EP 4
謎のバズりと、カオス極まるパイ投げ特売日
「……な、なんだって?」
翌朝。開店準備のためにスーパー折原の店舗へやってきた俺――折原晴也は、バックヤードでエンジェルすまーとふぉんの画面を突きつけてくる神と魔王を前に、完全に目を丸くしていた。
「だから! 昨日アップしたリーザちゃんの『顔面パイ動画』が、一晩でゴッドチューブの急上昇ランキング第一位をぶっちぎってるのよ!」
ピンクの芋ジャージ姿の女神ルチアナが、興奮で鼻息を荒くしながら画面をタップする。
「再生数、なんと一千万回突破よ! コメント欄もものすごい勢いで流れてるわ!」
「ほら、見てみなさいよ店長。『クリームまみれで喜ぶリーザたそ天使すぎ!』『ポンコツなところが最高!』『俺もそのパイを舐めたい(意味深)』……もう、オタクどもの庇護欲と性癖にクリティカルヒットしまくりよ!」
緑色エプロンの魔王ラスティアも、限界オタク特有の早口でまくし立てている。
「一千万回……!?」
俺は頭を抱えた。
昨日、レジの小銭をごまかそうとしたリーザにお仕置きとしてぶつけた、ルルナのガチャ産『顔面パイ』。あのふざけた騒動が、まさか世界規模でバズっているだなんて。
「プロデューサーさん! 見てくださいの! 私のチャンネル登録者数も、昨日の夜から爆発的に増えてますの! スパチャの通知も止まりませんのーっ!」
純白のフリルドレスを着たリーザが、スマホを握りしめてピョンピョンと飛び跳ねている。昨日パイをぶつけられた時の泣き顔はどこへやら、完全に『数字の魔力』に当てられた強欲アイドルの顔に戻っていた。
「……はぁ。まあ、店の宣伝になったのなら、結果オーライか。だがな、こんなのは一過性のバズだ。地に足をつけて商売しないと、すぐに客は離れていくぞ。ほら、もう開店時間だ。シャッターを開けるぞ」
俺は呆れながらもエプロンの紐を締め直し、店舗の入り口へと向かった。
今日は特に目玉となる特売品はない。リニューアルオープン二日目とはいえ、客足は落ち着くだろう。そう高を括っていた。
ガラガラガラッ……。
俺が防護シャッターを半分ほど開けた、その瞬間だった。
「「「開いたァァァッ!! スーパー折原が開いたわよォォッ!!」」」
ズドドドドドドッ!!
地鳴りのような足音と共に、ポポロ村の主婦たち、ルナミス帝国の女性兵士たち、さらには近隣の村から遠征してきたと思われる女性客の群れが、血走った目で店内に雪崩れ込んできたのだ。
「ひぃぃっ!? な、なんだ!? 暴動か!?」
俺はレジカウンターの裏に飛び退いた。
客たちは、野菜や肉のコーナーには目もくれず、一直線に俺のいるレジ前へと殺到してくる。
「て、店長さん! 私にもアレを! アレをお願いします!」
「動画で見ました! リーザちゃんのお肌が、クリームを舐めた後にツヤツヤに発光していたのを! あの『真っ白な美容パック』、私にも売ってください!」
「違うわよ、あれはただの美容クリームじゃないわ! あの偽勇者をワンパンで撃退した最強の店長さんが放つ、悪霊退散の『神聖なる浄化の儀式』よ! 最近肩こりがひどいの、私にもぶつけてちょうだい!」
「……は?」
俺は完全に思考がフリーズした。
主婦たちの口から飛び出してきたのは、理解不能な単語の羅列だった。
美容パック? 浄化の儀式? 一体何の話をしているんだ。
「どきなさい! 村長の権限でアタシが一番よ!」
群衆をかき分けて最前列に躍り出たのは、ポポロ村の村長であるキャルルだった。彼女はウサギの耳をピンと立て、カウンターに両手をついて身を乗り出してきた。
「て、店長ォォッ! アタシ、ここ数日の村の復興作業と、あんたの店の騒動のストレスで、お肌の曲がり角が急カーブを迎えてるのよ! その『顔面パイ』とかいう究極の美容クリームを、アタシの顔面にも全力で叩き込みなさい! 金なら払うわ!」
ドンッ! と、キャルルが銀貨を数枚レジに叩きつけた。
「お、お前まで何を言ってるんだ! あれはただのバラエティグッズだ! 美容効果なんてあるわけねぇだろうが!」
「嘘よ! ゴッドチューブの美容系インフルエンサー(※ルチアナの裏垢)が、『あのパイには天界のコラーゲンと魔界のヒアルロン酸が配合されている』って解説してたわ!」
(ルチアナーッ!! てめぇ、裏でどんなデマを流してやがる!)
