アプリのマップ機能を開いてエネミーソナーを確認する。
近くには居ないが、やはりあちこちに悪魔の反応があった。
全部の敵を避けながら進むというのは無理だろう。
「……出口を探すってことだね」
月子がパッと真面目な表情に切り替わる。
現状認識が甘くてふざけていた訳ではないということである。並の度胸ではない。
「ああ。見た感じここは完全に壁だ。入口が塞がったのではなく、別の場所に移動したんだろう。俺達が移動したのか、出入口が移動したのかまでは分からないが」
俺はコンクリートの壁をコンコンと叩いて音の反響を確かめた。
これは数十センチ程度の厚みではない。壁を壊して無理矢理外に出ようとしても無駄だろう。
ここは〝異界〟だ。概念的に閉じた空間であり、正しい出口からでなければ出られない。
「ふーん、……頼りにしてるよ? せ・ん・ぱ・い……♪」
何が面白いのか、後輩コーラーはにまにまと笑みを浮かべる。
俺達は慎重に廃ビルダンジョンの探索を始めた……。
§――――――――§
《ふるるるるる……》
鹿の角を生やした人面の犬が徘徊している。
あれも屑霊だ。
空間に積み重なった恨み辛みだの呪いや動物霊等と人の霊魂が混ぜこぜになって出来た低級の死霊、それがデブリである。
因みに鹿や犬の霊が混ざってああなっている訳ではない。自我が人の形を保てなくなり、記憶の残滓から持ってきた適当なパーツを貼り合わせているだけだ。
「――……」
ゆらりと静かに歩み寄る。
降霊しているのはアスガルドロキ。その強みは高い神格――等ではなく、柔軟な対応力にある。
ロキが有する『イカサマ神様』という異能はスキルの効果に手を加えることができる。
その一例が疾風魔法を応用して加速しつつ足音を消す、という物だ。
《ふしゅううう……》
化物は機械的に周囲を警戒していたが、ついぞ俺には気付かなかった。
「――――(『末路を辿れ』)」
一閃。
鉈の刃が皮を裂き、肉を断ち、ずるりと反対側へと抜ける。
《しゅぅ……》
空気の抜ける音を残し、人面犬の首がぐちゃっと地面に落ちた。
「うわ、一撃って……。クロって凄い強いんだ……。それともその鉈が特別なの?」
隠れていた月子が出て来て俺の使った武器をしげしげと眺める。
刃渡り35センチ、全長60センチ、悪霊退散と刻印が打ってある分厚い刃を持つ肉屋の包丁だ。
骨ごと叩き切れるサイズではあるが、かといって首を斬り落とすのはそう容易なことでもない。
「暴走初心者よりは強いに決まってんだろ。これも多少は対悪魔用に鍛えられてはいるが、素人でも買える量産品だな」
「おぉー、プロっぽい」
「まぁ正面からだとあんな綺麗に仕留める自信はない。俺の『権能』は暗殺向きだからな」
俺の言葉を聞いて月子は目をぱちくりと瞬かせた。
「権能?」
「デビルコーラーになると身に付く特殊能力だ。いわゆる異能って言えば良いか?」
「いや、悪魔を降霊することがもう異能でしょ」
月子が呆れ顔でツッコミを入れる。中々に鋭い指摘で、俺はほう、と感心した。
確かにそれはそうだ。霊感とかも普通は精々幽霊が見える程度だしな。
「まぁ実際、デビルコーラーの時点で異能者ではある。が、降霊はジョブの基本技能であって、キャラの固有技能ではないって話だ」
「あー、成程? 固有ってことは一人一種だとか同じ能力はないみたいな?」
「そんな感じ。どんな漫画を思い浮かべてるか大体分かるが言わなくて良いからな」
現代知識により爆速で理解した月子を俺は片手で制した。
「OK。クロの能力名と内容を教えて。傾向を掴む。洋楽から付けたら良いのかとか」
それはもう何を考えるか分かる奴やろがい。
「能力の像は無いぞ?」
「そっか。じゃあまずは水を張ったコップを用意しないと」
「水見式を試そうとすんな」
名作漫画ネタを繰り出してくるアホへのツッコミに疲れ、俺は肩をすくめる。
「……はぁ。……俺の権能は『末路を辿れ』、まぁお前向けに言えばクリティカル威力が強化されるパッシブ型だ」
声を潜め、月子に囁くよう伝えた。
本当は自分の能力の説明なんてするべきではないが、しておく意味もあるにはあるからな。
「〝14へ行け〟、ね。えー、良いじゃん。そんな声を潜めるような恥ずかしい名前じゃないでしょ」
ニヤニヤと笑うレトロゲームマニアが俺の脇を肘でつついた。
「うっせ。自信満々に言う方が恥ずかしいだろ」
「で、どうやったら私もその権能を使えるようになるの?」
月子の質問に俺はニヤリと笑う。
「……もう使える。一度降霊すれば誰でも」
当然、お前もな、と続けてスマホを振って見せた。
「え? あ、もしかしてステータス的な奴で見られるってこと?」
ゲーマー美少女は素早く理解して自身の悪魔降霊アプリを開く。
さっきは俺が代わりに中身を見たが、自分で操作するのも必要なことだろう。
「使い方は分かるか?」
「何となく。というかシステムロックされている箇所多くない?」
「レベル1だからな。チュートリアル終わったら使えるようになる」
「チュートリアルの範囲は?」
