13話:赦しを求むのならばその右頬を
「――――痛い? 止めて? 羽根を片方千切っただけでそう喚かないでよ。まるで私が悪いことをしているみたいじゃないか」
「謝罪するってことは悪いことをした自覚があるんだね。そう、悪いのは君の方だ。分かってくれて嬉しいよ」
「だからといって許す訳じゃないけどね」
「へぇ、キス? それが浮気ではないと誰が決めたのかな? 私ではないのは確かだけど」
「ふうん、存在が希薄化するから。で? 今もまだまだ元気そうな声なのに医療行為なんておかしいね」
「精気を吸う為といっても、別にそれはクロが対象じゃなくても良いよね。もし男相手じゃないとダメなら、私に降霊してクロから吸うべきじゃないかな。君は私がクロのパートナーであると認識していたんだよね」
「あと存在の希薄化を防ぐ為に概念を補強するなら、もっと手っ取り早い方法があるんじゃないかな。ねぇ、『リリ』?」
「名前を付けてあげれば個を確立出来る、そうだよね」
「じゃあ改めて確認するよ。リリ、君は〝まだ死にたくない〟?」
「はい、契約成立だね」
「それじゃ、クロ」
「……良いよ良いよ、謝らなくて。仕方、なかったんだよね」
「男の人が浮気するのは金玉が二つ有るからなんだよね」
「ごめんね、出来るだけ痛くないようにするから少し我慢して?」
「……私が怒っていると思うのなら、他にすべきことがあるんじゃないかな?」
「そうじゃないよ。ほら立って、腕を広げて、そうそう。それで私を抱き締めて」
「……他の雌の臭いはしないね。……ううん、気にしないで。独り言だから。それよりもっと強く抱き締めて、苦しくなる位」
「……許さない。許して欲しかったら――」
「――浮気なんてしない、私が一番大事、って言ってキスして」
「本当? 本当に私一人を愛してくれる?」
「死んでも私を愛してくれる?」
「……勿論♡ 私が死んでも、クロが死んでも、ずっと、ずっと好きだよ……♡」
§――――――――§
「まじで、しぬかと、おもった」
はぁーー……、と俺は深く溜息を吐いた。
辛うじてチェーンソーで真っ二つにされることを回避し、片玉になることもなかったので一安心だ。
まぁタコ殴りにされる等の代償はあったが些細なことである。
《選択肢ミスったらデッドエンドになるタイミング絶対ェ複数あったろアレ……》
降霊状態でお仕置きを食らったロキは顔面ボコボコのまま呟く。
ひでぇ有様だな。三分前までは俺も同じ状態だった訳だが。
「お前さぁ……」
《いや別にオレ悪くなくねェ? 建設的な意見を述べただけだぜ?》
「他にもっと良い案があることを隠してお前にとって面白い方へ誘導したせいだろ」
《ウーム……、ごもっとも》
「ごもっとも、じゃねーんだわクソが」
反省の色が見えない悪魔に俺は半眼を向けた。
まぁクサレ悪神の悪事を非難しても詮無きことか……。
《キス未遂であそこまでキレるとか予想出来ねェだろ。ヘラだってもう少し寛容だぞ》
「比較対象のスケールがデカ過ぎるわ。あっちはキレたら怪物にされるか、草木にされるか、死んで星になるじゃねえか」
《マジで浮気したら洒落にならねェからオメェ絶対すんなよ。するならオレを巻き込むんじゃねェぞ》
「言われんでもせんわボケ」
アホ悪魔と駄弁っていると、コンコココンコンとリズム良くドアがノックされる。
「入ってまーす」
俺は符丁通りの返事を返した。
ガチャリとドアが開き、血塗れのガスマスクを着けた怪人が入ってくる。
手にはチェーンソー。ホラー映画から出てきたのかな??
「ふー……、お待たせ。これ結構暑いねー」
ずるりと剥がれたマスクの下から出てきたのは見慣れた月子の顔だ。
仲間にしたサキュバスのリリとちょっと〝お話〟をしてくるといって席を外していたのである。
内容については聞かない。女性同士だしな! こう、仲良くなる為には色々あるんだろ! 多分!
