EP 9
「おいおい! やかんの口から青っ白い炎が出てるぞプロデューサー!」
「バカッ! 引火してるじゃない! 早く火から下ろしなさいよ!」
「ヒャッハー! アルコールランプの親玉みたいで綺麗だぜェッ!」
秋の涼やかな夜風が吹くスーパー折原の屋上が、瞬く間に狂気の実験室へと変貌した。
ドラム缶コンロの微かな熾火に乗せられたやかんに、アルコール度数40の芋酒『イモッカ』を全量ブチ込むという、正気の沙汰とは思えない限界労働者の暴挙。
熱せられた高濃度のアルコールは凄まじい勢いで揮発し、やかんの注ぎ口からは時折シュボッ! と青い炎が上がる危険な状態になっていた。
「うおおおおッ! いいから離れろ! 俺が注ぐ!」
俺は、アルコールの熱気で完全にラリった頭のまま、耐熱ミトンを両手に装着してやかんの取っ手をガシッと掴んだ。
「お前ら! カップ麺のフタを点線まではがせ! 地球の神聖なる夜食の完成まで、あと一息だぞォッ!」
テーブルの上には、ルルナがガチャで錬成した7つの『ワンカップラーメン(醤油味)』がスタンバイしている。
ルチアナ、ラスティア、イグニス、キャルルが、血走った目で一斉に紙のフタをはがした。
(なお、未成年組のルルナとリーザの分には、キャルルの魔法と水筒の残りでギリギリ絞り出した『ただのお湯(少しぬるい)』を注いでおいた。いくら酔っ払いでも、子供に度数40の酒は飲ませられないという、俺の最低限のコンプライアンスである)
「いくぞォォッ! 禁断の注湯だァァァッ!!」
ジョボボボボボボッ……!!
やかんから、グラグラに沸き立った熱酒が、カップ麺の中へと注ぎ込まれていく。
その瞬間。
ジュワァァァァッ!! という音と共に、乾燥した麺と粉末スープがアルコールと反応し、爆発的な蒸気が屋上全体に立ち込めた。
「ゲホォッ!! ッッッカァァァッ!! な、なによこの匂い!」
ルチアナが、目をシパシパさせながらのけぞった。
「強烈なアルコールの刺激臭と……ジャンクな醤油とニンニクの匂いが混ざり合って……ダメ、脳の奥を直接ぶん殴られてるみたいな破壊力よ……!」
ラスティアも、鼻を押さえながらワナワナと震えている。
「フタをしろ! 成分を逃すな! ここから地獄の三分間のカウントダウンだァッ!」
俺の号令で、全員がフタを閉じ、その上に箸を置いて重しにする。
1分。2分。……そして、運命の3分が経過した。
「――時間だ!! 開眼ッ!!」
ペリィィィッ!!
全員が一斉にフタを完全に剥がし取った。
ブワァァァァァァッッ!!
その瞬間、カップの中から立ち昇ったのは、もはや『湯気』などという生易しいものではなかった。
芋酒の強烈なアルコール蒸気と、ジャンクフード特有の暴力的な旨味成分(化学調味料と醤油の香り)が完全に融合した、未知のオーラ。
アナスタシア世界には絶対に存在しない、限界労働者の魂を刈り取る最凶の気体兵器である。
「う、うおおおっ……! な、なんだこの匂いは……! 嗅いでるだけで、毛穴からドーパミンが吹き出してきそうだぜェッ!」
イグニスが、カップに顔を近づけて恍惚の表情を浮かべる。
「ダメ……匂いだけで、さっきまでのハイボールの酔いが一気に加速していくわ……! 早く、早く食べないと頭がおかしくなっちゃう!」
ルチアナが、割り箸をパチンッと割って、震える手で麺を高く持ち上げた。
「「「いただきますッッ!!!!」」」
大人組(俺、ルチアナ、ラスティア、イグニス、キャルル)の5人が、一斉に麺をズズゥゥッ! と力強く啜り込んだ。
「…………ッ!!?」
全員の動きが、雷に打たれたようにピタリと静止した。
熱々の麺に乗って、強烈な醤油スープの塩分と旨味が舌を突き刺す。
だが、その直後。
爆発的なアルコール(度数40)が、揮発しながら鼻腔から脳天へと一直線に突き抜けたのだ。
「ンンンンンンンンンッッッッ!!!!」
ルチアナが、白目を剥いて天を仰いだ。
「な、なにこれぇぇっ!? 麺を啜った瞬間に、脳髄が直接アルコール漬けにされたみたいな衝撃ッ! でも、その後に続くジャンクな旨味が、アルコールの辛味を無理やり包み込んで……ダメ、めちゃくちゃ美味しいッ! 美味しすぎるわァァァッ!」
ルチアナは狂ったように箸を動かし、麺をズバズバと啜り続ける。
「カァァァァッ!! 効くゥゥゥッ!!」
イグニスが、口から青い炎を吐き出しながら咆哮した。
「喉が! 胃袋が! 燃えるように熱いぜェッ! なのに箸が止まらねぇ! 醤油の塩分が、酒の勢いをブーストさせやがる! まさに悪魔の兵器だァァッ!」
「ああっ……! 罪深い……! こんな時間に、こんな暴力的で炭水化物とアルコールの塊を摂取するなんて……! 魔王である私の尊厳が、ただの酔っ払いの食欲に屈していくゥゥッ!」
ラスティアが、涙を流しながらスープ(熱酒)をゴクゴクと飲み干している。
「はふっ、はふっ! アタシ、もう村長とかどうでもいい! このラーメンと結婚するゥゥッ!」
キャルルも完全に理性を失い、ウサギの耳をグルグルと回しながら麺を貪っている。
「ゲホォッ、ゴホォッ!!」
俺は、強烈なアルコールのむせ返りに涙目になりながらも、その『禁断の味』に完全に支配されていた。
(なんだこれ! むちゃくちゃ不健康で、むちゃくちゃジャンクで……でも、深夜のワンオペ明けに食うカップ麺の100倍うめぇッ! 疲れもストレスも、全部アルコールと塩分が焼き尽くしてくれやがる!)
