EP 3
ファンタジー・コンプライアンス違反と、完璧な屁理屈
スーパー折原の店内は、特売日特有の凄まじい熱気と活気に包まれていた。
主婦たちがワゴンに群がり、レジからは絶え間なくスキャナーの電子音と小銭の擦れ合う音が響き渡る。
そんな戦場のようなフロアの片隅で、俺――折原晴也は、無駄に威圧感のある真っ黒なサングラスと純白のスーツを身に纏ったハゲ頭の男……『本部から派遣されてきた特任視察員(スーパーバイザー・SV)』と名乗る男と、静かに火花を散らしていた。
「さあ、案内してもらおうか。店長君」
SVの男――天界のトップである主神オリンは、胃の痛みを堪えながら、バインダーを片手にニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「私はこれでも、数え切れないほどの店舗(世界)を視察してきたプロ中のプロだ。どれほど表面を取り繕おうと、私の『神の眼』からは逃れられんぞ。いかなる微細な違反も見逃さず、この店舗の評価を最低まで引き下げてやる」
「……どうぞお好きに。ただし、営業の邪魔だけはしないでくださいよ。SV」
俺は、極めて冷徹な営業スマイルを浮かべ、彼を店内の奥へと案内し始めた。
(ふん、来るなら来い。現場の苦労も知らないスーツ組が、思いつきで難癖をつけてくるのはいつものことだ。だがな、俺はこの異世界で、神や魔王という規格外の連中を使って『合法的に』店を回しているんだ。お前ごときの粗探し、全て完璧な屁理屈で跳ね返してやる)
二人の間に、目に見えないバチバチとした火花が散る。
「……ほう」
オリンが最初に足を止めたのは、精肉と惣菜のコーナーだった。
そこでは、首にタオルを巻いた竜人イグニスが、客の注文を受けて実演販売を行っていた。
「おう奥さん! ロック鳥のモモ肉、今すぐ炙ってやるぜ! そぉらッ!!」
ゴオォォォォォォッッ!!
イグニスが、口から真っ赤な『竜のブレス(超高温の火炎)』を吐き出し、網の上の肉を一瞬にして香ばしく焼き上げた。
「キャァッ! イグニスちゃん、今日もいい火力ねぇ! すっごくいい匂い!」
「ガッハッハ! 俺様の炎は火力調整も完璧だからな! 外はカリッと、中はジューシーだぜェッ!」
「……ッ!!?」
その光景を見たオリンが、サングラスを吹き飛ばさんばかりに目をひん剥いた。
「て、店長ォォッ!! なんだあれは! 店内で竜が炎を吐いているではないか!」
オリンが、バインダーでイグニスを指差して激しく抗議してきた。
「木造建築の密閉空間で、あのような制御不能な高火力を扱うなど、正気の沙汰ではない! これは明確な『ファンタジー消防法』および『火器取り扱い厳重違反』だ! 一発で営業停止レベルの重大インシデントだぞ!!」
オリンの指摘は、一般的な常識からすれば百パーセント正しい。
だが、俺は全く動じることなく、エプロンのポケットから一枚のラミネート加工された許可証を取り出し、オリンの目の前に突きつけた。
「SV。恐れ入りますが、当店のオペレーションは法的に何の問題もありません」
「な、なんだと!?」
「それは『炎』ではなく、ポポロ村の条例に基づく『生体由来の高効率エコ・ヒーター(クラスS)』として登録されております。二酸化炭素の排出量は実質ゼロ。周囲の酸素を消費せず、魔力のみで対象を加熱するため、火災のリスクは皆無です。ほら、ここに『第一種ブレス取扱主任者』の免状もありますよ」
「せ、生体由来のエコ・ヒーターだと!? 竜のブレスが!?」
オリンが許可証をひったくって確認する。そこには確かに、ポポロ村役場の公印がデカデカと押されていた。
「さらに申し上げますと、彼の鱗は耐火等級MAXの断熱材として機能しているため、周囲への熱害も完全に遮断されております。……まさか、本部の視察員ともあろうお方が、最新の『SDGs(持続可能なドラゴン・ガス・システム)』をご存知ないとは言いませんよね?」
俺が小首を傾げて嫌味ったらしく微笑むと、オリンは「ぐぬぬ……ッ!」と悔しそうに唸り声を上げた。
「……ま、まだだ! ならばアレはどうだ!」
オリンが次に指差したのは、鮮魚コーナーの前の通路だった。
そこでは、魔王ラスティアが、緑色のエプロンをなびかせながらモップがけを行っていた。
「フッ、消え去るがいい。我の前に立ちはだかる矮小なる塵埃どもよ……『暗黒消滅波』!」
シュゥゥゥゥッ……!
