EP 6
月下の屋上と、地球の神聖なる夜食
「よいしょ、っと……。こんなもんか」
秋の涼しい夜風が吹き抜ける、スーパー折原の屋上。
俺――折原晴也は、バックヤードから運んできた段ボール箱をドンッと置き、額の汗を拭った。
見上げれば、雲一つない夜空に、ポポロ村を優しく照らす巨大な満月が浮かんでいる。絶好の『宴(打ち上げ)』日和だ。
「ガッハッハ! プロデューサー、炭の火起こしは俺様に任せな! 竜人のブレスで一瞬で極上の熾火を作ってやるぜ!」
首にタオルを巻いたイグニスが、屋上の隅に設置したバーベキュー用のドラム缶コンロに向かって、器用に『小さな火球』を吐き出して炭に火を移している。
「バカ、火力が強すぎる! 炭が全部灰になっちまうだろうが! もう少し弱火でじっくり育てろ!」
「おっと、すまねぇ! 推しのチェキで爆死したせいで、つい感情(火力)が昂ぶっちまったぜ!」
給料を全損したはずのイグニスだが、タダ飯が食えるというだけで、その顔にはすでに限界労働者特有の『ハイテンションなヤケクソ感』が戻ってきていた。
「店長さーん! 飲み物とコップ、運んできましたよ!」
屋上の階段から、ルルナとキャルルが両手に重そうな瓶やグラスを抱えて上がってくる。
「おお、サンキュー。テーブルの上に置いておいてくれ」
俺が指示した先には、木箱をいくつか並べて作った特設の宴会テーブルがある。その上には、俺がスーパーの厨房で腕によりをかけて作った『惣菜の山』が鎮座していた。
醤油草の特製ダレに漬け込んでじっくり焼き上げた『ロック鳥のネギマ串(一本銅貨三枚)』の山盛り。
二度揚げして外はカリッと、中は肉汁が弾けるように仕上げた『トライバードの唐揚げ』。
そして、太陽芋をホクホクに茹で上げてマヨ・ハーブで和えた『自家製ポテトサラダ』だ。
高級食材のステーキや大トロこそないが、どれも労働の後の空腹と酒にはたまらなく合う、スーパー折原が誇る『庶民の味(最強の利益率商品)』である。
「うわぁ……! いい匂いですの!」
純白のドレスからジャージに着替えたリーザが、唐揚げの山を見て目をキラキラと輝かせている。
「高級なお肉じゃなくても、プロデューサーさんの作るご飯は、いつも愛がいっぱい詰まってて最高ですの!」
「お前はさっきまで高級肉を独り占めしようとしてただろうが。まあいい、今日は特別だ。腹いっぱい食え」
「……それで店長。お酒の方はバッチリなんでしょうね?」
ピンクの芋ジャージ姿のルチアナと、緑色エプロンのラスティアが、ゾンビのようにふらふらとした足取りで屋上に現れた。彼女たちもまた、給料を全損したショックからまだ完全に立ち直ってはいないようだ。
「天界の決裁書類とリボ払いの現実を、完全に忘却できるくらい強いお酒じゃないと、私、今夜は納得しないわよ……」
「そうよ。魔王の軍資金を紙切れ(ノーマルチェキ)に変えてしまった私の愚行を、アルコールで消毒させてちょうだい……」
「安心しろ。お前らみたいな限界労働者のために、とびきりキツいやつを用意してある」
俺はニヤリと笑い、テーブルの中央にドンッ! と、一本の巨大なガラス瓶を置いた。
中には、無色透明の液体がなみなみと注がれている。
「な、なによこれ。水?」
ルチアナが顔を近づける。
「匂いを嗅いでみろ」
「クンクン……ッ!? ゲホッ、ゴホォッ! な、なにこれ、目が痛い! アルコールの揮発する匂いが凶悪すぎるわ!」
ルチアナが涙目になってのけぞった。
「ポポロ村の酒造所から特別に仕入れた、『イモッカ』の原酒だ」
俺は瓶を軽く揺らした。
「太陽芋をベースにしたポテトウォッカの純度と、強烈な芋焼酎の風味を掛け合わせたような代物だ。アルコール度数はなんと40度。そのままストレートで飲めば喉が焼け焦げ、一口で天界まで吹っ飛ぶような悪魔の酒さ。……これを、炭酸水で割って『イモッカ・ハイボール』にする。もちろん、飲みやすい『サケスキー』もあるぞ」
「ど、度数40の芋酒……! ごくり……」
ラスティアが、生唾を飲み込む。
「最高じゃない……! それでガツンと脳髄を殴ってもらわないと、今日の喪失感は埋められないわ! 早く、早く飲ませて!」
ルチアナが空のグラスを両手で突き出してきた。
「慌てるな。宴の準備はまだ完全に終わっちゃいない」
俺はグラスを手で制し、教会の神官であるルルナの方を振り返った。
「ルルナ。今日の特売日の集客と、空き缶拾いで貯めた『善行ポイント』……まだ残っているな?」
「はい! パイ投げの怒涛の接客で、地球の神様も大層お喜びになられたようで、現在1000ポイントほどストックがあります!」
ルルナが胸を張る。
「よし。じゃあ、そのポイントを使って、今日の宴の『一番の目玉』を錬成してくれ」
「シメのご飯ですね! なんですか? 地球の最高級寿司ですか? それとも三ツ星レストランのフルコースですか?」
「いや、そんな上品なもんじゃない。もっとジャンクで、もっと背徳的で……労働者の深夜の胃袋を鷲掴みにする、地球の『神聖なる夜食』だ」
俺は、真剣な眼差しでルルナに告げた。
「頼む。地球の……『ワンカップラーメン』を全員分、出してくれ!」
「わ、わんかっぷ……らーめん?」
ルルナが、聞き慣れない単語に首を傾げる。ルチアナやキャルルたちも「なんだそれ?」という顔をしている。
「いいから、祈るんだ。絶対に後悔はさせない」
「わ、わかりました! 善行ポイント消費! 地球の神様、店長さんの望む『神聖なる夜食』を、ここに顕現させてください!」
ルルナが両手を組み、空高く浮かぶ満月に向かって祈りを捧げた。
ポンポンポンポンッ!!
