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ハズレスキル『半額シール』で異世界無双!〜ただの紙切れで敵のステータスを値引きしてたら、いつの間にか神造兵器を量産してました〜  作者: 月神世一


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EP 6

まかないの特製ビーフコロッケと、神の味覚の崩壊

 ジュワァァァァァァッッ!!

 スーパー折原のバックヤードの奥、こぢんまりとした厨房スペースに、油の弾ける心地よい音が響き渡っていた。

 換気扇がフル稼働し、香ばしく、そして食欲を強烈に刺激する匂いが室内に充満している。

「……な、なんだこの暴力的な匂いは……」

 厨房の隅に置かれたパイプ椅子にちょこんと座らされた主神オリンは、純白の高級スーツの膝の上で両手をギュッと握りしめながら、鼻をヒクヒクとさせていた。

 胃腸薬(キャベツ由来)の奇跡によって胃痛から解放された彼の胃袋は、今や数万年ぶりの『完全な健康状態』を取り戻しており、この匂いに対して猛烈な「空腹のサイン(腹の虫のオーケストラ)」を鳴らし続けていた。

「もう少し待ってろSV。今、一番いい色に揚がってきたところだ」

 俺――折原晴也は、菜箸を巧みに操り、フライヤーの中でキツネ色に変わりつつある楕円形の物体をひっくり返した。

 スーパー折原名物、『特製ビーフコロッケ』。

 ポポロ村の近郊で採れたホクホクの太陽芋を丁寧にマッシュし、そこに竜人イグニスが解体した新鮮な『ロックバイソンの挽肉』と、飴色になるまで炒めた玉ねぎをたっぷりと混ぜ込む。それを荒めのパン粉で包み、高温の油で一気に揚げるのだ。

 原価は安いが、手間暇と愛情(という名の人件費)が限界まで注ぎ込まれた、最強の惣菜である。

「よし、揚がったぞ」

 俺は油切りバットにコロッケを上げ、ザクッ、ザクッという心地よい音と共に包丁で半分に切った。断面から立ち昇る熱気と共に、太陽芋の甘い香りと肉汁の匂いが爆発する。

 それを紙皿に乗せ、ルルナのガチャで出た地球の『濃厚ウスターソース』をとろりと掛けた。

「ほら、食ってみろ。視察の邪魔をした迷惑料代わりだ」

 俺は、出来立て熱々のコロッケをオリンの前に差し出した。

「こ、これが下界の食べ物……『ころっけ』とやらいうものか……」

 オリンは生唾をゴクリと飲み込みながら、割り箸を受け取った。

 彼の心の中では、天界のトップとしての微かなプライドが最後の抵抗を試みていた。

(私は天界の絶対神だぞ? 普段口にしているのは、純粋な魔力で精製された『神酒ネクタル』や、雲霞のような高尚で無味乾燥なものばかりだ。下界の民が食べるような、このような茶色くて油ギッシュな固形物を、神である私が口にして良いものか……。いや、だが、これは監査の一環! 視察員として、提供される商品の質を確かめる義務が……!)

 完璧な言い訳(屁理屈)を脳内で構築し終えたオリンは、震える手で割り箸を使い、コロッケの半分を摘み上げた。

 フーフーと軽く息を吹きかけ、大きく口を開けてかぶりつく。

 ――サクゥゥゥゥッ!!

 その瞬間。

 オリンの脳髄に、稲妻のような衝撃が走った。

「な……ッ!!?」

 オリンのピカピカのスキンヘッドが、ビクゥッ! と大きく跳ね上がった。サングラスの奥の目が見開かれ、瞳孔が極限まで拡大する。

 衣のサクサクとした軽快な食感の直後、中から溢れ出したのは、太陽芋のホクホクとした自然な甘み。

 そして、それに追随するように、ロックバイソンの挽肉から溢れ出す、野性味とパンチの効いた濃厚な肉汁が口いっぱいに広がる。

 さらに、それらの味を一つにまとめ上げ、限界まで旨味をブーストさせているのが、衣に染み込んだ『濃厚ウスターソース』の存在だ。スパイシーでフルーティーな酸味が、揚げ物の油っぽさを見事に中和し、二口目、三口目へと強制的に食欲を駆動させる。

