EP 2
「……おかしいですの。絶対におかしいですの」
スーパー折原のバックヤードに、純白のフリルドレスを着たリーザの、この世の終わりのような声が響き渡った。
彼女の目の前の長机には、先ほどの『リニューアルオープン記念ライブ』で、ファン(観客)たちから投げ込まれたスパチャの山が広げられている。
普段なら、大口の顧客(海兵たちや限界オタクの神々)からの金貨や銀貨がジャラジャラと輝いているはずの光景だ。
だが、今日の光景は少し異なっていた。
「なんで……なんで、こればっかりなんですの!?」
リーザが両手で掬い上げたのは、真ん中に穴の開いた、真鍮色の硬貨――アナスタシア世界における最下級硬貨である『同粒(一円相当)』を五枚まとめたもの、通称『五円玉』の山であった。
「わぁー、すごい数ね。五円玉のピラミッドができてるわ」
キャルルが人参を齧りながら、他人事のように感心している。
「チリツモとはいえ、これだけ集めりゃそれなりの額になるんじゃねぇか?」
イグニスが首のタオルで汗を拭きながらフォローを入れるが、リーザの表情は暗い。
「違うんですの……。私が欲しいのは、もっと重みがあって、キラキラした本物のゴールド(金貨)ですの! なのに、今日のお客さんたちは、みーんな申し合わせたように、お賽銭みたいにチャリン、チャリンって、この五円玉ばっかり投げてきたんですのよ!?」
リーザは五円玉の山を掻き回しながら、悔し涙を浮かべている。
「金貨が一枚もありませんの……! これじゃあ、時給の歩合分(三割)を計算しても、今日の私の取り分は『ロックバイソンの極厚ステーキ肉』一枚にも届かないんですのーッ!」
「……自業自得だろうが」
売上の集計作業をしていた俺――折原晴也は、バインダーで彼女の頭を軽くポンッと叩いた。
「お前がステージで『五円! 五円! 御縁! 御縁! ハイ!』って、あの電波ソングをノリノリで歌うからだろう。客たちは完全に『リーザちゃんのライブには、五円玉(御縁)を投げるのが正しいオタ活のマナーなんだ!』って勘違いして、わざわざ両替までして投げてたぞ」
そう、リーザが歌った『絶対無敵スパチャアイドル伝説!!』の歌詞が、完全に裏目に出たのだ。
熱狂したオタクたちは「推しが五円(御縁)を求めている!」と解釈し、本来なら金貨や銀貨を投げるはずの太客たちまでが、こぞって五円玉を大量に投げ込む事態となってしまったのである。
「はっ!? そ、そんな……! 私はただ、小銭の『チリツモ』もバカにできないから、身軽な愛もジャンジャン投げ込めって意味で歌ったのに……ッ!」
リーザが頭を抱えてしゃがみ込んだ。強欲なアイドルにとって、自らのパフォーマンスが原因で客単価(スパチャ額)が下落するなど、痛恨の極みだろう。
「……ま、まぁまぁ、リーザちゃん。落ち込まないで」
ピンクの芋ジャージ姿のルチアナが、気休めのようにリーザの肩を叩く。
「私なんて、キャッシング枠が上限に張り付いちゃって、金貨の投げ銭ができなくなっちゃったから……五円玉のおひねりシステム、正直お財布に優しくて助かったわ」
「私もよ。魔王軍の軍資金、もうほとんど残ってなかったから、五円玉なら……って、つい調子に乗って投げちゃったのよね」
緑色エプロンのラスティアも、申し訳なさそうに目を逸らしている。
「ああっ! だからVIP(太客)のお姉さんたちまで五円玉しか投げてくれなかったんですのね!?」
リーザは「ひどいですの!」と床を叩いて悔しがった。
「私は、ダイヤや土地や金貨が欲しいって、あんなに切実に歌い上げているのに……! こんな五円玉の山じゃ、今夜の店長さんの『打ち上げの宴』で、私だけ高級なお肉をリクエストできないじゃないですかァァッ!」
(……こいつ、自分が主役だからって一番高い肉を食う気満々だったのか)
俺は呆れながらも、五円玉の山を袋にまとめた。
「まあ、売上は売上だ。チリツモでも立派な店の利益になる。リーザ、お前の歩合分はキッチリ計算して渡してやるから、今夜の打ち上げは大人しく俺が用意した焼き鳥と唐揚げでも食ってろ」
「……ううっ……。分かりましたの……」
リーザは泣きべそをかきながら、自分の取り分である五円玉の入ったズタ袋を受け取り、トボトボとバックヤードの隅へと消えていった。
それが、昨日の出来事である。
*
そして、打ち上げの宴を今夜に控えた、翌日の午後。
スーパー折原の店内は、リニューアルオープン二日目ということもあり、大盛況だった。
俺がレジ打ちで「いらっしゃいませー」と声を枯らしていると、列の最後に、見慣れた純白のフリルドレスが並んでいるのが見えた。
(……リーザ?)