俺がバックヤードを睨みつけると、ルチアナとラスティアが「テヘペロ☆」と親指を立てていた。完全に確信犯である。
「お願い! 私の顔にもパイをぶつけて!」
「私にも! 私にもよォォッ!」
ドサッ、ジャラララッ! と、女性客たちが次々とレジカウンターに銅貨や銀貨を積み上げていく。
その熱狂ぶりは、もはや宗教の儀式か何かだ。彼女たちの目は「パイをぶつけられたい」という謎の欲求(と美容への執念)によって完全にガンギマリになっていた。
「ひぃぃっ……! 狂ってる! この村の女たちは全員狂ってるぞォォッ!」
俺は悲鳴を上げながら逃げ出そうとした。
だが。
俺の『限界社畜としての本能』が、レジカウンターに積み上げられていく硬貨の山を見て、ピタリと足を止めた。
(……待てよ。原価ゼロ(ルルナのガチャ)のバラエティグッズを客の顔にぶつけるだけで、銀貨(数千円)が飛ぶように売れる……?)
それは、小売業における『究極の利益率(ボロ儲け)』を意味していた。
理不尽な労働に耐え、薄利多売で一円を削り出してきた俺の商魂が、この異常な状況を前にして、静かに、そして熱く燃え上がり始めた。
「……お客様が、それを望んでいるというなら」
俺は、前髪をかき上げ、極めてプロフェッショナルな(そしてドス黒い)営業スマイルを顔に貼り付けた。
「ルルナァァッ!! ガチャだ!! 地球の『顔面パイ』を、ありったけ出せェェェッ!!」
「は、はいぃぃっ! 善行ポイント全開放! 出でよ、地球の罰ゲームグッズゥゥッ!!」
ルルナが教会の祈りを限界まで捧げると、ポンポンポンポンッ!! と、レジの奥に信じられない量の『紙皿に乗った山盛りの生クリーム』が錬成された。
「リーザ! 集金係だ! イグニスは客の列の整理をしろ! ルチアナとラスティアは……そのまま動画を回し続けろ! 当店の宣伝材料にしてやる!」
「ガッハッハ! 任せろプロデューサー! お前ら、一列に並ばねぇとパイはぶつけねぇぞォッ!」
「はいですの! お代は前払いで、一枚たりとも逃さず回収しますのーっ!」
俺は、錬成された顔面パイの一つを手に取った。
ただのクリームでは、後で「美容効果がなかった」とクレームになりかねない。
そこで俺は、エプロンのポケットから黄金に輝く『特売』のシールを取り出し、紙皿の裏にペタリと貼り付けた。
シュワァァァッ……!
ユニークスキル【半額シール】の応用――『価値の強制引き上げ』。
これによって、このただのバラエティ用クリームは、概念的に「特売の目玉商品(超絶美容・浄化効果あり)」というバフを強制的に付与されたのだ。
「皆様、お待たせいたしましたァァッ!!」
俺は、メガホンを手にして高らかに宣言した。
「これより、スーパー折原が誇る究極の美容と浄化の儀式……『特売・顔面パイ投げセール』を開始いたします!! 一発銀貨一枚! クレームは一切受け付けません!」
「「「ウオオオオオオッ!! 早くぶつけてェェェッ!!」」」
狂乱のパイ投げ特売日が、ここに幕を開けた。
「まずはアタシからよ! 店長、遠慮しないで全力で来なさい!」
キャルルが、レジ前で仁王立ちになり、目をギュッと瞑った。
「毎度ありィィッ! お肌の曲がり角に、クリーンヒットォォッ!!」
バチュゥゥゥンッッ!!
俺の放った顔面パイが、村長の顔面に完璧なストライクを決めた。
「ああっ……! つめたいッ! けど、すっごく甘いいい匂い……! なにこれ、特売シールの効果で、クリームが毛穴の奥まで浸透していくのが分かるわァァッ!」
クリームまみれのキャルルが、恍惚の表情を浮かべて崩れ落ちる。
「次! 私お願いします!」
「はいよォッ!」
バチュンッ! バチュンッ!
「キャァァァッ! 厄が落ちるゥゥッ!」
「お肌がプルプルになった気がするわァァッ!」
俺は、千手観音のごときスピードで、次々とやってくる女性客の顔面にパイを叩き込み続けた。
レジ前は完全に真っ白なクリームの海と化し、甘いバニラエッセンスの匂いが店内に充満している。
客はパイをぶつけられて大喜びし、リーザは信じられない速度で銀貨を回収し、イグニスは「いいぞォッ! もっとぶつけてやれェッ!」とオタ芸を打ちながら客を煽る。
「フフフッ、いい絵が撮れてるわ! これでまた再生数ミリオン突破よ!」
「スーパーの店長が客にパイをぶつける異常な光景……! 最高のエンタメね!」
神と魔王が、スマホのカメラを回しながら大爆笑している。
俺の右腕は、連続投球によってすでに乳酸が溜まり、パンパンに悲鳴を上げていた。
(なんだこの商売は……。俺は一体、異世界で何をやっているんだ……)
真っ白なクリームまみれになりながら喜んで帰っていく客たちの背中を見送りながら、俺は遠い目をして現実逃避しそうになった。
だが、リーザが抱えるズタ袋の中で、ジャラジャラと増え続ける銀貨の重みだけが、この狂気の沙汰が『圧倒的な黒字』を生み出しているという事実を証明していた。
「……いらっしゃいませェェッ!! 次のお客様、顔面出してくださいィィッ!!」
もはや何が正解か分からない。だが、金になるならパイでも何でも投げてやる。
限界社畜店長のヤケクソの叫び声と、パイが顔面に弾ける破裂音が、平和なポポロ村のスーパーにいつまでも鳴り響き続けていた。