「おいひぃ……! な、なんだこれはァァァッ!!」

 オリンは、口いっぱいにコロッケを頬張ったまま、涙をボロボロと流して叫んだ。

「あっちゅい! でもおいひぃ! 衣がサクサクで、中のお芋がフワフワで……お肉の脂が、私の胃壁に優しく、そして力強く染み渡っていく……ッ!」

 オリンの味覚は、数万年の無味乾燥な食生活によって、完全に『無菌状態』だった。

 そこに、下界のジャンクで暴力的な旨味の塊(揚げ物+ソース)を直接叩き込まれたのだ。その破壊力は、ルチアナの借金の絶望を遥かに上回る多幸感となって、神の脳内麻薬エンドルフィンをドバドバと分泌させていた。

「これだ……。私が、私が数万年もの間、本当に求めていたものは……決裁書類のハンコでも、天界の威厳でもない……! この、揚げたての茶色い物体ころっけの温かさだったのだ……ッ!」

 オリンは、完全に神としての理性を失い、犬のようにハフハフと熱がりながら、残りのコロッケを無我夢中で貪り食い始めた。

「……大げさなおっさんだな。まあ、胃薬明けの空きっ腹に揚げ物は少し重いかと思ったが、問題なさそうだな」

 俺は、神の威厳ゼロの姿でコロッケをむさぼるハゲ頭のSVを呆れたように見下ろしながら、自分用のまかないを揚げる準備に取り掛かった。

「はぐっ、むぐっ……! 店長君、この黒い液体ソースは魔法か!? なぜこんなにも食欲をそそるのだ! ご飯が! 白いご飯が猛烈に欲しくなるぞォォッ!」

「落ち着けよ。ほら、冷たい麦茶だ。喉に詰まらせるなよ」

 俺が紙コップに入れた麦茶を差し出すと、オリンはそれを受け取り、「ぷはぁっ!」と親父くさい息を吐き出した。

「……あー、いい匂い〜。店長、アタシの分のコロッケも揚がった〜?」

 その時。

 厨房の入り口から、のんきな声と共に、ピンクの芋ジャージ姿の女神ルチアナがひょっこりと顔を出した。

 彼女は先ほどからバックヤードのダンボールの陰でサボっていたのだが、揚げ物の匂いにつられて、ついに姿を現したのだ。

「おお、ルチアナか。揚がってるぞ。ほら、そこのパイプ椅子に座って食え。……ところで、お前の探していた『借金取り(本部のお偉いさん)』なら、そこで美味そうにコロッケ食ってるぞ」

 俺が顎でオリンの方をしゃくった。

「え? 借金取り……?」

 ルチアナが、ポテトチップスの袋を片手に、オリンの方を向く。

 オリンは、純白のスーツの胸元にウスターソースのシミをつけ、口の周りにパン粉をつけながら、両手でコロッケを持ってモグモグと咀嚼していた。

 そして、二人の目が合った。

「「…………」」

 時が、止まった。

「……ご、ごふっ!! ごほぉッ!!」

 オリンが、口の中のコロッケを喉に詰まらせ、激しくむせ返った。

「しゅ、主神様ァァァァッ!!?」

 ルチアナが、ポテトチップスの袋を床に落とし、顔面を土気色にして後ずさった。

「ル、ルチアナ君……! げほっ、ごほっ……! 貴様、こんなところで……!」

 オリンは慌てて麦茶でコロッケを流し込み、無理やり神の威厳(SVの威圧感)を取り戻そうと立ち上がった。だが、口の周りのパン粉とソースのシミのせいで、ただの『食い意地の張ったおっさん』にしか見えない。

「ひぃぃぃっ! ごめんなさいごめんなさい! リボ払いの七億金貨は、ちゃんと毎月の給料(時給銅貨三枚)から少しずつ返しますからァァッ! 内臓だけは売らないでぇぇッ!」

