14話:シレーヌ・ド・ゾンゼーヌの憂鬱
*NOTE
イシュメール・コーヒーの店員。異界コーヒーショップで呪具の売買を行っている悪魔。外島達が出会った店員は人魚系。名前はシレーヌ・ド・ゾンゼーヌ。
この世界には悪魔関係の企業が幾つかあり、イシュメール・コーヒーもその一つ。ロゴマークは下半身が白く鱗のない人魚。
その他の悪魔関係の企業としては、大手コンビニチェーン『ヘイヴン・レイヴン』や『カオッソン』、居酒屋チェーン『ギルの蔵』等々。
セッ(略)部屋を無事に抜けた俺達を待ち受けていたのは、長く続く仄暗い回廊だった。
「……って全然変わってないな。本当に向こう側へ出たのかこれ?」
俺は周囲を見回してチェックする。
まぁ異常を見付けても元来た道を戻る訳じゃないが。8番どころか1番出口すらねえよ。
「うーん? 結構違うと思うよ。あっちより雰囲気が重たいというか、じめっとしてるというか……」
俺とは違い、何かを感じ取っているらしき月子はそう言った。
「ほぉ? 月子が言うならそうなんだろうが……、確かに地図上では逆側へ出てるな」
アプリのMAPを確認すると、間違いなく先へ進んでいる。
こんな異界の中では方角なんて有って無いような物だが、先程まで居たのが南側で、今居るのは北側ということになる。
詳しくは知らんが、三次元情報ではなく観念的空間の座標を元にマッピングしてるとかで、異界の中でも迷わないでいられるらしい。
「じゃあ方針の確認をしておくと、階層主の情報を集めるのが第一目標、レベリングが第二目標、仲間を増やすのは取り敢えずリリだけで良い? クロの方も増やす?」
「今は数を集めるよりも練度を上げた方が良い。まずはサキュバスを降霊して戦うのに慣れてからだ。連携を取る為にもな」
俺はエネミーソナーを見ながら答えた。
見た所、交渉可能な悪魔もちらほら居そうな感じだ。ボスの情報を持ってる奴が居ると良いが……。
§――――――――§
《へー、ニンゲンじゃーん。めずらし~、こんなトコ居るってコトは退魔師とかコーラー?》
最初に出会った友好的な悪魔はケモ耳ギャル(?)だった。
爬虫類っぽい尻尾もあるが何の悪魔だ? 刀を持ってるし、日本系か?
「そう、私達ここの調査に来たんだけど異界だとは思ってなくてさ」
月子が会話に応じると女悪魔は耳をパタパタと動かす。
狐耳ではないな。蛇の尾があることを考えると夜刀神とか濡女、清姫、……いや違うな。
眼が猫科のそれだ。虎の目と耳、蛇の尾だとすると恐らく鵺だろう。
《あちゃー、そりゃ災難。出んの大変だよ、ココ。あたしら悪魔は良いけどアンタらだと外からの救出待っとくのが吉だね》
「やっぱり? ここのボスってそんな強いの?」
月子が探りを入れ、ギャル悪魔はスッと目を細めた。
《……アレはかなりヤるね。強くてしぶとい、まさに日の本の兵ってカンジ》
真面目な態度になるとピリピリと威圧感が伝わってくる。
言ってる本人の実力も相当な物だろう。この辺の平均よりも大分上の筈だ。……そしてということは、ここのボスはそんな悪魔が警戒するレベルの強さという訳である。
「……ひょっとしてお姉さんも日本の悪魔?」
《そーだよ、あたしは鵺。こんなナリだけど妖怪やってます、ヨッロシクぅ~》
ギャルピースをして軽いノリで正体を明かすケモ耳ギャル悪魔。
「わお、めっちゃギャル。ネイルもデコってるし。って言うかそれ可愛いね、自分で?」
《さっすがリアルJK! 良く見てんね~。そー、そー、材料も自分で揃えてさー……》
女子二人はきゃいきゃいと談笑する。
格上の相手だろうと気負わずにコミュニケーション取れるのは本当強いな……。
巻き込んでしまった後悔はあるが、正直月子に助けられている部分もかなりある。というか、もしも一人だったらセッ(略)部屋で詰んでいた可能性もあるしなぁ。
そう考えると、連れて来たのは正解だったという気がしている。運が良かったのか悪かったのか……。
《実はちょっとワケありでさー、ツッキーの仲魔にはなれないんだよね~。マジごめん!》
短い時間でスカウト交渉まで辿り着いたようだが、残念ながらそれは断られてしまった。
「良いって良いって、気にしないで」
《代わりといっちゃなんだけど、情報を二つあげる。まず、〝この異界は黄泉に通じる〟、不死殺しの武器なりスキルがないんなら頭使わないと突破はムリ》
「……!」
調査判定は成功、といった所か。
確か月子の仲魔のクーシーも「冥界の臭いがする」と言ってた(犬語で)筈だ。認識が一致している。
そしてボスの特性は不死、と。思い返してみればトロールも猿夢も不死かそれに近い能力を持っていたな……。そう言うボスであり、異界ということだろう。
《もう一つはあたしのトモダチがやってるお店の紹介》
「お店?」
月子が聞き返すと鵺はウィンクをして胸元から紙切れを取り出す。
《そ♪ 強敵と戦うなら必要っしょ、アイテム補充♪》
渡されたクーポン券には世界一有名な喫茶店のロゴマークが描かれていた。
§――――――――§
