1話:初降霊、然(しか)るに暴走
――――心霊スポット、と呼ばれる物がある。
悲惨な事故や事件があったり、自殺者が出たり、そう言った様々な理由が場所と結び付けられて、やがてそうなる。
実際、大概の場所はそれ程危険ではない。度胸試しに来る馬鹿が入れるのは所詮外側だけで、本当に危ない場所は専門家が掃除している。
……で、そんな心霊スポットの一つである廃ビルに来た訳なんだが。
「――――血反吐ブチ撒けて死ねっ! いつまでも未練がましくこの世にこびり付くなドグサレ残留思念がっ!!」
バゴンッ、と小気味良い音を立てて退魔木刀が芋虫と人体を混ぜた化物を殴り飛ばす。
《ぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙っっ!!》
汚い叫び声と共に人間芋虫は壁に衝突し、赤黒い体液を撒き散らしてバウンド。
「ははははは! 楽しい楽しい楽しい!! 全身の血が沸騰しそうだっ!」
青いショートカットに制服姿の女子高生が哄笑した。
手には屑霊の返り血が付いた木刀を持っており、大層ご機嫌な様子だ。
《ゔぁ゙……、がぁ゙ぁ゙っ!!》
人間芋虫がゴロンと転がり、人間の手首で出来た短い脚をシャカシャカと動かして走り出す。
端的に言ってとてもキショい。だが不格好な見た目にそぐわぬスピードによって軽く人一人撥ね飛ばす勢いはある。
「そっちから来てくれて手間が省けたよ。――……『渾身撃』」
青髪の女子高生が木刀をゆらりと大きく振り被り、黒いオーラが刀身を覆った。
「……!」
うわ、明らかに成り立てが使うような技じゃねえ。教えてもいないのに霊技使ってるし。
「――死、ねっ!!」
ドガンッ、と車がぶつかったような快音を立てて屑霊にカウンターが決まった。
《ゔぎっ》
人間の頭部が芋虫の胴体へとめり込み、化物は再び壁に衝突する。
今度はバウンドせずにそのまま壁にぐちゃっと潰れて張り付いた。
死亡確定、だが……。
「んー、こんな感じかな?」
木刀退魔ガールが瀕死の化物を指差す。するとバチバチっと青白い電流が腕に纏わり付いた。
「――『雷撃魔法』っ!」
呪文が唱えられた瞬間、電撃が屑霊へと走る。
《お゙げぁ゙ぁ゙ぁ゙っっっ!》
化物は汚い断末魔の悲鳴を上げて消滅した。
明らかにオーバーキルである。
残虐なまでの攻撃性の高まり、そして初めての降霊にも関わらず行使されたスキルや魔法は一つの事実を示している。
即ち、暴走だ。
「……あは♪」
青髪の少女がぐるんと後ろを振り向いた。
目を見開かせて口を三日月に歪めた表情は獣が牙を剥く様にも等しい。
「あはは♪ どう? 上手く出来たかな? ねえ? 私のこと、ちゃんと見ててくれた?」
だらりと垂れた腕に握られている木刀の先がコンクリートの床をガリガリと引っ掻いた。
「……」
ズボンのポケットに手を突っ込んだまま、俺は徐々に近付いてくる彼女を黙って見守る。
「ねえ。見てた? ねえ……? ……ねええええええ!!」
木刀を片手に暴走少女が走り出した。
ドッ、ドッ、ドッ、という重い足音。
一歩一歩が跳躍するような力強さで瞬く間に目の前まで迫った。
「……――」
俺はじっと彼女を見た。
狂気を感じさせる散大した瞳孔。戦闘の興奮で桜色に色付いた頬。
見惚れる程に美しい。
「見、てええええっ!!」
大きく跳躍した。大上段に木刀が振り被られる。
唐竹割りだ。常人なら死ぬ。間違いなく。
俺を見つめる彼女の眼が見える。
振り下ろされている腕も。
遅れて刀身が見えた。
当たる。もうすぐ。
当たる。あと一瞬。
頭上、五センチ。
当た――――らない。
「……見てた。お前だけを、見ていた」
びたり、と眼前で止まった木刀を無視し、俺は彼女にそう答えた。
「…………そっかぁ。良かったぁ」
少女がふわりと嬉しそうに笑みを浮かべる。
そしてそのままスッと意識を失い、俺の腕の中に倒れ込んだ。
§――――――――§
一旦、情報の整理をしよう。
俺の名は外島玄。
ちょっと威圧感のある外見から周囲に恐れられてはいるが、ごく普通の善良な高校二年生だ。
但し、一ヶ月程前から『悪魔降霊士』をやっている。
デビルコーラーとは何かといえば、悪魔を以て悪魔を制する――要するに化物専門の殺し屋である。
コーラーは悪魔降霊アプリ――通称DDC――を使うことでその身に超常の存在を降ろして悪魔と戦う。命の保証はない危険な仕事だがまぁ金も稼げるようだし、なってしまった物は仕方ない。
