第八章 巨大チェーンの刺客と、禁断のアルコールラーメン(度数40)
巨大チェーンの刺客、ポポロ村へ
「よし、開店五分前だ! 全員、自分のポジションについて最終チェックをしろ!」
スーパー折原の店内。緑色のエプロンをきっちりと締めた俺――折原晴也は、バインダーを片手に従業員たちに号令をかけた。
「ガッハッハ! 精肉コーナーの品出しは完璧だぜプロデューサー! 今日のロック鳥のモモ肉も、俺様がバッチリ解体しておいたからな!」
竜人イグニスが、首に巻いたタオルで汗を拭いながらサムズアップする。
「鮮魚コーナーの温度管理も問題ないわよ。マグローザの大トロ、今日も新鮮そのものね」
緑色エプロンの魔王ラスティアも、陳列ケースの前で腕を組んでドヤ顔をしている。
「レジ周りの掃除も終わりましたの!」
「釣り銭の準備もオッケーですぅ!」
「アタシの村長業務の合間に、野菜のポップも書き直しておいたわよ!」
リーザ、ルルナ、キャルルの三人娘も元気よく報告を上げてくる。
今日もスーパー折原は、いつも通りの騒がしくも平和な空気に包まれていた。バックヤードの奥では、例によってピンクの芋ジャージを着たルチアナが「あと五分寝かせて……」と段ボールの陰で丸まっているが、まあそれはいつものことだ。
ジリリリリリリリッ!
開店のチャイムが鳴り響き、俺は手動の防護シャッターを勢いよく開け放った。
「「「いらっしゃいませェェッ!!」」」
さあ、今日もポポロ村の主婦たちを迎え撃つぞ――と、俺が営業スマイルを顔に貼り付けた、その瞬間だった。
ドドドドドドッ……!!
地鳴りのような音と共に、店の前の駐車場(未舗装の空き地)に、砂埃を上げて一台の馬車が急ブレーキで停車した。
「……ん? なんだ?」
普通の馬車ではない。六頭立ての屈強な黒馬に引かれた、漆黒に塗られた巨大で豪華な装甲馬車だ。車体には、金色の文字でデカデカと『MM』というエンブレムが刻まれている。
ガチャリ、と馬車のドアが開き、中から一人の男が降りてきた。
銀色の髪をオールバックに撫でつけ、仕立ての良い漆黒のスーツを隙なく着こなした、氷のように冷たい美貌の男。その背後には、ゴブリンの秘書や、屈強なオークの護衛たちがズラリと並んでいる。
「……フッ。ここが、最近グラン・バザールの市場を荒らしているという、辺境の個人店か。随分と……貧相なウサギ小屋だな」
男は、冷たい目でスーパー折原の店舗を見上げ、フッと鼻で笑った。
周囲の空気が、ピリッと凍りつく。その男から発せられるのは、魔王や竜人といった『ステータスの暴力』ではない。もっと現実的で、ドス黒い『金と権力の暴力(資本主義の威圧感)』であった。
「……いらっしゃいませ。当店に何かご用で?」
俺は、バインダーを小脇に抱え、極めて事務的な声で男に問いかけた。
「貴様がこの店の店長か」
男は、革靴の音をコツコツと鳴らしながら、俺の目の前まで歩み寄ってきた。
「初めましてと言うべきかな。私は、アナスタシア世界の物流と小売を牛耳る『メガ・マーチャント商会』の専務取締役……ザルドだ」
「メガ・マーチャント商会……?」
俺が首を傾げると、隣にいたキャルルがピンとウサギの耳を立てた。
「店長、メガ商会って言ったら、王都から地方都市まで、世界中にお店を持ってる超巨大なチェーン店よ! 何でも安く買い叩いて、周りのお店を潰しちゃうって噂の……!」
「ご名答」
ザルドが、薄く冷酷な笑みを浮かべた。
「我が商会は、この第7エリア(ポポロ村周辺)のシェアを完全に独占する計画を進めている。……だが、最近、我が商会の売上が落ち込んでいると報告を受けてな。調べてみれば、こんな辺境の個人店が、生意気にも客を奪っているというではないか」
ザルドは、懐から一枚の『権利書』のような書類を取り出し、俺の胸に突きつけてきた。
「単刀直入に言おう。この店を、我がメガ・マーチャント商会に譲り渡せ。……いや、買い取ってやると言っているのだ。今なら、市場価格の十分の一ほどの『温情価格』で手を打ってやろう」
「……」
俺は、突きつけられた書類を一瞥し、そしてザルドの顔を見上げた。
「お断りします。この店は俺の城なんでね。あんたみたいなチェーン店に身売りする気は、一ミリもありませんよ」
「……フッ。愚かな」
ザルドは書類を引っ込め、憐れむような目で俺を見下ろした。
「私は交渉をしに来たわけではない。通告をしに来たのだ。……弱小な個人店が、巨大資本に歯向かうとどうなるか、教えてやろう」
ザルドが、指先でパチン! と指を鳴らす。
すると、背後に控えていたゴブリンの秘書が、分厚いファイルの束を恭しく掲げた。
「いいか、よく聞け。我が商会の『圧倒的な資本力』をもって、このポポロ村周辺の問屋、ギルド、そして物流ルートの全てを、昨夜のうちに完全に買い上げ、あるいは圧力をかけて封鎖した!」
ザルドが、勝ち誇ったように両手を広げる。