休憩時間のはずの彼女が、スーパーの買い物カゴを腕に下げ、ツンと澄ました顔で俺のレジへと進み出てきた。
そして、そのカゴの中身を見て、俺の目が点になった。
「店長さん、お会計をお願いしますの」
リーザがレジ台にドサッと置いたのは、当店の最高級精肉コーナーの目玉商品――『ロックバイソンの極厚ステーキ肉(霜降り特上)』が三枚。さらには、ポポロ村の近海で獲れた『マグローザの大トロパック』、極めつけには、一つで金貨一枚は下らない狂気の高級フルーツ『メロロン』まで入っていた。
総額、金貨十枚(約十万円)は軽く超える、超豪華なラインナップだ。
「……おい。なんだこのカゴの中身は。今夜の打ち上げの買い出しか?」
俺が怪訝な顔で尋ねると、リーザは得意げに胸を張った。
「違いますの。これは、私個人の『自腹』でのお買い物ですの! 今夜の打ち上げの宴で、私だけこの極上ステーキと大トロを、皆さんの前でこれ見よがしに独り占めして食べる予定なんですの!」
「はぁ?」
俺の眉間がピクッと引きつる。
「お前、昨日のライブの歩合分は、五円玉の山(数千円程度)しかなかっただろうが。こんな高級食材、到底買える額じゃないぞ。……まさか、キャルルかイグニスから金を巻き上げたのか?」
「失礼ですの! アイドルたるもの、ファンから借りを作ったり、無心するような三流の真似はしませんの!」
リーザはむんっ、と鼻を鳴らすと、腰に下げていたズタ袋をレジカウンターの上に、ドスッ! と重々しい音を立てて置いた。
「私には、昨日稼いだ立派な『手持ちの資金』がありますの! これで、お会計をピッタリお願いしますの!」
リーザがズタ袋の口をガバッと開いた。
その中を見た瞬間、俺の言葉が止まった。
キラキラキラキラッ……!!
袋の中には、目を射るようなまばゆい『黄金の輝き』が満ち溢れていた。
一つ一つの硬貨が、まるで鏡のように周囲の光を反射し、圧倒的な輝きを放っている。
「……なんだこれ。金貨……じゃないな。形が違う」
俺は目を細め、その硬貨を一枚つまみ上げた。
それは真ん中に穴が開いた、見慣れた硬貨。
――昨日のライブで大量に投げ込まれた、あの最下級硬貨の『五円玉(真鍮)』だ。
だが、その表面は、異常なまでにピカピカに、一寸の曇りもなく磨き上げられており、まるで本物の純金のように黄金色の光を放っていたのである。
「ふふん! 驚きましたの?」
リーザが、徹夜明けの充血した目で、狂気的なドヤ顔をキメた。
「私、昨日の夜、一睡もせずに考えたんですの。どうすれば、この五円玉の山から『ロックバイソンのステーキ肉』を買えるだけの価値を生み出せるかって」
リーザは、磨き上げられた五円玉を一枚指で弾いた。
「そして閃きましたの! 五円玉だって、真鍮という金属ですの! だったら、砂と布と研磨剤で、限界まで、血の滲むような思いでピッカピカに磨き上げれば……! この黄金の輝きは、誰がどう見ても『金貨』そのものですのーッ!!」
「……は?」
俺の思考が、一瞬停止した。
「見てくださいの、この輝き! 素人目には絶対に区別がつきませんの! つまり、この袋の中には、私が徹夜の錬金術(物理)で生み出した『金貨』が大量に入っているということですの! さあ店長さん、このピカピカの『金貨』で、ステーキ肉のお会計をお願いしますのーっ!!」
リーザが、狂気に満ちた強欲スマイルで、堂々と『偽造(と言い張る)硬貨』をレジに突きつけてきた。
「……おい、リーザ」
俺の視界が、真っ赤に染まっていくのを感じた。
「お前……本気で、この『ただ綺麗に磨いただけの五円玉』を、金貨(一万円相当)だと言い張って、俺の店のレジに通そうとしているのか?」
「もちろんですの! 色も輝きも金貨そっくり! 価値は見た目で決まりますの! つまりこれは実質的に金貨ですの!!」
プツンッ。
俺の中で、何かが完璧に切れる音がした。
「……お前なぁ……ッ!!」
ダァァァァンッッ!!!!
俺は、レジカウンターを拳で思い切り叩きつけた。
「ひぃッ!?」
リーザがビクッと肩を跳ね上がらせる。
「小売業のレジを舐めるなァァァァッッ!!!!」
俺の怒声が、スーパーの店内に爆音で響き渡った。
「てめぇが徹夜で磨こうが、輝きが本物の純金に似ていようが、穴の開いた五円玉の価値は、未来永劫『五円』なんだよ!! それを金貨だと言い張って高額商品を騙し取ろうとするのはな、ただの『貨幣偽造(詐欺)』という名の、重罪(万引き)なんだよォォォッ!!」
「ち、違いますの! これは錬金術で……アイドルの努力の結晶で……ッ!」
「うるせェェェッ! 努力の方向性が完全に泥棒のそれだろうが! お客様から頂いた正当なお代を、自分の強欲のために偽装するなんて、アイドルの風上にも置けねぇッ!」
俺はエプロンのポケットから、防犯用のさすまたの代わりに、ルルナが昨日のガチャで出しておいた『あるモノ』をガシッと掴み取った。
「悪質なクレーマーには半額シールだが……店のレジをごまかそうとする身内には、店長権限の『特別なお仕置き(バラエティグッズ)』をお見舞いしてやる!」
「えっ……? て、店長さん? その右手に持っている、丸くて白い物体は、なんですの……?」
リーザが、青ざめた顔で一歩後ずさる。
「ルルナのガチャで出た、地球の宴会用バラエティグッズ……」
俺は、たっぷりと生クリームが盛られた、紙皿の上の『ソレ』を振りかぶった。
「『顔面パイ(クリームマシマシ)』だァァッ!! 受け取りやがれ、不良アイドルゥゥッ!!」
「ひゃあぁぁぁぁっ!?」
俺の腕から放たれた白球(顔面パイ)は、完璧な放物線を描き、レジの前で固まっていた極貧強欲アイドルの美しい顔面へと、情赦なくクリーンヒットした。
読んでいただきありがとうございます。
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