12話:みんな違ってみんなヒト
《……えーっと、つまりこの世界にはサキュバスもヴァンパイアもエルフもドワーフも獣人も居るってことよね?》
「そうだな」
俺は女悪魔の確認に首肯を返した。
《悪魔じゃなくてニンゲンとしてよね?》
「そうだね」
今度は月子が頷く。
爺さん婆さんより上の世代だと亜人という呼び方をしていたが、現在では差別的であるとして余り使われていない。
因みにヴァンパイアが『第一種ヒト由来分泌物摂食体質』で、要するに血を飲む必要がある体質ということだ。サキュバスの場合は血ではなく精液ということになる。
そう言えば月子も獣人が先祖に居たのかもしれない。クーシーと相性が良いとか言葉が何となく分かったりするし。獣人だとかが元になった妖精や妖怪も多そうだしなぁ。
エルフは『E型メトセラ遺伝子保有者』で、ドワーフの方は『D型メトセラ遺伝子保有者』だったか? まぁ普通の人間と子供作れるんだから人間の一種だろ、という話である。
《はー……、意味わかんない……》
そんな誰でも知ってるようなことにショックを受けている悪魔が目の前に居る。
ということは……。
「察するに、お前は別の世界から来た悪魔で、その世界ではサキュバスとかは人間ではないってことか」
《そーいうこと。この世界来たら滅茶苦茶弱体化したから何でかと思ったら、まさかこんなことがあるなんて信じらんなーい……。もう帰るだけの力も残ってないし……》
三角座りになって落ち込む女悪魔。今にもドナドナを歌い出しそうである。
って言うか話の流れ的にこいつサキュバスか。言われてみれば確かに……、という感じはある。
サキュバスは世界各地に居るから、肌を青く塗るファッションとかメイクとかが伝統としてある地域も実在しそうだしな。
「別の世界なんてあるんだねぇ……」
ひそひそと月子が囁いてきた。
「俺も初めて聞いた。正直本当か? と思うけど有り得ないと断じる材料も特にねえからなぁ」
悪魔と戦ったり会話するようになった今、別世界が有ると言われてもあながち嘘だとも思えない。
これで狂言だったらそれはそれで面白いが、取り敢えず真実として対応して良いだろう。その方が面白いし。
《……ってかそうだ聞いて聞いて! アタシの話が本当かどうかはこの際どうでもいいんだけど、マジのマジでピンチなの!》
落ち込んでいたサキュバス(?)が何かを思い出したらしく、がばっと立ち上がった。
「というと?」
《この世界は『人間のサキュバス』という概念が定着してるから、『悪魔のサキュバス』という概念はどんどん希薄化しちゃうの。アタシこのままだとマジで消えちゃう~!》
「で、助けてくれ、という訳か……」
成程? と俺と月子は顔を見合わせる。
(う~む、契約を持ち掛ける為なら、荒唐無稽な前置きにも意味が出てくるな)
(嘘で誤魔化しているってこと? でも自分から契約しようって言っているんだから利害は一致しているでしょ)
(確かに。前提が真実かどうかは重要じゃない、相手の企みに乗って得られるメリットとデメリットの方を考えるべきだな)
視線で会話をして俺はふむと頷いた。
敵意は薄いし、仲間になろうとしてることはかなり高い確率で本気だろう。だとすれば腹に含む物があるとしても受け入れるメリットの方が大きいか?
《アンタら召喚士……じゃない、降霊士でしょ? 力は貸したげるし、悪い話じゃないと思うよん?》
「……OK。それじゃ呼び名はサキュバス、で良いか?」
《いいよー♪》
サキュバスが軽く応じる。
本人が呼称を認めたので、契約時に名前が違っているから成立しないという事態もこれでなくなった。
「じゃあ契約を結んで貰おう。といっても勿論契約するのは俺じゃなく――」
《――いやいや、契約するのはアンタでしょ》
俺の言葉へ被せて女悪魔が否定を挟む。
にこにこと敵意のない笑みを浮かべ、するりと月子へ近寄った。
「……何?」
厭な予感がする。敵意や殺意とは違う。だからこそ何をするか分からない気配。
不味い。近過ぎる。
《だってさー、この子は……『睡眠魔法』》
「――ぇっ……」
月子がフッと意識を失い、身体からくたりと力が抜けた。
それをサキュバスが抱き留め、にぃと口角を上げる。
「ッ手前ェ!」
人質。いや、それとも乗っ取りが目的か? クソ、油断した。ある程度は強いと思っていたが、魔法の発動が予想以上にスムーズだ。コイツ、純粋な術士型……!