テーブルの上に光の粒子が集まり、七つの円柱状の物体が錬成された。
発泡スチロールの容器。紙のフタ。そして側面にデカデカと書かれた『醤油味』の文字。
間違いない。俺が社畜時代、深夜のワンオペ勤務明けに、バックヤードで何度となく啜った、あの『ワンカップラーメン(カップ麺)』である。
「な、なによこれ? 発泡スチロールの容器? 中でカシャカシャ音がするわ」
ルチアナが容器を振って不思議そうにしている。
「紙のフタを開けたら、中に乾燥した細いヒモみたいなものと、粉が入ってますの! これ、本当にお料理なんですの?」
リーザがフタを少しだけ開けて、怪訝な顔で匂いを嗅ぐ。
「ああ。それは『麺』だ。今は乾燥しているが、お湯を注いで三分待てば、奇跡のように美味いスープと絡み合う、極上の料理に変化する魔法の食べ物さ」
俺は、ワンカップラーメンを愛おしそうに撫でた。
「いいかお前ら。これはただの食べ物じゃない。深夜、疲れ切った体に染み渡る塩分。ジャンクで暴力的な旨味。そして『こんな夜中に炭水化物を摂ってしまった』という背徳感……。それらすべてが合わさって完成する、地球の労働者たちを支え続けてきた『究極の癒やし(夜食)』なんだよ」
俺の熱すぎるプレゼンに、神も魔王もゴクリと息を呑んだ。
「お、お湯を入れるだけで、そんな魔法みたいな料理が……!?」
「ゴクリ……。聞いてるだけで、胃袋がキュゥゥって鳴ったわ……」
「ガッハッハ! そいつは楽しみだぜ! シメの時間が待ち遠しいな!」
「よし、シメの準備も完璧だ」
俺は満足げに頷き、手をパンッと叩いた。
「だが、美味い飯と酒を身体の隅々まで染み渡らせるには、まず『下ごしらえ』が必要だ。……おい、女子ども。サウナの電源はもう十分に入って、石もチンチンに焼けてるぞ」
「「「あっ!!」」」
ルチアナ、ラスティア、キャルル、リーザ、そしてルルナの五人が、一斉にハッとした顔になった。
「そうよ! 今日の昼間の『顔面パイ』のクリームの匂いが、まだ髪の毛にうっすら残ってるのよ!」
「特売日の汗もかきっぱなしだし! まずは身を清めないと、極上のお酒に失礼だわ!」
「アタシも行くわ! 最近の村長業務の疲れを、ロウリュウで吹き飛ばしてやる!」
「私もですの! アイドルのお肌をツルツルにしてきますの!」
女子従業員たちは、我先にと屋上の階段を駆け下り、スーパー折原のバックヤードに特設された『神界レベルのサウナ施設』へと消えていった。
「……やれやれ。騒がしい連中だ」
俺は苦笑しながら、夜空を見上げた。
「プロデューサー! 炭の火、いい感じに落ち着いたぜ! いつでも焼き鳥が焼けるぞ!」
イグニスがトングを鳴らしながらニカッと笑う。
「ああ、頼む。俺はもう少し、酒の準備をしておく」
俺は、イモッカの瓶と炭酸水、そして氷を入れたクーラーボックスを確認しながら、静かな屋上の風を感じていた。
シリアスな死闘を乗り越え、ポンコツなドタバタ特売日を終え、そして給料日の絶望を味わった限界労働者たち。
そんな彼らの心と体を癒やすための、すべてのお膳立ては整った。
満月の光が、美味しそうな惣菜と、悪魔の酒、そして禁断の『ワンカップラーメン』を優しく照らし出している。
「……さて。とびっきりの夜の始まりだ」
あとは、サウナで極限まで水分を抜き、最高のコンディションに仕上げられた仲間たちが戻ってくるのを待つだけである。
スーパー折原の屋上で繰り広げられる、笑いと涙と背徳感に満ちた『月下の宴』の幕が、静かに、そして熱く上がろうとしていた。
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