度数40の芋酒で茹でられた麺は、すでにアルコールをたっぷりと吸い込み、一口食べるごとにストレートのウォッカを飲んでいるのと同じ状態になっていた。
当然、そんなものを限界労働者の空きっ腹に流し込めば、どうなるか。
「ひゃーっはっはっは!! 世界なんてどうでもいいわー! 私がこの世のルールよーっ!」
ルチアナが甚平をはだけさせ、屋上のテーブルの上に立って盆踊りを始めた。
「フハハハッ! 全軍突撃ィィッ! 焼き鳥をよこせェェッ!」
ラスティアも完全にキャラが崩壊し、見えない魔王軍に向かって指揮を執っている。
大人組は、わずか三分で完全に『極限のハイテンション(泥酔)』へと突入し、屋上はカオスの坩堝と化していた。
だが、そのカオスは、大人たちだけには留まらなかった。
「……ふへへぇ。店長さぁん。このらーめん、宇宙一美味しいですのぉ〜」
「えへへ、地球の神様、ありがとうございまーす……」
ふと見ると、未成年組のリーザとルルナが、顔を真っ赤にしてフニャフニャと笑いながら、お互いの肩に寄りかかって揺れていた。
「……お、お前ら! ぬるま湯のラーメンを食べさせたはずなのに、なんで酔っ払ってんだ!?」
俺が呂律の回らない口でツッコミを入れると、リーザがとろんとしたサファイアの瞳で俺を見つめ返してきた。
「だぁってぇ……。プロデューサーさんたちのらーめんから、すっごくいい匂いの湯気(アルコール蒸気)が、もわもわ〜って飛んでくるんですものぉ〜。それを吸い込んでたら、なんだか頭がポワポワしてきちゃいましたのぉ……」
どうやら、屋上に充満した度数40のアルコール蒸気を吸い込んだだけで、アルコール耐性ゼロの未成年二人は完全に『もらい酔い』してしまったらしい。
「ぷろでゅーさーさぁん! 私の歌、聞いてくださいのぉー! ラブ・アンド・マネーですのぉー!」
リーザが、空のカップ麺をマイク代わりに握りしめ、ふらふらと立ち上がって歌い始めた。
「私も踊りますぅー! 教会の祈りのダンスですぅー!」
ルルナも、麦わら帽子を被ったまま、意味不明なステップを踏んでリーザのバックダンサーになる。
「ガッハッハ! リーザたその深夜のプライベートライブだぜェェッ! オラァッ! サイリウム(火球)の準備だァッ!」
イグニスが、両手から竜の炎を噴き出しながらオタ芸を打ち始める。
「アンタたち最高よーっ! もっと盛り上がりなさい!」
「魔王軍の宴の始まりよォッ!」
ルチアナとラスティアも、手拍子をしながらテーブルの上で乱舞する。
深夜のスーパー折原の屋上。
満月の下、強烈なアルコール蒸気と醤油ラーメンの匂いが充満する中、神も魔王もアイドルも、ただの酔っ払いと化して狂乱の宴を繰り広げていた。
「……あーあ。もう、どうにでもなれ」
俺は、空になったカップ麺の容器をテーブルに置き、呆れ笑いと共に夜空を仰いだ。
シリアスな戦いも、明日からの売上の心配も、家賃の支払いも。
今は全部、このアルコールとバカ騒ぎの中に溶かしてしまおう。
ちっぽけで、騒がしくて、どうしようもなく愛おしい、俺たちの『平和な日常』。
イモッカップラーメンという最凶の背徳飯がもたらした、限界労働者たちの最高の夜は、月が傾くまで終わることはなかったのである。
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