ラスティアがモップの先に微弱な『闇魔法』を付与して床を撫でると、床に落ちていた泥汚れやホコリが、分子レベルで完全に消滅し、鏡のようにピカピカに輝いた。
「ヒィィッ!? ま、魔王の闇魔法!? しかも『消滅』の概念魔法を掃除に使っているだと!?」
オリンが震える指でラスティアを指差す。
「い、いかん! あんな恐ろしい魔法、もし客の足にでも当たったら、足ごと次元の彼方へ消し飛んでしまうぞ! これは『魔法生態系保護法』および『大規模破壊兵器の不法所持』に抵触する重罪だァァッ!」
「お静かに、SV。他のお客様の迷惑になります」
俺は冷静にオリンの口を塞ぎ、再び別の書類をバインダーから取り出した。
「彼女が使用しているのは破壊魔法ではありません。食品衛生法に基づく『超強力・深淵殺菌コーティング』です」
「あ、アビス殺菌!?」
「はい。彼女の闇魔法は、ホコリや雑菌といった『負の概念』のみをターゲットに設定されており、人体や商品には一切無害です。むしろ、次亜塩素酸水よりも遥かに強力でクリーンな除菌効果を発揮します。当店はポポロ村保健所から『魔王式・衛生管理優良店舗』の認定を受けておりますので、コンプライアンス上の問題は一切ありません」
「な……なんという詭弁だ……! 竜の炎をエコヒーターと呼び、魔王の闇魔法を殺菌スプレーだと言い張るなど……! 屁理屈にも程があるぞッ!」
オリンが、胃痛で顔を青ざめさせながら抗議する。
「そもそも、そんなデタラメな申請を承認する行政機関がどこにある! ポポロ村の役場は、一体どんなザル審査をしているのだ! その無責任な責任者(村長)をここに呼べ!」
「お呼びかしら?」
オリンが叫んだ直後、レジ打ちを終えて人参ジュースを啜りながら、ウサギの耳を持った少女――キャルルが、ふらりと二人の前に現れた。
「……ん? なんだこの娘は。ウサギの獣人? アルバイトの店員か?」
オリンが怪訝な顔をする。
「アタシはキャルル。このスーパーのレジ打ち兼、品出し担当よ。……で、本業は『ポポロ村の村長』だけど、何か文句ある?」
キャルルが、ボリッと人参をかじりながら、首から下げた『ポポロ村村長』の身分証をヒラヒラと揺らした。
「そ、村長ォォッ!? このスーパーのいち店員が、村の行政のトップだとォッ!?」
オリンの目玉が飛び出そうになる。
「はい、SV。彼女が村のトップです。……おいキャルル、ちょっとこれに『特例承認』のハンコを頼む」
「ん、オッケー。ペタッ」
俺が差し出した白紙の申請書に、キャルルがエプロンのポケットから出した村長の公印を、ノールックで適当に押印した。
「……ほら、ご覧の通りです。当店は、行政との『強固な連携(官民一体)』により、あらゆるルールを合法的にクリアしているのですよ」
俺は、キャルルがスタンプを押したばかりの書類を、オリンの目の前でヒラヒラと見せつけた。
「ゆ、癒着だ……!! 行政と小売店が、完全にズブズブに癒着しているではないかァァッ!!」
オリンが頭を抱えて絶叫した。
「なんて恐ろしい村だ! ルールも法律も、この店長の都合のいいように書き換えられている! この店舗は、魔王や竜人よりも、この『緑のエプロンの男(店長)』が支配する完全な独裁国家ではないか!」
「人聞きの悪いことを言わないでください。俺はただ、与えられた環境の中で、最大限効率よく店を回しているだけです」
俺は、バインダーを小脇に抱え、極めて爽やかな営業スマイルをオリンに向けた。
「さあ、SV。他に何かご指摘はありますか? 接客態度、在庫管理、衛生面……どこからでもかかってきてください。本部のマニュアルが想定していない『完璧な現場の答え』を、全てご用意しておりますよ」
「ぐ、ぐぬぬぬぬ……ッ!!」
オリンは、ピカピカのスキンヘッドから滝のように冷や汗を流し、激しい胃痛に襲われてその場にうずくまった。
天界の絶対神が定めた『世界の理』すらも、一人の社畜店長が繰り出す『小売業の屁理屈(条例の抜け道)』の前には、全く通用しなかったのである。
(……おのれ、店長め! ならば、直接的なコンプライアンス違反ではなく、この店の『倫理的な腐敗』を暴き出してやる!)
オリンは、胃を押さえながらも、サングラスの奥の目をギラリと光らせた。
彼が次に目をつけたのは、店の外——特設ステージで信者を相手に荒稼ぎをしている、あの『強欲な人魚姫の地下アイドル』であった。
神と店長の仁義なきコンプライアンス・バトルの舞台は、次なる『金銭トラブル(押し売り)』の現場へと移っていくのだった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