が、困ったことに幼馴染である蒼鷺月子にそれがバレてしまった。
危険な仕事に無理矢理付いて来られるよりは比較的安全な筈の任務に同行させて怖がらせるという予定だったのだが……。
「どーしてこーなるかなぁ……」
俺は制服を敷いた上に寝かせた月子を前にして溜息を吐いた。
この廃ビルは火事が原因で経営が傾き、オーナーが自殺をしたという程度の来歴でしかない。
まぁ立派な心理的瑕疵物件ではあるが、火事で直接の死者は出ていないので精々死んだのはオーナーだけだ。
取り壊されていないのも元々人口の少ないエリアだから後回しにされているだけである。
だから仮に『霊域』――神聖な場所という意味ではなく、コーラーの用語で悪魔が出る空間という意味だ――になっていても、肝試し程度で終わると俺は予想していたのだが……。
「まさか異界化しているとはね……」
俺は現状を再確認して遠くを見つめる。
いわゆる現実を『物質世界』と悪魔やコーラーは呼ぶ。『異界』は霊域とは違って物質世界の裏側に出来た異空間である。異界に普通の人間は入れないが、霊的な感覚が鋭かったりすると入ることが出来る。世に言う神隠しというのがそれだ。
閑話休題。安全な異界もあるが、基本的に素人が迷い込んだら死ぬ場所である。規模にもよるが、人間を歩くご飯だと思っている化物がうじゃうじゃ居るのだから普通は死ぬ。
新進気鋭のデビルコーラーである俺が付いていたとしても、安全は保証されない。
しかし幸運なことに、月子にもデビルコーラーとしての適性があった。
いつの間にかDDCも手に入れていたし、悪魔を降霊することも出来た。暴走はしたが。
そして……今に至る。
「ん……、んん……?」
青髪の少女が目を覚まし、むくりと上体を起こした。
「おはよう、月子。気分はどうだ?」
「んー……、ノリノリでお化けをぶっ殺す夢見た……」
ふわぁ、と月子は暢気にあくびして伸びをする。
「夢じゃないが」
俺は真顔で言った。
「は? というか何でクロが……うわっ!? 何ここ! 廃ビル!? って、あー……」
寝惚け女は周囲を見回してようやく自分がただ昼寝をしていた訳ではないと理解する。
暗く古ぼけた廃墟には背筋の冷える空気が満ちていた。
「何があったか分かるか?」
俺がそう聞くと、月子は溜息を一つ吐いてこくりと頷く。
「うん……。クロの仕事に付いてきたらガチの心霊スポットに閉じ込められて、お化けが出てきて、そしたら悪魔降霊アプリ? が勝手に起動して……、その……暴走しちゃった」
表情を曇らせて真面目な優等生はもう一度溜息を吐いた。
……落ち込んでいるみたいだが、こいつは顔が良いので憂い顔も絵になる。マスカラ要らずの厚い睫毛に切れ長の目、あどけなさと凛々しさが混在する目鼻立ち、それでいて胸はデカくて腰の細い身体付き。幼馴染でもなければ俺との接点なんてなかっただろうなぁ……。
「記憶に混濁はなし……と。どこか身体に痛みはないか? めまいや頭痛は?」
「大丈夫。でも、ごめん……! 私が付いてきたせいで……!」
俺は頭を下げる月子の額を指でツンと押し上げた。
「違う。お前のせいじゃない。同行させたのは俺だし、危険度を見誤ったのも俺だ」
「でも、暴走して、危うくクロを傷付けそうになったし……!」
月子は食い下がってくるが、それを認める訳にはいかない。
「監督責任があんだよ俺には。それに、ちゃんと止められただろ。だから気にすんな」
これ以上は言うな、と俺は目で伝える。
「……分かった、ありがとう」
月子はゆっくりと立ち上がり、床に敷いていた俺の制服の汚れを手で払う。
「礼は帰ってからで良いぜ。シャワー浴びて待ってるからな」
「~~このスケベっ!」
照れ隠しで顔面に投げ付けられた学ランを俺はしっかりキャッチして袖を通し、フンと鼻を鳴らす。
「……ま、無事に帰れたらの話だ。何せ……」
「入口がなくなっちゃったからね……」
俺達はくるりと振り返って入口のあった場所を見るが、そこにはコンクリートの壁しかなかった。
*NOTE
悪魔降霊士。超常の存在から力を借りて揮う者のこと。古くは神降ろし、悪魔憑き、狐憑き、依巫、シャーマン、シビュラ等々の名で呼ばれてきた者達の系譜に連なる存在。
恐るべきことに、今や召喚術は神秘の秘奥ではなく電子演算器の中にある。この半世紀程で降霊士の敷居は大きく下がり、その数は間違いなく歴史上最多となっている。