《まー、まー、そう殺気立たないでよ~。この子、アンタのオンナでしょー? 浮気する所は見せたくないんじゃな~い?》
「あ゙ぁ?」
俺は低く喉を唸らせる。
にやにやと笑って見せるサキュバスの手がするりと月子の頬を撫でた。
怒りで頭が煮え立つ。幾通りも殺害方法が思い浮かぶ。
月子への危険と成功の確実性を考えてどれが最適なのかが自動的に計算された。
殺す。5秒、いや3秒で十分だ。殺す。魔法行使の妨害、降霊、首を掻き切る。殺す。
――――だが、実行へ移す前に相手の言葉の意味を時間差で認識してギリギリの所で止まる。
……浮気? 何言ってんだこいつ。
俺が意味を理解出来なくて訝しげに顔を見ると、青肌メスガキがニヤリと笑った。
《あたしが仲間になる条件は精気の提供。サキュバスなんだから当然でしょー?》
ベロを出して挑発的な表情を浮かべる馬鹿悪魔。
誘惑して来ているつもりなのかもしれないが、俺の方としてはその顔にパンチを食らわせるのを我慢している位だ。
「ほー、悪いがお断りだ。ツレが居るのに他の女に手ぇ出す程頭ユルくないんでね」
こいつの目的は月子を利用することではなく、俺とヤることだと? 頭サキュバスか?
……いやマジのサキュバスだったわ。悪魔でもそうなのかよ。
《何それ、マジでウケる。自分の意気地がないのを言い換えてるだけでしょ》
「はぁ……。浮気すんのは勇気があるからじゃなくて自制心が足りないだけだろ」
……俺の中で殺意が段々と薄れていく。
多分こいつが今まで言ってきたのは全部本当だろう。そんな気がする。
そして本音だからこそ、こいつは俺の中で〝敵として殺す程ではない〟程度の相手になってしまった。
ビビッて損した。しょうもねぇ……。
《自制心~? はっ、つっまんない言葉。自分の欲望を否定して諦めるなんて下らない。ニンゲンならもっと自由に生きなさいよ》
《オレもコイツの意見に賛成だなァ。テメェは自分の欲望にもっと素直になれ。テメェには悪の才能が有るんだからよ》
勝手にアプリが起動して見知った顔が会話に割り込んで来た。しかも向こう側に付いてる。
「何故か背後から援護射撃を受けてるが、俺マジでハーレムとか面倒だと思ってるし、色んな女の子にモテるより一人から愛されたいんだよな……」
俺は冷めた目でマジレスを返す。
欲望に素直になれとか言われても困る。浮気は別に俺の欲望じゃない。
《いやいや、情愛とかじゃなくてカラダだけの関係だから。セフレって奴? ヤりたい盛りなんだし、彼女以外にもそう言うの欲しいでしょ~?》
「要らないが」
《知らないからそう思うだけじゃない? アタシは現状に満足せず比較すべきだと思うな~》
「俺は思わない」
《う~ん……塩過ぎ!!》
早口で言葉を重ねてきたサキュバスがうがーっ! と髪を掻き毟った。
って言うか俺の好みは月子なんだよ。ちんちくりんに言い寄られても別に心揺られねえって。
《オイオイ、今は少しでも力が欲しいんだろォ? それに嬢ちゃんも求めていた魔法向きの戦力だぜ? ちょっとは譲歩しても良いんじゃねェか?》
ロキが余計な口出しをしてくる。
一見すると正論を言っているようだが、それは俺側が譲歩しなくてはならない理由にはならない。
「譲歩するのはあっちだろ。自分が消えるかどうかって瀬戸際で、セックスするかどうかを交渉なんてしてる余裕あんのか?」
俺はサキュバスの味方をするロキに反論する。
もしかすると消滅するって部分はブラフや誇張かもしれないな。だとしても本人がそう主張している以上、それを利用させて貰うが。
《くっ……、自衛隊か警察かヤクザくらいしか就職先なさそうな見た目の割に、真っ当なことしか言わないわねこの男……!》
苛立たしげに爪を噛みながら睨み付けてくる青肌悪魔娘。
余計なお世話だ。殺すぞ。
《やれやれ、全く頑固な奴だぜ。お試しで一回位はしておいた方が経験になるとは思わねェか?》
「思わん」
それ麻薬の誘いと一緒じゃねえか。
《じゃあさ、じゃあさ、口でするのはどう? パンツ下ろして目ぇつぶっててくれれば良いからさ!》
「何も良くねぇよ」
サキュバスの必死の説得を俺はバッサリと切り捨てた。
形振り構わなくなってきてウケるな。
《このままじゃアタシ消えちゃうよ~!》
《テメェ慈悲って物がねェのか?》
