EP 3
嫌がらせの仮店舗(メガ・ポポロ出張所)と、宣戦布告のダンピング
翌朝。
ポポロ村の涼しい朝の空気を吸い込みながら、俺――折原晴也は、スーパー折原の防護シャッターをいつも通りに開け放った。
「よし、今日も気合入れていくぞ! 特売日ほどじゃないが、客の入りは――」
俺がいつものように気合の号令をかけようとした、その言葉は途中でピタリと止まった。
「……は?」
スーパー折原の真向かい。
昨日まではただの草ぼうぼうの空き地だったはずの場所に、一夜にして『信じられないもの』が建っていたからだ。
巨大な、黒と金を基調とした悪趣味なプレハブ建築物。
屋根の上には、ギラギラと魔力で発光する巨大な看板が掲げられている。
『メガ・マーチャント商会 ポポロ出張所 本日堂々オープン!!』
『超絶大安売り! スーパー折原の“半額”でご提供!!』
「て、店長……! あれ、なによ!?」
レジの準備をしていたキャルルが、ウサギの耳をピンと立てて駆け寄ってきた。
「あんな巨大な建物、昨日の夜まで絶対になかったわよ!? 一晩でどうやって建てたの!?」
「おそらく、土属性の高位魔法使いを何十人も動員して、強引にプレハブ(仮設店舗)を錬成しやがったんだろ。……あのおっさん(ザルド)、本当にやりやがったな」
俺は、呆れ半分、感心半分でその巨大建築を見上げた。
『さあさあポポロ村の皆様! 本日より我がメガ・マーチャント商会が、この村に圧倒的な「価格破壊」をお届けいたします!』
メガ出張所の入り口に設けられた特設ステージで、魔法の拡声器を持った男――専務のザルドが、漆黒のスーツを翻しながら声高に演説をぶち上げていた。
『向かいの小汚い個人店で買っている皆様、目を覚ましてください! 我が商会のキャベツは銅貨一枚! ロック鳥のモモ肉も、なんと銅貨二枚! 赤字覚悟、いや、完全に採算度外視のスーパーダンピング価格でご提供いたします!!』
「「「うおおおおぉぉぉっ!!」」」
ザルドの叫びに、朝イチでスーパー折原に並ぼうとしていたポポロ村の主婦たちが、まるで磁石に吸い寄せられる砂鉄のように、一斉にメガ出張所の方へと雪崩を打って向かっていく。
「ええっ!? キャベツが銅貨一枚!? 折原さんトコより全然安いじゃない!」
「ちょっとお隣さん、走らないと売り切れるわよ!」
「ああっ! 私の……私の大事な信仰対象(お客様)たちが、邪教の館(チェーン店)に吸い込まれていきますぅぅっ!」
ルルナが、涙目でその光景を見つめながら膝から崩れ落ちた。
「ガッハッハ! そりゃそうだ! 俺様が山からタダで狩ってきた肉より安く売るなんて、完全に身を切る大赤字だぜェッ! 巨大商会ってのは、随分と太っ腹なんだな!」
イグニスが腹を抱えて笑っている。
「笑い事じゃないわよバカ竜人!」
ラスティアがイグニスの頭をポカッと殴った。
「あいつら、完全にウチの店を兵糧攻め(客奪い)にして潰す気よ! 圧倒的な資本力に物を言わせて、向こうが赤字を出してでも、資金力のない個人店の息の根を止める……。魔王軍の残党狩りより陰湿で冷酷な手口じゃない!」
「ひぃぃっ! お店が潰れたら、私の七億金貨の借金返済はどうなるのよぉぉっ! 魔界の強制労働施設行きだけは嫌ぁぁぁッ!」
ルチアナが頭を抱えてパニックに陥っている。
「フハハハハッ! 見ているか、スーパー折原の店長よ!」
拡声器を持ったザルドが、メガ出張所のステージの上から、俺の方に向かって勝ち誇ったように指を突きつけてきた。
「物流封鎖も、引き抜きも通じなかったことは認めてやろう! だが、これがチェーン店の持つ『最大の暴力』だ! 圧倒的な資本力による、完全なる物量作戦(価格競争)! 貴様らのような泥臭い個人店が、メガ・マーチャント商会のバラマキに勝てるはずがないのだァァッ!!」
ザルドの高笑いが、ポポロ村の朝の空気に響き渡る。
彼の言う通り、これは小売業における最悪の嫌がらせだ。真向かいに店を建て、ライバル店の価格をリサーチした上で、それ以下の赤字価格で商品をバラ撒く。体力の無い個人店は、客を奪われ、干上がって倒産するのを待つしかない。
「て、店長さん! このままじゃ、今日の売上がゼロになっちゃいますの! 私のチェキの売上もゼロですの!」
リーザが俺のエプロンの裾をギュッと掴んで涙目になっている。
「店長! なんとかしなさいよ! アンタのその小賢しい『屁理屈』で、あいつらをどうにかできないの!?」
