表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレスキル『半額シール』で異世界無双!〜ただの紙切れで敵のステータスを値引きしてたら、いつの間にか神造兵器を量産してました〜  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
73/84

EP 8

労働の喜びと、五円玉の価値

 ピピッ! ピピピピッ!!

 スーパー折原の三番レジから、機関銃のような勢いでスキャナーの電子音が鳴り響いていた。

「はい、次のお客様! キャベツと特売の卵、そして豚肉のパックですね! 卵は一番上に配置し、豚肉のドリップが他の商品に付着しないよう小袋に隔離ッ! スキャン完了(承認)、お会計は銀貨一枚と銅貨三枚なりッ!」

「あ、あらまぁ……。すごい手際ねぇ、おじさん! いつものウサギの村長さんよりずっと早くて丁寧じゃないの!」

「フハハハッ! 恐悦至極! 次のお客様、カゴをこちらへ!」

 純白の高級スーツの上に緑色のエプロンを纏い、真っ黒なサングラスをかけたハゲ頭の男——天界の主神オリンは、完全に『レジ打ちの神』として覚醒していた。

 午後から押し寄せた遠征組による地獄のタイムセール。その怒濤の客の波を、オリンはたった一人で次々とさばいていく。

(……素晴らしい! なんて素晴らしいのだ、下界の労働とは!)

 オリンは、次々と商品をカゴに移し替えながら、サングラスの奥で感動に打ち震えていた。

 天界の執務室での彼の仕事は、文字通り『無限の虚無』との戦いだった。

 どれだけ書類にハンコを押し、世界の理を調整し、天候を管理し、魔力のバランスを整えても、仕事が減ることは絶対にない。一つの問題を解決すれば、下界の人間や神々から、また新たな祈り(クレーム)と欲望が何万件も送られてくる。

 終わりの見えないデスマーチ。誰にもその苦労を見られず、ただ「世界が正常に回っていて当たり前」とされる、究極の裏方インフラ業務。それが天界のトップの宿命であった。

 だが、ここは違う。

(客の列という『目に見えるタスク』があり、私が手を動かせば動かすほど、その列は確実に減っていく! しかも、処理した分だけレジの中にはチャリンチャリンと金(成果)が積み上がっていくではないか! なんという分かりやすさ! なんという達成感!)

