EP 7
「お客様、店内での暴力行為はご遠慮ください」
真新しい『スーパー折原』の看板が、ポポロ村の爽やかな朝日を浴びていた。
ドカァンッ! という乱暴な音と共に、木製の扉が蹴り破られる。
「おいおい、こんな辺境に新しく店ができたって聞いて来てみりゃ……みかじめ料(保護費)の準備はできてるんだろうなァ!?」
オープン初日、最初にご来店したのは、お行儀の悪い五人の男たちだった。
揃いの黒い軍服に、ルナミス帝国軍のワッペン。しかしその着こなしはだらしなく、無精髭を生やした顔はひどく荒んでいる。正規軍というより、辺境の村でやりたい放題やっているならず者の部隊だろう。
「いらっしゃいませ。申し訳ありませんが、当店では『みかじめ料』という商品は取り扱っておりません」
俺がカウンター(木箱を並べただけのレジ台)から一歩前に出て、完璧な営業スマイルで応対する。
「あァ? ふざけた口を利くじゃねぇか、ただの小間物屋の店長がよ。俺たちルナミス軍に逆らって、この村で商売ができると――」
部隊長らしき男が凄んだ、その時だった。
男の鼻がヒクヒクと動き、その視線が、店の奥にある竈へと釘付けになった。昨夜の賄いである『極上豚汁』の残りが、とろ火で温められているのだ。
「お、おい……なんだこの、頭がおかしくなりそうなほど美味そうな匂いは……! 肉だ……それに、嗅いだことのない濃厚なスープの香り……!」
五人の兵士たちが、まるで飢えたゾンビのようにヨダレを垂らし始めた。
「くそっ、ふざけやがって! こっちは前線で一ヶ月間、あのタイヤと消しゴムをすり潰して胃酸をぶっかけたような味のする『第3型戦闘糧食』しか食わされてねぇんだぞ! おい店長、その鍋のメシ、全部俺たちによこせ!!」
なるほど、過酷な労働環境(最悪の兵站)のせいでストレスが限界を突破し、強盗に走った哀れな社畜(兵士)たちというわけか。少しだけ同情するが、だからといって無銭飲食は許されない。
「お食事をご希望でしたら、一杯につき銀貨一枚をいただきます。お支払いのない商品の持ち出しは『万引き(犯罪)』ですので、お引き取りを」
「舐めやがって……! 力ずくで奪うまでだ!」
部隊長が背中に背負っていた長銃を構えた。
木製のストックに、鈍く光る銃身。だが火縄銃ではなく、銃身には複雑な魔法陣が刻まれている。
「ハルヤ様、気をつけてください! あれはルナミス軍の『魔導ライフル』です! 魔力を込めた石弾を、目にも留まらぬ速さで撃ち出してくる恐ろしい武器です!」
背後でルルナが叫んだ。
「へっ、おせぇよ! 死にやがれ!」
ズドンッ! という爆音と共に、銃口から拳大の石弾が放たれた。時速150キロを超えるという、骨など容易く粉砕する質量兵器。
だが。
(……遅いな)
俺の目は、石弾の軌道を完全に捉えていた。
特売日の和牛を巡る主婦たちのカートダッシュや、クレーマーのおっさんが全力で投げつけてくる瓶詰めのジャム。それらに比べれば、殺意が直線的すぎてフェイントが一切ない。
俺は『神回避ステップ』で右半身をスッと後ろに引いた。
ヒュンッ、と風切り音を残して、石弾は俺の胸の数ミリ先を通過し、背後の壁に激突して粉々に砕け散った。
「なっ……!? 至近距離からの魔導ライフルを、避けた、だと!?」
「驚くのはまだ早いですよ、お客様」
俺はすり足で一気に部隊長との距離を詰め、その懐へと潜り込んだ。
脳内のシステムを開く。現在の売上ポイントは30p。特殊シールを使う余裕は十分にある。
(プリントアウト! 『3割引』シール!!)
消費ポイント5p。俺の右手に現れた青色のシールを、部隊長の構える魔導ライフルの銃身へと『ペタリ』と貼り付けた。
「な、なんだこの紙切れは!?」
「ただの値引きシールですよ。ただし、その銃の『価値』を3割引にさせてもらいました」
魔導ライフルは、緻密な魔法陣のバランスによって石弾を加速させる精密機器だ。その『価値(魔力効率や構造の精度)』が、俺のシールによって強制的に30%も劣化(値引き)させられた。
「ふざけやがって! もう一発だ!」
部隊長が再び引き金を引く。だが、銃身の魔法陣が不快なノイズを上げ、ボフッ、という気の抜けた音が鳴った。
銃口から飛び出したのは、時速150キロの凶弾ではなく、放物線を描いてポトリと足元に落ちる、ただの丸い小石だった。
「あ、あれ……? 魔導回路がイカれた!?」
「精密機械に3割引のデバフをかければ、バランスが崩れてただのガラクタ(不良品)になる。返品はお断りだぜ」
「くそっ! 野郎ども、やっちまえ!!」
部隊長の号令で、残りの四人が一斉に短剣や棍棒を抜いて襲いかかってきた。
「へっ、俺様の出番だな! いらっしゃいませだこの野郎!!」
店の奥から、巨大な両手斧を構えたイグニスが飛び出してきた。
「待てイグニス! 店の中で大斧を振り回すな! 商品と棚が壊れるだろうが!」
「チッ、狭い店内じゃ俺様の『ランチェスター戦略(局地的大火力)』が活かせねぇドス……じゃなくて、活かせねぇな!」
大振りの武器を持つイグニスは、店や備品を庇いながら戦うため、思うように動けず防戦一方になっている。
「ハルヤ様、イグニス様! 私がお手伝いします!」
ルルナが空中のガチャ画面を激しくタップした。昨日のドブ掃除と、今朝の店先清掃で貯めた100pを全消費する。
ポンッ、と光と共に飛び出したのは、黄色と黒のプラスチックでできた、地球の選挙演説や運動会でよく見る『拡声器』だった。
「出ました! 神の国の魔道具! 勇者の遺産の書によれば、これは自らの声を天まで届かせるという『メガ・ホーン』です!」
「ルルナ、ナイスだ! それをこっちに投げてくれ!」
俺はメガホンを空中でキャッチし、不敵に笑った。
これは使える。メガホンで俺の声を店全体に響かせれば、あのシールの大規模バフがかけられるはずだ。
「ええい、ちょこまかと! こうなったら店ごと吹き飛ばしてやる!!」
部隊長が、背中の巨大な布袋から、バズーカ砲のような極太の円筒形の兵器を取り出した。
筒の奥で、ドス黒い炎の魔力が異常な密度で圧縮され、ギチギチと嫌な音を立てて発光し始めている。
「おいハルヤ! あれは『魔導誘導バズーカ』だ! あんなもん店の中で撃たれたら、俺たちどころか豚汁ごと木っ端微塵だぞ!!」
イグニスが焦燥の叫びを上げる。
魔導バズーカの砲口が、禍々しい赤い光を帯びる。それは、店という俺の城を吹き飛ばすのに十分すぎる破壊のエネルギーだった。
「死ねぇっ、クソ店長ォォォ!!」
引き金が引かれ、爆発の轟音が、開店したばかりの俺たちの店を飲み込もうとしていた。
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