EP 4
強欲アイドルのトップ営業と、神を狩る太客(VIP)レーダー
「ハァ……ハァ……ッ! な、なんて恐ろしい男だ……。あの緑エプロンの店長、口から先に生まれてきたような詭弁の達人ではないか……ッ!」
スーパー折原の店内から、命からがら逃げ出してきた主神オリン。
彼は純白のスーツの肩で息をしながら、店舗の外……特設ステージが組まれている駐車場付近の電柱の陰に身を潜め、ピカピカの頭頂部に浮かんだ冷や汗を拭っていた。
神の威光も、本部の視察員(SV)としての威厳も、一人の社畜店長の『完璧なマニュアル(屁理屈)』の前に木端微塵に粉砕されてしまった。
竜の炎はエコヒーター。魔王の闇魔法は殺菌スプレー。そして村長直々の特例承認。
法とルールの抜け道を完璧に縫い合わせた、あの恐るべき独裁国家の内部では、オリンの指摘など何一つ通用しなかったのだ。
「ぐっ……胃が……私の慢性神経性胃炎が、かつてないほどの自己主張を始めている……」
オリンは、キリキリと締め付けられる胃の腑を押さえ、うずくまった。
「だが、まだだ。店内のオペレーションが(書類上は)完璧だとしても、客を騙すような『倫理的な腐敗』までは隠し通せまい!」
オリンは、サングラスの位置を直し、ギロリと特設ステージの方を睨みつけた。
『愛! アイ! 愛! アイ! ラ〜ブラブ! (Fu Fu!)』
『マネー! マネ! ローン! ダーリン! グ! (Yeah!!)』
ステージの上では、純白のフリルドレスを着た美少女――人魚姫の地下アイドルであるリーザが、信者たち(客)を前に、ゴリゴリの資本主義を歌い上げる電波ソングを熱唱していた。
「な、なんだあの歌は!? 『愛と平和』ではなく、『金と土地とダイヤを寄越せ』と歌っているではないか! どこの世界に、ここまで露骨に客から搾取しようとするアイドルがいるのだ!」
オリンは戦慄した。
アイドルといえば、清純で、人々に夢と希望を与える存在であるはずだ。しかし、目の前で踊る少女の瞳の奥には、濁りきった『強欲の炎』がメラメラと燃え盛っているのが、神の眼にははっきりと見えた。
「間違いない。あの少女こそが、この店の『倫理的腐敗』の象徴! ファンという名の弱者から金を巻き上げる、悪徳商法の温床だ! 私が直々に、あの少女の化けの皮を剥がしてやる!」
オリンは、意を決して電柱の陰から飛び出し、ステージの最前列へと歩み出た。
純白の高級スーツに、真っ黒なサングラス。そして輝くスキンヘッド。
どう見てもそのスジのヤバい人物にしか見えない彼が近づくと、熱狂していたオタクたちも「ヒッ、ヤクザか……!?」と道を空けた。
「……ふん。これで少しは怯むだろう」
オリンが腕を組み、SVとしての厳しい視線をステージのリーザへと向けた、その瞬間。
ピタッ。
曲の合間で、リーザのサファイアの瞳が、オリンの姿を正確に捉えた。
そして、リーザの瞳の奥で、カチッ! と何かのスイッチ(太客レーダー)が作動する音がした。
(……!! 来ましたの! あの仕立ての良い純白のスーツ……只者ではありませんの! しかも、あんなにピカピカに磨き上げられた頭頂部……きっと毎日、高級なオイルでケアしている大富豪に違いありませんのーッ!!)
地下アイドルの『金づる(VIP)を見分ける嗅覚』は、天界の神の眼よりも遥かに鋭い。
リーザはマイクを放り投げ、ステージからピョーン! と軽やかに飛び降りると、一直線にオリンの元へと駆け寄ってきた。
「いらっしゃいませですのーっ! そこの素敵でダンディなおじ様ッ!」
「……な、なんだ? 私に気安く話しかけるな。私はこの店の監査を——」
オリンが厳しい口調で制止しようとしたが、リーザはそれをガン無視し、オリンの純白のスーツの袖を両手でギュッと握りしめ、上目遣いで彼を見つめた。
「おじ様、とってもピカピカで素敵なオーラが出てますの! 絶対に、どこかの大商会のトップか、すごいお金持ち(石油王)ですわよね!? 私、リーザって言いますの! おじ様みたいな大人の男性、だーい好きですの!」
「ぐふッ……!」
至近距離から放たれる、美少女の完璧なアイドルスマイルと、ほのかに香る甘い匂い。
数万年もの間、むさ苦しい天使の男どもや、堅物な神々に囲まれてデスクワークばかりしてきた主神にとって、その破壊力はあまりにも絶大だった。
「こ、こほんっ! そ、そうか? まあ、天界のトップという意味では、間違いなく世界一の権力者ではあるが……。いや、騙されてはいかん! 私は貴様の悪徳商法を暴きに——」
「権力者! 素晴らしいですの! でしたら、そんな選ばれたおじ様にピッタリの、特別なご案内がありますの!」
リーザは、オリンの言葉を遮り、懐からスッと一枚の『写真(魔法写し絵)』を取り出した。
それは、先日スーパーのレジでハルヤから顔面パイをぶつけられ、真っ白なクリームまみれになりながら恍惚の表情を浮かべているリーザの、悪名高き『激レアSSRチェキ』であった。
「ジャジャーン! これ、今の界隈で一番プレ値がついている、私の『顔面パイ・直筆サイン入りチェキ』ですの! おじ様みたいにリッチでダンディな方にだけ、特別に……『金貨十枚(約十万円)』でお譲りして差し上げますの!」
「き、金貨十枚だとォッ!?」
オリンは、たった一枚の紙切れに提示された狂気の価格設定に、サングラスをズレ落とした。
「バ、バカな! 天界の高級ネクタルが樽で買える額ではないか! ぼったくりもいいところだ! やはり貴様は、客を騙す悪質な詐欺師……!」
「ひどいですの……! 詐欺師だなんて……!」
リーザは、突然ポロポロと大粒の(嘘泣きの)涙をこぼし始めた。
「私だって、好きでこんな高い値段で売ってるわけじゃありませんの! 実は……私には、お店の裏で毎日泣きながらダンボールを畳んでいる、可哀想な先輩がいるんですの……!」
「……先輩? ダンボールを畳んでいる……?」
オリンの脳裏に、先ほどバックヤードでサボっていたピンクの芋ジャージ姿の女神の顔がフラッシュバックした。
「そうなんですの! その先輩、ソシャゲの『がちゃ』っていう悪い遊びにハマって……『てんかい・くれじっと』とかいう恐ろしい魔法のカードで、金貨7億枚もの莫大な借金(リボ払い)を作っちゃったんですのよぉぉっ!」
——ピキィィィィッ!!