 オリンは、己の事務処理能力がダイレクトに世界(店舗)を回しているという実感を、神生で初めて味わっていたのだ。

「いいぞSV! その調子だ! タイムセール終了まであと少しだ、気合いを入れろ!」

 フロアで品出しのフォローに回っている店長ハルヤからの激が飛ぶ。

「言われるまでもない! 我が神速のレジ打ち、とくと目に焼き付けるがいいわ!」

 だが、狂乱のタイムセールも終盤に差し掛かった頃。

 怒濤のように押し寄せていた主婦たちの波がスッと引き、レジの前に一瞬の『凪』が訪れた。

「ふぅ……。ひと段落、といったところか」

 オリンが額の汗(レジ打ちでかいた心地よい汗だ)を拭った、その時だった。

「……あの、おじちゃん」

 レジカウンターの下から、ひどく遠慮がちな、小さな声が聞こえた。

 オリンが見下ろすと、そこには、背伸びをしてやっとカウンターに手が届くくらいの、ポポロ村の小さな男の子が立っていた。

「……ん? なんだ、子供か」

 オリンは、ヤクザのような威圧感のあるサングラスの奥の目を瞬かせた。

 男の子は、オリンのイカつい風貌(白スーツにグラサン、ハゲ頭)に少し怯えながらも、小さな手でギュッと握りしめていた商品を、カウンターの上にコトリと置いた。

 それは、子供向けのお菓子コーナーで売られている、一番安い『ゴブリン・チョコ』であった。

「……これ、おねがいします」

 男の子が、上目遣いでオリンを見つめる。

「ほう。チョコを一つか。よかろう」

 オリンは、先ほどまでの荒々しい神速モードを解き、あえてゆっくりとした動作で、その小さなチョコを手に取った。

 ピッ、とスキャナーを当てる。

「お会計は……『銅粒五枚(五円相当)』だ」

 オリンが、なるべく威圧感を与えないように、優しく声をかけた。

「うん。……えっとね、これ」

 男の子は、ズボンの小さなポケットに手を突っ込み、ゴソゴソと何かを探した。そして、一枚の硬貨を取り出し、オリンの大きな掌の上に、チョコンと乗せた。

 真ん中に穴の開いた、真鍮色の小さな硬貨。

 先日、強欲アイドルのリーザが徹夜で磨き上げて金貨だと言い張った、あの最下級硬貨の『五円玉』である。

「……五円、ちょうどお預かりした。ありがとう」

 オリンは、その小さな五円玉をレジのドロワー(引き出し)に丁寧にしまい、チョコを小さな紙袋に入れて男の子に差し出した。

「はい、お買い上げの商品だ。気をつけて帰るのだぞ」

 オリンがそう言って紙袋を渡すと、男の子は、パァァッ! と顔を輝かせた。

 そして、チョコの入った袋を両手で大事そうに抱きしめ、オリンに向かって、満面の笑みを向けた。

「ありがとう、おじちゃん! おじちゃん、レジすっごく早くて、かっこよかったよ!」

 ——ドクンッ。

 その瞬間。

 天界の主神オリンの胸の奥底で、何かが激しく、そして決定的に弾けた。

「……え?」

 オリンの動きが、完全に停止した。

 男の子は「バイバーイ!」と手を振りながら、嬉しそうにスーパーの出口へと駆けていく。

 その後ろ姿を見送りながら、オリンの脳内で、先ほどの言葉が何度も何度もリフレインしていた。

『ありがとう、おじちゃん』

 オリンは、震える手で、自分の胸元(エプロンの上)をギュッと掴んだ。

 ……数万年。

 彼が天界のトップとして君臨してきた、気の遠くなるような年月。

 その間、下界から天界に届く声(祈り)は、いつだって『欲望』と『不満』と『泣き言』ばかりだった。

『神様、どうか私を金持ちにしてください』

『神よ、なぜ我々の村に雨を降らせてくれないのだ』

『憎き敵国に、神の天罰を!』

 人間の願いを叶えてやっても、彼らはそれを「自分の努力と運の結果」だと解釈し、天候を整えてやっても「今日晴れたのは当たり前だ」と思うだけ。

 神の奇跡は常に『消費』されるだけであり、システムを管理する『主神オリン』という一個の存在に対して、直接の感謝の言葉が向けられることなど、ただの一度もなかった。

 それが、どうだ。

 ただ、レジで商品のバーコードを読み取り、袋に入れて渡しただけ。

 天界の奇跡に比べれば、息を吐くよりも簡単な、矮小な行為だ。

 それなのに、あの子供は。

 自分の小さなポケットに入っていた『五円玉』という、自分が持つ全財産(価値)を差し出し、満面の笑みで、間違いなく『目の前にいるオリン』に向けて、感謝の言葉を口にしたのだ。

(ああ……)

 オリンの視界が、ぐにゃりと歪んだ。

(これが……これが、『現場』か……ッ!)

 オリンは、レジの引き出しを開け、先ほど男の子から受け取った『五円玉』を見つめた。

 子供の手のひらで握りしめられていた、微かな体温が残るその小さな硬貨。

 天界の宝物庫で腐るほど見てきた、金貨の山や宝石の輝きなどよりも。この、たった一枚の、穴の開いた薄汚れた五円玉が——オリンにとっては、宇宙の何よりも重く、そして尊い『価値の結晶』に思えた。

「……っ……う、うぅぅ……ッ!」

 真っ黒なサングラスの下から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ち、レジカウンターを濡らした。

「おい、SV? どうした、いきなり泣き出して。胃痛がぶり返したか?」

 異変に気づいた俺が、心配して声をかける。

「ち、ちがう……! 違うのだ、店長君……!」

 オリンは、サングラスを外し、真っ赤に充血した目で、俺を……いや、スーパー折原の店内全体を、愛おしそうに見渡した。

「労働とは……仕事とは、かくも美しく、かくも報われるものだったのか! 私は、私は数万年もの間、こんな素晴らしい喜びを知らずに、ただ虚無の中でハンコを押し続けていたというのか……ッ!」

 オリンは、顔をクシャクシャにして号泣し始めた。

「私は……私は、この店が……このレジの仕事が、大好きだァァァァッ!!」

 天界のトップが、スーパーのレジ台に突っ伏して、子供のようにわんわんと泣きじゃくる。

「……あーあ。完全に『こっち側』に落ちちまったか」

 俺は、呆れ半分、そして少しの共感と共に、肩をすくめた。

 本部から派遣されてきた、頭の固い厄介なスーパーバイザー。彼らはいつも、現場の空気を知らずに数字だけで語ろうとする。

 だが、一度でも『お客様からの直接のありがとう』という、現場だけが持つ究極の麻薬(喜び)を味わってしまえば……彼らのつまらないプライドなど、一瞬で吹き飛んでしまうのだ。

「……ほら、泣いてる暇はないぞ、SV。夕方のピークに向けて、主婦たちがまた押し寄せてくる時間だ」

 俺が、入り口の方を指差して笑う。

 見れば、夕飯の買い出しにやってきた客の波が、再び押し寄せようとしていた。

「うむッ……! 分かっているッ!」

 オリンは、目元を腕で乱暴に拭い、再びサングラスを装着した。

 その背筋はピンと伸び、神の威厳……いや、それを遥かに凌駕する『小売業のプロフェッショナル』としての凄みに満ちていた。

「さあ来い、下界の民たちよ! 貴様らの欲望(買い物カゴ)、この私が一つ残らず完璧に精算スキャンして、最高の笑顔と共にお返ししてやろう! スーパー折原のレジは、私が守るッ!」

 神生で初めての『労働の喜び』と『五円玉の価値』を知った主神オリン。

 彼はもはや、監査にやってきた厄介なクレーマーなどではない。スーパー折原が誇る、最強のレジ打ち要因パートタイマーとして、狂乱の特売日の最前線で、喜びの涙を流しながらバーコードリーダーを振るい続けるのであった。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