EP 4
視察という名の冷やかしと、店長の目利き
「ふ、ふんっ! 強がるのも今のうちだぞ、スーパー折原の店長よ! 貴様らのような弱小個人店の嫉妬など、我がメガ・マーチャント商会の『圧倒的品質と低価格』の前には無意味だということを、その身をもって知るがいい!」
メガ・ポポロ出張所の店内。
視察(という名の冷やかし)にやって来た俺たちに対し、専務のザルドは漆黒のスーツの胸を張り、自信満々に陳列棚を指差した。
「見ろ、この青果コーナーを! 貴様の店で銅貨三枚で売っているキャベツが、我が商会では銅貨一枚だ! これぞ、全大陸の農家から規格外品を大量に買い叩き……ゲフンッ、独自のルートで一括仕入れした『企業努力』の結晶よ!」
「へぇ。銅貨一枚ねぇ……」
俺――折原晴也は、山積みにされた特売のキャベツを一つ手に取り、ポンポンと軽く叩いて重さを確かめた。
そして、隣にいたウサギの獣人――キャルルにヒョイッとパスした。
「おいキャルル、村長として、そしてウサギとしての意見を聞かせてくれ」
「……言われるまでもないわ」
キャルルは、受け取ったキャベツを両手で持ち、ピクピクと鼻を動かして匂いを嗅いだ。
その瞬間、彼女のウサギの耳が、怒りでピンッ! と直立した。
「ちょっとアンタ! なによこのキャベツ! 持った瞬間から不自然なくらい軽かったけど……これ、収穫してから何週間も経ってる『超・古い在庫』じゃないの!」
「なっ……!?」
ザルドの肩がビクッと跳ねる。
「外側の腐った葉っぱを何枚も何枚も剥き取って、芯のギリギリのところだけを残して、無理やり『新品のキャベツ』に見せかけてるだけでしょ! しかも、水気を吸わせて重さを誤魔化すために、不自然な『鮮度保持の魔法薬(ケミカル水)』を注射してるわね!? ウサギの鼻は誤魔化せないわよ!」
ベキィッ!!
キャルルがキャパシティの限界を超えた怒りと共に、キャベツを真っ二つにへし折った。
断面からは、新鮮な緑色ではなく、黄色く変色してスカスカになった悲惨な中身が顔を出した。
「こんな栄養も味もしないスカスカの野菜のゾンビを、銅貨一枚で『大特売』ですって!? ふざけないで! 村の子供たちや、うちの農家のおじいちゃんたちに、こんなゴミみたいなモンを食わせる気ァッ!?」
キャルルの怒号が、メガ出張所の店内に響き渡る。
「ひぃっ!? ば、バカな、なぜ末端の獣人が、我が商会の『賞味期限ロンダリング・システム』をそこまで正確に見抜けるのだ……ッ!」
ザルドが滝のような冷や汗を流しながら後ずさる。
「ガッハッハ! 次はこっちの精肉コーナーだぜェッ!」
キャルルに続いて、竜人イグニスが肉の陳列ケースの前に陣取った。
「ほうほう、『ロック鳥のモモ肉』が銅貨二枚か。俺様が毎日命懸けで狩ってきてる極上の肉が、ずいぶんと安く売られてるじゃねぇか。……どれどれ」
イグニスは、パック詰めされた肉のラップをブチ破り(※後で俺が買い取らされるハメになった)、直接その肉塊の匂いを嗅ぎ、舌打ちをした。
「……おい、黒服のおっさん。てめぇ、俺様を舐めてんのか?」
イグニスの首に巻かれたタオルから、怒りの竜のオーラが立ち昇る。
「こいつはロック鳥じゃねぇ。『ジャイアント・バット(巨大コウモリ)』のパサパサの肉だ。それに、安いオークの脂と『スライムの粘液(接着剤)』を混ぜて、無理やり一枚のモモ肉みたいに固めて成形(サイコロステーキ化)しやがったな!?」
「げェッ!? 『結着肉魔導加工』のカラクリまで一瞬で……!?」
ザルドの目が、今度は文字通り飛び出さんばかりに見開かれた。
「しかも、古い肉の臭みを消すために、下等な錬金術で作った人工の着色料と香料をドップリ漬け込んでやがる! こんなモン、火を通したら接着剤が溶けてドロドロの肉片に戻っちまうぞ! お客様の食卓を冒涜するにも程があるぜェッ!」
「イグニスの言う通りね」
魔王ラスティアも、腕を組んで冷ややかな視線をザルドに向けた。
「陳列ケースの冷蔵魔法も素人仕事だわ。表面だけ無駄に冷やして、陳列の奥の方は温度が上がってる。これじゃあ、夕方には結露で雑菌が繁殖して、食中毒パニック間違いなしね。……フッ、魔王軍の毒物テロよりタチが悪いわ」