オリンの胃袋が、悲鳴を上げて激しく収縮した。
(な、なぜこの小娘が、ルチアナ君の借金総額を正確に把握しているのだ……ッ!?)
「このままじゃ、その先輩は借金取り(※目の前にいるオリンのことである)に内臓を売られるか、魔界の強制労働施設に送られてしまいますの! だから私、アイドルとして少しでも先輩の借金を肩代わりしてあげたくて……こんな無理なお願いを……うっ、うぅっ……!」
リーザは、顔を覆って健気に泣き崩れる演技(パーフェクト・メソッド演技)を披露した。
「な、なんということだ……」
オリンはワナワナと震え出した。
部下の女神の不始末が、あろうことか下界のいたいけな少女にまで莫大な迷惑をかけ、その少女が自己犠牲の精神で借金返済のために高額商品を売り歩いている。
天界のトップとして、これほど恥ずべき、そして胃の痛くなる事態があるだろうか。
「そ、そこまで追い詰められていたとは……。すまない……いや、本当にすまない! その借金の元凶は、すべて私の管理不行き届きだ……ッ!」
オリンが、胃を押さえながらフラフラと後ずさる。
「えっ? おじ様が借金の元凶ですの?」
リーザは一瞬キョトンとしたが、すぐに『なるほど、このハゲが先輩を騙した悪徳金貸しのボスですのね!』と都合よく解釈した。
「だったら話は早いですの! おじ様! このチェキと一緒に、鮮魚コーナーの『マグローザの刺身(※鮮度が落ちかけで半額シールの対象)』も、金貨百枚で買ってくださいの! そうすれば、私がチェキの裏に『ピカピカハゲのVIP様へ♡』って、愛を込めたメッセージを書いて差し上げますのーッ!!」
ズイッ! と、リーザがオリンの顔面に、マグローザの刺身のパックとSSRチェキを押し付けてきた。
もはや自己犠牲の涙など一ミリも残っていない、ただの強烈な『抱き合わせ商法(押し売り)』である。
「き、金貨百枚の刺身……!? VIPのハゲ……!?」
オリンの頭は、完全にキャパシティをオーバーしていた。
部下の巨額の借金。
下界のアイドルの容赦ないぼったくり営業。
そして、自分のハゲ頭を真っ向からイジられたという事実。
それら全てのストレスが合わさり、オリンの『慢性神経性胃炎』は、ついに神の肉体の限界を突破した。
「ぐ、ゴフゥッ……!!」
「おじ様!?」
オリンは、白目を剥き、口から一筋の白い煙(神気)を吐き出しながら、スーパーの入り口付近のコンクリートの地面へと、ドサァッ! と崩れ落ちた。
「きゃあああっ! 太客(VIP)のおじ様が死にましたのーッ! まだ一円も回収してないのにィィッ!」
リーザが、倒れたオリンを揺さぶりながら悲痛な絶叫を上げる。
「おい! 何事だ、入り口で騒ぐな!」
騒ぎを聞きつけて、店内からバインダーを持った俺——折原晴也が駆けつけてきた。
「て、店長さん! このおじ様、私のチェキの値段を聞いた途端に、お腹を押さえて倒れちゃったんですの!」
「……あ? さっきの邪魔なSVのおっさんじゃないか」
俺は、痙攣しているオリンを見下ろし、舌打ちをした。
「くそっ、ただでさえ忙しい特売日だってのに、本部の人間が店の前でぶっ倒れたなんてことになったら、どんな難癖をつけられるか分かったもんじゃないぞ」
「う、うぅ……胃が……私の、胃壁が……溶ける……」
オリンが、うわ言のように呻いている。
「胃痛か。こんなストレスの塊みたいな仕事をしてりゃ、当然だな。……おい、ルルナ! レジ打ちを代わって、ちょっとこっちへ来い!」
俺の呼びかけに、教会の神官ルルナが小走りでやってきた。
「はい店長さん! どうしましたか!?」
「このおっさん、重度の胃痛でぶっ倒れてやがる。……お前のガチャの善行ポイント、まだ残ってるか?」
「はい! 今朝の品出しを手伝った分が貯まってます!」
「よし。俺の知る限り、この世で一番効く『胃腸薬』を出してくれ。……地球の、キャベツ由来の、あの緑色の缶に入った『神聖なる粉』だ」
俺の的確かつ実用的な指示により、天界の絶対神の胃壁を救うための、地球の製薬会社の奇跡(胃薬)が、今まさに錬成されようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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