キャルルもウサギの耳をバタバタさせて焦っている。
従業員全員が、俺の絶望する姿を予想し、助けを求めていた。
……だが。
「……おいおい」
俺は、バインダーで自分の肩をトントンと叩きながら、極めて冷静に……いや、むしろ『楽しそうな』笑みを浮かべていた。
「なに絶望した顔してんだよ、お前ら」
「えっ?」
「相手はわざわざウチの真向かいに、自腹を切って店を建ててくれたんだぞ? しかも、ウチの店より安い価格で商品を売ってくれてるんだ」
俺は、緑色のエプロンの紐をギリッと結び直し、ニヤリと笑った。
「巨大チェーンのお偉いさんが、現場でどんな店づくり(オペレーション)をしているのか。……同業者として、これほど興味をそそられる『教材』はないだろう?」
「……て、店長? なに言ってんの?」
キャルルがポカンと口を開ける。
「決まってるだろ。近所にライバル店ができたら、まずは『敵情視察』に行くのが小売業の鉄則だ!」
俺は、ビシッとメガ出張所の方を指差した。
「おい、ルルナとリーザは店で留守番してろ。イグニス、キャルル、ラスティア、ルチアナ! お前らは俺と一緒に来い! 巨大チェーンの『安売りのカラクリ』を、骨の髄まで暴きに行ってやるぞ!」
「うおおおぉぉッ! 面白ぇじゃねぇかプロデューサー! 殴り込みだな!」
「殴り込みじゃない、あくまで『視察』だ。……だが、客として行く以上、少しでも気に入らない点(欠陥)があれば、容赦なくご意見を入れさせてもらうがな」
俺の言葉に、ラスティアの赤い瞳がギラリと光った。
「フフッ……そういうこと。本気で私から客を奪おうとしたこと、後悔させてやるわ。魔王の視察、たっぷり味わわせてあげる」
「わ、私も行くわ! もしあっちの店のレジにお金がいっぱいあったら、少しだけ……少しだけ拝借して借金返済に……」
「ルチアナ、犯罪だけは絶対にやめろ」
俺は、四人の従業員を引き連れ、スーパー折原の緑色エプロンを着けたまま、堂々たる足取りで真向かいの『メガ・マーチャント出張所』へと向かって歩き出した。
*
「……ん?」
メガ出張所の入り口で、客の入りを満足げに眺めていたザルドは、こちらに向かって真っ直ぐに歩いてくる緑色エプロンの集団に気づいた。
「フッ。……来たか」
ザルドは、冷酷な笑みを深めた。
(やはり、圧倒的な資本力の前には個人店など無力。開店からわずか数十分で、客を全て奪われた絶望に耐えきれなくなったのだろう。私に土下座して、店を明け渡すためにやって来たに違いない)
「さあ、来るがいいスーパー折原の店長よ! そして私の足元に這いつくばり、白旗を――」
ザルドが両手を広げて迎え入れようとした、その瞬間。
「おいキャルル! メモ帳の準備はいいか! この店の導線と、商品の陳列方法、全部チェックするぞ!」
「オッケー店長! さすがに巨大チェーンだけあって、入り口付近のボリューム出しは上手いわね。でも、ポップの字が小さくて見づらいわ!」
「ガッハッハ! どれどれ、俺様の狩ってきた肉より安い肉ってのがどんなモンか、品定めしてやろうじゃねぇか!」
俺たちは、ザルドの存在など完全にガン無視し、持参した買い物カゴを腕に引っ掛け、ズカズカとメガ出張所の店内へと踏み込んでいった。
「……え?」
ザルドの広げた両手が、虚しく空を切る。
「……は? ちょっ、貴様ら!? 降伏しに来たのではないのか! なぜ買い物カゴを持っている!?」
ザルドが慌てて俺たちの後を追いかけてくる。
「降伏? なに寝ぼけたこと言ってんだ。俺たちはポポロ村のイチ消費者として、オープン記念の安売りを冷やかし(視察)に来たんだよ」
俺は、メガ出張所の陳列棚に並べられた特売品の野菜を手に取り、品定めするように裏返した。
「それにしても、さすがはメガ商会だ。一晩でこれだけの在庫を揃えるとは大したもんだよ。……ただ」
俺の目が、小売業のプロフェッショナルとしての鋭い光を放つ。
「『安かろう悪かろう』じゃ、ウチの客(ポポロ村の主婦たち)は誤魔化せないぜ、エリートさん」
巨大チェーンのプライドを賭けたバラマキ店舗に、スーパー折原の限界労働者たちによる『究極の同業者クレーム(アラ探し)』が、今まさに炸裂しようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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