EP 3
顔面パイの洗礼と、甘すぎるポンコツアイドル
「『顔面パイ(クリームマシマシ)』だァァッ!! 受け取りやがれ、不良アイドルゥゥッ!!」
俺の腕から放たれた白球――もとい、紙皿に山盛りにされた真っ白な生クリームは、完璧な放物線を描き、レジの前で硬直していた極貧強欲アイドル・リーザの美しい顔面へと向かっていった。
バチュゥゥゥゥンッッ!!!!
スーパー折原の店内に、ひどく間の抜けた、そして極めて滑稽な破裂音が響き渡った。
「ふぎゃっ!?」
リーザの顔面に、クリームが文字通り『クリーンヒット』した。
衝撃で彼女の頭が後ろにのけぞり、純白のフリルドレスの胸元にまで、飛び散ったクリームがべっとりと付着する。
静寂。
リニューアルオープンで賑わっていたはずの店内が、水を打ったように静まり返った。
誰もが、顔面を真っ白なクリームで覆われ、両手を宙に浮かせたまま固まっているアイドルの姿を、信じられないものを見るような目で見つめていた。
「て、店長ォォッ!? ア、アンタ、いくらなんでも女の子の顔に何をぶつけてんのよッ!?」
レジの隣で、村長のキャルルがウサギの耳を逆立てて悲鳴を上げた。
「プ、プロデューサー! てめぇ、俺様の推し(リーザたそ)の美しいご尊顔になんてことをしやがるんだァァッ!!」
青果コーナーからすっ飛んできたイグニスが、大斧を構えて俺に詰め寄ってくる。
「うるさい! 従業員だろうがアイドルだろうが関係ない! 小売業の神聖なるレジを、偽造硬貨(磨いた五円玉)でごまかそうとする万引き犯には、これくらいの罰が妥当だ!」
俺は空になった紙皿をゴミ箱に叩きつけ、仁王立ちになって言い放った。
「だいたいな! 徹夜で小銭を磨く暇があるなら、その時間をボイトレか品出しに回せ! 価値をごまかして高級肉を食おうとする、その性根の腐った強欲さを俺が叩き直してやる!」
俺の正論(クレーム対応)に、イグニスも「そ、それは確かにリーザたそが悪いが……」と大斧を下ろし、オロオロと視線を彷徨わせた。
当のリーザはといえば、顔面を覆うクリームのせいで視界が塞がれ、ピクリとも動かない。
「……あーあ。やりすぎたかしら。リーザちゃん、ショックで泣いちゃったんじゃない?」
キャルルが心配そうに覗き込む。
俺も、さすがにやりすぎたかと、少しだけ胃のあたりがチクッとした。女の子の顔にパイをぶつけるなんて、昭和のバラエティ番組じゃないんだから。
「おい、リーザ。反省したなら、奥の水道で顔を洗ってこい。……ステーキ肉は諦めろ。今日の打ち上げは、俺が特製の唐揚げを作ってやるから……」
俺が少しトーンを落として声をかけた、その時だった。
ペロッ。
真っ白なクリームの中から、小さなピンク色の舌がチロリと覗き、口の周りのクリームを舐め取った。
「…………え?」
リーザの動きが、ピタリと止まった。
そして、クリームの隙間から見えるサファイアの瞳が、カッ! と驚愕に見開かれた。
「な、なんですの、これ……ッ!?」
リーザが、震える指で自分の頬についたクリームを掬い取り、もう一度口に含んだ。
「あ、甘い……! とろけるように甘くて、フワフワで、濃厚なミルクの風味が口いっぱいに広がりますの! 私の故郷の深海はもちろん、このポポロ村のどんなお菓子よりも……圧倒的に美味しくて高級な味がしますのーッ!!」
そう。アナスタシア世界において、精製された砂糖や新鮮な生クリームというのは、王侯貴族しか口にできない超高級品である。
ましてや、ルルナのガチャで出た地球の『バラエティ用顔面パイ』は、無駄に高品質なホイップクリームが使用されているのだ。
極貧生活を送り、普段は海藻や安い魚ばかり食べているリーザにとって、それはまさに『未知の究極スイーツ』との遭遇であった。
「美味しい! 美味しいですの!」
リーザは泣くどころか、顔中についたクリームを両手で夢中になって掬い取り、ペロペロと舐め始めた。
「ほっぺたも、おでこも、全部甘いですの! プロデューサーさん、これ最高ですの! ロックバイソンのお肉なんてどうでもよくなりましたの! 私、この『顔面ぱい』っていうお菓子をもっと食べたいですの!」