「廃ビル脱出」
「うへ~、不親切~。……あ、本当にレベル1って表記されている。」
ぽんぽんと会話のボールを投げ合いつつ、月子は自分のステータス表示を発見したらしい。
「ステータスに書かれてる数値は簡単に言うと、悪魔の能力をどの程度引き出せるかという値だ。高い程、出力限界が高い。レベルが上がればその数値も上がる」
「ふむふむ。……権能の効果とかは表示されないんだね」
「無いな。使ってみて自分で把握するしかない」
「そっかー……」
俺の説明を聞き、月子はよし、と頷いてスマホをしまう。
「お」
俺は月子から少し距離を取った。
どうやら使ってみる気らしい。
「……降霊はしなくても使えそうだね。――――『禁じられた遊戯』」
月子が祈るように指を組んで名を唱えると、ぽう、と仄かに青白くその身が輝く。
「ふーむ、……単純な攻撃系の権能ではないな、強化……というより発動待機状態っぽい光だな」
俺はじっくりと観察してみるが具体的にどんな効果までは分からなかった。
権能は十人十色であり、必ずしも戦闘に関係する物とも限らない。
しかし、こいつの能力がつまらない物な筈がない、と言う謎の確信があった。
「うーん……。クロ、ダメージの無いスキルって有る? 私に向けて使ってみて欲しいんだけど」
「ん? 分かった。……『脆甲魔法』」
俺は右手だけにロキを降霊し、魔法を行使する。
この技術は部分降霊といい、降霊時の霊子消費も身体的負担も少なく、スキルの使用が可能である。むしろ全身降霊は適性が高くなければ扱い切れる物ではない為に奥の手として使うのが普通らしい。
「ふむ、成程ね。これ、防御デバフか」
魔法の対象となった月子は自分の手の辺りを眺めて呟いた。
「……! もしかして……」
「うん、返すね」
月子がそう言うと、俺の方に向けて一瞬光が走り――――砕けて弾ける。
「ありゃ」
きょとんとする月子に俺はフン、と鼻を鳴らした。
「呪詛返し、か。まぁ今みたいに抵抗判定で防がれることもあるだろうが、中々良さそうだ」
「くー、一泡吹かせられるかと思ったのに~!」
余裕の表情の俺を見て月子は悔しそうに歯噛みする。
いや正直内心ビビったけどね。
「甘い甘い。俺はレベル11だぞ? ひよっこ相手に良い様にされるかっての」
「うわ、レベル差エグ」
一旦疑問が解消した所で、月子は再びDDCを開いて情報確認を再開した。
「……ふーん、経験値も有るんだ。そりゃまぁレベルを上げるには敵を殺す必要があるってことだよね。やっぱり……」
ゲームでも良く見かけるEXPという文字を見て月子は遠い目をする。
理屈としては理解出来ても、誰もが化物との殺し合いをすんなり受け入れられる訳ではない。
「……経験値ってのは言い得て妙なもんで、『殺した』という経験が悪魔使いを成長させる。師匠……悪魔に殺され掛けた俺を助けてくれた人は『業』とか言ってたが、概念が補強されて存在として強くなるというのを数値化したのが霊格だ」
俺はこほんと咳払いを一つ挟んで豆知識を披露した。
「へぇ~……。殺され掛けた、ねぇ……」
多少なりとも気を楽に出来れば、という雑談だったが月子はジトっとした視線を向ける。
あ、ヤベ。隠してた訳じゃない(※隠してた)けど、話してなかったか。
「……はい、ええ、詳しい話はまた後で、な? そろそろ移動しよう。そうしよう」
俺は追及の気配を感じて全力で話を逸らす。
「――まぁそれはともかくとして。暗殺向き能力に目覚める位不意打ちにやたらと手慣れていたけど、うちの高校近くで謎の人物によって暴行事件がたまに起きるのと何か関係ある?」
「……」
新たなお叱り案件の浮上に、俺ははすすす、と視線を左に泳がせる。
「オイ」
笑顔を浮かべた青髪の美少女がドスの効いた低い声を発した。
やだ怖~い。そんなに怒らないでぇ~ん。
「おいおい、俺は品行方正で温厚篤実な人間なんだぜ? 暴力なんて恐ろしくてとてもとても……。不良が階段で転んでしばらく流動食しか食べれなくなったり、両手の指を全部突き指して折ったりする事故とは無関係さ」
にこにこと愛想笑いを浮かべて俺は答える。
「語るに落ちているよ、暴力自警団。君のせいでうちの高校、殺し屋が居るとかヤクザが居るって噂が立っているんだからね」
「……はっはっはっはっ」
「笑って誤魔化すなー!」
等と漫才をしつつ、俺達は廃ビルの中を慎重に進む。
そうして探索していく中でようやく見付けたのは、上の階へと続く階段だった……。
§――――――――§
*NOTE
活性霊子:万物が有する存在エネルギー。スピリタイトとも呼ばれる。正確にはオドやプラーナ、氣、プネウマと呼ばれる霊的エネルギーの現代的な呼称。現在の科学技術では扱うことが出来ない。
悪魔は概念という袋に活性霊子を詰め込んだようなものであり、その為に活性霊子を集めている。
普通の人間は活性霊子を垂れ流しにしているが、巨大な器を持っていて悪魔に餌を与え続けることが出来る者も居る。それがデビルコーラーである。




