EP 9
「ルルナのガチャ破産と、謎の殺虫スプレー」
ルナミス帝国軍の兵士たちに、極上豚汁を「一杯につき銀貨二枚」で売りつけてから数日。
「あああっ! またハズレですぅぅぅっ!!」
穏やかなポポロ村の朝の空気を切り裂くように、ルルナの血を吐くような絶叫がスーパー折原の店内に響き渡った。
プレオープンを迎えた店内は、平和そのものだった。
豚汁の味と「店長のヤバい回避術」にすっかり屈服したルナミス軍の兵士たちは、今や完全にうちの常連客と化していた。彼らは非番のたびに、森で狩った魔獣の肉や珍しい山菜を『現物支給』として持ち込み、俺がそれに『半額シール』を貼って調理時間をすっ飛ばし、極上の賄い飯に変えて提供するというエコシステムが完成しつつある。
専属用心棒となったイグニスも、入り口で腕を組みながら「当店は暴力行為禁止だぜ!」と睨みを効かせる立派なバウンサー(警備員)に成長していた。
そんな順風満帆な店舗運営の裏で、ただ一人、深刻な問題に直面している従業員がいた。
「……ルルナ。お前、またポイント全部溶かしたのか」
俺が呆れ声で声をかけると、床に四つん這いになり、いわゆる『Orz』の体勢で崩れ落ちているプラチナブロンドの聖女が、ビクッと肩を揺らした。
彼女の足元には、地球の百均で売っていそうな『プラスチックの孫の手』や『片方だけの軍手』といった、どうしようもないハズレアイテムが散乱している。
「は、ハルヤ様……違うんです……。聞いてください……」
ルルナが、泥だらけの顔を上げて涙目で訴えかけてきた。ここ数日、彼女は村中のドブ掃除や、迷子の子猫探しを文字通り不眠不休でこなし、凄まじい勢いで『善行ポイント』を稼いでいた。すべてはガチャのためである。
「私、知ってしまったんです。累計の消費ポイントが一定を超えたことで、私のガチャ……いえ、ランダムボックスが進化しまして。なんと『カテゴリー検索機能』が解放されたんです!」
「カテゴリー検索? 排出されるアイテムのジャンルを絞り込めるってことか?」
「はい! 『武器』とか『防具』とか指定できるんです! ……でも、その検索機能を使うには、1回につき『1000p』という莫大な善行ポイントが必要で……」
ルルナは再び地面に顔を伏せた。
「今の私の残高は『500p』……。検索機能を使うには、あと一ヶ月はドブ掃除とゴミ拾いを続けなければなりません。我慢できずに普通の100pガチャを引いてみたら、この孫の手です……! もう、心が折れそうです……!」
完全なガチャ依存症の末期症状だった。
このままでは、優秀な従業員が、ただのドブ掃除マシーンとして過労死してしまう。スーパーの店長として、従業員のメンタルケアは最重要課題だ。
「……ルルナ。お前のそのガチャの画面、ちょっと出してみてくれ」
「え? は、はい……」
ルルナが空中に手をかざすと、半透明のガチャUIが浮かび上がった。
画面の中央には、確かに新しく『カテゴリー指定召喚:消費1000p』という輝かしいボタンが追加されている。
俺は、その『1000p』という数字をじっと見つめた。
(これは『価格』だ。神のシステムだろうがなんだろうが、数値を要求されている以上、それは俺の管轄――『小売価格』に過ぎない)
「ルルナ。よく見てろ」
俺は脳内のシステムを開き、消費ポイント0の基本業務、『半額シール』を手のひらに生成した。
そして、空中に浮かぶ半透明のガチャ画面の『1000p』という数字の上から、容赦なくその黄色と赤のシールをペタリと貼り付けたのだ。
『 半額』
ピピッ、とエラー音のような高い電子音が鳴った。
次の瞬間、ガチャ画面の『消費1000p』という文字がグニャリと歪み、赤い二重線で打ち消されたかと思うと、その横にデカデカと『特売:500p』という文字が上書きされたではないか。
「えっ……? ええええええええええっ!?」
ルルナが目玉が飛び出るほど目を見開いて絶叫した。
「ハ、ハルヤ様!? 神の奇跡の要求コストを、物理的に値引きしたんですか!? そ、そんな概念の改ざん、いくらなんでも神への冒涜では……!」
「俺の店では、神の奇跡だって閉店前には見切り品になる。さあ、今ならお前の残高の500pで引けるぞ。引くんだろ?」
俺が店長スマイルで促すと、ルルナの青い瞳に、狂気にも似た歓喜の光が宿った。
「ひ、引きます! 引かせていただきます!! 狙うカテゴリーは『害悪を滅ぼすもの』! 絶対的な退魔の武器を!」
ルルナが血走った指先で、『500p』に値下がりした確定ガチャのボタンを強打した。
キュイィィィィィンッ!!
今までとは全く違う、虹色の極彩色の光が店内を包み込む。ファンファーレが鳴り響き、光の中から重厚な『金属の円筒』が姿を現した。
「おおおっ! 見事な白銀のシリンダー! これぞ神の国の退魔の――!」
ルルナが歓喜の声を上げながらそれを受け取る。
だが、その円筒をよく見た俺は、思わず真顔になった。
それは、地球のドラッグストアならどこにでも売っている、赤いキャップが特徴的な『超強力殺虫スプレー』だった。
缶の表面には、極太のフォントで『ハエ・蚊・這う虫に! 瞬殺ジェット!』と書かれ、ご丁寧にバツ印をつけられたリアルな虫のイラストまでプリントされている。
「ハルヤ様! この筒に描かれた邪悪な魔物の絵……! そして『ジェット』という謎の古代呪文! これは間違いなく神造兵器です!」
「いや、ただの殺虫剤だ。虫に吹きかけて殺す、地球の夏場の必須アイテムだな。可燃性のガスが入ってるから、火気厳禁だぞ」
「さ、殺虫剤……? 武器ではなく、ただの虫除け……?」
俺の無慈悲な鑑定結果に、ルルナの笑顔がピキッと固まった。
「あ、あぁぁぁ……! 私の血と汗の500pが……! 神様ぁぁぁ!」
ルルナは殺虫スプレーを抱きしめたまま、再び床に突っ伏してOrzの体勢で号泣し始めた。完全にガチャで爆死した重課金兵の姿である。
「泣くなルルナ。虫を殺すことに特化した化学薬品だぞ。デカい魔獣には効かなくても、使い道はいくらでもある。これは店の重要な『備品』として、レジ裏の特等席にキープしておく」
俺は泣きじゃくるルルナの頭をポンポンと撫でてやりながら、その殺虫スプレーを大切に棚の奥へとしまった。
――平和でくだらない、しかし満たされた開店前の朝のひととき。
だが、そんな俺たちの日常を切り裂くように、店の扉がバンッと乱暴に開かれた。
「ハルヤ! ルルナ! 遊んでる場合じゃねぇぞ!!」
見回りを終えたはずのイグニスが、大粒の汗を流しながら、血相を変えて飛び込んできた。
その顔は、ルナミス軍の魔導バズーカを向けられた時よりも、遥かに深い『死の恐怖』に引きつっていた。
「ポポロ村の防壁の外……森の木々が、全部『喰われて』消えちまってる……!」
イグニスの背後の開け放たれた扉の向こうから。
ジジジ……ギギギギギ……という、無数の羽音と金属が擦れ合うような、不気味で冒涜的な機械音が、黒い雲のように村へと近づいてきていた。
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