『イシュメール・コーヒー』、白鯨をロゴに使っているこの喫茶店チェーンはコーヒーのオーダーが呪文めいている、……という位しか陰キャの俺は知らない。
確かに何処にでも出店している――鳥取や島根にすら――イメージではあったが……。
「何で異界の中にも有るんだよ……?」
俺はカフェラテを片手に、困惑を言葉にした。
「この世には不思議が満ち溢れているねー」
月子はキャラメルマキアートを飲みながら適当な相槌を打つ。
因みに店員のおすすめを聞いたら呪文の詠唱みたいなのを言われ、俺は怯えて全部月子に任せた。
《客が居るなら何処にでも売りに行くのが商人なんでしょ? ……といってもここはアンタ達以外に客居ないけど》
店員の女悪魔はカウンターに肘を突いて溜息を吐く。
明らかに人魚っぽい悪魔だ。西洋風ではあるが。冥界、ではなく不死繋がりか? といっても人魚の肉を食べて不死になるのは東洋的な伝承だから違うかもしれん。
「会員証か会員からの紹介じゃないと入れないんじゃ、そりゃ客は少ないだろ」
俺は鵺から貰ったクーポン券をひらひらとはためかせた。
どうやらこの喫茶店は異界――廃ビルとは別の異界――になっているとのことで、資格のない者には入り口が見えないそうだ。
《言葉の通じないバカを相手する程ヒマじゃないもの。……で、アンタ達はこの店初めてよね。ああ、一応言っとくけど外の店はノーカンだから》
金髪ツインテダウナー人魚は気だるそうにメニュー表を取り出した。
外の店というのは人間界のシュメコ(※イシュメール・コーヒーの略称)のことだろう。まさかここが普通に喫茶店な筈もない。
「「初めて(だ/です)」」
《そ。……ここではアイテムの販売と買取をやってるわ。買い取るのは悪魔絡みの物だけ、具体的にはこのメニュー表を読んで》
はい、と渡されたお品書きには雑多な商品の名がズラリと並んでいた。
シンプルに傷薬とだけ書かれている物もあれば、立川真言流金髑髏神殿(略式)とか天使ラジエルの書・レプリカとか誰が買うんだそれという物もある。
「おおー、見ろよ。妖刀村正とかあるぞ。値段の所にゼロが沢山付いてんな」
「村正って店売りしてるんだ……。君主の鎧もあるかな?」
《……買取の金額は販売額の半分。支払はDDで、ツケはお断り。何か質問は?》
店員の人魚はここをどこぞのボッタクリ商店と勘違いしてる月子のボケをスルーして説明を続けた。
「実物を見せて貰うのは可能か?」
《本当に買うか悩んでるならね。見たいだけなら溺れ死なすわ》
底冷えする眼差しで金髪人魚は淡々と答える。
こえー。間違いなくケンカ売ったら死ぬわ。
「ここに書いてある傷薬ってこれのこと?」
月子はアプリからポーションを取り出して確認する。
トロール戦で使ったり、サキュバスの拷問……もといスカウトに使った奴だ。
《そうよ。希望するなら膏薬タイプとか注射タイプとかもあるけど、基本的にはポーションタイプを販売してるわ》
「ふーん……。ちょっとした疑問なんだけど、骨が見えるような傷もあっという間に治すような薬なんだし転売しようとする人も居るんじゃない?」
《……居ないわ》
金髪ツインテ人魚は冷たい表情で言い切った。
「え、何で?」
《アンタ、素人? なって一年かそこらのコーラーだとしても、悪魔に関わる資質のないニンゲンには気休め程度の効果しかないこと位知ってるでしょ?》
「……あの、すんません。コイツ、デビルコーラーになって数時間なもんで……」
俺のフォローに女悪魔は訝しげな眼差しを向けてくる。
《……はぁ? つまんない冗談はやめ……まさか、本気なの?》
俺達の表情を見て、ダウナー人魚は驚きを浮かべた。
「マジです」「すみません。お恥ずかしいことに素人その物でして……」
コーラー歴一ヶ月の俺と一日目の月子はペコリと頭を下げる。
実戦の経験ばっかりで座学が全く追い付いていない状況である。しゃーないだろ。
《……呆れた。良く生きてここまで辿り着けたわね。相当ラッキー……でもないか。こんな異界に迷い込んだ時点でツイてないもの。……ああ、だからなりたてでレベル4にもなる訳ね》
金髪ツインテ人魚は肩を竦めて溜息を吐いた。
「耳が痛いな……」
似た様なことを言われた覚えのある俺は頭を掻く。
俺が不運なのは仕方ないとして、月子はそれに巻き込まれただけだ。
「まぁ無理矢理付いて来た私にも責任があるから……。ってそんな話は置いとくとして、普通の人には傷薬使っても効かないの、クロは知ってた?」
「らしいぞ。霊的な体を癒すことで肉体も回復させるって仕組みだから、霊能に目覚めてないと癒しの力を受け止める器がなくて効かないって聞いた」
月子の質問に俺は答えた。
実を言うと、似た様なことを俺も考えて普通の人にも使えるのか師匠に聞いたからだ。
「成程……、そもそもポーション飲むと何で怪我が治るのか気にしてなかったけどそうなってるんだ」
レトロなゲーム好きである月子は納得した様子でへー、と頷く。
《……で、何か買うの? 新米コーラーさん達》
ジト目の人魚店員は話を切り上げて注文を催促した。
§――――――――§