「……は?」
俺は、あまりの予想外のリアクションに、完全に顎が外れそうになっていた。
「お、お前……顔面にパイをぶつけられたんだぞ? 普通は怒るか泣くかするだろうが! なんでクリーム舐めて喜んでんだよ!」
「だって、美味しいんですもの! 怒る理由がありませんの!」
リーザは、クリームまみれの顔で、満面の強欲スマイルを浮かべた。
「プロデューサーさん! 私の稼いだピカピカの五円玉でいいから、この『顔面ぱい』をもう一つ買わせてくださいの! さあ、遠慮せずに私の顔にもう一発ぶつけてくださいのーッ!」
「ぶつけるかアホォォォッ!!」
俺は、カウンターから身を乗り出して、リーザの頭にチョップを落とした。
「バラエティの趣旨を根本から破壊するな! 顔面パイは食うためのもんじゃない、罰ゲームだ! お前みたいな底なしのポンコツアイドルに、貴重なガチャのポイントを使えるか!」
「ええーっ! ケチですの! プロデューサーさんのドケチィィッ!」
リーザがレジカウンターをバンバンと叩いて抗議する。
「ウオォォォッ! クリームまみれで頬張るリーザたそも、破壊的に可愛いぜェェッ! プロデューサー! 俺様の給料から天引きしていいから、リーザたそにそのパイを腹いっぱい食わせてやってくれェッ!」
「お前も甘やかすな! 帰れ!」
レジ前は、完全にカオスの坩堝と化していた。
*
その騒動の一部始終を、少し離れた鮮魚コーナーの陰から、ニヤニヤと笑いながら見つめている影が二つあった。
「……フフフッ。撮れたわ。バッチリ撮れたわよ」
ピンクの芋ジャージを着た女神ルチアナが、手元のエンジェルすまーとふぉんの録画ボタンを停止し、極めて邪悪な笑みを浮かべた。
「あんた、また悪巧み? 何を撮ってたのよ」
モップを持った魔王ラスティアが首を傾げる。
「決まってるでしょ? 『強欲な地下アイドル、偽造硬貨で高級肉を買おうとして店長から顔面パイの制裁を受けるの巻』よ! これ、絶対にウケるわよ!」
ルチアナは、スマホの画面をスワイプしながら、早口でまくし立てた。
「いい、ラスティア? ゴッドチューブの視聴者はね、ただ歌って踊るだけの綺麗なアイドルにはもう飽きてるの。こういう、ちょっとセコくてポンコツで、クリームまみれになって喜んでる『等身大の情けない姿(ギャップ萌え)』こそが、現代のオタクの庇護欲を激しくそそるのよ!」
「なるほど……! 完璧すぎるわ、ルチアナ! 偽勇者ゼロスを社会的抹殺した時のノウハウが、ここでも活きるのね!」
ラスティアも目を輝かせ、魔王軍の軍師のような顔つきになった。
「さっそく、タイトルを扇情的にしてアップロードしましょ! 【悲報】ポポロ村のリーザちゃん、レジで不正発覚して顔面真っ白にされるwww……これでどう!?」
「最高よ! サムネイルは、リーザちゃんがクリームを舐めながらアヘ顔……じゃなかった、恍惚の表情を浮かべてるシーンのアップね!」
神と魔王(という名の限界オタクコンビ)は、スーパーの防衛という大役を終え、すっかり元の『数字を追い求めるネット廃人』へと戻っていた。
彼女たちの恐るべきタイピング速度と、天界の回線速度によって、その動画は瞬く間にゴッドチューブのサーバーへとアップロードされていく。
「よし、公開完了! さあ、世界中のオタクども、リーザちゃんのポンコツな可愛さにひれ伏しなさい!」
ルチアナの指先一つで放たれたその動画が、数時間後、ポポロ村のスーパー折原に『前代未聞の特売日』を引き起こすことになるとは、俺はおろか、当のルチアナでさえ予想していなかったのである。
「こらリーザ! いつまでクリーム舐めてる! 早く顔を洗って、レジ打ちを代われ!」
「ふえぇぇん! もったいないですのーっ!」
俺の怒鳴り声と、アイドルの情けない鳴き声が響く平穏な午後。
スーパー折原の日常は、血なまぐさい戦いなどなくても、常に騒がしく、そして絶望的にドタバタと過ぎていくのであった。
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