「お疲れー。首尾は?」
「バッチシOK。回復薬も節約したから2本で済んだよ」
にっこりとピースサインでスマイルを浮かべる我が幼馴染。
多分、全然平和的ではないことをしたことと存じますが……。
「まぁ、月子の気が晴れたなら安い物だな……」
契約したサキュバスを具現化させるのに使ったスピリタイトもそれなりではあるが、現時点では戦闘用に使役出来ないと考えると痛い出費ではない。
むしろきちんと言うことを聞かせられるようになるなら十分過ぎる程のリターンと考えておこう。
「おっと、ちゃんと〝素直〟にさせたからね? ほらリリ、挨拶してみて?」
月子がスマホに命令すると、画面に映っていた青肌の女悪魔がビクッと震える。
《は、初メマシテ……。ワタシハリリ、月子サマノ、忠実ナ僕デス。コンゴトモ、ヨロシク……》
怯えながらサキュバスは土下座で頭を下げた。
「メスガキ壊れてる……」
「やだなぁ、矯正したんだよ」
月子がにこりと笑う。
「しれっとブラックなことを言うな。……まぁ悪魔は頑丈だから大丈夫だろ。……多分」
俺はボリボリと頭を掻いて一旦メスガキのことは忘れることにした。
《……(似た物カップルっつゥか、デビルコーラーが天職だなコイツら……)》
ロキもさっきの今でしゃしゃり出て月子の機嫌を損ねるつもりはないらしく、腕を組んで黙っていた。
「さて、優先度の高い目標の一つはクリアしたが、肝心要のボス悪魔の情報はまるで足りてない」
「死に戻りが出来るゲームじゃないんだからノープランでボス戦は賢くないよね」
「その通り。で、探索フェイズへ入る前に使える手掛かりはあるか?」
俺は冗談めかしてTRPGっぽく確認しておく。
「良い質問ですねぇ。それじゃ私は手掛かり、『リリが話した情報』を使うよ」
レトロゲーム好きで非電源ゲームも嗜む幼馴染はにやりと笑って指を弾いた。
あるんかい。
「どうやらこの階は南北に分かれていて、両方に通じている部屋が隠されているらしい。要するに仕掛けを解かないと行けない隠し部屋だね」
話しながら月子がDDCのマップ機能を開く。
「ふむ、だからここのボスが誰かとか何処に居るかとかを知る奴が全然居なかったのか」
4階南側の探索率は現在50%程だ。異界化している為にマンションやレストランにゲームセンターやらが入り混じった広い空間になっており、隠し部屋が有ったとしてもそう簡単には気付けまい。
「で、そ、その仕掛けの内容なんだけどさ……」
そこで月子はほのかに頬を赤らめた。
§――――――――§
俺は部屋の四隅に呪符を張り、結界が機能していることを確認する。
隠形よし、防音よし、ベッドよし。
「……一応、もう一度確認するぞ。この部屋は――」
「――〝セックスしないと出られない部屋〟だね」
月子は照れ臭そうに頬を掻いた。
四畳半の狭い部屋に堂々と鎮座するダブルベッドへと俺達は腰掛ける。
じっとりとした気配。古びた照明に、黄ばんだ壁紙。ベッドだけは清潔だが、その白さがかえって淫靡な雰囲気を助長していた。
「正確には〝セックスしないと通れない部屋〟って所か……」
俺はふざけた謎解きのルールに溜息を吐く。
ここは何も知らなければただの仮眠室って所だが、ドアを閉めた状態で性行為を行うことによって、入ってきたドアの繋がる先が切り替わる仕組みらしい。そりゃ淫魔でもなければ見抜けないな。
「条件付けとしては面白いよね。悪魔同士でするのは考え難いし、男女が揃わないと駄目だし」
「駄目かどうかは分からんぞ。同性でも大丈夫かもしれん」
「あー確かに。まぁ私達はそれを試す必要はないけどね……」
月子がしゅるりと衣擦れの音を立てて制服を脱いだ。
タイ、ブレザー、スカート、ブラウスと順番に俺の制服の上へ置かれていく。
「……」
下着姿の月子を前にして、俺は芸術品を鑑賞するような穏やかな気持ちだった。
白い肌、すらりと伸びた手足、ブラジャーに包まれた重量感のある双丘、そこから腰の括れを通って張りのあるむっちりとした臀部――――すまん、やっぱエロい目で見てます。見ないのは無理。
「こら、じろじろ見ない。今日は可愛いの着けてないんだから」
俺の恋人はずい、と顔を寄せて注意してくる。
やや汗の匂いも混じった甘い香りがふわりと俺の鼻腔に届いた。
「ええー……、仕方ねえなあ」
俺は胡坐をかいて座り直し、向かい合う形で膝の上に月子を乗せる。
「んっ♡ ふー……♡ はー……♡ ――あっ! も、もしかして私汗臭い!?」
俺に抱き着いて恍惚としていた月子だったが、文字通り一呼吸置いてから思い至ったらしい。
