EP 7
ワンカップラーメン(アルコール度数40)の錬成と、狂気の夜食
深夜のスーパー折原・屋上。
メガ・マーチャント商会の専務ザルドは、右手に『爆炎の杖』を握りしめたまま、完全に宇宙猫のような顔で立ち尽くしていた。
彼が思い描いていた『深夜の闇討ち』は、恐れおののく店長に権利書へサインさせ、店を炎に包むという冷酷でスタイリッシュな計画だったはずだ。
だが現実はどうだ。
頭にネクタイを巻き、完全に目が据わった泥酔状態の店長に「おっ、エリートさんじゃん。まあ座れよ」とダル絡みされ、魔王や竜人たちに囲まれ、なぜか一緒に『シメの夜食』を待つハメになっている。
「だ、だから……! 私は貴様らと宴会をしに来たわけではないッ! この杖が見えないのか! 抵抗するなら一瞬でこの屋上ごと吹き飛ばして――」
「あー、うるせぇなぁエリートさん。シメのラーメン食う前に物騒なモン振り回すなよ。ホコリが舞うだろ」
ハルヤは、ザルドの渾身の脅しを完全にスルーし、木箱の上に並べられた八個の『ワンカップラーメン(醤油味)』を見つめて舌打ちをした。
「……マジかよ。さっきのチェイサーで、水筒の水、全部飲み干しちまったのか」
「す、すみませんプロデューサーさん……。私とルルナで、ジュース割りに使っちゃいましたの……」
未成年組のリーザが、申し訳なそうに空っぽのウォータージャグを逆さに振る。
地球のジャンクフードの最高峰、カップ麺。
ルルナのガチャによって奇跡的に錬成されたそれは、熱湯を注いで三分待つという『絶対の宇宙の真理』を必要とする。水がなければ、ただの硬い小麦粉の塊と、塩辛い粉末スープの残骸でしかない。
「キャルル、どうにかなんねぇか?」
「アタシ土属性だから水は出せないわよ。ていうか、水魔法が使える水精霊なんて、この村にはいないわ」
「ラスティアの氷魔法を溶かして……」
「私の氷は『絶対零度』の魔力結晶よ。コンロの火にかけたくらいじゃ一生溶けないわ」
絶望が、屋上の限界労働者たちを包み込む。
だが。
泥酔によって脳内のストッパー(常識)が完全に吹き飛んでいるハルヤは、足元に転がっていた一本の巨大なガラス瓶を拾い上げ、ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。
「……なぁに。案ずることはねぇよ」
「て、店長? なにその悪い顔……」
キャルルがウサギの耳をピクッと震わせる。
ハルヤが掲げたのは、ポポロ村の酒場でも『ドワーフのガソリン』として恐れられている、強烈な揮発性を持つ芋酒――『イモッカ』の原酒であった。
そのアルコール度数は、驚異の【40パーセント】。
火を近づければ一瞬で引火し、ストレートで飲めば喉の粘膜が焼け焦げるような感覚に襲われる、危険極まりない代物だ。
「水がないなら……酒でラーメンを作ればいいじゃないか」
「「「!!??」」」
その狂気に満ちた発言に、従業員たち(とザルド)の顔が一斉に引きつった。
「ば、バカなッ!?」
たまらずザルドが声を上げた。
「貴様、狂っているのか!? 度数40の酒だぞ! そんなものを沸騰させたら、猛烈なアルコール蒸気が発生して、最悪の場合『粉塵爆発』を引き起こすぞ!!」
エリートならではの正しい科学的ツッコミである。
「うるせぇよ、スーツ組は黙ってろ。現場には現場の『やり方』があんだよ」
ハルヤは、ザルドの正論を鼻で笑い飛ばし、巨大な金属製のヤカンに、ドボドボドボッ! とイモッカの原酒を惜しげもなく注ぎ込み始めた。
強烈なサツマイモの甘い香りと、鼻を突くアルコールの刺激臭が、一気に屋上に充満する。
「おいイグニス! このヤカンをコンロに乗せる! お前のブレスで沸かしてくれ! ただし、絶対に引火しないように『超・とろ火』だぞ!」
「ガッハッハ! 任せとけ! 俺様のブレス・コントロールはミリ単位の温度調整が可能だぜェッ!」
竜人イグニスが、コンロの上に置かれたヤカンの底へ向けて、極めて細く、青白い炎をフゥーッと吹き付ける。
ジリジリと、ヤカンの底が熱せられていく。
「ひぃぃッ! や、やめてぇぇッ! 引火する! 引火して屋上ごと吹き飛ぶぅぅッ!」
ルチアナが頭を抱え、段ボールの陰にガタガタと震えながら隠れた。
ザルドも「ヒッ……!」と悲鳴を上げ、非常階段の方へ逃げ出そうとした。
「――どこへ行く気?」
だが、その背後に、ジョッキを持った魔王ラスティアが立ち塞がった。
「あ、あのハゲ頭……いや店長が、今から『究極の夜食』を作ってくれるのよ? 逃げるなんて、客として失礼極まりないわね。大人しく特等席で見てなさい」
ラスティアの赤い瞳から放たれる『魔王の威圧感』に金縛りに遭い、ザルドは半泣きになりながら木箱の上に強制的に座らされた。
シュゥゥゥゥッ……!