「つまり! 今日この瞬間から、貴様の店には『肉』も『魚』も、一切の生鮮食品が納品されることはない! 流通を絶たれたスーパーなど、ただの空箱も同然! 仕入れができず、棚がスッカラカンになった絶望の中で、私に土下座して店を明け渡すことになるのだァ!」
――シーン。
スーパー折原の店前を、乾いた風が吹き抜けていった。
「……えーっと」
俺は、ドヤ顔を決めているザルドと、背後の従業員たちを交互に見比べた。
「……封鎖、したんすか?」
「いかにも! 泣き叫んでももう遅い! 貴様の店の仕入れルートは、すでに我が商会が完全に息の根を止めたのだ!」
ザルドが高らかに笑い声を上げる。
「あのー……」
俺は、頭を掻きながら、極めて申し訳なさそうに口を開いた。
「ウチ、問屋とかギルドから肉とか魚なんて、最初から一切仕入れてないんですけど」
「……は?」
ザルドの笑い声が、ピタリと止まった。
「いや、だから」
俺は、精肉コーナーで包丁を研いでいる竜人イグニスを指差した。
「肉は、そこのイグニスが毎朝近所の山で『ロック鳥』とか『ロックバイソン』とか、その辺の魔物を物理的に狩ってきて、店で解体してるんですよ。原価ゼロです」
「はァ!? りゅ、竜人が自ら狩りを!?」
ザルドの目が点になる。
「おう! 俺様の一撃なら、どんな魔物も一瞬で新鮮な肉塊に早変わりだぜ! 卸業者なんぞ通す必要はねぇ!」
イグニスが牙を剥いてニカッと笑う。
「で、魚の方は……」
俺は次に、レジ横で鏡を見ているリーザを指差した。
「そこのリーザが人魚姫の権限を使って、深海から直輸入……というか、実家の親戚ネットワークを使って、新鮮な魚介類を海から直接プール(裏の生簀)に転送させてるんです。仲卸なんて全く関係ないっすね」
「はいですの! マグローザでもクラーケンの足でも、パパにお願いすればすぐに送ってくれますのーっ!」
リーザが、ピースサインを作りながら無邪気に笑う。
「さ、さらに……」
キャルルが腕を組んで前に出た。
「野菜なんかは、アタシが村長として、村の農家から『直売所システム』で直接買い上げてるのよ。巨大商会に中抜きされるより、店長に買い取ってもらった方が村の人たちも儲かるしね!」
「…………」
ザルドの口が、パクパクと金魚のように開閉を繰り返した。
メガ・マーチャント商会が莫大な資本と時間をかけて構築した『完璧な経済包囲網』。
それが、スーパー折原の規格外すぎる『自給自足の産地直送システム(魔物と人魚のコネ)』の前に、一秒たりとも機能せずに完全無力化された瞬間であった。
「……あ、あの、専務……」
ゴブリンの秘書が、震える声でザルドの袖を引く。
「我々が買い押さえた問屋の在庫……どうしましょう。このままだと、数日で腐って大赤字ですが……」
「う、うるさいッ!!」
ザルドが、顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
「ば、バカな……! 巨大商会の物流封鎖が全く通用しない個人店など、あってたまるか! ええい、ならば肉と魚以外の一般食品(調味料や保存食)はどうだ! それらは問屋から買っているはずだ!」
「あー、それなら」
俺はバインダーをペラリと捲った。
「神官のルルナが祈りを捧げると、『地球の神様』ってところから、マヨネーズとか醤油とかカップ麺がポンポン錬成されるんで。むしろこっちの方が利益率高くて助かってるんですよ」
「神の錬成だとォォッ!? 小売業の仕入れを神頼みで済ませるなァァッ!!」
ザルドが、ついに完璧なエリートの仮面を剥ぎ取られ、頭を抱えて絶叫した。
「……というわけで」
俺は、極めて事務的な営業スマイルを再び顔に貼り付け、入り口の扉を指差した。
「お客様、お買い物がないなら、入り口の邪魔なんで退いていただけますか? これから特売品目当ての主婦の皆さんが突撃してくる時間なんで」
「き、貴様ァァッ! メガ商会を舐めるなよ! 覚えておけ、必ず貴様らを破滅させてやるからなァァッ!」
ザルドは捨て台詞を吐きながら、ゴブリン秘書たちを蹴り飛ばすようにして、逃げるように装甲馬車へと逃げ込んでいった。
ドドドドドッ! と、来た時以上の猛スピードで走り去っていく漆黒の馬車。
「ガッハッハ! なんだあのおっさん、朝っぱらからコントしに来たのか?」
イグニスが腹を抱えて大笑いする。
「ほんとね。資本力がどうのこうの言ってたけど、ウチの店には全く刺さってなかったわね」
ラスティアも呆れたように肩をすくめる。
「……まあ、巨大チェーンのお偉いさんが、こんな辺境までわざわざ嫌がらせしに来るなんて、よっぽど暇なんだろうな」
俺は、走り去った馬車の土煙を見送りながら、バインダーを小脇に抱え直した。
巨大チェーン企業、メガ・マーチャント商会からの宣戦布告。
それは、彼らの冷酷なエリート戦略が、スーパー折原の『限界労働者たちによる無法地帯(日常)』に飲み込まれ、盛大に空回りしていくドタバタ企業戦争の、ほんのプロローグに過ぎなかったのである。
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