そりゃまぁ歩き回って動き回ってるんだからお互い汗まみれだ。
「滅茶苦茶良い匂いだから大丈夫」
「全然大丈夫じゃないよ~。うー……、デオドラントシートで拭いてきて良い?」
「駄目」
「……変態」
ジト目で睨まれた。
ふむ、興奮するな。
「ところでふと思ったけど……、心霊スポットでヤるなんてホラー映画なら100%死ぬシチュだよね」
月子は微妙そうな表情で呟く。
「確かになぁ……。ああ言うことするバカなんて本当に居るのかよ、と思っていたがまさか自分がそうなるとは……」
「まぁ私達の場合は必要があってのことだし、襲われないように対策もしているから……」
月子が言う通り、対策はしてある。
結界によってこの空間は周囲から見えなくなっており、仮にここの壁がガラス製だったとしても外からは俺達を視認することは出来ず、音や臭いも遮断されている。
「とは言っても、それで気を抜くのは死亡フラグだろうがな」
「ふふ、かもね。……ねぇ、クロ。良い機会だから聞きたいんだけどさ……」
そう言って月子は俺の耳元に顔を寄せた。
身体がより密着し、柔らかな感触が俺の胸板に押し当てられる。
「何だ?」
頬が緩まぬよう努力するがこりゃ無理だ。
いやー、ハグをするだけでオキシトシンが分泌されて心身がリラックスするというからな。これは確かに癒され……。
「――――手を抜いているよね?」
軽やかな声が俺の耳朶を叩いた。
「…………」
タラリ、と首筋に汗が流れる。
「霊格が上がってきて気付いたけど、あのトロール位なら正面からいなして倒せるでしょ? それに、戦力の出し方が段階的なのもそう。隠している。拳銃なんて持っていることも知らなかったし、まだ出してない悪魔も居るよね?」
ずばずばと畳み掛けるような指摘。仰る通りだ。そしてちょっと不味い。
隠し事をしてたのは事実なので、さっきのことでピリピリしている月子に説明するのは少々難しいか。
「えーっとだな、それは事情があって……」
「――〝視られている〟の?」
「……ッ!」
俺は思わず息を呑んだ。
余りに、余りに鋭い読みだ。
隠し事をされて怒っているなんてとんでもない。『良い機会だから』というのは結界を張ったことを指していたのか……!
「……可能性は、ある。俺の考え過ぎだとは、思うが」
俺はゆっくりと答える。
懸念しているのは〝監視〟だ。ここのボスが俺達の戦い方を見ている可能性を考えて、俺は手札を出来る限り隠してきた。
洞察力の高さに感心すると共にゾッとする。これ本当に浮気とかしたら絶対バレるわ。しないけども。
「クロってさ、見た目の割に慎重派だよね」
「え、何……? ビビリってディスられてる?」
内心で恋人にドン引きしてたら呆れ顔を向けられた。
「違うよ、頼りになるってこと。慎重派ってのも少し違うかな? 行けると判断したらノータイムだし。多分さ、私が分からない所で何重にも保険を張っているでしょ」
月子が俺の頬肉を掴んでぐにぐにと引っ張る。止めれ。
「んー、まぁ……」
そんな何重って訳ではないが、転ばぬ先の杖として幾つかの手は用意してある。
ユニコーンの奥の手も本当は猿夢戦で切るつもりはなかった。まぁ相手が強かったから仕方ないが。
「だからクロを信頼している」
月子は真っ直ぐに俺の目を見てそう言った。
それが隠し事をしていたことを責められているようで俺は目を伏せる。
「……悪い。俺もお前をもっと信頼して話すべきだった」
「良いって、初心者にそんな期待されても重いだけだし」
でも、と月子は続ける。
「私も横に立てるよう努力するから、置いて行かないで、ね」
ちゅ、と軽く唇が触れ合った。
「……俺の方こそ、軽々と追い抜かれそうだから努力しないとな」
相方の戦闘センスや鋭さを思い浮かべて俺は苦笑する。
「ふふっ。……でも今は、それより大事なことがあると思わない?」
柔らかな微笑を湛えた月子が俺にしな垂れ掛かった。
そしてプツ、プツ、と俺のワイシャツのボタンが上から外される。
「……俺も同じ意見だ」
そう答え、俺は月子と唇を重ねた。
*NOTE
セックスしないと通れない部屋。ネットミームの一つである『セックスしないと出られない部屋』の亜種、……と思いきやその実態は黄泉比良坂の千引石が原型。
千引石を挟んでイザナミは「人間を一日に千人殺す」といい、イザナギは「一日に千五百の産屋を建てる」といった。
この出来事に由来して、生殖行為こそがこの扉(部屋)を開く、というある種の謎掛け。