「な、なんだ貴様らは……ッ!」
ザルドは、信じられないものを見る目で俺たちを指差した。
「ただの個人店のパートタイマーどもが、なぜそこまで小売りの『裏側』の知識に精通しているのだ!? これらはすべて、王都のメガ商会本部で、エリート魔法使いたちが数年がかりで開発した『究極のコストカット術』だぞ!」
「エリートが聞いて呆れるな」
俺は、スカスカのキャベツの破片を売り場に戻し、ザルドの目の前まで歩み寄った。
「あんたらのやってることは、企業努力でもなんでもない。ただの『消費者を舐め腐った詐欺』だ」
「さ、詐欺だと!?」
「そうだ。大量仕入れで安くしてるんじゃない。王都の大型店舗で売れ残った『廃棄寸前のゴミ(不良在庫)』を、パッケージと陳列の魔法で誤魔化して、辺境の村に押し付けてるだけだろ」
俺の言葉が、図星を突かれたザルドの心臓を物理的に抉った。
「『田舎の連中なんて、値段さえ安ければ品質なんて気にも留めないだろう』……そうやって見下してるのが、商品のラインナップから透けて見えてるんだよ。……だから、ウチの店のバケモノ従業員たちの『プロの目利き』に一瞬で看破されるんだ」
「あ、あ、ああ……ッ!」
ザルドは、額から脂汗を流し、胸を押さえた。
彼の計画は完璧だったはずだ。圧倒的な安値で客を釣り、スーパー折原を干上がらせる。
だが、その『安さの代償』である品質の劣悪さを、同業者に、しかも客のど真ん中で大声で暴露されるなどという事態は、彼のエリート脳の想定を遥かに超えていた。
「ねえ、ちょっと……今の話、聞いた?」
「嘘でしょ……このお肉、コウモリの肉とスライムで出来てるの!?」
「このキャベツも、中身がスカスカじゃない! 折原さんのトコのは、銅貨三枚でもズッシリ重くて甘かったのに!」
メガ出張所の店内に群がっていたポポロ村の主婦たちが、俺たちの『超辛口のクレーム(解説)』を聞いて、一斉に買い物カゴの中身を疑い始めた。
「ち、違う! 皆様、誤解です! これは悪質な営業妨害で――」
ザルドが慌てて拡声器で弁明しようとするが、時すでに遅し。
「ふざけないでよ! こんなの子供に食べさせられないわ!」
「あたし、やっぱり折原さんのお店に行くわ!」
「店長さん! いつもの美味しいロック鳥のお肉、まだ残ってる!?」
主婦たちが、次々と買い物カゴを床に放り出し、怒りの声を上げながらメガ出張所の出口へと向かって歩き出したのだ。
「ま、待て! お待ちくださいお客様ァァッ!! 今ならさらに半額……いや、キャベツはタダで! タダで差し上げますからァァッ!」
ザルドが悲痛な叫びを上げるが、一度『食の不信感』を抱いた主婦の足が止まるはずもない。
先ほどまでの熱狂が嘘のように、メガ出張所の店内は、嵐が去った後のようにガラガラになってしまった。
「……ま、そういうこった」
俺は、肩をすくめ、ザルドに向かって極上の営業スマイルを向けた。
「俺たちは、毎日お客様の顔を見て、本当に美味いものを届けるために汗水垂らして商売をしてる。……数字のデータと、安直なコストカットしか頭にないあんたらチェーン店のスーツ組には、この村の食卓は奪えないぜ」
「ぐ、ぐぬぬぬぬ……ッ!!」
ザルドは、誰もいなくなった特売ワゴンの前で、ワナワナと震えながらその場に崩れ落ちた。
彼の胃袋に、先日の主神オリンと同じような、キリキリとした激しい『胃痛』が走り始めていた。
「よし、視察(冷やかし)は十分だ! みんな、店に戻って特売の準備の続きだ!」
「オォウッ! 俺様の肉の本当の美味さ、村の皆にたっぷり教えてやるぜェッ!」
「お口直しに、特大のマグローザを捌いてあげるわ」
俺たちは、完膚なきまでに叩き潰されたエリート専務を放置し、意気揚々と自分たちの戦場(スーパー折原)へと引き上げていった。
だが、この日の営業対決は、これで終わりではなかった。
プライドをズタズタにされたザルドが、今夜、スーパー折原の屋上へ『直接の実力行使』に乗り込んでくることを、そしてそれが彼自身の【完全なる社会的な破滅(全裸)】を招く引き金となることを、まだ誰も知らない。




