EP 5
特売日対決! スーパー折原の反撃と、神の有給休暇
「いらっしゃいませェェッ! さあさあ、新鮮なロック鳥のモモ肉と、甘みたっぷりの太陽芋だよ! 安心・安全・産地直送の『本物』を、スーパー折原の限界特売価格で持っていきなァッ!」
「「「うおおおおぉぉぉッ!!」」」
メガ・マーチャント商会のポポロ出張所から『視察(という名の超辛口クレーム)』を終えて帰還した俺たちを待っていたのは、かつてないほどの熱狂と活気に包まれた、スーパー折原の特売日本番であった。
偽装肉とスカスカのキャベツの真実を知らされ、メガ出張所から逃げ出してきたポポロ村の主婦たちが、まるで里帰りでもするかのように、うちの店に押し寄せていたのである。
「折原さぁん! ごめんなさいね、ちょっとでも浮気しようとしたアタシがバカだったわ! やっぱりこっちのお肉とお野菜じゃないと、ウチの家族は満足しないのよ!」
「ホントホント! 少し安いくらいで、あんな得体の知れないスライム肉なんか買えるもんですか!」
主婦たちが、イグニスの並べる肉のパックを次々と買い物カゴに放り込んでいく。
「ガッハッハ! 気にすんな奥さんたち! 今日は俺様の狩りの調子が良かったから、特別に大盛りにしてやるぜェッ!」
「あらやだ、イグニスちゃんったら太っ腹〜!」
イグニスのワイルドな接客と、キャルルの書いた『村長のお墨付きポップ』が、客の購買意欲を限界までブーストさせていく。
だが、スーパー折原の強みは、商品の品質だけではない。
巨大チェーンには絶対に真似できない、圧倒的な『エンターテインメント性』こそが、うちの店の真骨頂なのだ。
『アイ! 愛! マイ・マネー! 今日も元気に搾取しちゃうぞ♡ (Fu Fu!)』
店の外に設けられた特設ステージでは、人魚姫の地下アイドル・リーザが、純白のドレスを翻しながら熱唱していた。
「みんな〜! 今日は向かいの変なお店(チェーン店)に行かないで、ちゃんとウチに戻ってきてくれて嬉しいですの! その感謝を込めて、今日は私の『激レアSSRチェキ』を……なんと、特別に半額の【金貨五枚】で売ってあげますのーッ!」
「「「ウオォォォッ! リーザたそォォッ! 安い! 買うぜェェッ!」」」
……半額と言っても、ただのチェキ一枚に約五万円である。全く安くないし、相変わらずのボッタクリなのだが、リーザのライブの熱気にあてられた信者たちは、我先にと財布の紐を緩めていた。
さらに、店舗の入り口付近では、教会の神官ルルナが、手回し式の『謎のガラガラ(福引き器)』を回していた。
「はーい! お買い上げ銀貨一枚ごとに、地球の神様からの『おまけガチャ』が一回引けますぅー! ガラガラッ……ポンッ! ああっ、おめでとうございます! 地球の超便利アイテム『三個セットのプラスチック・タッパー(※粗品)』ですぅ!」
「まあっ! なにこれ、軽くて密閉できるし、作り置きのおかずを入れるのに最高じゃないの!」
「こっちの奥様は『銀行の名前が入った粗品タオル』ですぅ! 吸水性バツグンですよ!」
「やだ、嬉しい! また買い物に来なくちゃ!」
地球の百均レベルの不用品が、異世界の主婦たちにとっては未知の超便利グッズとして大ウケし、福引きの前には長蛇の列ができていた。
「よしよし、フロアの熱気は最高潮だな。……だが、これだけ客が押し寄せると、さすがにレジの処理が追いつかなく――」
俺がバインダーを叩きながらレジの方へ目を向けた、その時だった。
「――お待たせしたな、店長君! 今日は特売日だと聞いて、朝一番で『有給』を申請してきたぞ!」
「……は?」
三番レジのカウンター。そこに立っていたのは、純白のスーツの上に緑色のエプロンをきっちりと締め、真っ黒なサングラスをかけたハゲ頭の男。
天界の絶対神にして、数日前に労働の喜びに目覚めてしまったスーパーレジ打ちパートタイマー、主神オリンであった。
「お前……メガ商会のゴタゴタで忘れてたけど、また下界(うちの店)に来たのか! 天界の仕事はどうした!」
「安心したまえ。昨夜のうちに、向こう一週間分の決裁書類に『神速のハンコ』を押し終えてきた! 完璧なスケジュール管理による、正当なる権利(有給)の行使だ!」
オリンは、自慢げにピカピカの頭頂部を輝かせた。
「さあ、どんと来い下界の民たちよ! 貴様らの買い物カゴを、この私の神速スキャンで完璧に処理してやろうッ!」
ピピッ! ピピピピッ!!
