EP 8
「タイムセール(Agility爆上げ)と竜人の一撃」
魔導誘導バズーカの砲口が、禍々しい紅蓮の光を帯びていく。
「俺も本当はこんなもん撃ちたくねぇんだよ! だが、あんなゴミみたいなゲロオムレツを食い続けるくらいなら、ここで美味いメシ奪って軍法会議にかけられた方がマシだぁぁぁッ!!」
部隊長が涙目で叫び、ギラギラと狂った引き金に指をかけた。
すさまじい魔力の奔流。狭い店舗の中に、焦げ付くような熱風が吹き荒れる。
「ハルヤ、伏せろぉぉぉっ!!」
イグニスが巨大な両手斧を盾代わりに身を挺しようとしたが、その巨体では背後のルルナや、せっかく整えたドワーフ製の鉄のラックまで爆風で木っ端微塵になってしまう。
(……一カ月間、ろくなメシを食っていない兵士の捨て身のクレーム。だが、発射の直前、奴の視線は無意識に――うちの店の『一等地(中央催事スペース)』を向いた!)
俺の脳裏に、昨日の夕方に受けたイグニスの厳しい指導がよみがえった。
『ハルヤ、ランチェスター戦略における局地戦の鉄則を忘れるな。敵が強力な大火力を持ち出してきた時こそ、相手の目線と踏み込みを読め。大火力武器ってのは、必ず発射の瞬間に軸が固定される。そこが唯一の死角だ!』
イグニスのインテリ脳筋なアドバイスが、スローモーションの視界の中で完全に噛み合った。
部隊長のつま先が、わずかに内側を向く。狙いは中央。
ズドォォォォンッッ!!!
鼓膜をぶち破るような爆音と共に、凝縮された火炎弾が放たれた。
「シッ……!」
俺は叫びと同時に、極限まで重心を下げた。地面を舐めるような低空のサイドステップ。イグニスに叩き込まれた、逃げではない、前に出るための『インファイト・ステップ』だ。
お盆の時期の、開店五分前。自動ドアの前にひしめく大群衆の隙間を、身体を真横にしてすり抜けていくような神業。
ゴォッ、と俺の髪の毛を数本焼きながら、巨大な火炎弾が通過していく。だが、その軌道は俺の躱した先――ではなく、店の外の誰もいない広場へと真っ直ぐ突き抜けていき、屋外で大爆発を起こした。
「な、なぁぁぁにぃぃぃッ!? 誘導魔術を仕込んだバズーカを、至近距離で躱しただと!?」
「驚くのはまだ早いですよ、お客様。当店は現在、非常にタイムリーな時間帯に突入しております」
俺は着地の勢いのまま、ルルナから受け取った『黄色いメガホン』を左手に構えた。
脳内のシステム画面を最速でフリックする。現在の売上ポイントは25p。
(プリントアウト! 『タイムセール』シール!!)
消費ポイントは最大の50p……だったはずだが、俺のシステムが『店長特権』として、ゴブリンとメロロンの連続処理による売上貢献を認め、20pでの緊急発行を許可した。
チャリーン♪ という軽快なレジ音と共に、俺の右手に燃えるような真っ赤なシールが出現する。
俺はその『タイムセール』シールを、黄色いメガホンの側面に思い切り貼り付けた。
『 タイムセール(制限時間付き)』
メガホンの価値が、世界の概念ごと激しく書き換わっていく。
メガホンというアイテムの本来の価値は『声を遠くまで届ける(広範囲への拡散)』だ。そこに『タイムセール』という、現代日本の主婦たちを狂わせ、一分一秒を争ってダッシュさせる『焦燥と超加速』の概念を掛け合わせる。
「――業務連絡、業務連絡!!」
俺はメガホンを口元に当て、店内全体に響き渡るような大声で怒鳴りつけた。
「ただいまの時間より、本日に限りまして、店内全従業員の『業務速度(Agility)』を――衝撃の8割引(超加速)とさせていただきますッ!!! タイムセール、スタートォォォッ!!」
メガホンから放たれた音声の波動が、目に見える赤い光の輪となって店内に広がった。
その光の輪が、背後にいたイグニスの巨体に触れた、その瞬間。
「……オ、オオオオオオッッ!? なんだこれぇぇぇぇっ!?」
イグニスの赤い鱗から、すさまじい蒸気のような闘気が噴き出した。
『タイムセール』という概念バフを受けたイグニスの身体は、時間の流れがバグったかのように、周囲の景色が完全に静止して見えるほどの超加速状態へと強制的に引き上げられていた。
「身体が、軽い……! 否、早すぎる! まるで世界が止まって見えるぞ店長ォォォ!!」
「イグニス、商品と棚を傷つけるなよ! 精密に、かつ迅速にレジ締め(鎮圧)だ!」
「おうよ! 『ランチェスター戦略』における各個撃破の極致、見せてやるぜぇぇぇッ!!」
ドッ!!!
凄まじい風圧を残し、イグニスの巨体が一瞬で視界から消えた。
次の瞬間、バズーカを持った部隊長をはじめ、棍棒や短剣を構えていた残りの四人のならず者兵士たちの背後に、イグニスが『残像』を伴って同時に出現した。
大斧は使わない。店を壊さないため、イグニスは斧の柄を器用に操り、超高速の打突を五人のハゲ頭へと正確に叩き込んだ。
ポコ、ポコ、ポコ、ポコ、ポコンッ!!!
あまりの超高速移動のため、五つの打撃音がほぼ完全に重なって店内に響き渡る。
「ぶべっ!?」
「あべしっ!?」
「ひでぶっ!?」
五人の兵士たちは、自分がなぜ殴られたのかすら理解できないまま、白目を剥いてその場に派手に崩れ落ちた。持っていた武器や魔導バズーカが床に転がるが、イグニスはそれらも超高速でキャッチし、傷一つつけずに棚の横へと綺麗に整列させた。
「ふぅ……。制限時間、終了ドス……じゃなくて、終了だな」
シールの効果が切れ、イグニスの身体から赤いオーラが消える。大仕事を終えた竜人は、満足げにふんぞり返った。
「す、すごいですハルヤ様、イグニス様! 一瞬で不届き者たちを片付けてしまうなんて!」
ルルナが紙コップを握りしめながら、興奮でピョンピョンと跳ねている。
「いや、イグニスの精密な手加減のおかげだ。ナイスだぞ、オープニングスタッフ」
「ガッハッハ! 店長に褒められると悪りぃ気はしねぇな!」
俺は床に転がって呻いている部隊長の胸ぐらを掴み、冷徹な店長スマイルで覗き込んだ。
「さて、お客様。店内での暴力行為、および器物破損未遂。本来なら警察(自警団)に突き出すところですが……」
「く、くそ……殺せ……。どうせ、あのゲロオムレツの配給を待つだけの日々に戻るくらいなら……」
部隊長は本当に絶望した目で涙を流している。ブラック企業の末期症状だ。
「殺しませんよ、当店はお客様第一主義ですので。その代わり――」
俺は奥の竈で温められている豚汁を指差した。
「損害賠償として、お一人様につき銀貨二枚。それを支払うなら、その極上豚汁の残りを、全員に腹いっぱい『お買い上げ』させてやってもいいですが……どうします?」
五人の兵士たちの目が、一瞬で狼のように輝いたのは言うまでもなかった。
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