やがて、ヤカンの注ぎ口から、白い湯気――いや、猛烈な『アルコール蒸気』が噴き出し始めた。
周囲の空気が揺らぎ、吸い込むだけで酔っ払ってしまいそうなほどの、暴力的な酒の匂いが立ち込める。
「……よし。沸いたぞ」
ハルヤは、ヤカンの取っ手をタオルで掴み、立ち上がった。
その顔は、泥酔と、狂気的な知的好奇心(深夜のテンション)によって、完全に『マッド・サイエンティスト』のそれと化していた。
「さあ、見ろ。地球のジャンクフードと、異世界最強の酒が交わる、奇跡の錬金術だ!」
ビリッ、ビリッ!
ハルヤは、並べられた八個のワンカップラーメンのフタを半分まで開けた。
中には、乾燥した縮れ麺と、謎の小エビ、フリーズドライの卵、そして大量の旨味調味料(MSG)が混ざった醤油パウダーが待ち構えている。
「食らえェェッ!!」
ジョボジョボジョボォォォッッ!!
ハルヤは、煮えたぎる度数40の芋酒を、カップ麺の中へ容赦なく注ぎ込んだ。
その瞬間だった。
――ジュワァァァァァァァァッッ!!!!
「なっ……!?」
ザルドの目が、限界まで見開かれた。
沸騰した高濃度のアルコールが、カップ麺のジャンクな粉末スープに触れた瞬間。猛烈な化学反応(?)が起こったのだ。
醤油の香ばしさ。
ニンニクと胡椒のスパイシーな香り。
ジャンクフード特有の、暴力的なまでに食欲を刺激する『アミノ酸の匂い』。
それらが、イモッカの強烈なアルコールの揮発性に乗り、普段の十倍……いや、百倍の濃度となって、爆発的に空気中へ飛散したのである。
「ゲホッ、ゴホォッ! な、なんだこの匂いはァァッ!?」
ザルドは、あまりの匂いの暴力にむせ返り、涙目になった。
だが、ただむせ返っただけではない。
(ぐ、うぅ……! 息をするだけで、脳が……脳が痺れる……! だが、なんだこの、抗いがたい暴力的な『食欲』を刺激する匂いは……ッ!)
ザルドの胃袋が、深夜の空きっ腹に直撃したジャンクな匂いに耐えきれず、ギュルルルルッ! と盛大な音を立てて鳴り響いた。
「フハハハハッ! どうだ! これがスーパー折原特製、【イモッカップラーメン(度数40)】だァッ!」
ハルヤは、八個すべてのカップ麺に酒を注ぎ終えると、パタン、パタンとフタを閉じ、その上に重しとして『特売のチラシ』を乗せた。
「……あとは、三分待つだけだ。宇宙の真理(カップ麺のルール)は、酒で作ろうが変わらねぇからな」
ハルヤは、ヤカンを置き、ドカッと木箱に腰を下ろした。
……しん、と。
先ほどまでの馬鹿騒ぎが嘘のように、屋上に奇妙な静寂が訪れた。
イグニスも、キャルルも、ラスティアも。そして怯えていたルチアナまでもが、ゴクリと生唾を飲み込みながら、チラシの下で妖しい湯気(アルコール蒸気)を立てているカップ麺を見つめている。
三分間。
それは、深夜の屋上で、狂気の夜食が完成するのを待つ、世界で一番長く、そして背徳的な時間であった。
「……むせるような酒の匂いなのに、醤油とエビの匂いが混ざって……なんか、すっごく美味しそうですの……」
リーザが、サファイアの瞳をキラキラさせて呟く。
「未成年はスープ飲んじゃダメだからな。麺だけにしとけよ」
ハルヤが適当な注意を飛ばしながら、腕時計(ルルナのガチャ産)の秒針を見つめる。
チク、タク、チク、タク……。
「……よし、三分だ」
ハルヤの声と共に、従業員たちが一斉に自分のカップ麺を手に取り、フタをベリッと剥がした。
モワァァァァッ!
閉じ込められていたアルコールと醤油の蒸気が、一気に解放される。
熱湯ではなく、度数40の芋酒で戻された麺。
スープは、元の醤油色にイモッカの琥珀色が混ざり合い、妖しく、そして美しく輝く黄金色の液体へと変貌していた。
もはやそれは、ただのジャンクフードではない。地球の化学調味料と異世界のアルコールが完全融合した、未知の『魔女の秘薬』であった。
「さあ、食おうぜ」
ハルヤは、割り箸をパチンと割り、自分用に作った一つをズズッと啜った。
「……うまっ」
ハルヤの口から、魂の底から漏れ出たような声が響く。
「酒の甘みが、醤油のしょっぱさと完全にマッチしてやがる……。しかも、麺を啜るだけで度数40のアルコールが直接脳をぶん殴ってくる……! こいつは、ダメだ。人をダメにする、究極の悪魔のメシだ……!」
「おおおぉぉッ! プロデューサーがそこまで言うなら、間違いねぇぜェッ!」
「いただきまーす!」
バケモノたちが、一斉にイモッカップラーメンに食らいつく。
「……」
その狂宴の輪から一つ外れた場所で。
メガ商会の専務、ザルドは、自分の目の前にコトリと置かれた『最後の一つのカップ麺』を見つめ、ワナワナと震えていた。
「……おい、エリートさん」
ハルヤが、黄金色のスープの滴る麺を啜りながら、極上の(そしてド黒い)営業スマイルをザルドに向けた。
「せっかくウチの店に遊びに来てくれたんだ。まあまあ、そんなカリカリしないで、これでも食って温まってくれよ。……奢りだぜ?」
目の前で、暴力的な匂いを放つ、アルコール度数40のワンカップラーメン。
エリートの理性(チェーン店のプライド)と、深夜の食欲(生物としての本能)。
ザルドの脳内で、絶対に負けられない戦いが、今まさに始まろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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