オリンの右手が残像を残し、次々と商品をスキャンしては、見事なテトリス感覚で別のカゴへと移し替えていく。
「ああっ、またこのおじさんね! 本当にレジ早くて助かるわぁ!」
「フハハハッ! 恐悦至極! 次のお客様、どうぞこちらへ!」
神の事務処理能力の無駄遣いによる、完璧すぎるレジさばき。
そして、そのオリンの横(二番レジ)では、ピンクの芋ジャージを着た女神ルチアナが、涙目で必死にスキャナーを振っていた。
「うぅ……っ! スキャン! スキャンですぅッ! 早くしないと、主神様に怒られるぅぅっ!」
「おいルチアナ! そこ、卵の上に重い大根を乗せるんじゃない! お客様の大事な商品をなんだと思っている!」
「ひぃぃッ! す、すみません主神様ぁぁッ!」
天界のトップからの超至近距離パワハラ(指導)により、サボり魔のルチアナすらも、通常の三倍の速度で労働を強制されていた。
「チッ、あのおっさんのせいで、こっちまで本気出さないと間に合わないじゃない……」
一番レジでは、魔王ラスティアが舌打ちをしながらも、魔法で商品をフワフワと浮かせて一気にスキャンするという、魔王ならではの時短テクニックを駆使して客をさばいている。
神と、魔王と、ポンコツ女神。
彼らによる三台のレジのフル稼働により、どれだけ客が押し寄せても、レジの待機列は流れるように消化されていく。
「……すげぇな」
俺は、腕を組んでその光景を眺めながら、思わず感嘆の息を漏らした。
「安さだけじゃない。接客、エンタメ、そして規格外のオペレーション速度。これらが完璧に噛み合った時、個人店は巨大チェーンすら凌駕する『最強のテーマパーク』になるんだ」
スーパー折原の店内は、特売日の大成功を約束する、凄まじい熱狂の渦に包まれていた。
*
その頃。
スーパー折原の真向かいに建つ『メガ・マーチャント商会 ポポロ出張所』の二階、プレハブの仮設事務所の窓際から。
専務のザルドは、双眼鏡を握りしめ、ワナワナと震えながらスーパー折原の様子を覗き見ていた。
「ば、馬鹿な……。なんだあの尋常ではない活気は……」
ザルドの背後には、銅貨一枚のキャベツも、銅貨二枚の肉も、一つも売れることなく山積みになったままの、閑古鳥の鳴くメガ出張所の店内が広がっている。
「なぜだ! なぜ、我が商会の圧倒的な低価格を無視して、あんな泥臭い個人店に群がるのだ! 奴らの売っているキャベツは銅貨三枚だぞ! 客というものは、一円でも安い方に流れる『数字の奴隷』ではないのかッ!」
ザルドのエリート脳(チェーン店の常識)では、目の前で起きている現象が全く理解できなかった。
彼には、ライブで歌うアイドルも、タッパーが当たって喜ぶ主婦の笑顔も、ハゲ頭のおっさんの楽しそうなレジ打ちも、すべてが『無駄なコスト』にしか見えなかった。
「……あ、あの、専務……」
ゴブリンの秘書が、オドオドと報告書を差し出した。
「本部の社長から、通信が入っております。ポポロ出張所の売上が想定を大きく下回っている件について、至急『説明』を求めると……」
「ッ!!!」
ザルドは、持っていた双眼鏡を床に叩きつけ、粉々に踏み砕いた。
「くそッ……! このままでは、私の……メガ商会の次期社長候補筆頭であるこの私の経歴に、泥を塗ることになる! たかが辺境の個人店のせいで!」
ザルドの美しい顔が、屈辱と焦燥でドス黒く歪んだ。
資本力による兵糧攻めも、引き抜きも、そして捨て身の価格競争も、すべてが完璧に防がれた。いや、防がれたどころか、相手の『エンタメ(日常)』の養分にすらされてしまった。
もはや、正攻法(小売業のルール)で奴らに勝つ手段は、ザルドの手札には一枚も残っていなかった。
「……いいだろう。貴様らがその気なら、こちらもチェーン店の『最後の手段』を使わせてもらう」
ザルドは、懐から禍々しいオーラを放つ『魔法の杖』を取り出した。
本来なら、裏社会の始末屋や強盗が使うような、強力な破壊魔法が込められた違法魔導具である。
「専務!? ま、まさか……実力行使に出るおつもりですか!? そんなことをすれば、商会のコンプライアンスが――」
「黙れ! 証拠さえ残さなければ問題ない! 夜だ……奴らの店が閉まり、静まり返った深夜に、私が単身で乗り込む!」
ザルドの目には、もはやエリートの理性は欠片も残っていなかった。あるのは、プライドを傷つけられた男の、幼稚で暴力的な復讐心だけ。
「権利書に無理やりサインさせ、あの忌まわしい店舗ごと、この杖で炎の海に沈めてやる! そうすれば、明日からは我がメガ商会がこの村の独占企業だァァッ!」
巨大チェーンのエリート専務による、完全に狂った闇討ちの決意。
しかし、彼はまだ知らなかった。
彼が乗り込もうとしている『閉店後の深夜のスーパー折原』が。
昼間の特売日よりもさらに恐ろしい、限界労働者たちによる【度数40の悪魔の宴】の真っ最中であることを。
ザルドの社会的な破滅へのカウントダウンが、静かに時を刻み始めていた。
読んでいただきありがとうございます。
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