 ルチアナは完全に勘違いしたまま、土下座の勢いで床にひれ伏した。

「……おいおい、SV。ウチの従業員をイジメないでくれよ」

 俺は、フライヤーから新しいコロッケを上げながら、オリンにジロリと視線を向けた。

「こいつは確かにサボり癖があってポンコツだが、ウチの店の大事なレジ打ち要因だ。本部だからって、立場の弱いアルバイトに無理な取り立てをするなら、俺にも考えがあるぞ」

「な、ちがっ……! 私は借金取りなどではない! ていうか、こいつは天界の女神で——」

 オリンが言い訳をしようとしたが、俺の『コロッケを揚げるトング』の先端が、オリンの鼻先をスッと指し示した。

「……おかわり、いるか?」

 俺が究極の営業スマイルでそう尋ねた瞬間。

「…………いる」

 主神オリンの口から、威厳のかけらもない、ただの素直な欲望の声が漏れ出た。

「ひぃっ!? 主神様が、店長の手料理に完全に屈服している……!?」

 ルチアナが、信じられないものを見る目でオリンを見上げている。

「よし、じゃあ座って待ってろ。ルチアナ、お前もそこら辺に適当に座れ。今、揚げたてを出してやるからな」

「は、はいぃぃっ……」

 天界の絶対神と、借金まみれの女神。

 世界の頂点に立つ二人のバケモノが、パイプ椅子に並んで座り、スーパーの店長が揚げるコロッケを大人しく待っている。

 シュール極まりない光景だが、これがスーパー折原の『日常コンプライアンス』なのだ。

「……ふぅ。美味かった。まさか下界にこれほどの美味が存在したとは……」

 二個目のコロッケを平らげたオリンは、すっかり満足げな顔でパイプ椅子に深く腰掛けていた。先ほどまでの胃痛も、視察員としての怒りも、ソースの酸味と芋の甘さに完全に溶かされてしまったらしい。

「満足したか? なら、そろそろ帰ってくれても——」

 俺がそう言いかけた、その時だった。

 ジリリリリリリリリッ!!

 店内に、けたたましい非常ベルのようなチャイムが鳴り響いた。

「て、店長ォォッ!! 大変だぜェッ!」

 バックヤードの扉がバンッ! と開き、イグニスが血相を変えて飛び込んできた。

「午後からの『近隣の村からの遠征組』の馬車が、ドドッと二十台くらい押し寄せてきやがった! レジが大渋滞で、キャルルとルルナだけじゃ回しきれねぇ! 品出しも全然追いついてねぇぞォッ!」

「なに!? 午後のピークがもう来たのか!」

 俺はエプロンの紐をギリッと締め直した。

 月に一度の大特売日。その真の地獄は、午後からの『タイムセール』にある。

 だが、頼みの綱のレジ要員であるルチアナは、オリンの威圧感の前に完全に怯えきって使い物にならない。

「くそっ、人手が足りない……! このままじゃレジ待ちのクレームの嵐で、店の評価がガタ落ちだぞ!」

 俺が頭を抱えた、その時。

 俺の視界の端に、コロッケを食って完全に満足顔になっている、純白スーツのハゲ頭の男が映った。

「……おい、SV」

 俺は、極めてドス黒い、悪魔のような笑みを浮かべてオリンに近づいた。

「き、貴様、何を企んでいるのだ……?」

 オリンが、俺の笑みに本能的な恐怖を感じて後ずさる。

「あんた、本部の視察員なんだろう? だったら、現場の『真の地獄』を、その身をもって体験してみる気はないか?」

 俺は、バックヤードの予備の『緑色エプロン』をバサッと広げた。

「……胃薬とコロッケの恩、きっちり『労働』で返してもらうぞ、おっさん」

 天界のトップ・主神オリンの下界視察は、ここで思わぬ方向へと急旋回する。

 監査官から一転、強制的にエプロンを装着させられた彼は、スーパー折原が誇る『地獄のタイムセール』の最前線レジへと放り込まれることとなるのであった。

読んでいただきありがとうございます。

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