「そこになければないですね」
悪魔に非難されているが1ミリも俺の心は動かない。
お前ら、自分に無い物を人に要求してくんなよ。
《は~……、抹香臭い坊主って訳でもないのにここまで頑ななニンゲンも珍しいわね……》
疲れた顔でサキュバスはがっくりと肩を落とす。
《あー……、一応言っておくがオレは告げ口なんてしねェぜ? マジで。誓っても良い》
ロキがどこからか十字架を取り出して真面目腐った顔をした。
悪戯神が他所の祭具持ち出して何アホ抜かしてんだ。っつーかそう言う話じゃねえし。
「そこは問題にしてねぇよ。俺がそれを許せるかどうかだ」
《……はいはい、降参。精液は諦めるわ。でも、せめて精気を吸わせてよ》
サキュバスは肩を竦めて溜息を吐く。
諦めてくれて良かった。これでもし悪足掻きで魅了掛けてこようとしたら殺すしかなかった。
「精気ってのは精液とは別なのか? どうやって吸う?」
譲歩したと見せ掛けて何も変わらない可能性を俺は疑う。悪魔との交渉だからな。
《精液にも含まれるエネルギーよ。量や効率は落ちるけど、キスでも吸えるの。それ位は良いでしょ?》
「む……」
軽く言われた言葉に俺は眉をひそめる。
正直キスも拒否しようかと思ったが……。
《ま、さ、か、童貞でもあるまいし、たかがチュー一つでガタガタ言ったりしないよねー?》
サキュバスは空中で椅子に座っているかのように脚を組み、こちらを小馬鹿にした笑みを浮かべた。
「ぬぅ……ッ」
こちとら免許取り立て《卒業したて》のニュービーである。
童貞でないと主張するのはむしろ逆に相手の誘いに乗ることとなるだろう。
《――まぁ聞けよ、相棒。お前好みの理由を付けるなら、コイツは単に契約するだけじゃダメだ》
俺の揺らぎを見抜いたロキがそう言う。
甘言であるのは明らかだが、無視も出来ない。俺は仕方なく話を聞くことにした。
「……ダメってのはどう言う意味だ?」
《存在が薄まるのを止めらんねェ。スピリタイトで補ってもその内消滅しちまうだろう。精気の供給は必須だ》
必須と来たか。デビルコーラー一年生には知識が足りなくて本当なのか判別出来んのが辛いな……。
「お前らの言う精気ってのはスピリタイトと別物なのか?」
《近いが違う。精気は〝生命エネルギー〟で、スピリタイトはより純粋な〝存在エネルギー〟だ》
「ふむ」
《この世界のサキュバスもそうだが、淫魔連中は精気を糧にしている。だから精気を吸い取るという行為が概念を補強し、存在の希薄化を抑制するって訳だ》
説明乙。まぁそれっぽい理屈だが、どこまで本当か分かったもんじゃねえな。或いは全部本当だが説明してない部分があるか……。というか今〝この世界のサキュバスも〟って言った? マジ?
「……要するに、そいつの弱体化を防ぐには精気を供給する行為が不可欠、ってことか」
疑問をぐっと呑み込み、話の内容を纏める。
《クックック、正解だぜ。花丸をくれてやろうか?》
「チッ、リスクとしては看過出来ないか……」
ロキの冗談を無視し、俺は頭の中で算盤を弾いた。
最善手を求めるのなら戦力のダウンは避けたい。それに、どの程度落ちるのかもタイミングも読めないんじゃ、戦力としてはまともに運用出来ん。
恐らく……というかほぼ確実に俺へ話していない情報もあると思われるが、それを探る時間は余りない。諸々考慮すると、今ここで判断する必要がある。
《クスクス……。やっとその気になったぁ?》
メスガキ悪魔が調子に乗った態度でふわふわと宙を漂う。
余裕ぶっこいてるが、時間を掛けるとヤバいのはお前の方だぞ、と言いたい。
「さっさとしろ、死にたくなけりゃな」
俺は善意十割でそう忠告した。
《んふふ……♡ そう邪険にしないでよぉ、こう言うのはムードを大切にし、て……》
サキュバスがセリフの途中でメデューサにでも睨まれたように硬直し、青い顔を更に青褪めさせる。
同時に、ぞるり、とエグいレベルの殺意が俺の後方から発せられた。
あー、お終いです。お終い。さよなら今世、また来て来世。
「――――あれあれあれあれ、この辺り臭わない? 臭うよね? 泥棒猫の臭いだ。……もしかして、浮気、しようとしてた?」
ドス黒く冷え切った月子の声が鼓膜を叩く。
ギュィィィィイン、とチェーンソーが唸り声を上げた。




